44話 暴挙の理由
私に求婚したパスカル卿が男色家だとお母様に聞き、私は愕然とした。
「パスカル卿が男色家だと知っていたなら。お母様はなぜ、そのことを私に教えてくれなかったの⁉」
声が震えた。これから私に起きることを想像すると、怖くて身体もガタガタと震えてくる。
「言ったでしょう、シャルロット? 男色家なら妻以外の女性と婚外子は作らないからと」
「そんなの…… 女性を愛せないなら、妻とだって子供を作れないわ!」
散々、私は偽装結婚をしたとお姉様を揶揄った。ユベールお義兄様が男色家なら白い結婚になるからと。
それが、そっくりそのまま私に降りかかって来た。
「いいえ、シャルロット。子供は作れるわ。男性の機能さえ正常なら、男色家でも妻に種を仕込むことぐらいはできるのよ」
「お母様、何を言っているの?」
「あなたが知らないだけで。パスカル卿以外にも貴族の男性の中には、義務を果たして妻子を持つ男色家はたくさんいるわ」
「義、義務……⁉」
「あなたは運良くパスカル卿が好きでしょ?」
夫が男色家でもたいした問題ではないと。お母様はニッコリ笑った。
お母様は笑っているのに赤い唇が奇妙に歪んで見える。背筋にゾクッと寒気を感じて、ドレスの下で鳥肌がたつ。
「それは……」
(パスカル卿が好き? パスカル卿が男色家だと知ってアッという間に、そんな熱は冷めたわ)
正直、今は彼を好きだと言えない。
「彼が好きなら少しだけあなたのプライドよりも、義務を優先することも難しくないはずだわ。そうでしょう、シャルロット?」
「お、お母様…… 怖いわ。そんなの嫌よ!」
「仕方ないでしょ? セルジュ卿よりもあなたにふさわしい上位貴族の男性は、すでに相手がいる人ばかり。他にいなかったのだから」
だからお母様は男色家と知っていても、コンブルー公爵家出身のパスカル卿を受け入れたのだ。
私にパスカル卿が男色家だと教えずに。
ガチャッ! と乱暴に居間の扉が開かれ。突然、お父様が入ってきた。
「どういうことだ? パスカル卿がシャルロットに求婚して…… それを受け入れたと使用人に聞いたが、本当なのか? なぜ私に何もいわなかったのだ! 説明しろ!」
「お、お父様? あ…… あの、私は……」
矢継ぎ早にたずねられて、私はうまく答えられずまごまごしていると。
お父様は顔を真っ赤にして、黙ったままのお母様に大声で怒鳴った。
「答えろ、マルグリット──!!」
激怒するお父様の姿を見たことがなかった私は、驚いてかたまった。
お母様は怒鳴り付けるお父様にひるまず、キッ! と睨んだ。
「あなたがシャルロットに相応しい相手が見つからなければ、愛人の子を後継者にすると言ったからです!」
結婚前からお父様には何人も愛人がいた。
政略結婚をしたお母様は、愛人と子供を作らないという約束でお父様の浮気を受け入れてきた。
──それなのにお父様は約束を破り。少し前に若い愛人との間に子供(男児)を作ってしまったのだ。
「この愚か者が! よく聞けマルグリット! パスカル卿のような能力も信用も無い、放蕩者を引き入れれば。ロンスヴォー伯爵家はアッと言う間に借金まみれになり、没落してしまうぞ!」
大きな声で怒鳴り散らすお父様に負けず、お母様も金切り声でお父様に怒鳴った。
「それでも、愛人の子を伯爵家に受け入れるよりはマシです! あなたが悪いのです、旦那様!」
「人前でシャルロットが求婚を受け入れてしまったのなら、今さらパスカル卿との結婚は止められないぞ!」
「ええ、その通りです」
「パスカル卿を婿養子に取るなど。断じて認められん!」
「でも、シャルロットの結婚は止められないのでしょう?」
お母様は勝ち誇った顔で笑ったが、すぐに顔を強張らせた。
「シャルロットは伯爵家から嫁がせる!」
つまり私は婿養子を受け入れるのではなく。パスカル卿の元へ伯爵家から追いだされるのだ。
「何ですって⁉ あなたはコンブルー公爵家にケンカを売る気ですか?」
「いや、婚前契約を結ぶ前なら何とかなる」
「何をする気ですか?」
「こちらが後継者を先に選んでしまえば、コンブルー公爵家も文句は言えないはずだ」
「……こっ! こんなのウソよ!」
(お父様の愛人の子? ……よりにもよって私は愛人の子にすべてを奪われるの⁉ やっとお姉様からロンスヴォー伯爵家を奪ったのに?)
頭から血の気が引き、グラグラとひどいめまいに襲われる。
目を閉じたら、何もかも悪い夢を見ているように思えた。
お茶会をする前は、あんなに完璧だったのに……




