39話 喜劇
ロンスヴォー伯爵家のお茶会に突然あらわれたパスカル卿に、私は危機感を感じた。
「私の夫を急いで連れてきてちょうだい」
「はい、子爵夫人」
近くにいた使用人を呼び寄せ、ユベールを呼んでくるよう指示を出した。
「このタイミングでパスカル卿があらわれるなんて…… 何か嫌な予感がするわ」
どうやらお母様とシャルロットが、こうなるよう仕込んでいたのだろう。絶対に偶然なんてありえない。
突然、お茶会にあらわれたパスカル卿の手には真っ赤なバラの花束があった。
シャルロットはパスカル卿の登場に驚くこともなく、ニッコリとほほ笑んでいる。
「……」
(やっぱりパスカル卿の登場は仕込みだわ。いったい何をする気なの⁉ 早くユベールが来てくれないかしら!)
不安にかられながら、成り行きを見ていると。シャルロットは頬をそめて甘い声でパスカル卿に媚を売る。
「パスカル卿、素敵な詩をありがとうございます。私…… 本当に感動してしまいました!」
「シャルロット嬢、あなたならきっと僕の詩を理解して下さると思っていました」
「当然ですわ! こんなに情熱的で感動的な詩ですから。あなたはすばらしい芸術家だわ!」
「なんて…… 陳腐な会話なの?」
(まるで喜劇だわ)
冷めた気持ちで見ていたら。目の前でおきた光景にそう思っているのは、私だけではないことがわかった。
ブフッ!
派手に吹き出す音が、私の隣の席から聞こえた。扇でかくした顔を真っ赤にして、令嬢が肩を震わせ爆笑をこらえている。
よほどシャルロットの言葉が、笑いのツボに入ったのだろう。
だけど…… パスカル卿がその後に続けた話は、少しも笑えなかった。
パスカル卿は跪いて手に持っていた真っ赤なバラの花束を、シャルロットに差し出すと。
「シャルロット嬢、あなたは僕の運命の愛そのものです。どうか私の妻になって下さい」
「まぁ、パスカル卿!」
シャルロットは差し出されたバラを受け取り答えた。
「嬉しいわ、パスカル卿。喜んであなたの妻になります!」
その場にいる全員が、唖然とした。
コンブルー公爵家という高位貴族出身の男性が。
貴族間で暗黙のルールとなっている求婚の段取りを、すべて飛ばしていきなりしたのだから。
招待客たちの反応は当然だ。
貴族の結婚は家同士の結びつきを重要視している。
だから普通はユベールのように男性側が女性の家に求婚状を送り。
求婚の許しをもらってから、はじめて本人に直接求婚をするのがルールだ。
女性側の家から求婚の許可が出た時点で。男性側の求婚が受け入れられたことが、ほぼ決まる。
「……なんてことを」
(正気とは思えないわ。今、目の前で起きている珍事は、醜聞になってもおかしくないレベルだわ。お母様はなぜ止めないの?)
お母様を見ると、驚いたようすもなく満足そうに笑っている。恐らくこの求婚劇も仕込みなのだ。
お母様から招待客たちに視線をうつすと、年配の貴婦人たちは不作法な求婚劇を眉をひそめて見ているが……
若い令嬢たちは羨ましそうに、うっとりとため息をつきながら熱烈な視線をおくっている。
恐ろしい速さで、この出来事は招待客たちの口から社交界にひろがって行くだろう。
「………っ」
(これは取り返しがつかない失敗だわ)




