31話 かわいい妻の…
社交シーズンもそろそろ終わりをむかえるころ、妻のデルフィーヌが妊娠した。
私はそんな妻のことが心配で心配で、とても平常心ではいられず。社交活動は私一人ですすめることにした。
「ユベール、そんなに心配しなくても私は大丈夫よ?」
「いや、ダメだよ」
「でも…… 私の場合、あまり悪阻もひどくないから」
「心配だから、ダメ」
「ねぇユベール、お酒を飲んだりしなければ平気だと思うの」
シュルッ…… シュルッ…… とネクタイを結んだけれど、形が気に入らず私はもう一度ほどいて結びなおした。
ふだんの簡単な結びかたではなく、夜会の正装にふさわしい華やかな形でネクタイを結びたいが。
王都で流行している結びかたは複雑すぎて、形を整えるのに苦労する。
コレも慣れの問題で。長い間、社交をサボって正装をしていなかったツケが、こんなところに出ているのだ。
「ねぇ、お願いユベール……」
「ダメだ。今夜の夜会は私一人で行くよ」
「でも夫婦そろって出席したほうが……」
「ダ~メ!」
クラバットの結びなおしを何度も繰り返している、私の手を見つめながら。デルフィーヌは自分も夜会に行くと抗議する。
妊娠がわかった日から私はデルフィーヌに、社交活動へ出かけることをいっさい禁止しているからだ。
「……もうっ!」
「ふふふっ…… そんなふうに、かわいく怒ってもダメだよ」
デルフィーヌは大丈夫だというけれど。どう見ても私には無理をしているようにしか見えない。
「君はあまり社交は好きではないし。だから無理をする必要はないんだ」
「あなたの妻として、モンパトワル子爵夫人の仕事をしたいだけよ」
「私のけなげな妻は昼間もずっと、私の執務の手伝いをしてくれているのに?」
(本当はそれだってさせたくない。今は自分の体調に集中してほしい)
私がそう思っていても。有能で真面目なフィーヌは、それでは気がすまないのだ。
「義母上やシャルロット嬢に会って嫌な思いをしたら。お腹の子に障るしね」
「狡いわユベール! そう言われたら、これ以上何も言えないわ」
「ふふふっ…… 知っているよ」
「んんんん~~~……!」
怒った妻は唸り声をあげながら、ジロリと私を睨みつけるが。そんな姿も可愛い。
思わず吹き出しそうになったが。
そんな態度を見せてデルフィーヌをカンカンに激怒させたら、お腹の子供の胎教に悪いから私はグッ…… とこらえた。
「それに今はまだ、君の妊娠を義母上とシャルロットに知られたくないだろう?」
義父上はともかく。義母上とシャルロット嬢がデルフィーヌの妊娠を知れば、どういう反応をするかわからない。
デルフィーヌと話し合い、妊娠の安定期にはいるまでは。
身体に負担がかからないよう、しばらく黙っておくことにした。
「……でも、私だけ夜会を欠席していたら。すぐに気付かれてしまわない?」
「ふふっ…… 私が男色家だと疑わない二人は、私たちはいまだに白い結婚を続けていると思い込んでいるから。そうはならないよ」
「……確かに、そうかもしれないわね」
そういうとデルフィーヌは私の首に手をのばした。
ほどいては結んでを繰り返していたクラバットを、私の手から取り器用に結びなおした。それも完璧な形で。
「上手いなぁ…… さすが私の奥様は完璧だね」
「当然よ。私はこういうことを使用人任せにしない主義だけど。あなたは任せたほうが良さそうだわ」
「ねぇ、フィーヌ。私の従者になる気はない?」
(毎回、こうしてフィーヌに結んでもらうのも良いかもしれないなぁ~)
思わず顔がニヤけてしまうと、デルフィーヌは苦笑した。
「それも良いけど、従者は新たに雇ってみてはどうかしら?」
「んん?」
「資金に余裕もあるし」
デルフィーヌも私と一緒に帳簿を見ているから。我が家の経済状態はしっかりと把握している。
借金の返済地獄にいたころ。
モンパトワル子爵家を維持するための経費を、最低限におさえるのに使用人の数を減らした。
その中には私の従者も含まれていたから、私はずっと自分のしたくは自分でしてきた。
借金をぜんぶ返済して余裕ができた今でも、変わらず私は自分ことは自分で整えている。
「新しい事業をすすめるなら。モンパトワル子爵家は潤沢な資金を用意できるほど、力を取りもどした。 ……と、見栄をはって貴族たちに見せることも必要だわ」
「それもそうだね。我が家のレベルが借金を作る前にもどったことを、アピールするのは重要かも知れない」
(なるほど。今まで必死だったから、そういうことまで考えが至らなかったよ)
「私に侍女をつけてくれているのだから、あなたにも…… ね?」
「さすがは富豪のロンスヴォー伯爵令嬢は賢いね。君の意見にしたがうよ」
(こういう時のデルフィーヌは私とは格の違いを感じる。妻から学ぶことはたくさんある。素晴らしい!)
「これでも伯爵夫人になるための厳しい教育を、幼い頃から受けてきたから」
「君が私の隣にいるだけで、立派にモンパトワル子爵夫人の仕事をしていると思うよ」
(だから君は、気負って無理をする必要はないんだよ)
「ああ、もう! わかったわ。今夜の夜会はあなたのいうとおり、欠席します」
「ふふっ…… わかってくれて、嬉しいよ」
私の胸に手をおき身体を支えながら。デルフィーヌは背のびをして私の顎にキスをする。
……そしてキラキラと輝く青い瞳でキッ! と私を睨みつけてきた。
「それよりも、アナタ。自分が素敵だからって、浮気をしたら許さないから!」
「……くう~~~っ!」
(私の妻、かわいすぎる!)




