29話 オリヴェ男爵家の音楽会3
音楽会の演目がちょうど半分までくると休憩時間となった。
ユベールが知りあいを見つけてあいさつに行くと、空席になった私の隣にシャルロットが座った。
「とても素晴らしかったわシャルロット。あなた、また歌が上手になったのではない?」
「ふふふっ…… 優秀なお姉様に褒められるなんて嬉しいわ」
「そう? 今までも、たくさん褒めていたつもりだけど。足りなかったかしら?」
私たち姉妹の仲はあまり良くない。だからと言ってずっと仲が悪いわけではない。
「それよりもお姉様を一人おいて、ユベールお義兄様はどこへ行ったの?」
「知り合いを見つけて挨拶に行ったの。ほら、あそこにいるわ」
私は背後を振り返り、壁ぎわで知人と話すユベールの姿を視線でシャルロットにおしえた。
「まぁ…… 楽しそうにお話ししているわ。もしかして相手のかたがお義兄様の恋人?」
「……っ!」
ギョッ! として、思わず私は周囲を見まわした。
休憩時間に入りユベールのように、知人に挨拶にいっているのか。
私たちの話が聞こえそうな範囲には、誰もいなくてホッとする。
「どうしたの、お姉様?」
シャルロットは首を傾げて無邪気に笑う。もちろん、本当に無邪気なわけではない。
私をあわてさせたいのか?
それともユベールの男色家というウワサに、再び火をつけたいのか?
──どちらかわからないけど。たぶんそんな理由でシャルロットはこの話題を出したのだ。
「シャルロット、あなた……」
「ふふふっ…… 私もわかっているのよ。お義兄様はお姉様に興味がないから、白い結婚なのでしょう?」
シャルロットは楽しそうに、知人と談笑するユベールに視線をむける。
「……」
(ユベールの男色家疑惑を否定したいけど)
こんなにたくさんの人たちがいる場所で、そんな話はしたくない。
それに真実を教えてシャルロットに変な気を起こされても困る。
できればもうしばらく、ユベールと平和な新婚生活をおくりたいから。
私は口を閉じてシャルロットと同じくユベールを見つめた。
偶然、ユベールと話し相手がコチラをむき、私と目が合った。ユベールは輝くような笑顔になる。
私の頬は強張っていたけどユベールに笑い返した。
「本当に残念ね。あんなに素敵な人なのに、女性を愛せないなんて…… 可愛そうなお姉様」
シャルロットはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
「……」
(残念なのはシャルロット、あなたのほうよ。こんなに美しい姿なのに、心の中は信じられないほど醜いなんて)
「お義兄様はなんて意地が悪い人なのかしら?」
「何ですって?」
(私だけなら我慢するけど、ユベールまで侮辱する気なの⁉)
「だって妻の目の前で、堂々と男性と浮気をするなんて…… お姉様もお辛いでしょうね」
「シャルロット。ユベールは知りあいに、挨拶に行っただけだと言ったでしょう?」
「もう、お姉様ったら! 無理をして隠さなくても良いのよ」
「隠していないわ」
(許せない! 私の愛する人まで愚弄するなんて)
カッ! と怒りが爆発しそうになったけど。私は手に持つ扇を開き、激しい怒りを隠した。
復讐心が芽生えた。
私はロンスヴォー伯爵家と妹シャルロットから解放されれば、それで良いと思っていたけれど。
それだけではこの怒りがおさまりそうにない。
知人と話し終え壁際で一人になったユベールにパスカル卿が近づく姿が、ふと目についた。
頭の中でカチッ…… と何かがかみ合う。不快なモノを排除する方法を考えついた。
私は迷わず実行に移すことにした。
「ねぇシャルロット。あの男性…… 素敵だと思わない?」
「お姉様?」
「今、ユベールの隣にいる男性よ」
「なぁに? もしかしてあの男性がユベールお義兄様の恋人なの?」
ニヤニヤと笑うシャルロットに、私はニッコリと笑って見せた。
デビューしたばかりのシャルロットは、パスカル卿こそ10年前にユベールとウワサになった人物だと知らないようだ。
「いいえ、シャルロット。パスカル卿はユベールの恋人ではなくて、私が気になっている人なの」
「……え、お姉様が⁉ それはどういう意味?」
シャルロットの顔から嫌な笑みが消え、驚きの表情が浮かぶ。
「パスカル卿はユベールの知人で、詩人なの。本物の芸術家よ? ねぇシャルロット…… そんな男性、素敵だと思わない?」
私はパスカル卿をうっとりと見つめるフリをした。
「お、お姉様は本当にあの男性が好きなの?」
パスカル卿が気になっているのは確かだけど、好きではない。むしろ嫌い。
……でも、私はあえてシャルロットの誤解を招くような言葉をならべた。
「ふふふっ…… パスカル卿は詩集を出版していて。それに彼はコンブルー公爵家の三男ですって。ふふっ……」
私の視線に気づいたユベールが私を見た。隣に立つパスカル卿もユベールの視線を追い私を見る。
二人の男性と目が合い、私は小さく手を振った。ユベールはほほ笑み、パスカル卿は睨みつけてくる。
「まぁ…… あのパスカル卿というかたは公爵家の出身なの?」
「ええ」
「お姉様のいうとおり素敵ね。コンブルー公爵家出身の芸術家だなんて!」
シャルロットの大きな瞳が輝き、声に好奇心が含まれていた。
「私…… パスカル卿に夢中なの。だからユベールと結婚して幸せよ」
(──さぁ、シャルロット! 私が撒いた魅力的なエサに喰いつきなさい!)




