27話 オリヴェ男爵家の音楽会
オリヴェ男爵家の舞踏室に椅子がならべられ、即席の観客席が作られていた。
音楽会と言ってもプロの音楽家を呼んで演奏させるのではなく。
オリヴェ男爵夫人に依頼された今年デビューしたばかりの令嬢たちが、それぞれ得意な楽器をもちより。
何組かにわかれて演奏を披露するというものだ。
一組目の令嬢たちは今年のデビュタントらしい。初々しい白や淡いパステルカラーのドレス姿で、楽器を手に取り観客の前にならんだ。
「ふふふっ…… 私も去年は男爵夫人に依頼されて、あの場所でバイオリンを演奏したのよ」
隣に座るユベールは興味しんしんで私を見つめてくる。
「へぇ~ フィーヌはバイオリンが得意なのか?」
「ええ」
ユベールは私の手を取りキスをした。
「それなら今度、観客は私だけで演奏会を開いてほしいな?」
「愛しい旦那様の依頼なら喜んでお受けするわ」
「楽しみだな。私の妻がそんなに多才だとは知らなかった」
「でも、最近は練習をサボっていたから…… 少しだけ時間を下さる?」
「練習を見学して良いならね」
「ふふふっ……」
周囲に座る人たちが仲睦まじい私たちのようすを、チラチラと盗み見てはヒソヒソと囁き合っている。
ヒソヒソ……
「思ったよりも仲が良さそうですわね……」
ヒソヒソ……
「ええ。あんなに急いで結婚したのには、何か理由があるのかしら?」
ヒソヒソ…… ヒソヒソ……
「普通なら夫人の妊娠を疑うところだけど、お相手が男色家ではね……」
私とユベールは過去に醜聞さわぎをおこした身で、そのうえ大急ぎで結婚したから。
どこへ行ってもこんな調子で注目される。
みんな私たちが白い結婚をした擬装カップルだと思っている。だから話の種にしたがるのだ。
扇を開いて唇をかくし、私はユベールの耳元でささやいた。
「あの人たち…… よくもあきずにウワサばかりしていられるわね?」
「あんなのは気にしてはいけないよ。それより君は大丈夫かい?」
“傷ついてないか?”とユベールが私の心配をしてくれる。
でも……
「あなたがとなりにいるから平気よ。むしろ自慢気に思っているわ」
「んん?」
私はニッコリと笑った。
「私の予想ではもっと惨めな思いをするかと覚悟していたけれど。何も感じないの」
貴婦人たちは口では陰口を言っていても、ユベールの麗しい姿をウットリとながめ。
妻の私には嫉妬をふくんだ羨望のまなざしを向けてくる。
だから私は惨めさを感じるどころか、ユベールと結婚できたことを勝ち誇った気分でいられるのだ。
「そうか。それなら良いけど」
ホッ…… とため息をつき、ユベールが笑った。
演奏がはじまり私もユベールも、うわさ話に花を咲かせていた貴婦人たちも。話すのをやめて演奏をする令嬢たちに注目する。
演奏が上手い令嬢もいればヘタな令嬢もいる。観客たちは令嬢たちの奮闘ぶりを温かい目で見守った。
妹のシャルロットも男爵夫人に依頼され、ピアノの伴奏に合わせて歌を披露した。
「カナリアのさえずりのように美しい歌声でしたわ」
……と観客たちに褒められシャルロットは、有頂天になり大はしゃぎしている。
お母様は悪目立ちをしている私たちから距離をおき。
少し離れた席でオリヴェ男爵夫人や友人たちに、シャルロットの自慢をしていた。
「君の歌声も聞きたいな」
隣の席からユベールがヒソヒソと私の耳元で囁いた。私もヒソヒソと囁き返した。
「妹は不器用だから楽器が苦手なの。だから私は妹を尊重するために、お母様から歌を披露することを禁止されていたの。楽器は得意だけど、歌は自信がないわ」
お母様に『妹の特技を取りあげるな』と、昔から釘をさされていた。だから私は歌の練習をしたことが無い。
「それは残念だなぁ……」
「ええ。バイオリンで我慢してくれる?」
「ふふふっ……」
機嫌良くニコニコと笑っていたユベールの目が不意に険しくなり。私の斜め後ろを睨みつけてチッ! と舌打ちした。
「どうしたの?」
私は夫の変化に驚き、ユベールが注目する視線の先を見ると……
そこにはユベールに一方的な好意をもち、ユベールが男色家だとウワサを流した人物。パスカル卿が立っていた。
「……なぜパスカル卿がここに?」
怠惰で放蕩者のパスカル卿が、こういう健全な場所を好むとは思えない。
「忘れていたよ」
「え?」
「あいつは昔から自分は芸術家だと自称していたから。こういう会には率先して出席するんだ」
「芸術家?」
私の疑問に、ユベールは吐き捨てるように答えた。
「あくまで自称さ。誰にも評価されない自分のヘタな詩集を自費出版して、身内に配るような自堕落なナルシストさ」
「ああ、ナルシスト…… なるほど」
何となくパスカル卿の性格が見えてきた。
たぶんパスカル卿はユベールに好意を寄せていても、ユベールを愛しているのではない。
ユベールに報われない恋をする、憐れな自分に酔っているのだ。だから自分の欲望に忠実で、ユベールの迷惑なんて考えない。
「パスカル卿はそういうタイプの人だったのね?」
「うん。ヤツに目を付けられたコチラとしては迷惑な話だよ」
パスカル卿からユベールに視線をうつすと…… ユベールはニヤリと笑った。
口角を上げて笑っているけどユベール瞳はすごく冷ややかで。パスカル卿の姿を見ただけでユベールが激怒していると感じた。
それほど自分勝手な元学友を嫌悪しているのだろう。
「ねぇ…… あなたこそ大丈夫?」
逞しい腕をなでながらたずねると。ユベールはフッと険しい表情を解き、私に本物の笑顔を見せてくれる。
「大丈夫だよ。結婚前に対策は考えてあるから」
「対策?」
「アイツの父親コンブルー公爵にね。息子のパスカルが私たちの結婚の邪魔をしないよう、前もって手綱を握っておいてほしいと頼みに行ったんだ」
「ああ」
「さわぎが起こってからでは、もみ消すために私を潰そうとするはずだが…… さわぎが起きる前なら、公爵家は息子のパスカルを抑えるほうに力を注ぐはずだからね」
公爵家ともなれば体面を傷つけられるのを極端に嫌う。たとえ身内でも厳しく対処するだろう。
「なるほど。確かにそうね」
(自堕落な放蕩者なら。パスカル卿が真面目に働いて、生活費を稼いでいるとは思えないし)
恐らくパスカル卿は実家からの援助金で暮らしていて。コンブルー公爵家には逆らえないはずだ。
「それと、この件に関しては君の実家に感謝しないと」
「私の実家?」
「うん」
裕福な私の実家、ロンスヴォー伯爵家は手広く事業を展開していて。コンブルー公爵家ともその関係で繋がりがある。
公爵家はロンスヴォー伯爵家を怒らせれば、経済的に深刻なダメージを受けると知っているのだ。
ユベールは私の手をトンッ、トンッ、とたたき。パスカル卿をいないモノとして扱うことに決めたらしい。
こっそりパスカル卿を見てみると。暗い表情を浮かべて私たちを、睨んでいる。
「……っ!」
その顔を見ていたら、あることを思い出した。
結婚した日に私の私室へ忍び込んできた、セルジュの嫉妬で歪んだ表情がパスカル卿の姿と重なった。
(彼は私たちに嫉妬をしているの?)
私の心臓がドクンッ…… と嫌な感じに跳ねた。




