26話 シャルロットの社交デビュー
モンパトワル子爵邸の執務室で、帳簿を付けるユベールのとなりに机をもう一つ置いて。
私は貴族たちから届いた招待状の返事を書いていた。
「ねぇユベール。オリヴェ男爵家で行われる音楽会だけど…… どう思う?」
「招待状が来たんだね?」
「ええ。でもお母様とシャルロットもたぶん出席するから、私たちは欠席した方が良いかしら?」
「そんなに二人に会いたくないのか?」
私はだまってコクリとうなずいた。
セルジュとの縁談が白紙にもどされ、シャルロットの結婚相手を新たに見つけなければならなくなった。
それで両親はシャルロットの社交デビューを早めることにした。
「……われながら、子供っぽいとは思うけど」
「いや、フィーヌの気持ちもわからなくないよ」
成熟した大人のユベールは洞察力が優れていて、そのうえ勘が良い。だから単純な私の気持ちなど、隠そうとしてもすべてお見通しなのだ。
「ユベールと二人で幸せいっぱいの時だから、何か面倒なトラブルがおきそうで怖いの。例えば結婚式の日に、セルジュが私の部屋に不法侵入したみたいに」
とにかく不安なのだ。
「ああ…… でも、あんなことは普通、滅多におきないことだからね」
「わかってはいるのよ?」
「それにフィーヌ。シャルロット嬢と君が仲良くする姿を、社交界でアピールしておいたほうが『妹を虐待した』という君の醜聞は間違いだと。貴族たちに教えることができるのではないかな?」
「それは、そうだけど……」
私の醜聞だけでなく。ユベール自身の『男色家』というウワサも夫婦仲良く社交活動をすれば、綺麗に拭いさることができるかもしれない。
「もちろんフィーヌを一人で行かせたりしないよ。必ず私がエスコートをするつもりだから」
今までとはちがい、結婚して人妻となった私は大人として扱われる。
付き添いなしで、私は一人でも社交活動ができるようになった。
「ええ……」
「今まで借金を返済するのに忙しくて、社交活動はあまりして来なかったけれど。これからは力を入れるつもりだしね」
異国の果物の栽培に成功し。ユベールは亡くなったお義父様の借金を完済した。
義弟のフランク様にすすめられて、次は異国の薬草の栽培を始めようとしていた。
それに目を付けた私のお父様は、持参金とは別にモンパトワル子爵家の事業に出資を決めた。
「新しい事業をすすめるなら、社交活動で得られる情報は貴重だものね……」
「私としてはもっと、フィーヌに社交を楽しんでもらいたいだけなんだけど」
「あなたと一緒にダンスを踊ると約束したし?」
「うん。それも含めて楽しまないとね」
手に持っていた帳簿をとじて執務机に置く。ユベールはニコリと笑い私が座る椅子の後ろにきた。
ユベールの体温であたためられた、サンダルウッドの香りにフワリと包まれる。
「……本当はね、シャルロットは私の大切なものを欲しがるクセがあるから。ユベールを奪われそうで怖いの」
(セルジュの時のようにユベールを妹に奪われたら、今度こそ耐えられないわ)
「何だ、そんなことか」
背後から私を抱きしめ、ユベールは耳元で囁いた。
「君の元婚約者のように、私も愚かな男だと思わないで欲しいな」
私はあわてて弁解した。
「そ、そんなつもりはないわ!」
(ただ、すごく不安を感じただけで。ユベールを侮辱するつもりはなかったわ!)
「大丈夫だよ。シャルロット嬢の話をフィーヌに聞いて、ウソつきだ知っているし」
「でもあの娘は本当に狡賢いのよ?」
「それでも私は彼女にだまされたりしない。だから私たちはお互いを信頼していれば、なんの問題にもならないさ」
ユベールの穏やかで低い声には、私の不安や恐れを静める効果がある。
「ユベール……」
「大丈夫だよフィーヌ。私は君を信じているから、君も私を信じてほしい」
「そうね、ユベールのいうとおりだわ。私はもっと夫を信じないと……」
「オリヴェ男爵家の音楽会は出席にしておいて」
「はい」
(これからはもっとたくさん話し合うべきね)
ユベールとほんの少し話し合っただけで、私の不安は消えた。
二人で音楽会へ行くことが楽しみに思えてきた。
背中から私を抱きしめる夫の力強い手にふれ、ほほ笑んだ。




