23話 ボタンのかけちがい2
嫉妬に狂い動揺する僕を、モンパトワル子爵は蔑むように言った。
「セルジュ卿…… いささか無礼すぎませんか?」
子爵は僕を睨みつけ、自分の背中でデルフィーヌを守るように隠す。
「無、無礼なのはそちらだ! 僕とデルフィーヌは大切な話をしていたのに、邪魔をして!」
僕が見上げるほど背が高く。十歳以上も年上の子爵と一対一で睨み合うと、大きな威圧感に負けそうになる。
僕は無意識のうちに後ろへ一歩下がった。
「愛する妻の私室に見知らぬ男がいたんだ。夫が邪魔をしないほうがおかしいだろう?」
「愛するだって⁉ アンタは男色家だろう? 女のデルフィーヌをどうやって愛すんだよ?」
僕は腹を立てていたけれど、子爵の言葉を嘲笑い挑発した。子爵の顔に怒りが浮かぶ。
大柄の子爵はほんの数歩で距離を縮め、僕の前に立ったと思ったら……
子爵は襟をつかみ僕を持ち上げる。
僕は無様なつま先立ちにさせられて、必死にもがいた。
「なっ……! や…… やめろ!」
「私の妻の前では、その下品な口は閉じておけ!」
「ア、アンタこそ野蛮な…っ… クソッ!」
子爵の手を引き離そうとしても、ガッチリと僕の服の襟をつかんだ大きな手は、ビクともしない。
「野良犬のように使用人の手で引きずり出されたくなければ、自分の足で今すぐ私たちの屋敷から出て行け!」
「なっ…… 僕はデルフィーヌと話があるんだ!」
(この僕を野良犬だって⁉ クソッ! 何様のつもりだ! 貧乏で平凡な子爵のくせに!)
「気安く私の妻の名を呼ぶな!」
「アンタこそ、僕たちの邪魔をするな! 僕が侮辱されたと父上に訴えてトレザン侯爵家の力を使えば、アンタなんてすぐにつぶすことができるんだぞ!」
「お前がそこまで言うなら、このことを正式に文書にしてトレザン侯爵家に抗議文を送ってやる! お前の父親にどちらが邪魔者か判断してもらおう」
「や…… やれるものなら、やってみろ! そんな脅しに僕は屈しないからな!」
「後先も考えられない子供みたいなヤツだな」
「愛し合う僕たちの間に入った、マヌケな男色家だとアンタが笑われるだけさ!」
(売られたケンカは買ってやる!)
「マヌケはあなたよ、セルジュ─────!」
部屋中に金切り声が響く。
「……っ⁉」
驚いて僕はピタリと動きを止めた。叫んだのはデルフィーヌだ。
パンッ!
子爵の背中に隠れていたデルフィーヌが僕の前に来て、いきなり僕の頬をたたいた。
「私はユベール様を愛しているの────! 私の愛する夫を侮辱するのは許さないわ!」
パンッ!
「恥を知りなさい────っ! 自分が先に裏切っておいて、なんて図々しい人なの⁉」
「デ… デルフィー…」
(愛する夫……⁉)
パンッ!
「気持ち悪いのよアナタ! なれなれしく私の名前を呼ばないで────っ!」
「!」
(僕が気持ち悪い⁉)
デルフィーヌの言葉にショックを受けてぼうぜんとする僕の頬を、デルフィーヌは容赦なく二度、三度とたたき続ける。
僕の襟をつかんでいた子爵は突き飛ばすように僕をはなした。
デルフィーヌが振り上げた手をつかみ、手のひらにキスをする。
「フィーヌ…… もうやめるんだ。可愛い手を痛めてしまうよ?」
「セルジュ…… 言葉でいくら説明しても理解しようとしないから!」
「大丈夫だよ、フィーヌ」
「絶対にユベール様を侮辱したのは許せないわ!」
大きな瞳に涙をためて訴えるデルフィーヌを甘やかしながら。子爵は愛おしげにほほ笑み、何度も唇にキスをしてなだめる。
「私のために怒ってくれて嬉しいよ、フィーヌ」
「もう…… ユベール様ったら……」
「ふふっ…… 猛々しい君も可愛いね、また惚れ直してしまうよ」
「もう……っ!」
デルフィーヌは僕の存在など忘れたように、頬を赤らめ夫の顔を潤んだ瞳で見つめている。
こんな夫妻の姿を……
二人の事情を知らない人が見たら、夫の子爵が男色家だとは誰も思わないだろう。
「私はあなたの妻だから、怒るのは当然だわ! それにセルジュなんかに、私たちの幸せを邪魔されたくないの」
「うん、そうだね。今はダメでも私たちがしっかりと愛し合い、幸せだと見せつければ…… セルジュ卿も文句は言えないさ」
「でもユベール様……」
「すぐにセルジュ卿は、君を失ったことを後悔するだろう」
デルフィーヌは年上の夫に甘え。妻に甘えられた子爵は愛しそうにデルフィーヌを慈しんでいる。
「デ、デルフィーヌ……!」
僕が名前を呼ぶと、デルフィーヌはキッ! と睨みつけてくる。
「セルジュ卿、あなたにはウソつきのシャルロットがお似合いよ。あの娘とお幸せに!」
「……っ」
(ど…… どういうことだ⁉ コレはデルフィーヌが仕掛けたかけ引きではないのか⁉)
二人の関係が白い結婚だったとしても。お互いを気づかい愛し合う、仲の良い夫婦にしか見えない。
子爵が男色家でもデルフィーヌは気にしていないようすだ。それほど深く二人は愛し合っているのだ。
「………ウソだろう?」
(もしかして僕はデルフィーヌにすてられたのか?)
子爵はぼうぜんとする僕に「祝賀パーティーは欠席して、二度と妻に近づくな」と警告を残し。
デルフィーヌと一緒に部屋を出て行った。
「どういうことだ……?」
(今まで僕は頑なに妹のシャルロットに謝罪させることばかり考えて、無視していたけど。デルフィーヌと本気で別れようとは思っていなかった……)
妹を虐待して罪を犯したデルフィーヌではなく。
正しいことをしている僕のほうに、別れるかどうかを決める権利があると…… そう思い込んでいた。
昔からデルフィーヌは僕を愛していると信頼していたから。僕の気持ちが変わらない限り、関係も変わらないと。
でも違った。それに気が付いても、何もかもおそい。
さっきまでデルフィーヌが座っていた椅子に、僕は腰をおろした。
デルフィーヌの温もりが椅子に残っているのではないかと、期待したけれど。何も感じない。
「ああ…… こんなのウソだ! デルフィーヌ…… ううっ…… ウソだ…っ… うう……」
幸せそうな花嫁姿のデルフィーヌを見て、ようやく僕は自分が作った妄想の夢からさめて。
現実をつきつけられた。
いったい僕は、どこからボタンをかけ違えていたのだろう?




