21話 デルフィーヌの結婚4
目の前で怒鳴るセルジュが……
私にはまるで、初めて会った他人のように見えた。
それどころかセルジュの言動に、困惑を通りこして気持ち悪さを感じている。
「まさか、あなた…… 私が今も復縁したがっていると、本気で思っているの?」
「いいか、デルフィーヌ。こうして付き合わされる僕の身にもなってくれよ! 将来、僕と結婚するとしても、これで君は離婚歴がある傷モノになってしまうじゃないか」
セルジュはまた、大声で怒鳴った。
「……離婚っ⁉」
(私とユベール様の結婚式を見て、そんなことを考えていたの⁉ 頭がどうかしているとしか思えないわ!)
「こんなに傷がついた女と結婚しなければいけない僕が、どれだけ大変な苦労をするか。君は少しでも考えたことはあるのか⁉」
興奮したセルジュは言葉を発するたびに、大声で怒鳴り続ける。
「大声で怒…… 怒鳴るのはやめて。セルジュ……」
(恐いわ。本当にこの人はどうしたの⁉)
「君こそ、こんなバカなかけ引きはやめてくれ!」
「……私はかけ引きなんてしていない」
(かけ引きをしていたのは、私と対話するのを拒み続けたセルジュのほうだわ!)
「だから素直になれよ! 今回は許してあげるから。そろそろ僕のところにもどっておいで」
セルジュは大股で歩みより椅子に座る私の前で跪き、媚びるように微笑んだ。
「……っ!」
本気でそう思っているらしいセルジュに、私は絶句した。
「なぁ、デルフィーヌ……? 僕も悪かったよ。君に冷たくして……」
「……」
「もう少し君に優しくすればよかったと、反省しているよ」
「……」
「だからそんなに拗ねるなよ? な? 良いだろう? 君は僕が……」
パシッ!
私の手に触れようとしたセルジュの手を振り払った。
「デルフィーヌ!」
「……私の前から消えて」
(嫌だ、何なの? 持ち悪いわ! セルジュがこんな人だと思わなかった)
背筋が寒くなるほどゾッとして、ドレスの下の肌に鳥肌がたっている。
セルジュを冷ややかに見下ろすと、奇妙に歪んだ私の姿がセルジュの瞳にうつっていた。
「そんなこと言わずに、機嫌を直してくれよ。なぁ…… デルフィーヌ?」
「……」
私が何を言っても、セルジュは自分の都合の良い解釈をしようとする。これでは妹を虐待したと、私に謝罪を強要していた時と何も変わらない。
これ以上、セルジュと話すことはない。
私と対話をする機会を自分からすてたセルジュに、今さら話すチャンスをあたえる気は無い。
何もかもおそいのだ。
「セルジュ、私たちは終わったの」
「デルフィーヌ!」
「私から婚約解消をしたいとお父様に訴え、それをセルジュが受け入れた時に…… 私たちは完全に終わったの」
ピクンッ! とセルジュの頬が痙攣した。
「だからそれは、僕を……」
「あなたとやり直すつもりはありません!」
セルジュの話を遮るように、私は冷たい声で自分の言葉を重ねた。
「デルフィーヌ!」
「私はモンパトワル子爵夫人です。これ以上の無礼は許しません。お帰りくださいセルジュ卿」
「なっ…!」
「私はモンパトワル子爵夫人です。お帰りくださいセルジュ卿」
「ひ、ひどいよ……」
「いくら招待客でも、子爵夫人の私室に許可も無く入るなんて許しません」
「クソッ! デルフィーヌ、少しは僕のいうことを聞けよ!」
ガチャッ! と扉が開く音が背後から聞こえた。
セルジュが入って来た廊下がわの扉ではなく。隣のユベール様の部屋と私の部屋をつなぐ扉が開いたのだ。
「デルフィーヌ、用意はできた……」
穏やかな声で話しながらユベール様があらわれたが。私の前に跪くセルジュの姿を見てスッと表情が険しくなる。
「……ユベール様!」
私は不思議なほどホッとして、椅子から立つとユベール様にかけ寄った。
ユベール様は私を引き寄せ、広い胸に抱き締めてくれる。
体温で温められたユベール様が付けている、サンダルウッドの香りがフワリと私を包んだ。
「何があった?」
「ユベール様……」
緊張の糸が切れて、強張っていた私の身体が羽のように軽くなった。
気が休まりハァ──… とため息をつくと。ユベール様が私を甘やかす時に使う愛称で呼び、私の心配をしてくれる。
「大丈夫か、フィーヌ?」
「はい。ちょうどユベール様が来てくれて助かったわ」
(いきなり密室で元婚約者と2人っきりになるなんて。こんなところを使用人にでも見られたら、また誤解されて醜聞の餌食になってしまうところだったわ)
「彼は誰だ?」
「元婚約者のセルジュ卿です」
「……セルジュ卿?」
ユベール様の声に明らかな嫌悪感が滲んでいた。
私はまたハァ──… とため息をつく。
これから私たちは祝賀パーティーの主役となり、招待客たちの注目を浴びなければいけない。
醜聞まみれの私たちにとって、少しも気が抜けないイベントが待っている。
今は本当に疲れているから、セルジュの相手をするために気力を削られるのが嫌なのに……
「セルジュ…… いまだに私が、自分と復縁したがっていると勘違いしていて」
「復縁? 私たちはさっき結婚したのに⁉」
「ええ。なのに私がいくら説明しても、話がかみ合わないの」
ユベール様は切れ長の綺麗な目で、セルジュを睨みつけた。
「つまり…… あの男は自分からフィーヌを手放すような、愚かなマネをしておいて。今さらあわてて取り戻しに来たのか?」
「ええ、そうみたい。もう、嫌だわ!」
「かわいそうに。フィーヌ…… 私がついているから、心配ないよ」
「うん」
ついついユベール様に甘えて、私が愚痴っぽくなってしまうと。そんな私をなだめるようにユベール様は唇に素早くキスをした。
私たち新婚夫婦の仲睦まじい姿を見ていたセルジュが、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「……やっ! やめろよ、デルフィーヌ! そんな奴とキスするなんて!」
さっきもセルジュに怒鳴られ、私は緊張で身体をガチガチにかたくしていたけれど。
今はユベール様の腕に守られているから、セルジュに怒鳴られても安心して聞き流すことができた。




