17話 私の婚約者
婚前契約がまとまりユベール様は契約書に署名をするため、再びロンスヴォー伯爵邸におとずれた。
「デルフィーヌお嬢様、モンパトワル子爵様がいらっしゃいました」
「まぁ、すぐ行くわ!」
使用人に呼ばれて玄関ホールへ行くと、ユベール様の前で可愛らしく笑うシャルロットの姿を見つけ困惑した。
(この時間になぜシャルロットがここにいるの? 今は学園で講義を受けている時間なのに)
シャルロットの存在に不安を感じたけれど。なるべく私は平常心を保ってユベール様に挨拶した。
「お待ちしていました、ユベール様。妹が失礼なことをしてなければ良いのですが……」
「ああ、デルフィーヌ嬢」
ユベール様も私よりも先に挨拶にでたシャルロットに、困惑しているようすだ。私の呼びかけにホッとした顔をする。
自宅とはいえ初対面の若い娘が誰からの紹介もなく、いきなりペラペラと話しかけたのなら、ユベール様が困って当然だ。
「シャルロット、あなた学園はどうしたの? 今は講義を受けている時間でしょう? なぜこんなところにいるの?」
(答えは聞かなくてもわかるけど)
ユベール様がどんな人物か知りたくて、適当な理由をつけて学園を早退したのだろう。
「まぁ、お姉様! こんなにユベール様をお待たせするなんて、いけないわ! おかげでたくさんお話しできて、私は楽しかったけれど」
ミルクをなめた子猫のように、シャルロットは満足そうに笑う。
「お待たせした……?」
(私は使用人に呼ばれてすぐに来たのに?)
私を呼びに来た使用人を見ると、気まずそうにサッと視線をそらした。
「……っ!」
(やられた!)
たぶん…… ワザと私が遅れて出むかえ出るよう、シャルロットが使用人に指示したのだ。
ひとまずシャルロットの悪戯は置いといて、私は丁寧に頭を下げてユベール様に謝った。
「お待たせして申し訳ありません、ユベール様。何か手違いがあったようです」
「どうか謝らないで下さい、デルフィーヌ嬢」
チラリとシャルロットを見てから、ユベール様は小さくうなずく。“君は何も悪くないだろう?” と苦笑をうかべた。
ユベール様は、シャルロットの無礼な悪戯を見抜いていたらしい。
たったそれだけのことでも、私には大きな喜びとなった。
嬉しくてユベール様にハグしたかったけど、我慢して手を差し出した。
私が差し出した手を取りキスをすると、ユベール様は嬉しいそうにアメジスト色の瞳を細めて笑う。
「デルフィーヌ嬢、この日を心待ちにしていました」
「私もです」
「婚前契約書をかわす前に、少しだけ二人で話せませんか?」
「はい」
そんな私たちの仲を引き裂くように、かん高い声でシャルロットが話に割って入ってきた。
「待って、お姉様! おふたりが知り合った馴れ初めをお聞きしたくて、学園からわざわざ帰って来たのよ? ねぇ、私も一緒にユベール様とお話ししたいわ!」
「シャルロット…… いくら何でもユベール様に失礼だわ」
「で、でもお姉様…… 私、ユベール様にお会いするのを楽しみにしていたのよ?」
無邪気さをよそおい、シャルロットはグスッ… グスッ… と涙ぐみながら、いつもの汚い手を使い始める。
「申し訳ありません、シャルロット嬢。私たちは大切な将来について、大人の話をしなければいけませんから、ここで失礼します」
「えっ?!」
ユベール様に予想外の反応をされ、シャルロットは泣くフリをやめて顔をあげた。
シャルロットがいつもの愛されキャラを演じて、無邪気さを前面に出していたから。
ユベール様は皮肉をそえて、シャルロットを無邪気な子供として扱ったのだ。
淑女に対してならユベール様の発言は、無礼極まりないけど。私は痛快に感じて思わずプッ!と吹き出してしまう。
「シャルロット嬢、お話はまたの機会にしましょう。 私とデルフィーヌ嬢が結婚すれば、いくらでもそんな時間はつくれますから」
切り捨てるようにユベール様は言い放つと、私の手を取りシャルロットを置き去りにした。
「あっ! ユ、ユベール様⁉」
何が起きたのかわからないという顔で、呆然とするシャルロット。
ユベール様のエスコートで応接室へ向かいながら、私はクスクスと笑った。
「デルフィーヌ嬢、いくらあなたの妹でも…… あの媚の売り方には失笑を禁じえません」
「そんなに、あの子の態度はおかしかったですか?」
うんざりとした表情を浮かべるユベール様。
「ええ。あなたに前もって彼女の性格を聞いていたので、吹き出さずに済みましたが」
「でも両親はいつも、あの子のああいう態度が可愛くて、どんな我がままにも絆されて溺愛しているのに?」
ユベール様はフッ…… と鼻で笑った。
「私を嵌めたパスカルが…… 『こんなに愛し合っているのに報われない』と、いつも悲恋をよそおっていましたからね」
「ああ…… それで、ああいう演技にうんざりしているのですね?」
(私と同じでユベール様も、今まで被害を受けて来たから)
「はい。話す内容とは正反対にシャルロット嬢の瞳はそれを裏切り、楽し気に見えました」
「ふふっ…… ユベール様の目は誤魔化せないということですか」
「そういうことです」
「ふふふっ…」
心から理解しあえる仲間となったユベール様に、幸運にも出会えたことを女神様に感謝した。




