16話 求婚3
私とユベール様は2人そろって執務室へゆき、そこで待っていた両親に求婚の報告をした。
「ロンスヴォー伯爵。たった今、デルフィーヌ嬢に私の求婚を受けてくださると、良い返事ををいただきました」
ユベール様は両親に報告すると、隣に立つ私を見下ろし嬉しそうに笑った。
私もユベール様にほほ笑み返し、視線を両親にむけた。
「お父様、お母様…… ユベール様がおっしゃる通り、求婚を受け入れました」
「…そうか。では婚約をすすめよう」
「……」
両親はこの縁談を始めから歓迎していなかったから。私たちの報告を聞いても、あまり嬉しそうではない。
お父様は素っ気なく答え、お母様は沈黙で私たちの結婚を反対した。
執務室から応接室へ移動して、ソファセットに腰をおろして話し合いをすすめることになった。
両親は私がこの場から退席することを望んだけれど……
「デルフィーヌ嬢のことを決めるのに、その場にいないのは不公平です」
……とユベール様が口添えをしてくれたから。
「モンパトワル子爵がそれでよろしいなら」
……と両親はしぶしぶ、私が話し合いに加わることを許可した。
私は無言で結婚を反対する両親の隣ではなく。私との結婚を望んでいるユベール様と並んでソファーに腰をおろした。
「ロンスヴォー伯爵、デルフィーヌ嬢は学園でとても辛い思いをしていると聞きました」
「ああ、それはですね……」
お父様が気まずそうに顔をしかめた。
「私はくだらない醜聞については信じていませんので、ご安心を」
「そ、そうでしたか」
ユベール様の言葉でお父様は、見るからにホッ…… とした様子でうなずく。
「ですが伯爵。通常よりも婚約期間を短くして卒業を待たずに婚姻の儀式をあげてしまったほうが、デルフィーヌ嬢の負担が減るのではないかと思われます」
必要な教養を学園で身につけたら、卒業を待たずに結婚をする令嬢はたくさんいる。
だからユベール様の提案は特別なことではない。
「何ですって⁉ デルフィーヌはとても優秀で、卒業する時には最優秀者として学園から表彰されるのは間違いないのですよ?」
ユベール様の提案を聞き、それまで沈黙していたお母様が火がついたように激しく反対した。
「モンパトワル子爵様はそれを待たずに退学しろと、そうおっしゃるのですか? なんて残酷な…… デルフィーヌの努力を無視されるおつもりですか⁉」
「なるほど、そうでしたか。申し訳ありません、伯爵夫人。それほどデルフィーヌ嬢が勉学に励み優秀な成績をおさめたかただとは知りませんでした。本当に素晴らしいお嬢様ですね」
お母様に激しい怒りをぶつけられユベール様は驚いた表情を浮かべるが。あわてたようすもなく、隣に座る私を見下ろしニコリとほほ笑んだ。
“どうしたい?” ……とユベール様にたずねられている気がして、私は正直に答えた。
「このまま卒業して優秀者として表彰されても…… その努力さえ『妹を虐待した』という醜聞にからめられて、嘲笑されるだけだと思います」
(学園に残っても私が得られるものは、元友人たちからの残酷なしうちだけだわ)
今の私では笑われて皮肉を言われるのが目に見えていて、屈辱を感じるだけだ。
それこそ、今までの努力を汚されるようで嫌だ。
「でもデルフィーヌ! 学園からあなたが優秀だと表彰されるのは名誉なことよ? きっとたくさんの貴族たちが、あなたを称賛するわ」
お母様には学園で私がどういう状況にいるのか、話してあるのに。まるで理解はしていないらしい。
「今は私が何をしても、悪く捉えられてしまうから……」
(お母様は虚栄心が強いから。きっと私が学園で一番優秀な生徒だったと、社交界で自慢したいのね)
今までもそうだった。
我が家で開いたお茶会で招待した貴婦人たちに、妹のシャルロットを紹介する時。
『身体が弱いけど誰よりも美しい』と自慢するけど。
私のことは『妹に比べて長女の容姿は平凡ですが、学園の成績だけは優秀なのです』と話しているのを聞いたことがある。
(あの時、私がどれだけ傷ついたかお母様は知らない。自慢の種が1つ減るのが、お母様は気に入らないのでしょうね……)
反対するお母様の態度に表情を曇らせた私を見て。ユベール様は私の気持ちをくみ取り話を続けた。
「伯爵夫人…… 他人からの称賛よりも今はデルフィーヌ嬢の心の安寧を求めるほうが、何よりも大切ではないでしょうか?」
この世に生まれた時から付き合いのある両親よりも、私を思いやるユベール様の優しさが胸にジーンとしみる。
「お母様、お父様…… どうか名誉よりも、私の幸福を優先させて下さい」
(私だって穏やかな生活を望んでも良いはずだわ。称賛なんていらない! 私は誰かに愛されながら静かに暮らしたいの)
ユベール様の前で、私と両親の見苦しい言い争いを見せたくない。
「ねぇ、デルフィーヌ。醜聞なんて気にしないで、もう少しだけ辛抱すれば良いだけなのよ? あなたなら簡単でしょう? 伯爵家のためにお願い」
ユベール様が意思を曲げる気がないと理解したのか、お母様は媚びるように私に懇願する。
そんなお母様をお父様が止める。
「やめなさい」
娘に媚びるお母様の態度が、お父様の目には卑屈に映ったせいか?
……それとも娘自身に『私の幸福を優先させて欲しい』と言われ、少しは罪悪感を感じたのか?
お父様はすぐに結論を出した。
「デルフィーヌが望むなら、ユベール卿の提案を受け入れよう。このまま娘が学園に通っても醜聞が燻り続けるだけだ。ここで醜聞に決着をつけるべきだろう」
婚前契約の書類ができしだい、ロンスヴォー伯爵領の神殿で婚約式をおこない。
3ヶ月後に婚姻の儀式を、モンパトワル子爵領の神殿でおこなうことがその場で決まった。
そして私の辛かった学園生活は、結婚の準備を理由に終わりを告げた。




