15話 求婚2
ロンスヴォー伯爵邸の応接室でモンパトワル子爵ユベール様が片膝をつき、緊張した表情で私の手を取り求婚の言葉を口にした。
「デルフィーヌ嬢、どうか私の妻になって下さい。あなたと最初に踊る権利を私に下さい」
「はい。喜んで、ユベール様。 ……と言いたいところですけど」
(こんなに早く私の望みがかなって嬉しいけれど……)
でも──
まっすぐ私を見あげるユベール様から視線をはずし、私はおずおずとたずねた。
「ユベール様は…… 学園で流れた私の醜聞を御存じですか?」
(あまり社交活動をしないのなら知らないかもしれない)
「あなたが妹さんを虐待したというウワサですか?」
ドクンッ……! と私の心臓が胸の中ではねた。
「はい」
(ああ…… 知っていたのね?)
「私は自分の目を信じます。デルフィーヌ嬢は私の男色家だというウワサをご存知ですか?」
私ははずしていた視線をユベール様に戻してうなずいた。
「ええ。すべてユベール様に思いを寄せる、男性が流したウソだと知っています」
「デルフィーヌ嬢……⁉」
ユベール様は私の答えに驚き、アメジスト色の瞳を大きく見開く。
私はまたユベール様から視線をそらし…… 応接室の窓から庭を見るフリをした。
「ユベール様に謝罪しなければいけないことがあります」
「私に…… 謝罪ですか?」
ユベール様の声が不安そうにゆれる。
「私…… ジョルヴィル伯爵家の舞踏会でユベール様が、パスカル卿と夜の庭園で話しているのを…… 盗み聞きしました」
ハッ! とユベール様が息をのんだ。
「……っ! あの場にあなたもいたのですか⁉」
「はい。シリルお兄様も一緒でした」
「シリル卿も…… そうでしたか。お恥ずかしい、耳汚しな話を聞かせてしまいましたね」
応接室の窓からユベール様に視線をもどすと……
ユベール様は眉間にシワをよせて苦し気な表情をうかべていた。
「いいえ、私はすべて聞いて良かったと思いました。ユベール様も私と同じく…… 自分の欲望を優先させる人の犠牲者なのだと、知ることができましたから」
「犠牲者…… やはりデルフィーヌ嬢の虐待したという、あのウワサはデタラメなのですね?」
「はい。信じられないかもしれませんが…… 私のものを欲しがる妹のシャルロットが、私の婚約者を欲しがり周囲の人たちについたウソなのです」
(本当に恥ずかしいわ。私が犯した罪ではないけど。身内にそんな卑劣なことをする人がいるなんて、結婚するかも知れない男性に告白するのは)
でも先にすべてを話しておかなければ、後で誤解が生まれたりするかもしれないから。
弁解する私の声が、あまりの不安で情けないぐらい震えて欲しがる
「あなたを信じますよ、デルフィーヌ嬢」
「本当に……?」
「あなたが誰かに暴力をふるうような人ではないと、こうして話していればすぐにわかります」
私から不安をぬぐい去る優しい声で、ユベール様は『大丈夫だよ』と語りかけて来た。
目の奥が熱くなり、急激に瞳が涙でうるんでゆく。
「ユベール様……」
「ウワサが本当だとしても、何か複雑な理由があったのだと…… 私はそう思っていました」
おもしろおかしく無責任な人たちに広められる、醜聞のすべてが真実ではないと。同じ経験があるユベール様の言葉は重い。
緊張が消えたユベール様の顔に、ふわりと魅力的な笑顔がうかぶ。
私もホッ…… とすると、こぼれ落ちそうになった涙を指先でぬぐった。
ユベール様は自分の手に取った私の手に、そっとキスをする。
軽く目を閉じたユベール様のまつ毛が、とても長いことに気付き……
私の前で跪くユベール様の奇跡のような美しさをうっとりとながめた。
「デルフィーヌ嬢、過去に傷を持つ私ですがあなたを大切にします。どうか結婚して下さい」
「はい、ユベール様」
「ありがとう、デルフィーヌ嬢」
「私のほうこそ、ありがとうございます。これで好きなだけあなたとダンスが踊れるわ」
「ええ、踊りましょう!」
「……ふふっ」
(結婚したらこんなに美しい男性の顔を、毎日見られるのが嬉しいわ! 本当にわくわくする!)
シリルお兄様のいうとおり、私は美形が大好きらしい。
ユベール様は立ちあがる。
今度は私を見おろしながらもう一度、私の手にキスをした。
「あなただけを愛し続けると誓います」
「私も誓います。あなたを愛し…… あなたを信じ、一番の味方になると誓います」




