11話 ジョルヴィル伯爵家の舞踏会
モンパトワル子爵ユベール卿と出会ってから三日後。
ジョルヴィル伯爵家で開かれた舞踏会で。
約束通りにモンパトワル子爵様からダンスに誘われ、私は短くても楽しい時間をすごした。
「もう一度…… 踊りたいわ」
「ええ、本当に。こんなにダンスを楽しく踊れたのは久しぶりです」
「ふふふっ…… 子爵様のようなダンスの名手に出会えて幸運でした」
(それにこんなに美しくて素敵な男性を、私が独り占めできるのが何よりも嬉しいわ)
子爵様の背後にいた女性が私を羨ましそうに見ていて、ほんの少し優越感を感じた。
妹シャルロットのウソでセルジュと仲違いしてから。こんなに楽しい時間を過ごしたのは初めてだ。
「デルフィーヌ嬢、どうか私のことはユベールとお呼び下さい」
「まぁ……! はい。ユベール様」
(ユベール様も私に好意を持ってくれているのかしら?)
ウキウキと心がはずみ、思わず私は自分の胸に手をあてた。
ユベール様もアメジスト色の瞳をキラキラと輝かせて、楽しそうに笑う。
……きっと私の瞳もユベール様には輝いて見えるはずだ。
そんな私にお目付け役の従兄、シリルお兄様が釘をさす。
「デルフィーヌ、あまりモンパトワル子爵を困らせてはいけないよ」
「ええ、わかっているわ」
シリルお兄様に『新たな醜聞騒ぎに巻き込まれたいのか?』 ……と警告されたのだ。
舞踏会に出席するためロンスヴォー伯爵邸に私をむかえに来たお兄様は、馬車の中で何度も私に注意した。
『モンパトワル子爵には、必要以上に近づかないように』
『でもシリルお兄様……』
『確かに男の僕から見ても、モンパトワル子爵は魅力的だよ。でもね、デルフィーヌ……』
『シリルお兄様が、何を心配しているのかわかるわ』
(“男色家”というウワサが、ユベール様には付いて回っているから)
ユベール様と仲良くすれば。
私まで“男色家に夢中になった愚かな娘” ……とバカにされ、新たな醜聞を社交界に提供することになるだろうと。
シリルお兄様は心配しているのだ。
ただでさえ”妹を虐待する姉”という醜聞が、私にはついて回っているのに。
『だから今夜、子爵と約束したダンスを踊ったら…… それであきらめるんだよ?』
『……』
『デルフィーヌ、わかったね?』
『……』
素直に“はい”と言えなかったけど。私を心から心配するシリルお兄様に、反論もできなかった。
『僕は君が傷つく姿を見たくないよ?』
『シリルお兄様……』
(手に入れたばかりの恋を、こんなに早く手放すことになるなんて…… 神様は本当に残酷だわ。それともコレは、私が幸せになるための試練なの?)
切ない思いを巡らせ、ユベール様の端正な顔を見あげていたら……
ふと、ピリピリとした視線を感じた。
気になってユベール様の後ろを見ると……
シリルお兄様とユベール様は、背中をむけているから気づかないけど。
大きな花瓶に隠れるように立っている男性が、コチラを睨んでいるように見える。
私は扇で唇をかくしてお兄様にたずねた。
「ねぇ、シリルお兄様…… 大きな花瓶の陰に立っている男性は誰かしら? さっきから睨まれている気がするの」
「んん?」
私の問いかけにシリルお兄様だけでなく、ユベール様も一緒に背後を見た。
ハッ!
…とユベール様が息をのむ音が聞こえ、私が見上げると。
ユベール様の顔から魅力的な笑顔が消え、険悪な表情で花瓶の陰に立つ男性を睨みつけていた。
「ユベール様……?」
「すみません、デルフィーヌ嬢。知人に挨拶をしてきます」
「はい」
(ユベール様の知り合い? 睨みつけるなんて、仲が悪いのかしら?)
ユベール様は顔を強張らせてかたい笑顔を作り、私に軽くお辞儀をすると花瓶の陰に立つ男性のもとへ歩いて行く。
私はヒソヒソとシリルお兄様にたずねた。
「ねぇ、シリルお兄様…… あの男性は誰?」
「……放蕩者で有名なパスカル卿だよ。コンブルー公爵家の三男だ」
「パスカル卿……?」
「……昔、モンパトワル子爵の恋人だとウワサになった人物さ」
「……っ!」
(あの人が⁉ ユベール様の恋人?)
挨拶をするからと私から離れていったユベール様は、パスカル卿と一緒に近くの扉から暗い庭へと出て行った。
私は衝動的に二人の後を追いかけ、扉から外へ出た。
「待ちなさい、デルフィーヌ!」
「嫌よ。だって気になるわ」
「デルフィーヌ!」
あわててついて来たシリルお兄様に腕をつかまれ制止されたけど。
それでも私はお兄様の手を振り払い、ユベール様の後を追った。
「デルフィーヌ!」
「ユベール様が心配だわ!」
「心配……って…」
「もう……っ! ユベール様を見失ってしまう!」
これ以上、私たちが揉めると人の目を引くと判断したシリルお兄様が先に折れた。
「ああ、もう…… わかったよ。見守るだけにするんだよ?」
「そのつもりよ」
私とシリルお兄様はユベール様の後を追い、月明かりを頼りに庭の奥へと進んだ。




