10話 モンパトワル子爵
従兄のシリルお兄様は、不意にモンパトワル子爵様に声をかけられた。
「シリル卿、お子様が誕生されたそうですね。おめでとうございます」
「ええ、モンパトワル子爵…… ありがとうございます」
挨拶を済ませた子爵様の視線が、シリルお兄様から隣に立つ私にチラリと向く。
私を『紹介してくれ』と子爵様は視線で、シリルお兄様にサインを送ったのだ。
「ああ、子爵…… この子は僕の従妹で、ロンスヴォー伯爵家のデルフィーヌです」
「お会い出来て光栄です。デルフィーヌと申します。以後、お見知りおきを」
私はシリルお兄様の紹介で、子爵様にお辞儀をすると。お兄様は続けて子爵様を私に紹介する。
「デルフィーヌ、モンパトワル子爵のユベール卿だよ。君のお父上とも仕事で何度か交流があるんだ」
「初めましてデルフィーヌ嬢。ロンスヴォー伯爵のお嬢さんでしたか…… あなたのお父上には、とてもお世話になったのですよ」
「まぁ、そうでしたの?」
(お顔だけでなく、子爵様はお声も良いわ! 低いのに甘く響いてウットリするような声だわ!)
私の婚約者候補にと、シリルお兄様の知人を何人も紹介されたけれど。モンパトワル子爵様ほど興味をそそられる人はいなかった。
シリルお兄様のいう通り、私は自分で思うよりも美形好きなのかもしれない。
「デルフィーヌ嬢。お父上はお元気ですか?」
「はい。 驚くほど元気ですわ」
(まぁ~…… 子爵様は笑顔も素敵!)
私はニヤけてしまいそうな唇を扇でかくした。
「デルフィーヌ嬢、よろしければ踊っていただけませんか?」
モンパトワル子爵様が私に手を差し出した。
「!」
(まぁ、まぁ、まぁ! シリルお兄様にモンパトワル子爵様は男色家のウワサがあると聞き、さっきは紹介してもらうのをあきらめたのに。まさかその本人から誘われるとは思わなかった!)
私は少し動揺したけど。
チラリとシリルお兄様をうかがうと小さくコクリとうなずいたから、私は子爵様と踊ることにした。
「はい。私で良ければ……」
間近で見るモンパトワル子爵様はクラクラとめまいがするほど美形で、私は何度も盗み見た。
「……っ」
(本当に美しい男性だわ!)
歩く姿にまで大人の色気があふれていて、言葉だけでは言い表せない魅力がある。
舞踏室のまん中まで来ると、むかい合って立つ。
そこで私の目の高さが子爵様の広い胸のあたりだと気づき、2人の身長差に感動をおぼえた。
「……っ!」
(あらあらあら!)
学園の親睦会でセルジュと踊った時は、私の視線はちょうどセルジュの鼻あたりだったから。見上げなくても顔が見える身長差だったのに。
(こんなに背が高い人と踊るのは初めてだわ!)
長い腕と手のひらが私の背中をつつむように添えられ、音楽隊がワルツを奏で始める。
この身長差だから振り回されるかもしれないと、覚悟したけれど。ダンスを始めてみるとむしろその逆だった。
お互いなれないパートナーだから、最初の踊り出しはオズオズとだったのに。ダンスが大好きな私はついつい暴れてしまった。
「お上手ですねデルフィーヌ嬢」
「子爵様こそ! うふふっ…… 嬉しい驚きですわ」
(子爵様はピッタリと私に寄りそうように合わせてくれる。初めてのダンスパートナーとこんなに楽しめるとは思わなかったわ!)
「すでに嫁いでいますが、昔から妹の練習に付き合わされていたので」
「……まぁ! では、妹さんもダンスの名手なのですね?」
「ええ、妹自身はそう思っているようです」
「ふふふっ……」
楽しい時間はアッというまにすぎた。
私は『もう少し踊りたいのに』と思いながらしぶしぶダンスフロアから、子爵様のエスコートでシリルお兄様が立つ場所まで送りとどけれらる。
その短いあいだに……
「……素敵な時間でした」
(子爵様が私の婚約者なら、続けてもう一度踊れたのに。本当に名残り惜しいわ!)
残念だけど、今夜知り合ったばかりの未婚の男女ではそんな望みは叶わない。
「デルフィーヌ嬢。次にお会いした時も…… また誘っても良いですか?」
「はい、ぜひ!」
私は嬉しくて扇で顔をかくすことなく、満面の笑みでこたえた。
「では、3日後のジョルヴィル伯爵家で開かれる舞踏会に出席されますか?」
「はい。招待状をいただきましたから」
「では、その時にもう一度……」
「ええ、子爵様。楽しみにしていますわ」
踊った直後だから子爵様の浅黒い頬が、うっすらと赤くなっていた。
さっきまできつい印象を受けていた、子爵様の切れ長の瞳は嬉しそうに細められている。
「……あっ」
私の心臓が目に見えない何かにギュッ… とつかまれた気がした。
それがモンパトワル子爵ユベール卿に、私が恋をした瞬間だった。
少し前まで婚約解消の痛手で、胸の中がヂクヂクと疼いていたのがウソのように。今は綺麗さっぱりセルジュへの複雑な思いが消えた。
「不思議だわ。私はセルジュのことがあんなに好きだったのに…… セルジュとの過去が抜け落ちたように、モンパトワル子爵様と知り合ってからどうでも良くなった」
裏切られて失望しセルジュを憎らしいと思う、ドロドロとした負の感情までも新しい恋が浄化したのだ。
「自分の気持ちがこんなに変わるなんてね……」
失恋の痛手を忘れることは、次の恋のためには必要な準備だけど。 我ながらなんて計算高いのだろうと、思わず苦笑した。




