サウナー、水風呂を求める
先日、珠玉の“ととのい椅子”を製作し、村のサウナ環境も大分整ってきた。
だが、理想のサウナライフのためには、まだ足りないものが山ほどある。
そして今、俺が直面している最大の問題。それはサウナに命を吹き込むもの――「水風呂」だ。
熱した体を一気に冷やし、血管を強制的に収縮させる。この衝撃こそが、“ととのう”ための最重要ステップなのだ。
しかし、俺たちの村サウナには致命的な欠陥があった。
水風呂代わりに使っているあの大樽。共同井戸から汲んだ水を入れているのだが、何人か入るとすぐに生ぬるくなってしまう。特に日差しの強い午後は、もはや“ぬるま湯”だ。
サウナから飛び出したばあちゃんも、顔をしかめながら樽にザブンと浸かる。
「ひゃあ……なんだいこのお湯は。体は熱いのに、水まであったかいじゃないか。これじゃ締まらないねぇ」
そう、これでは「温冷交代浴」の醍醐味がまるでない。
「やっぱり……もっと冷たい水が必要だ」
「冷たい水、ですか?」
俺は真剣な顔でうなずいた。
「そうだ。理想は17℃以下。熱く火照った体を、まるで真冬の川に飛び込むように一瞬で引き締める。その衝撃こそが、交感神経を叩き起こし、最高の“ととのい”を生むんだ」
「じゅ、17度以下!? ほとんど氷じゃないですか!」
「いや、氷が凍るのは0℃以下だ」
「そういう難しいことはいいんです! で、どうするんですか? 師匠の魔法で氷を?」
「そんな便利なものは無い。だが、俺たちには先人の知恵と人力がある」
俺はサウナ小屋の先に広がる未開の地面を指差した。
「――このサウナ専用の、もっと深くて冷たい井戸を掘るぞ!」
その宣言に、休憩していた村人たちがざわめいた。
「井戸を掘る? もう村にあるじゃないか」
「そうじゃ、あそこの共同井戸が」
「いや、もっと深く掘るんだ。深く掘れば、一年中冷たい地下水が手に入るはずだ」
水は地中に潜るほど外気の影響を受けなくなり、水温が安定する。深い井戸から汲み上げる水は、夏でもひんやりとしている。それこそが、天然のシングル(10℃未満の水風呂)にも匹敵する、自然の恵みなのだ。
「おおーっ!」
「なるほど、理にかなっておる!」
「よし、男衆! やるぞ!」
村人たちは驚くほどノリが良かった。
「師匠! 井戸掘りならこの私にお任せください!」
アリーがどこからか持ってきた鍬を振り上げ、ドヤ顔で名乗りを上げる。
「お前……鍛冶屋の娘だろうが。土木は専門外だろ」
「師匠のためなら、山でも砕いてみせます!」
案の定、その意気込みは数分で砕け散った。
ガッキィィィン! という金属音と共に、アリーが振り下ろした鍬が硬い岩に弾かれ、火花を散らす。
「ひゃあっ!?」
見事にバランスを崩したアリーは、そのまま綺麗に一回転して地面に尻もちをついた。
「し、尻が……冷たい水風呂に入る前に、二つに割れそうです……」
村人たちがどっと笑う。
「アリーは何をやってもドジじゃのう」
「まっすぐなところは、お父ちゃんにそっくりなんじゃがな」
アリーは涙目で俺を見上げた。
「師匠ぉぉ……」
「ほら、無理するな。怪我したら元も子もないだろ」
こうして、村人総出での大井戸掘りプロジェクトが始まった。
そして数日後。
男たちが汗だくで土を掘り進めた穴の底から、ゴゴゴ……という地響きと共に、待ちわびた水が勢いよく湧き出してきた。
「出たぞおおおっ!」
「やった! 冷たい水だ!」
桶に汲み上げられたばかりの地下水に手を入れてみる。
「おおっ、これは……!」
「つめたっ……! 肌を刺すようだ!」
アリーが子供のようにはしゃぎ、村人たちも大興奮だ。
その日の夕方。サウナで限界まで体を熱した俺と村人たちは、新しい井戸水で満たされた大樽の前に立った。
そして――一斉にドボン!
「「「ぬぉぉぉぉおおおおおおッッ!!」」」
村人たちの絶叫がユニゾンする。
「つ、冷たすぎて息ができない!」
「心臓が口から出る!」
「足の指がなくなったぁ!」
全員が15秒ほど悶絶し、慌てて樽から飛び出す。だが、やがて……。
「……ふぅ……」
「……あれ、なんだか、落ち着いてきた……?」
「血が……全身を駆け巡るのが分かる……」
そして外に出て、ととのい椅子に体を預ける。
涼しい夕方の風が、火照った肌を優しく撫でていく。
「……はあぁぁぁぁ……」
「……なんじゃ、これは……魂が、天に昇っていくようじゃ……」
村人たちは次々と、これまで経験したことのない深い“ととのい”に突入していた。
その時だった。水風呂から上がったアリーの目に、神々しいまでの光が宿ったのは。
彼女は濡れた髪を振り乱し、夕焼けを背に、まるで巫女のように両手を広げて叫んだ。
「皆の者、聞きなさい! これはもはや、ただの水浴びではありません! 熱きサウナの“火”、冷たき井戸の“水”、そして肌を撫でる“風”! この三位一体の浄化を経て、我らは生まれ変わるのです! これは、神々が我らに与えたもうた“ととのいの儀”! この村の歴史に、いや、この世界の歴史に刻みましょう! 今日この日を“ととのい元年”とすることを、ここに宣言します!」
「(……勝手に元号制定してんじゃねえよ!)」
俺の心のツッコミをよそに、すでにディープリラックス状態の村人たちは、感極まった顔でこくこくと頷き合っていた。
「「「おおおおおぉぉ……ととのい、元年……!」」」
こうして俺の“村サウナ革命”は、もはや誰にも止められない、宗教的な熱狂をもって進んでいくのだった。