サウナー、安全なサウナの入り方を教える
夕暮れのサウナ小屋は、今日も村人たちの熱気で満員だった。
もはや「一日の締めは、サウナと一杯」が村の合言葉となり、夜になると自然に人が集まってくる。
ストーブの上でじゅわっと水が弾け、心地よい蒸気が立ちのぼる。
「ふぅ……今日も五臓六腑に染み渡るわい」
「まったくだ。畑仕事でガチガチになった腰が、芯からほぐれていく」
「天国ってのは、きっとここのことだな」
そんな声を聞きながら、俺は少し誇らしい気分になっていた。
(ここまで村の生活に受け入れられるとはな……)
その隣で、のぼせて真っ赤な顔をしたアリーが、期待に満ちた目で俺を見上げていた。
「し、師匠……! もう一回、アウフグースお願いします!」
「おいおい、少しは休憩しろ。顔が茹でダコみたいになってるぞ」
「だ、だって気持ちいいんですもん!」
子どものように無邪気にねだるアリーを見て、俺は苦笑いしながらもタオルを手に取った。
しかし、その数分後のことだった。
俺が薪を一本追加してサウナ室に戻ると、先ほどまで騒いでいたアリーが、隅のベンチでぐったりと壁にもたれかかっていた。
その首はこくりと垂れ、微動だにしない。
「……おい、アリー?」
肩を揺すっても、ぐにゃりと力が抜けるだけで反応がない。
瞬間、村人たちの顔からサッと血の気が引いた。
「し、死んでおるのか!?」
「アリーちゃん!」
「風の導師様が! まだ“ととのい元年”は始まったばかりなのに!」
「誰か! 水を! いや、神父様を!」
サウナ小屋は一瞬にして大パニックに陥った。
俺は皆の動揺を押し殺すように叫び、アリーの体を抱きかかえる。熱気で熱いのか、それ以上の熱を持っているのか。ぐったりとした弟子の体は、やけに軽く感じた。
(頼む、ただの寝落ちであってくれ……!)
俺は祈るように彼女を外へ運び出した。
ひんやりとした夜風が、火照った肌を撫でる。
井戸の冷たい水をアリーの頬にかけると、彼女はびくりと体を震わせ、長いまつげを揺らしてぱちりと目を開いた。
「……あれ? 師匠……? 私、寝ちゃってました?」
「お前なぁ……!」
怒鳴りつけたい気持ちを必死で飲み込む。
「いいか、よく聞け。サウナで寝るのは、一番やっちゃいけないことなんだ。熱中症や脱水で、本当に命を落とすことだってある。……心臓が止まるかと思ったぞ、俺は」
アリーはしょんぼりとうなだれた。
「ご、ごめんなさい……。あんまり気持ちよくて、つい……」
心配そうに集まっていた村人たちも、息をのんで俺たちのやり取りを見守っている。
「そうだったのか……一歩間違えれば、危なかったんじゃな」
「わしも、うっかり寝てしまいそうになることがある。気をつけねば」
「サウナは天国じゃが、ルールを守らにゃ地獄にもなる、ということか」
村人たちの顔に、楽しさだけではない、真剣な緊張が走る。
俺は少し深呼吸をして、まだ少しぐったりしているアリーの肩に手を置いた。
「わかったか? サウナは確かに最高に心地いい。でもな、その心地よさに身を任せすぎたら、ととのう前に倒れちまうんだ」
「……はい。師匠、ご心配おかけしました」
アリーは俺の真剣な目に、こくこくと頷いた。だが次の瞬間、反省した顔から一転、ぷくっと頬を膨らませて口を尖らせた。
「……でも! でもでも、あんなに気持ちよくさせちゃうサウナが悪いんだと思います!」
「はぁ!?」
俺は思わずずっこけそうになる。
一瞬ぽかんとしていた村人たちも、次の瞬間にはどっと大笑いした。
「はっはっは! アリーちゃんの言う通りじゃ!」
「確かに、あの心地よさには逆らえん!」
「だが、寝ちまったらダメだぞ、アリーちゃん!」
笑いの渦の中で、アリーも「えへへ」と照れながら笑った。
その夜、村人たちは自主的に集まり、「安全なサウナの入り方」について真剣に話し合っていた。
入る時間を砂時計で区切ること、サウナ前後の水分補給を徹底すること、そして何より「サウナで絶対に寝ないこと」。
少し離れた場所から、俺はアリーと並んでその光景を眺めていた。サウナの火が、皆の真剣な横顔を照らしている。
「俺が教えたのはサウナの作り方だけだ。でも、この村のサウナ文化は、もう村人たちの手で育ち始めているんだな」
サウナはもはや、俺一人のものではない。
この村に新しい文化として、確かに根を下ろし、成長し始めているのだ。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
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