サウナー、椅子の素晴らしさを語る
サウナが村の日常になってから、しばらく経った。
村人たちもすっかり慣れたもので、今では「次はわしの番じゃ」「いや俺が先だ」と予約を取り合うほどの人気ぶりだ。
だが、俺にはずっと気になって仕方がないことがあった。
サウナ小屋の周りでは、村人たちが思い思いに休憩を取っている。しかし、ある者は固い地面に座り込み、ある者は丸太に腰掛けている。あれでは本当の意味でリラックスはできない。
「……ダメだ、決定的に“ととのい椅子”が足りない……!」
サウナは「サウナ・水風呂・休憩」の三位一体で完成する神聖な儀式。ととのうために最も重要な、最後のピースが欠けている!
このままでは、村人たちは本当の“ととのい”を知らないまま終わってしまう!
俺は使命感に燃え、ありったけの木材を抱えて工房へと走った。
「師匠、すごい汗ですけど、何やってるんですか?」
工房にやってきたアリーが、汗だくで木材に鉋をかけている俺を見て首を傾げる。
「最高の椅子を作るんだ。サウナの本当のフィナーレは外気浴だからな」
「へえ……でも、ただの椅子、ですよね?」
「“ただの”椅子じゃない! これはサウナと水風呂で極限状態になった心と体を、天国へと導くための祭壇――“ととのい椅子”だ!」
俺は手に持った鑿をビシッとアリーに向け、力説した。
「まず背もたれの角度! 110度から120度が黄金比だ。これ以上倒れると寝てしまうし、起きすぎていると体が緊張する!」
「おお……! そこまで計算して……!」
「さらに座面の高さ! 膝が自然に90度に曲がり、足の裏が地面にぴったりつく高さがベスト。これこそが、全身の力を抜き、宇宙と一体になるための完璧な設計なんだ!」
「い、椅子一本に、そんな宇宙の真理が……!」
アリーの目が尊敬の光でキラキラと輝く。が、次の瞬間――
「じゃあ私も手伝います! 師匠、木材は引いて切るより、押して切った方が力が乗りますよね!」
「お、おい待てアリー! 木工用の鋸は引くときに切れるんだ! 向きが逆――」
ギギッ……バキィッ!
「ひぃっ!? 椅子の足が、生まれる前に折れました!」
「縁起でもないこと言うな! まだ椅子になる前に壊すなよ!」
相変わらずの破壊神っぷりだった。
幾多の試行錯誤の末、なんとか数脚の“ととのい椅子”が完成した。
俺はサウナ小屋の前にそれを並べ、湯上がりの村人たちを呼ぶ。
「さあ、今日は特別メニューだ。サウナから出たら、この椅子に座って休んでくれ」
「ほう……ただ座るだけでよいのか?」
「ああ。全身の力を抜いて、すべてを椅子に預けるようにリラックスするんだ」
村人たちは半信疑だった。確かに、彼らからすれば“ただの木製の椅子”にしか見えないだろう。
だが――。
サウナでたっぷりと汗をかき、キンキンに冷えた水樽に浸かったあと、椅子に深く腰を下ろした、その瞬間。
「……はあぁぁぁぁ……」
いつも畑仕事で険しく刻まれていた男の眉間の皺が、嘘みたいにふにゃりとほどけていく。その目はゆっくりと空を仰ぎ、腕はだらりと垂れ下がる。
「お、おお……! なんだこれは……! 体が……椅子に溶けていく……」
「周りの音が遠のいて……自分の心臓の音だけが聞こえる……」
「わしは……今、天の雲の上で寝ておるのか……?」
他の村人も次々に同じ表情になった。魂が半分抜けかけたような、とろんとした目。それはまさしく、陶酔の極地。
「そ、そんな……ただの椅子に座っただけで……」
アリーが口元を押さえ、目の前の光景に震えている。
違う、ただの椅子じゃない。
これこそがサウナを完全なものにする、“第三の工程”――至高の外気浴だ。
「師匠……!」
「どうした、アリー」
「私、ようやくわかりました! サウナとは……座るだけで世界が変わる、魔法の儀式だったんですね!」
「……まあ、極論すぎるが、あながち間違ってはいない」
アリーは感動のあまり、両手を天に突き上げた。
「素晴らしい! 椅子さん、ありがとう!」
そして、感謝を全身で表現するかのごとく、完成したばかりの椅子に飛び乗るように座った。
――ギシッ、と木が悲鳴を上げる。
「えっ」
バキィィィィィッ!!
「きゃああああああああっ!」
見事、椅子は真っ二つ。アリーは地面に盛大に尻もちをついた。
「うう……お尻を強かに打ちましたが……なぜか心は……ととのっています……」
「……いいから早く直せ」
俺は深く、深ーく、頭を抱えた。
それでも、村人たちは大喜びだった。
「この椅子は、まさしく神の御座だ!」
「外で座るだけで、天と一体になれるとは!」
「これは村の宝として、大切にせねば!」
いや、だから椅子だって。
けれど彼らの顔には間違いなく、これまで見たこともないような安らぎの表情が浮かんでいた。
――外気浴こそが、サウナを完成させる最後のピースなのだ。
「よし、次はもっと頑丈な椅子を増産するぞ」
決意を固める俺の横で、アリーがガッツポーズで手を挙げた。
「師匠! 次は私が鉄のフレームで補強します!絶対に壊れない、最強のととのい椅子を作ってみせます!」
「(それじゃリラックスできねぇんだよ……!)」
俺の心労は、まだまだ続きそうだった。
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