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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 最終幕 分岐決戦編③
296/298

第二百九十五話 竜と心得た蛙子


 前回のあらすじ


 竜司が混合魔力にて流体魔力(ウーブレック)を生成し、モナルカに対抗している最中、遠く離れた東京スカイツリーで狙撃体勢に入っていた咲人(さきひと)


 8キロ越えと言う常軌を逸した超々長距離。

 だが、咲人(さきひと)は終始落ち着いた状態で弾丸を命中させる。


 しかし、その撃ち込んだ弾丸から溢れた毒がきっかけで魔造人間(マギノイド)へと変貌したモナルカ。


 その破滅的なパワーを。

 且つ、それに対抗する為、流体魔力(ウーブレック)に絶招経を発動した絶招圏(ぜっしょうけん)を纏う竜司を。


 目の当たりにした咲人(さきひと)は恐怖に縛られ怯えてしまう。


 抱いた恐怖の規模はかなり大きく、スナイパーとしてのプライドが粉々に砕かれる程のショックを覚える。


 全身の震えが止まらず、人外の者らが暴れていると怯えきってしまう。

 咲人(さきひと)の心中は恐怖と畏怖が混然となり、正気を保つことも困難な状態に陥る。


 が、その様子を見かねたバヌウの言葉。


 それはスポッターとして咲人(さきひと)と共に狙撃任務に就いていた相棒。

 且つ人間とは違う。


 竜ならではの言葉。

 それを聞いた咲人(さきひと)は砕かれそうになったプライドを寸前で繋ぎ留める。


 狙撃直後のモナルカの動向。

 解る範囲で今一度洗い直してみる咲人(さきひと)


 結果、まず辿り着いた前提。


 モナルカは毒が効かなかったのでは無い。

 毒が効かなくなったのだと。


 持ち上がった前提から辿る筋道。

 最終的に出した結論。


 それはアナフィラキシーショック。


 効かなくなったのであるならば。

 モナルカが生物であるならば。


 何らかの抗体、免疫機能が身体に内在していると仮定。


 だったら、もう一度同じ毒を撃ち込めば、アナフィラキシーショックが発症。

 モナルカの命を奪う事が出来るのではと考えたのだ。


 一見、筋の通った作戦だと思われる。

 しかし……


 咲人(さきひと)は大きな勘違いをしている。


 まずモナルカはもはや理論を立ててどうにかなるような領域には座していない。

 その遥か高み。


 理外の果てに到達している。

 いくら人間の知識で策を練ろうともどうにも出来ない段階。


 かつて竜司がスキル、占星装術(アストロギア)で導き出した未来予知占いにあったアンラッキーアイテム。


 20mm口径弾。


 これはもちろん咲人(さきひと)の持つ、特注の毒弾丸の事である。



 ###

 ###



 シャコン


 バレルの底部から毒弾を装填する咲人(さきひと)

 装填方式はグレネードランチャー等の中折れ式(ブレイクアクション)が近い。


 竜河岸のスキルで生成した特注の為、サイズは弾丸よりもほんの僅かに大きい。

 ライフリング溝に食い込む絶妙のサイズ。


 滑らかに銃身へ入っていく大型の弾丸。


「バヌウ、標的との距離はフタマルマルマル以下の距離まで詰めてくれ。

 いけるか?」


 フタマルマルマル。

 2000メートル。


 つまり咲人(さきひと)は2キロ以下。

 現在の位置よりも近付けと言っているのだ。


 先の狙撃距離の四分の一以下。

 モナルカの動きは咲人(さきひと)魔照準(エイミングサイト)ですらロストする程の速さ。


 着弾させるために距離を詰めて時間を短縮させようと言うのだ。


 先の狙撃の着弾時間は約二秒弱。

 その距離が四分の一。


 着弾時間は0.5秒を切る事となる。


【それは何とかなるだろうけど、伏射(ブローン)膝射(ニーリング)で行かないんじゃん?】


 言っているのはスナイパーポジションの事。


 伏射(ブローン)は伏せて狙撃する体勢。

 身体の大部分を接地している為、揺れも少なく隠密性も高い。


 膝射(ニーリング)は片膝を突いて狙撃する体勢。

 比較的、安定しており、且つ素早く移動も可能。


「あぁ、これは座射(シッティング)で行く」


 咲人(さきひと)が選択した体勢は座射(シッティング)

 バヌウに跨った状態で狙撃しようと言うのだ。


 座射は膝射よりも安定している。


座射(シッティング)

 珍しいじゃん】


「標的をロストしまくるんだ。

 伏射や膝射では埒が空かない。

 バヌウ(お前)の膜が頼りだ」


 咲人(さきひと)の狙いは座射(シッティング)からの咄嗟射撃(スナップ・ショット)


 移動や索敵はバヌウに任せ、一瞬でもスキを見つけたら即狙撃を敢行するつもりだったのだ。


【そう言う事か、解ったじゃん】


「フゥーーッ…………」


 大きく息を吐く。

 気持ちを落ち着かせる為だ。


 まだ咲人(さきひと)は瓦礫の陰に潜んでいる。

 つまり、まだモナルカを捕捉していないのだ。


「バヌウ、陰から出て標的の方向を向いてくれ」


【解ったじゃん】


 言われるままに瓦礫の陰から出たバヌウが見つめる方向は北西。


 ドォォォォンッッッッッッ!


 モナルカの姿を確認しようとした瞬間、遠くから強く重たい轟音が鳴り響く。


 !?


【標的、起動。

 北東へ高速行進】


 動き出したか!?


 魔照準(エイミングサイト)


 咲人(さきひと)はスキル発動するも、時は既に遅し。

 この音はモナルカの一撃。 


 竜司が再生しかかっていたモナルカの一撃をまともに暗い、東の方向へ吹き飛んでいた。


 ドコォォォォォォォォンッッ!


 バコォォォォォォォォンッッ!


 ベコォォォォォォォォンッッ!


 !?


 立て続けに響く轟音。

 逆巻く土煙。


 吹き飛んだ竜司の身体が瓦礫の山々を突き抜ける。


「バヌウッ!

 標的の位置は解っているな!?

 急げっ!」


【おぉっ!】


 ガァァンッ!


 強く瓦礫を蹴り、バヌウ発進。

 大井町プレイスタワー跡の瓦礫は標高40メートル越え。


 だが、そんな高さ。

 竜のバヌウはものともしない。


 ガァァァンッ!


 勢いよく落下したバヌウは思い切り荒れた路面を蹴り付け、更に飛ぶ。

 陸竜の脚は速力、跳躍力、持久力はピューマやダチョウを遥かに超えている。


 搭乗している咲人(さきひと)の感じる高低差やGはかなりのもの。

 しかし、咲人(さきひと)は動じない。


 魔力注入(インジェクト)をかけたニーグリップで堅く締め、バヌウの背に身体を完全に固定。


 モナルカに対する恐怖や畏怖の感情を脇に置き、目を閉じながらバヌウの言葉を待っている。


 やがて……



 東京都台東区 東京藝術大学上野校地 演奏芸術センター跡地。



【距離、ヒトナナナナフタ。

 風、正面からフタハチ。

 目標、停止】


 バヌウから声がかかった。

 静かに、ゆっくりと両目を開ける。


 バヌウは再び瓦礫の山の上にいた。

 大井町プレイスタワーの瓦礫と違い、もっと乱雑に散らばっている。


 山の上からの景色も一変。


 麓には東京藝術大学の一号館や図書館が瓦礫と化し、無数の白色光の塊と共に敷き詰められている。


 その先は広大な上野公園が広がって、見晴らしのいいポジション。


「さすがバヌウ、いい位置だ。

 ……魔照準(エイミングサイト)


 もちろん先の竜大量落下現象により、見る影もないほど荒れ果ててはいるが建物が密集している市街地とは視界が雲梯の差。


 咲人(さきひと)はスキルを発動し、目を凝らす。


 スキルを発動させた咲人(さきひと)が目を凝らすという事はスコープ越しに目視しているのと同義。


 同時に連爆も開始。

 つま先から始まった力の連鎖が徐々に体内を昇り、右腕を目指し始める。


 右腕を真横に置き、ゆっくりと後ろに引いた。


 先の構えと若干違う。

 これは四式拳銃拳で咄嗟射撃(スナップショット)を行う時の構え。


 背中まで振り被った構えよりも真横からの方が僅かに発砲速度が速い為である。


 左腕はまだ標的(モナルカ)に向けてはおらず、降ろしている。

 今のモナルカは何が起きてもおかしくはない。


 だからこその咄嗟射撃(スナップショット)

 身の危険を察知したらいつでも退避出来るように警戒も怠っていないのだ。


 !!?


 ビクンッ


 咲人(さきひと)の身体が痙攣。

 発射準備はまだ完了していない。


 危うく連爆で練った魔力が暴発しかける。

 痙攣はスキルを発動した網膜に映る光景に戦慄が奔ったからだ。


 これはもう……

 人間がどうこう出来るレベルじゃない……


 映った光景を見た瞬間、再び溢れるネガティブな思考。

 それはあたかも神魔の争いを想起させる光景だった。


 見えたのは真横に暴れる大量の猛る炎の奔流。


 そして、その激流がまるで巨石にぶち当たって()き止められているような歪な動きを見せている。


 もちろん炎の正体はモナルカ。

 焔爪(フィアンマ・ウンギア)による超高速連撃によるもの。


 猛攻を塞き止めている巨石の正体は竜司。


 竜司がモナルカを超える超スピードと反射蒼鏡(リフレクション)で炎の大渦と化したモナルカの猛攻撃を捌いている。


 咲人(さきひと)の眼には何がどう動いているのか捕捉出来ない。

 魔照準(エイミングサイト)により動体視力を強化しているにも関わらずである。


 モナルカが猛攻を繰り出している事も。

 竜司が必死で捌き、何か打つ手は無いかと思考を巡らせようとしている事も。


 全く見えていない。


 ……おそらく、あの炎はモナルカ。


 それを竜司君が防いでる……

 と言った所か……


 一体どうやったかは皆目見当も付かない。


 が、竜司君のスピードはモナルカと同等……

 いや、それ以上か。


 なら、ここに俺が潜んでいる事は気付いていない可能性がある。


 まだ……

 まだだ。


 チャンスを待つんだ……


 だが、スナイパーとして矜持をバヌウの言葉で取り戻した咲人(さきひと)はもう挫けない。


 目で見える情報を解る範囲で搔き集め、精査を行う。

 状況は概ね、咲人(さきひと)の考え通り。


 現状、スピードは竜司の方が勝っている。


 モナルカが気付いていないのではと言う予想は厳密には違う。

 モナルカの魔力感知能力は桁外れの範囲。


 もちろん、咲人(さきひと)がいる場所も十分範囲内。

 つまりモナルカは咲人(さきひと)の存在に気付いてはいる。


 しかし、意識していない。

 全く毛程も意識を向けていない。


 目端に映る路傍の石と同様。


 モナルカからしたら当然の動き。

 目の前に激しく興が湧き上がる存在がいるのだ。


 現在の竜司と比べたら、他は全て単なる石コロも同然。

 ただ状況としては咲人(さきひと)を意識していない為、結果オーライ。


 確かに人が介入できる状況ではないが、自分のやれる事はまだあると静かにチャンスを待つ咲人(さきひと)


 必ずチャンスは来る筈だと。


 まだ左腕は上げない。

 目標も捕捉出来ないこんな状態で左腕を上げれる訳が無い。


 咲人(さきひと)はただ待つ。

 スキルを維持し、人智の及ばない両者の戦いに介入できる隙を伺っている。


 やがて……



 戦局に変化が訪れる。



 パパパパパパパァァァァンッッ!


 銃声のような破裂音が連続して響いた。

 見えた!


 モナルカだ!


 咲人(さきひと)の眼に映るのは後ろに吹き飛ぶが堪えているモナルカの姿。

 ここでようやく標的を捕捉することに成功する。


【目標後退、ヒトマル】


 ここでバヌウの声。

 ここだ!


 無音の細い呼吸を止める。

 同時に素早く、淀み無く、突風が吹き上げるように左腕を上げた。


 咲人(さきひと)の左腕には20mm口径弾が装填されているバレルが固定。

 左腕が差す方向へ弾丸が飛ぶ。


 モナルカの位置の修正は認識。

 真っ直ぐ伸ばした左腕の遥か先にはモナルカの身体が在る。


 ドキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!


 咲人(さきひと)、発射。

 右拳の第四式拳銃拳が火を噴いた。


 電子音にも似た発射音が響く。


 ズガァァァンッッ!


 遠く離れた咲人(さきひと)の位置にまで届く大きな着弾音が発射音とほぼ同時に鳴り響いた。


「命中」


 ぽつりとただ一言。


【目標、沈黙。

 サキ、さすがじゃん】


 放った毒弾は見事、モナルカの前胸部に命中する。

 しかし、咲人(さきひと)はバヌウの言葉に返答しない。


 姿勢も崩さない。

 倒れたモナルカを視野に収めたまま。


 スキルを発動した目に映るのはうつ伏せに倒れているモナルカの姿。


 毛細血管の様に張り巡らされた淡光の青白色ラインは健在。

 そのラインが意味する事は具体的に解らない咲人(さきひと)


 しかし、未だ生きている事は解る。

 肝心なのはここから。


 警戒は解かず、注視を続ける。


 確かに命中はした……

 が、今回も貫通していないように見える……


 20mm口径弾があの速度で着弾したんだぞ……

 頑丈なんて次元の話じゃない……


 咲人(さきひと)の思惑。

 在り得ないモナルカの防御力に戦慄が奔る。


 仮にマッハ15もの超速度で20mm口径弾が着弾した場合。

 瞬間エネルギーは1.3メガジュールに達する。


 大型トラックが時速100キロで激突するエネルギーを僅か二センチの弾頭に凝縮させ叩き込むイメージ。


 通常の人間であれば全身が一瞬で消し飛ぶ程のエネルギー。


 別次元の頑強さを持つモナルカに言葉を失っている咲人(さきひと)

 目線を逸らさず、じんわりと赤灼色が広がるバレルを取り外しにかかる。


 もはや真っ直ぐでは無く、明らかに曲がっている銃身。

 これは発射する際に発生した摩擦熱に耐えられなかったのだ。


 もう使い物にはならないと破棄。


 そもそもこの作戦のみに使用する予定だった特注バレル。

 耐久性は元から考慮されていない。


 左腕からバレルを外す間も目線はモナルカを注視し続ける。


 ブチィッ!


 魔力注入(インジェクト)を使用し、堅く締められたベルトを強引に引き千切る。

 そんな折、モナルカに変化が見え始めた。


 ?


 身体が……

 跳ねている?


 腰を素早く浮かせ、地面に打ち付け、まるで活きのいい魚のように。

 その場で身体を跳ねさせ始めた。


 明らかに異常な反応。

 更にのたうち回るモナルカ。


 これは……

 発症したか……?


 咲人(さきひと)はこの反応をアナフィラキシーショックと予想。

 その予想()()は間違ってはいない。


 確かにモナルカの身体はアナフィラキシーショックを起こしている。


 激しく悶え、のたうち回る。

 やがて身体を搔きむしり始めた。


 症状が進行している。


「ホッ……」


 ようやくこれで、どうにかなった……


 様子を見ていた咲人(さきひと)の口から安堵の溜息。

 心中にほのかな喜びの感情と安心が湧きつつある。


 無理も無い。

 絶望や希望が乱雑に入り混じり、最終的に辿り着いた果て。


 勝利した実感は湧かずとも、危機を脱した安心は抱かずにいられない。


 竜司から豪輝づてに奈落(アビッソ)開孔とB.G(ベーゼゲワルト)八尾(ロード・エイス)

 そしてモナルカの来日を告げられた咲人(さきひと)


 人間災害(マンディザスター)と恐れられているモナルカが来日。

 早急に対抗策を講じる必要があった。


 熟考を重ねた結果、生まれた案は毒殺。

 毒弾を超長距離から狙撃。


 しかもその毒の生成は服役中の竜河岸犯罪者に依頼。

 下手をすれば咲人(さきひと)が罪に問われてしまう違法行為ギリギリの策。


 が、狙撃は成功するも毒はモナルカの命を奪うまでに至らず、却って力を増すキッカケとして作用してしまう。


 その力に心が折れそうになるが、そこから這い上がり、思い付いた案がアナフィラキシーショック。


 多大な心労の果てに辿り着いた結末。

 安堵と喜びが溢れても仕方がない。


 が……



 世界はそんなに都合よく出来てはいない。



 起死回生の策を講じてハッピーエンド。

 そんなものはアニメや漫画の中だけの話である。


 発症したアナフィラキシーショック。

 これが決定的な絶望のキッカケになるとはこの時の咲人(さきひと)は思いもしなかった。



 ###

 ###



 2048年三月 某県某市 (すめらぎ)邸寝室。


 ガチャ


「やあ、(たつ)

 こんばんは」


「あ、パパ。

 うす」


「今日は突然、胸に穴が空いてモナルカが倒れた所からだったね」


「うん、何か物凄い音もしてたんだよね」


「そうだね、多分同時……

 いやほぼ同時ぐらいだったんじゃないかな?

 一瞬、何が起きたのか僕にも解らなかったよ」


「僕ね、思うんだけどこれって咲人(さきひと)さんの狙撃じゃないかな?

 だって何も弾丸が一発だなんて言ってないし。

 って言うか重要な作戦だったら予備の弾丸とか作ってるんじゃないのって思うし。

 でも撃ち込んだのが同じ毒の弾丸だとしたら、何でもう一度撃ったのかは解らないけど」


(たつ)、鋭いね。

 言う通り、モナルカが倒れた原因は咲人(さきひと)さんの狙撃だったんだ」


「ん?

 何でパパが知ってるの?」


「後で咲人(さきひと)さんから聞いたんだよ。

 で、二回狙撃したのはアナフィラキシ―ショックを狙ったんだって」


「あ……

 アナ……

 アナフィ……

 何だって?」


 (たつ)がガレアみたいな反応してら。


「アナフィラキシーショック。

 簡単に言ったら物凄いアレルギー反応の事だよ」


「アレルギーってあれ?

 おそばとかタマゴとか食べられないってやつ?

 クラスにもいるよ」


「そうだね。

 あれって何で食べちゃダメかって言うとおそばとかタマゴを食べたら身体が過剰に反応しちゃうからなんだ。

 で、モナルカの場合はそれが毒だったって話」


「ふうん、何だか良く解らないけど、モナルカを病気にかけて倒そうとしたって事?」


「ま……

 まあ簡単に言うとそういう事だよ」


 アナフィラキシーショックについての説明はしない事にした。

 難しいし、物凄い広い意味で言うと正解と言えなくも無いし。


「…………でも、その病気でもモナルカは倒せないんでしょ?

 だってまだ三つ目の欠片(フラグメント)が何かも知らないし」


「…………ま……

 ……まあね……」


「って言うか逆にもっと強くなるんじゃないの?」


 今日の(たつ)は何か鋭い。

 確かにこの段階でまだ僕は三つ目の欠片(フラグメント)を知らない。


 知らないって事は僕の選ぶ世界線にはまだ到達しないって事。


 つまり良くて戦闘続行。

 悪ければ最悪の世界線に一直線って事だ。


「…………うん、確証は無いけど多分アナフィラキシーショックが原因だと思う。

 これが最悪の結果に繋がるんだ……」


「えぇぇえ……

 咲人(さきひと)さんの作戦って全部悪い方に行ってるじゃん……」


「それだけモナルカがバケモノ過ぎたって事だね。

 ……じゃあ始めて行くよ」


「う……

 うん……」



 ###

 ###



 東京都文京区湯島 都道452号線沿い



 何だ……?

 何が起きた……?


 唐突に轟いた雷鳴に似た音。

 モナルカの胸に大きく空いた風穴。


 倒れ伏す身体。

 全てほぼ同時に起こった。


 一瞬、僕は何が起きたか解らない。

 瞬時に詰め込まれた情報に思考が停止しかかる。


 急速にアップデートを繰り返すモナルカに押され始めて……

 ……それで……


 まだ凪のテンションの僕は思考を強引に回し始める。

 まずは状況の精査から。


 反射蒼鏡(リフレクション)も持たなくなって……

 スキルで捌くのをやめて……


 避ける事に全振りした……

 じゃあ……


 ……助かった……

 ……のかな?


 正直、打つ手が無かった。


 現時点でスピードは勝っていたとしても、モナルカの急速アップデートで簡単に超えられていただろう。


 ……いや、根本の問題はそこじゃない。

 一番、重要な事はどうやればモナルカを止められるか。


 その結論がまだ出ていない点だ。


 考えていた魔力の消費供給のバランスを崩す作戦は失敗。

 崩す事は出来てもその後、どうすればいいか全く思い付かない。


 穴を掘って埋める?

 簡単に這い上がれるに決まっている。


 じゃあ穴にコンクリートを流して固めれば?

 モナルカのパワーなら豆腐もコンクリートも変わらない。


 海に沈めれば?


 いや、今のモナルカに呼吸が必要なのかも怪しいし、どれだけの水圧がかかろうとも身体が潰れるイメージが湧かない。


 例えマリアナ海溝の底まで沈めてもGDFで急浮上するのがオチ。

 じゃあ、四尾(ロード・フォース)の様にイソフルランの海に沈めて、蓋をすれば?


 参照話:第二百二十二話


 ……いや、駄目だ。

 モナルカに薬物を使用して手酷い目に遭った事を思い出す。


 参照話:第二百七十五話


 薬物を使って、今度はどんな変化があるか解らない。

 それに絶招圏(ぜっしょうけん)を纏った状態で神道巫術(シントー)は使えない。


 頭の中で様々な案が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。

 けど、これだと言う決定的な策は全く思い付かない状態だったんだ。


 ……でも……


 本音を話すとこの時の僕は方法を思い付いてなかった訳じゃないんだ。

 ただ決断出来なかっただけ。


 モナルカを止める方法は物凄くシンプルな話。

 シンプルなんだけど物凄く重い事。



 それはモナルカを殺す事。



 普通の十四歳じゃ刃物や銃でも無いと出来ない事。

 だけど、今の僕なら可能。


 絶招圏(ぜっしょうけん)の効果であれば簡単に生物の命を摘み取れる。

 だからこそ僕は決断出来なかった。


 それ所か、この段階では考えもしなかった。


 凪のテンションで動揺はしない。

 けど、迷いはするし、選びたくない選択肢には蓋をする。


 ずっと言って来たことだけど、いくら超人的な力を持っていても中身はただの14歳。


 殺意なんて早々に抱く訳が無い。


 中田の時は、もう手遅れでどうしようも無い状況だった事とそこまでしてしまったのが元を正せば僕がキッカケだったって事でひねり出した殺意だったんだ。


 正直な所、モナルカに関しては比較するとそんなに重くは受け止めてなかったのかも知れない。


 もちろん、モナルカが超危険な存在だって言うのは解っている

 それに、特異点の僕が倒れたら地球の滅亡だっていうのも理解はしてる。


 けど、僕がモナルカを産んだ訳じゃない。

 だから、責任感は中田の時と比べると大きくは無かった。


 地球滅亡の危機って言われても大き過ぎてリアルに受け止めれる訳も無い。


 少なくとも14歳の僕が殺意なんて不相応な感情を抱くまでにはならなかったんだと思う。


 色々長々と語ったけど、要は倒れたモナルカを前に動けなかったって事。


 これが狙撃だとしたら、何でもう一度撃ったんだろう?

 って言うか咲人(さきひと)さん、まだ地表に居たんだな。


 僕はこの時、モナルカが倒れた理由は咲人(さきひと)さんの狙撃だろうと予測は立てていた。


 多分、モナルカはまだ動く。

 じゃあ、僕に何が出来る?


 死んではいない事も解っていた。


 理由は未だ無数に張り付いている網の目のような魔力ラインは光を失っていなかったから。


 だけど、ここで僕は完全に考えるポイントを履き違えていた。


 モナルカが再び稼働し始めた時にどう対抗するか。

 その事を考える事に思考が移動してしまっていた。


 今なら思う。

 完全にズレてるって。


 考える事はモナルカとどう戦う事かじゃない。

 動かなくなったモナルカをどうするかを考えないといけないのに。


 だけど、それは仕方のない事。


 だって結論は出ている。

 だけどこの時の僕はそれを選び取る事は出来なかったんだから。


 もっともっと絶招圏(ぜっしょうけん)の理解度を深めないと。

 まだまだこんなものじゃない筈だ。


 僕はこの時、こんな事を考えていた。

 けど、考え自体に間違いは無い。


 絶招圏(ぜっしょうけん)の本質は高い純度の魔力が気体と液体の中間の形になっている点。


 だから僕が抱いたイメージは浸透や吸入。

 僕の体内を含んだ周りの絶招圏(ぜっしょうけん)をより身体中に染み込ませるイメージ。


 多分、このイメージを頭で形にすることで僕は更に強くなったんだと思う。


 ガァァァァァンッッ!


 ?


 モナルカが動いた。

 腰……


 いや、胸か?

 身体が素早く持ち上がり、そのまま地面に打ち付けてる。


 ガァァァァァンッッ!

 ガァァァァァンッッ!


 ガァァァァァンッッ!

 ガァァァァァンッッ!


 その動きを繰り返す。

 何度も何度も上半身を持ち上げ、地面に叩き付ける。


 まるでまな板の魚が跳ねるように。


 僕はこの時、思ってた以上に時間を消費していた。

 魔力が全身に浸透するイメージを固めるのに手こずったからだ。


 けど……


 そのイメージ作りに時間を割く事自体が間違い。

 また僕は判断を誤ってしまった。


 動かない間に全力で殴り付けまくってモナルカの原型を留めないぐらい身体を破壊し尽くして、殺すべきだった。


 だけど、この時の僕はそんな事を考える訳も無く。

 ただ状況の把握する事に頭を巡らせていた。


 これって……

 前にも似たような動きを見た事がある。


 また毒が全身を回り始めたのか?


 GAAAAAAAAAAAAAッッ!


 ビリビリビリィィッッ!


 獣の雄叫びに似た叫び声。

 何て声だ。


 空気が震える。

 これはモナルカの声。


 身体をのたうち回らせ、更に胸を掻きむしり始めた。

 ここで僕はある事に気付いた。


 胸の穴が……

 ……消えている?


 倒れる寸前、確かに見た。

 モナルカの胸に大きな穴が空くのを。


 その穴がもう消えている。

 もう治癒したのか?


 モナルカ(こいつ)……

 掻きむしりながら治癒を繰り返している……


 のたうち回りながら、肉が抉れる程のパワーで掻きむしるから酷い傷を負う。

 けど、即座に修復して元通り。


 傷をつけては修復の繰り返し。

 何で酷い絵面だ。


 ?


 掻きむしりながらのたうち回るモナルカを眺めている事しか出来なかった僕。

 だけど、ここで小さな違和感を感じる。


 ゴシゴシ


 最初は見間違いかと思い、目を擦る。

 けど、違和感はどんどん膨らんでいく。


 あれ……?

 何か……


 変だ。

 モナルカの身体が……


 違和感を感じたのはモナルカの身体。

 何か表面が動いて……



 いや、(うごめい)いてる……



 身体の表面を血管のように奔る大量の青白色ライン。

 それが動いてる。


 高速で藻掻き、のたうち回っているから残像でそう見えてるだけだと思っていた。

 けど、そうじゃない。


 モナルカの身体を這うように移動して……


 !!


 ……寄り集まっている?


 毛細血管の様に細い青白光の線が……

 寄り集まって重なり、束ねられて太くなってる。


 ……これはマズい。

 猛烈に。


 何だか解らないがこれは途轍もなくマズい気がする。

 今までの経験が体内で鳴らす緊急警告。


 このまま放っておくと取り返しのつかない事になる。

 そんな気がしてならない。


 けど……


 僕は動けなかった。

 モナルカの変化を、ただ唖然と見つめているだけ。


 こうしている内にも青白色のラインは寄り集まり、次々と太く、広くなっていく。


 今……

 今、動かなきゃ……!


 ドンッッッッッ!


 強く地を蹴り、モナルカとの間合いを詰める。

 ようやく身体が動いた。


 絶招圏(ぜっしょうけん)が簡単に命を奪う危険な力だと解ってはいる。

 けど、得体の知れないモナルカの変化に対する危機感の方が勝った結果。


 モナルカとの距離はおよそ10メートル弱。

 身体さえ動き出せば、絶招圏(ぜっしょうけん)発動状態なら一瞬。


 その一瞬の刹那に僕は右拳を堅く握り、振り被る。


 激しくのたうち回るモナルカの動きはかなり高速。

 強烈に身体を打ち付けているから地鳴りもしている。


 だけど、絶招圏(ぜっしょうけん)の効果で僕の身体能力は跳ね上がっている。


 その眼は高速で動き回るモナルカの身体を捉え、その動きは地鳴りの邪魔が入る前に目的地まで到達する。


 今の僕は誰にも負けない。

 お爺ちゃんや母さん、父さんにだって勝てる気がする。


 この時の僕の頭の中を言葉にするとこんな感じ。


 意識してた訳じゃないんだけど……

 調子に乗ってた。


 そう思う。

 まず僕は今、動かなきゃと思って動き出したんだけど…………



 遅かった。

 遅過ぎたんだ。



 超高速移動で瞬時に間合いを詰める。

 眼下にはのたうち回るモナルカ。


 ここだ。


 ボッッッッッッッッ!


 パァァァァァァァンッッッ!


 僕は地面で転げ回るモナルカに向かって全力で拳を打ち降ろす。

 高速で縦に振り降ろした拳はモナルカに命中。


 手から腕を鈍痛が駆け上り、隅々まで行き渡る。


 骨が砕けた。

 ダイラタンシ―現象の反動。


 一瞬で消える鈍痛。

 そんな事に気を取られてはいられない。


 全力で放った一撃。

 大気の破裂音が鳴り、右腕ごと肩を吹き飛ばした…………



 筈だった。

 けど……



 ???


 吹き飛んだ筈の右肩と右腕が。

 一瞬で消えた筈のモナルカの右肩と腕が。


 振り降ろした拳を持ち上げた段階で。

 拳が目の前を通過した段階で。



 在ったんだ。

 そこに。



 吹き飛ばした筈の肩と腕が、元通りになっている。

 一瞬、目を疑った。


 だけど目の錯覚じゃない。

 記憶も混乱していない。


 夢や幻を見ている訳でも無い。

 確かに僕の一撃は命中した筈だ。


 一体何がどうなっている?

 頭の中で整合性が保てない。


 気が付くと、モナルカの動きは止まっていた。

 全身に張り巡らされた血管の様な無数のラインは太い縞に変わっている。


 ビッシリと張り付いた縞はまるで虎かシマウマの様だ。

 だけど色は青白色。


 ブルータイガー、ブルーゼブラと言った印象。

 仰向けになって動かないモナルカ。


 ゾクゥッ!


 背筋に寒気が奔った。

 凪のテンションの筈なのに。


 次々と起こる理解不能の状況に動揺を抑える事が出来ない。


 パパパパパパパパァァァァァァァァンッッ!


 無数の破裂音が重なり響く。

 僕の取った選択は攻撃。


 とにかく手数を増やす事だった。


 仰向けで寝そべるモナルカに向かい、火の出るような集中砲火を叩き込む。

 ……でも、無駄。


 僕の拳はモナルカの身体を破壊する事は出来る。

 手応えもある。


 炸裂すると右腕だろうと左脚だろうと腹だろうと吹き飛びはしている。

 拳の衝撃で縦に無機質な揺れも見せている……


 けど……

 嵐のような両拳のラッシュが終わると、全て元通り。


 ……再生か。


 理解不能な出来事が連発している最中、一つ謎が解けた。

 右腕と肩は再生したんだ。


 しかも僕が拳を叩き込み、自分の身体へ引き戻す僅かな時間の間に。

 何てスピードだ。


 まさに一瞬。

 これじゃあいくら破壊しても意味が無い。


 遅かった。


 ようやく僕の頭にも過るようになったこの言葉。

 でも過る言葉の通り、時は既に遅かった。


 しかも謎を消化したと思ったら、また別の謎が産まれる。


 何で……?

 何で胸だけ砕けない?


 僕の拳で手足や腹、下半身は砕ける。

 頭部すら破壊している……


 けど、胸は。

 胸は何故か砕けない。


 ズドドドドドドドドドォォォッッ!


 パパパパパパパパパパァァァァァァァァンッッ!


 僕は胸にラッシュを集中させる。

 ……けど、砕けない。


 僕は今、絶招圏(ぜっしょうけん)を発動させている。

 しかも全力で殴っている。


 打撃音も大気の破裂音も鳴り響いてる。

 手応えもある。


 なのに、何で……

 何で砕けない、吹き飛ばない。


 動くのが遅過ぎた。

 苦しみ始めてから?


 いや、少なくとも倒れた直後に動くべきだった。


 僕の頭に浮かぶのは後悔。

 自分の選択の誤りへの後悔。


 自分の未熟さ、決断力の無さ。

 絶招圏(ぜっしょうけん)の力に調子に乗っていた事。


 様々な思惑が入り混じって僕の心に後悔を産む。


 ズドドドドドドドドドォォォッッ!


 パパパパパパパパパパァァァァァァァァンッッ!


 かと言って手を止める事も出来ない。

 僕は攻撃を続けるしか出来なかった。


 でも結果は変わらず。


 破壊しても破壊しても。

 吹き飛ばしても吹き飛ばしても。


 瞬時に身体は修復してしまう。

 モナルカは僕の連打を少しも動かず、受け止めるのみ。


 何だ?

 何だこの胸は?


 一体何があるんだ?


 凪のテンションは未だ続いている。

 動揺はしていない。


 けど、次々に疑問は浮かぶ。

 今のモナルカは疑問の塊だ。


 その虎縞みたいになった身体の痣は何なのか?


 一瞬で修復しているのは魔力の作用なのか?

 なら何故光らない?


 何で胸だけ破壊出来ない?

 胸に何かあるのか?


 ザッと考えるだけでもこれだけある。


 ズドドドドドドドドドォォォッッ!


 パパパパパパパパパパァァァァァァァァンッッ!


 疑問が浮かぶ中でも僕は攻撃を続ける。

 再生は魔力の作用だと断定して、再生を続けるのであれば魔力を消費する筈。


 いくら瞬間で再生出来ると言っても。

 エネルギーを自動供給してると言っても。


 使えば無くなる。

 消費するものを使えば無くなる。


 これは真理。


 ならば、再生は有限のはず。

 どれだけ続ければ尽きるのかは解らないけど、続けるしか無い。


 それしか今の僕には出来ない。


 ゴッッッッッッッッッ!


 パァァァァァァァンッッッ!


 !?


 驚いた。

 凪のテンションにも関わらず。


 僕の心は動揺したんだ。

 何故なら……



 モナルカが動き出したから。



 ただ動き出しただけじゃない。

 全力の僕の動きを上回るスピードで左腕が動き、僕の拳を受け止めた。


 衝撃で左拳と左腕は吹き飛んだ。

 けど音も無く瞬時に修復再生して、僕の右拳を掴んだんだ。


 動き出した!?

 僕のスピードを上回った!?


 こんなにも再生速度は速いのか!?

 吹き飛ぶ直前の形もそのまま再生するのか!?


 この事態は僕の思考を大きく搔き乱す。

 凪のテンションでこのザマだ。


 多分、普通の状態なら恐怖に駆られて心が折れていた。

 辛うじて、まだ動く事が出来ている。


 僕は攻撃を止めず、左拳も繰り出した。

 けど……


 ゴッッッッッッッッッ!


 パァァァァァァァンッッッ!


 これも右拳と全く同じ結果。

 素早く動いたモナルカの右掌で止められた。


 瞬間、右手と右腕は吹き飛ぶ。

 けど、即座に再生して、僕の左拳を掴んでいる。


「……リュージ……

 我は解ったぞ……

 これが魔力……

 これが魔力なんだ……」


 ググッ!


 ゆっくり起き上がりながら、ポツリポツリと呟くモナルカ。

 押し返される僕の身体。


 今は絶招圏(ぜっしょうけん)を発動しているのに、押し戻せない。


 ベキボキバキボキィィィッ!


 両拳から激痛が奔る。

 だけど一瞬。


 僕の絶招圏(ぜっしょうけん)にだって修復機能はある。

 重粉砕骨折した両拳は瞬く間に修復した。


 グッッ


 僕はモナルカを振り解こうと力を込める。

 けど、離れない。


 解く事が出来ない。


 ベキボキバキボキィッ!


 再び両拳から激しい鈍痛。

 折れた。


 また両手が折れた。

 けどまた、一瞬で痛みは立ち消える。


 ……これは……

 マズい。


 早く脱出しないと激痛と治癒の無限ループに陥ってしまう。

 まるで拷問だ。


 一瞬で終わるならまだ耐える事は出来なくも無い。

 けど、それがずっと続くとなると話は別。


 しかし、今のモナルカのパワーは僕を上回ってる。

 簡単には振り解けない。


 どうする?

 どうするどうする?


Fervere(沸き昂る)……」


 ……え?

 今、何て?


 沸き……

 何だって?


 ヒュンッッッッッッッッッ!


 モナルカが呟いた言葉。

 その意味を理解する間もなく僕は……



 空を飛んでいた。



 身体は大気を突き破りグングン上昇。

 方向は西北西。


 モナルカがブン投げたのか。

 危機を一先ず脱して頭も少し冷えた。


 今の内に解る範囲で状況を整理しよう。


 多分、モナルカの急変は狙撃がキッカケ。

 厳密には毒の作用によるもの。


 虎の様な縞はさっきまで無数に張り付いていた血管みたいなラインが寄り集まって形成されたもの。


 あの青白色のラインに魔力が奔り、桁外れの力を引き出しているのなら。

 太くなった縞が絶招圏(ぜっしょうけん)を上回る出力を出せてるのも頷ける。


 毒が回ったことで身体が危機を感じて、毒に耐える身体にする為にあの縞を作り出した?


 一応の筋は通っている気がする。


 ……けど、何か違う気がする。

 何か根本的に。


 土台、前提が間違っている様な。

 そんな気がしてならない。


 まだ上昇している僕の身体。

 一体どれ程のパワーで投げ飛ばしたんだろう。


 けど、その分だけ考える時間がある。


 幸い身体に纏っている絶招圏(ぜっしょうけん)のお陰で落下によるダメージはほとんど無い。

 飛んでる時間=猶予と考えていいだろう。


 ここで僕はまた甘くて迂闊な結論を出してしまう。


 モナルカが追って来ない。

 誰もそんな事は言ってないのに。


 動揺した心を落ち着かせる為に考える時間が欲しかっただけかも知れない。

 僕の出した結論はただの希望的観測。


 それでしか無かったんだ。


 ゴォッッッッッッッ!


 聞こえる噴射音。

 同時に僕へ覆い被さる黒い影。


「こういう時、何て言うんだったかな……?

 ……あぁ、そうだ……

 Grazie(ありがとう)だった……

 Grazie(ありがとう)、リュージ……」


 聞こえる呟き。

 モナルカの声。


 上昇を続ける僕に追撃を仕掛けて来た。


 そうだ、モナルカ(こいつ)はこうだった。

 空に飛ばしっぱなしな訳が無い。


 GDFもある。

 そりゃあ追って来るか。


 僕の思惑。

 凪のテンションのせいか、冷静に状況を判断している。 


 ボバッッッッッッッッ!


 熱ッッッッッ!


 すかさず向けたモナルカの右掌が火を噴いた。

 GDFの噴射が僕の腹を襲う。


 キュンッッッッ!


 噴射のパワーは凄まじく、僕の軌道を強制的に真下に変えた。


 そのまま真っ逆さまに急速落下。

 瞬時に点となり、遠ざかるモナルカの姿。


 絶招圏(ぜっしょうけん)の修復機能は熱傷とか火傷にも有効なようだ。


 落下の最中、僕が考えていた事。

 既にもう熱さは感じない。


 おそらくもう腹に受けた傷は治っている。



 東京都練馬区 東京都立光が丘公園付近。



 ドコォォォォォォォォォォンッッ!!


 けたたましい轟音。

 僕は地表に着弾。


 絶招圏(ぜっしょうけん)のダイラタンシー現象でダメージは無い。

 けど……


 身体の沈み方と音で解る。

 何て衝撃だ。


 僕はゆっくり立ち上がる。


 まずは腹。

 GDFの噴射をまともに受けた腹だ。


 恐る恐る(さす)ってみる。

 痛みは無いと言ってもやはり触って治っているか確認しないと安心できない。


 ……痛くない。

 腫れてもいないようだ。


 服は焼け焦げて大きな穴が開いている。

 けど、中の身体は無事なようだ。


 グッパグッパ


 その足で折れていたであろう両拳も確認。

 よし、痛くない。


 キィィィィィィィンッッッ!


 身体の無事を確認した段階で聞こえて来る音。

 空気を切るような。


 音の種類を判別する間もなく、答えが降り注ぐ。


 ボバッッッッッ!


 地面に向けて噴射する炎が落下の勢いを相殺。


 トッ


 モナルカが地面に降り立った。


「やぁ、リュージ……」


 口調は先と同じように柔和。

 だけど、声の端々から溢れる力を感じる。


 先のモナルカの姿もかなり異常な様相をしていたけど、今のモナルカはそこに凄みが加わっている。

 挿絵(By みてみん)

 虎の様に張り巡らされた青白色の縞。

 全身から溢れる光が、まるで魔力の光で輝いているようにも見える。


「や……

 やぁ……

 モナルカ……

 また……

 姿が変わった……

 ように見えるけど……」


 僕は出来るだけ平然に会話をするよう努める。

 けど、モナルカの身体から伝わる凄みに圧倒され、言葉が滑らかに続かない。


「あぁ……

 リュージ、キミのお陰だ……

 キミの流体魔力(ウーブレック)を聞いたから……

 混合魔力の事を聞いていたから……

 我はこの姿を得た。

 Grazie(ありがとう)、リュージ……

 そしてPovero(残念だ)……」


 ?


 通訳(インタープレット)の効果で異言語でも意思疎通が可能。

 だからこそ浮かぶ疑問。


 ありがとうは解るにしても、何で残念なんだ?


「残念って……

 ……どう言うこと?」


「だって今の我と闘り合えるのは、もはやガレアや八尾(オット・コーダ)レベルで無いと無理だからさ……

 正直な所、今の我はリュージじゃ辿り付くことが出来ない領域にいる……

 今まで色々と我の興を沸かせてくれたリュージともお別れだと思うとPovero(残念)でならないよ……」


 ゴクリ


 戦慄が奔り、生唾を呑み込む。

 モナルカはハッタリとかは言わない。


 なら言ってる事は事実なんだろう。


「えらい自信だね……

 それはちょっと絶招圏(ぜっしょうけん)を見くびり過ぎてない?

 それとも、そう確信が持てる変化でもあったって言うの?」


「……ん?

 あぁ、我がここまで到達したのはリュージのお陰でもあるし、教えておこうかな?

 実は我にはまだスキルがあったんだ。

 その一つが発動したんだよ」


 ここに来て新たな手札が出て来た。


「何でさっき言わなかったの……?」


「このスキルは発動条件が良く解らないからさ。

 勝手に起動するんだ。

 名を内蔵(インテグラート)コロナ(コローナ)と言ってね……」


 ■内蔵(インテグラ―ト)コロナ(コローナ)


 モナルカのスキル。

 八尾(ロード・エイス)の魔力を体内で超圧縮をかけ続け、生成される半永久エネルギー炉。

 発動すると所持スキルをほぼ無限で使用出来る。

 且つ、そのエネルギーを身体能力にも転用可能。

 竜司の絶招経の上位互換とも言うべきスキル。

 欠点は任意発動が出来ず、完全アトランダムスタート。

 どちらかと言うと受動技能(パッシブスキル)に近い。

 体内の動きとしては八尾(ロード・エイス)の魔力が寄り集まり、卵の様なものを形成する。

 従って発動の事は孵化と表現する。


「……って訳さ。

 狙撃を受けて倒れる少し後かな?

 内蔵(インテグラート)コロナ(コローナ)が孵化してね……

 それと元々身体にあった我の芯の様なものと融合したんだ……

 リュージから魔力を混ぜ合わせる事が出来るって聞いてたから容易かったよ……」


 ゴクリ……


 言っている事にピンと来ていないのが本音。

 得体の知れない脅威だけが伝わり、戦慄が奔る。


 僕なんかじゃ計り知れないスケールの話って事ぐらいしか解らない。

 果てしないエネルギースケールの話。


 理解が追い付かない。


 内蔵コロナ?

 コロナって太陽とかの話で出て来る奴か?


 話を聞くと、僕の絶招経で生成する魔旭と同じ様な印象。


 ■魔旭(まきょく)


 大量の魔力に爆縮をかける事で生成される高魔力炉。

 そこから抽出される魔力の効果は従来のものより大きくかけ離れる。

 絶招経の核心。

 竜司曰く、内臓バッテリーのようなもの。


 ……いや、やってる事は同じだけど、その効果は比べ物にならないだろう。

 モナルカの芯?


 心臓……

 いや、言ったら芯臓って事か?


 その芯臓と内蔵(インテグラート)コロナ(コローナ)が融合した?


 そんな事を言われてもと言うのが本音。

 けど……


 だけど、僕も今のガレアの魔力を大量に取り込んで絶招経をかけるという狂気の果てに得た絶招圏(ぜっしょうけん)を纏っている。


 対抗、出来なくはない。

 出来る筈だ。


 現に今の今までモナルカを圧倒していたじゃないか!


 ドンッッッッッ!


 僕は強く地を蹴り、モナルカに向かう。

 刹那、右拳を振り被った。


 攻撃態勢。


 奇襲。

 先手必勝。


 スピードならまだ。

 まだ僕の方が分がある筈。


 今なら思う。

 この時の僕は冷静な判断が出来ていなかった。


 焦っていて、恐怖も抱いていたんだとも思う。

 でも、凪のテンションのせいか、それを感じる事が出来なかったんだ。


 ットゥゥンッッ


Povero(残念だ)……」


 !?


 消えた?


 ドォォォォォォォォォォォンッッッ!


 キュンッッッ!


 背後から衝撃と圧力。

 モナルカの攻撃。


 ミシミシミシ


 あまりの衝撃に身体が軋む。

 真一文字に飛ぶ僕の身体。


 いくつもの瓦礫の山を吹き飛ばし、西北西の方向へ。


 ズンッッッッッッ!


 瞬時に追いついたモナルカの拳が僕の腹に突き刺さる。

 確かに見た。


 ダイラタンシー現象の反動で吹き飛ぶ右腕と肩を。


 だけど……

 無意味。


 意味が無いんだ。

 一瞬で音も無く修復してしまう。


「…………ッカハッ!」


 吐血。

 内蔵が破裂した。


 真っ逆さまに急速落下する僕の身体。

 右腕が吹き飛んでも衝撃が消える訳じゃないって事か。


 何て無茶苦茶な攻撃だ。


 だけど……

 それよりも何で?


 何でダメージがあるんだ?


 よくよく考えたら背後からの攻撃もそう。

 身体が軋むという事はダイラタンシー現象を突き抜けてるって事だ。


 体内の傷はすぐさま修復。

 痛みが立ち消えたお陰で思考が回る。


 衝撃が身体の表面を奔って背面から突き抜ける感覚はあった。

 ……つまり()()()()()()()衝撃だったという事。


 多分、これは絶招圏(ぜっしょうけん)がどうとかいう問題じゃなく、受け止める量の問題。

 パワーを受け流すだけのダイラタンシー流体の量が足りていないんだ。


 それにさっきの動き。


 奇妙な音がした。

 ……あの音を何と表現したいいのか。


 物凄く太い耳鳴りと言うか。

 音が無へ急速に吸い込まれる様な。


 仮に超スピードで動いたとすると音が全く違う。


 ドコォォォォォォォォンッッ!


 僕の思考を掻き消す様に勢いよく着弾。



 埼玉県新座市新塚 陸上自衛隊朝霞訓練所。



 着弾によるダメージは無い。

 僕はゆっくり立ち上がる。


「リュージ……」


 背後から声。


 バッ


 素早く振り返るとそこにモナルカが立っていた。

 全く音を立てず、まるで幽霊のように立っていた。


「モナルカ……」


「……キミはLotta(闘争)をどう考える……?」


 不意にモナルカから質問。


「と……

 闘争……?

 戦闘とか竜同士のケンカの事……?」


「そうだね……

 リュージ……

 我は解ったんだ……

 皆がしている戦闘……

 その本質はエネルギーのぶつかり合い。

 どちらのエネルギーが大きくて強力なのかのせめぎ合いだってね……」


 何が言いたいのか解らない。


「……何が言いたいの?」


「つまりだ……

 闘争って実はとてもSemplice(シンプル)な話だったんだ……

 どちらが速いとかどちらの攻撃が強いとか関係ない……

 それよりもっと根源で勝敗は決する……

 どちらのエネルギーがより強大か……

 ただそれだけの話なんだ……」


 ますます何を言いたいか解らない。


「……だから、何を言いたいか解らないって……」


 ットゥゥゥンッ


 消えた。

 そしてまた妙な音。


「……解らないかい……?

 我のエネルギーがリュージのエネルギーより遥かに勝っているって話じゃないか……

 だからPovero(残念)って事じゃないかァッ!」


 背後から声。

 すぐさま振り返る。


 ットゥゥンッッ


 ほぼ同時。

 また奇妙な音と共に姿が消えた。



 ###

 ###



 ここでモナルカの身体の変化について解説を挟みたいと思う。

 おそらく注釈を除けば、当作品での最後の解説になる。


 まず、咲人(さきひと)の予想は概ね正解。


 狙いだったアナフィラキシーショック。

 これはモナルカとて例外では無く、発症していた。


 一度目の被毒により生成された抗体。

 言わば魔抗体と称せる強力なタンパク質。


 それが二度目の狙撃により過剰(アナフィラキシー)反応(ショック)を引き起こした。


 ※この時のモナルカは食事を必要とはしない為、従来のアミノ酸で生成されるタンパク質とは異なるものです。

 アミノ酸の代替えとして魔力で作られているあくまでもタンパク質に似ている化合物です。


 アナフィラキシーショックにより膨大に生まれた魔ヒスタミンは全身を駆け巡り、()()()症状へと成り代わる。


 全身に行き渡った魔ヒスタミンの働きで、血管の様に無数に奔る細い魔力配線が拡張や統合を始める。


 つまりモナルカの発症した症状は…………



 蕁麻疹(じんましん)である。



 もちろん、これは従来の蕁麻疹と一線を画す。

 モナルカの体内での動きは蕁麻疹と言えるが症状はまるで別次元。


 青白く淡い光を放つ体内の細い魔力配線が広がり、束ねられ、体表の模様を虎縞の様に変えてしまった。


 魔力配線の拡張と統合。


 この事が咲人(さきひと)や竜司にとって。

 いや、人類にとって極めて不幸な出来事を迎え入れる事になる。


 その不幸は至極シンプルな話。


 川幅が広がれば水量が増える。

 例えるならこういう事。


 そう、何倍にも太くなった魔力配線を運用する。

 その為には今まで以上の魔力が必要となる。


 つまり跳ね上がったのだ。


 魔力の自動供給速度が。

 それも桁違いに。


 急激に体内へ取り込まれる八尾(ロード・エイス)の魔力。


 唐突に。

 且つ膨大に魔力が流入。


 それはモナルカの中に眠る禁断のスキル発動トリガーとなる。



 そう、内蔵(インテグラート)コロナ(コローナ)である。



 だが……

 足りない。


 内蔵(インテグラート)コロナ(コローナ)の内包している魔力量でも。

 虎縞の様に太く張り巡らされた魔力配線を運用するには足りなかったのだ。


 そこでモナルカが取った選択は……

 融合。


 一回目の狙撃で生成された魔プラズマジェネレーター。


 そして二回目の狙撃により孵化した。

 してしまった内蔵(インテグラート)コロナ(コローナ)


 その二つがモナルカの体内で融合を果たす事となる。

 流体魔力(ウーブレック)の混合魔力とは桁が違う。


 まさに悪魔的現象。

 悪魔融合。


 生成される魔プラズマ量も純度も以前のものを遥かに凌ぐ。


 悪魔融合の果てに産まれたもの。

 それに敢えて名前を付けるなら……



 恒星炉。



 イタリア語でフォルナーチェ・ステッラーレ。

 今のモナルカはまさに星の力を手にしたのと同義。


 絶招圏(ぜっしょうけん)も確かに竜司の想像力とガレア、暮葉の魔力が生み出した技術の極み。

 最高到達点と言っても過言では無い。


 が、あくまでもそれは人間が届く事の出来る範囲の話。

 モナルカの生成した恒星炉はその次元を遥かに超えている。


 絶招圏(ぜっしょうけん)によるダイラタンシー流動層でも相殺しきれないパワー。

 今の竜司が見失う程のスピード。


 ちなみに今のモナルカの移動速度。

 自らの肉体を素粒子に分解する事で亜光速に達している。


 再構築の速度も今のモナルカの再生速度を鑑みれば実戦レベルで使用できるのも頷ける。


 竜司が耳にした異音は魔力で身体を素粒子に分解する際に鳴る音である。


 竜司の(エネルギー)よりモナルカの(エネルギー)の方が勝っている。

 モナルカの発言は事実。


 残酷なまでに事実なのだ。

 容易く実感出来る程の絶望的なエネルギー差。



 これが人間(マン)災害(ディザスター)、モナルカ・バルバッツァーノの最終態(フォルマウルティモ)である。



 猛毒に耐える為に魔力配線を太くした。

 こう竜司は予測したが、それは誤り。


 魔力配線が太くなり虎縞の様になったのは、そもそもアナフィラキシーショックによる蕁麻疹が要因。


 ひいては咲人(さきひと)の狙撃が原因である。

 あくまでもモナルカは蕁麻疹による身体の異常に対応したに過ぎない。


 事件を解決しようと。

 日本を救おうと咲人(さきひと)が発案したモナルカの狙撃作戦。


 それがことごとく裏目に出てしまうと言う、目も当てられない結果。


 そして不幸にも占星装術アストロギアの占いで出ていたアンラッキーアイテム、20mm口径弾。


 寸分の狂いも無く的中。

 いや、それ以上の最悪な状態に陥ってしまった竜司なのであった。



 ###

 ###



「……だからPovero(残念)って事じゃないかぁっ!」


 ットゥゥンッッ


 消えた。

 同時にまた奇妙な音。


 ゴッッッッッッッッッ!!


 ダァァァァァァァァァンッッッッ!


 右胸に衝撃。

 視界が変わる。


 背中が何処かに激突した。

 この三つは、ほぼ同時。


 ズキィッッ!


 右胸から大きな鈍痛。

 この痛みが何があったかを強制的に理解させる。


 モナルカの攻撃を受けたんだ。


 それも真正面から。

 まともに。


 そのまま地面に叩き付けられた。


 今見えている景色は空。

 身体が跳ねて空を仰いでいる。


 胸の鈍痛は既に引いている。

 修復が完了したんだ。


 まだ。

 まだ攻撃には耐えれる身体だ。


 激痛はするけど、絶招圏(ぜっしょうけん)の修復機能で何とかなっている。

 動けなくなる程じゃない。


 けど……


 モナルカのスピード。

 これが解らない。


 さっきまで対処出来てたのに今はもう完全に見失っている。

 右胸の攻撃も見えなかったし、まともに喰らってしまった。


 それ程の高スピードだって事か?


 ……いや、違う。

 違う気がする。


 僕らの体現しているスピードとは何か根本的に違う。

 そんな気がする。


 奇妙な音と同時に姿が消えた。


 そして、衝撃。

 これもほぼ同時。


 この異様なまでのタイムラグの無さ。


 ここで僕の中の記憶。

 経験から来る記憶が呼び起こされる。


 それは僕が初めて竜界を訪れた時の事。


 橙の王、ハンニバル。

 光陰矢の如し(バビロンレイ)刹那(エフェメラル)


 魔力や身体を光に変える事が出来る七王の一角。

 僕の頭の中にはハンニバルとの一戦が呼び起こされる。


 モナルカの攻撃。

 これがハンニバルの攻撃を受けた時の感覚と似ている。


 …………つまり、そういう事か。


 光速。

 少なくとも亜光速で移動している。


 どう言う原理かは皆目見当がつかない。

 けど、インパクトまで、ほぼタイムラグが無いとなると間違いない。


 ……そんな事、生物に可能なのだろうか?


 ハンニバルは光に変換する事で実現していたけど、モナルカの場合は別に光っている訳じゃない。


 ……いや、僕が気にするべき所はそこじゃない。


 こと魔力において事象がどれだけ不可解だろうとも事象そのものを疑うのはナンセンス。


 モナルカが光速、もしくは亜光速で移動している。

 なら、それにどう対処するのか考えないと。


 ドスゥンッ!


 ここで僕は地面に落下。

 特にダメージは無い。


 けど、僕はすぐに起き上がる事はしない。

 少しでも考える時間が欲しい。


 確か……

 ハンニバルの時はどうしたんだっけ……?


 そして出した結論が躱せないならもうほっとこうと……


 頭の中に浮かぶ過去の僕の発言。

 そうだ、あの時は躱すのを諦めて、防御へ大幅に振ったんだ。


 それで、攻撃を受けた反動を利用して反撃したんだっけ。


 参照話:第百話。


 ……今のモナルカにそれが通用するか?

 いや、無理だ。


 ハンニバルの場合は光陰矢の如し(バビロンレイ)の射撃が基本。


 かたやモナルカは火焔(バッリョーレ)があるけど、どちらかと言うと焔爪(フィアンマ・ウンギア)やGDF、もしくは格闘の近接攻撃が主だ。


 しかも今のモナルカの攻撃を何発も受ける事なんて無理じゃないのか?


 ットゥゥンッッ


 大きな着弾音が響いた後の静寂。

 その中で聞こえる奇妙な音。


「リュージ……

 いつまで倒れているんだ……?

 立ち上がれよ……」


 近くから聞こえるモナルカの声。


 狸寝入りがバレてる。

 そりゃそうか。


 確かモナルカは魔力を感知出来るんだった。

 観念した僕はゆっくりと立ち上がる。


「……モナルカ……

 焔爪(フィアンマ・ウンギア)は使わないの……?」


「ん……?

 あぁ、だって焔爪(フィアンマ・ウンギア)を使っちゃうと一瞬で終わっちゃうじゃないか。

 ()()の殺り取りなんだ……

 すぐに終わらせてしまうのは興が冷める……

 お願いだから、あともう少しでも沸かせてくれよ……

 出来れば先の快感をもう一度味合わせてくれたらGasat()issimo()なんだけど……」


 多分、モナルカの言ってるやり取りって普通の意味じゃなくて、言ったら殺り取りって意味合いなんだろうな。


 ……そう言えば。

 ハンニバルの時は向こうの慢心をついて森に潜みながら戦ったっけ。


 で、この時に反射蒼鏡(リフレクション)を考えて生成したんだった……

 けど、この作戦も使えない。


 ハンニバルには出来なかった魔力感知がモナルカには出来るんだから。

 隠れても何の意味も無い。


「……さぁ?

 それはどうなるかは解らない……

 けど、僕もただで死ぬつもりは無いよ……」


 この言葉は、ほぼハッタリ。

 ハンニバルとの戦闘で役立つのはその体験ぐらい。


 仮にモナルカが光速か光速に近い速度で動いていたとしても動揺はしない。

 一度、経験しているからだ。


 凪のテンションも手伝ってるんだろうけど、頭は回っている。

 ただ問題なのは……


 光速で移動できる相手に対処する方法が思い付かないって点だ。


 ゆっくり考える時間なんてある訳が無い。

 一秒で方針と対抗策を立案しろ。


 再び訪れた生死の際、自分に出来る事を中から引っ張り出す。


 浸透しろ、絶招圏(ぜっしょうけん)

 もっと、もっと!


 結局、僕の取った対抗策は絶招圏(ぜっしょうけん)を信じる事。

 まだ伸びしろはある筈だと。


 更にイメージを深めて効果を上昇させる事だった。

 絶招圏(ぜっしょうけん)の概要は気体に近い状態に変質させた高純度魔力。


 それが体中に染み渡り、魔力注入(インジェクト)を超える治癒能力やモナルカに匹敵する身体能力を発揮しているんだと思う。


 ならもっと染み渡れば、まだ身体能力を上げる事が出来る……

 ……はず。


 いや、迷うな。

 出来ると確信を持たないと。


「へぇ……

 Che Bello(実に素晴らしい)……

 じゃあ……

 見せてもらおう……

 カァッ!!」


 ットゥゥンッッ


 また消えた!


 ドコォォォォォォォォンッッ!


 消えたのを認識したと同時に、脇腹に激痛。


 折れた!

 アバラが持っていかれた!


 ガンッッッ!


 強く地面に打ち付けられ、身体が跳ねる。


 ットゥゥンッッ


 ダァァァァァァァァンッッッ!


「…………カハッ……」


 息が詰まる。

 地面に叩き付けられた。


 今度は左鎖骨と肩甲骨辺りから重い鈍痛が伝播。


 傷は治る。

 すぐに治る…………



 けど。



 ットゥゥンッッ


 ドコォォォォォォォォンッッ!


 ットゥゥンッッ


 ボコォォォォォォォォンッッ!


 ットゥゥンッッ


 ットゥゥンッッ


 ットゥゥンッッ


 ……駄目だ。

 文字通り歯が立たない。


 成すがまま。


 僕の身体はまるでサッカーボールの様に弄ばれる。

 何処で戦ってるかも、もう解らない。


 何だ?

 何なんだ、その音は!


 数分後。


 どれぐらい経ったかも、解らない。

 時間の感覚もボヤけている。


 僕は地面に倒れ伏していた。


 止んだ?

 モナルカの攻撃が止んだ。


 絶望と無力感しか感じられない地獄の様な時間が止まった。


 激痛は確かに一瞬。

 だけど、こう立て続けに感じると……


 心が折れてしまいそうになる。


「フム……

 大分この身体にも慣れて来た……

 リュージ……

 ホラ、早く立ち上がれよ……

 このままだとただ死ぬだけだぞ……?」


 腹這いになっている身体を起こし、見つめる先。

 挿絵(By みてみん)

 そこには青白色の縞を背中に纏い、青白く発光するモナルカの後ろ姿。


 僕はゆっくりと立ち上がった。

 絶招圏(ぜっしょうけん)の修復機能で動く事は出来る。


 ……けど、立った所で。

 動いた所でどうしようもない。


 ……いや、駄目だ駄目だ。

 ここで僕が折れてしまったら今までやって来た事が全て台無しになる。


 考えろ考えろ。


 モナルカに対抗する手段を。

 戦いの中から捻り出せ。


 僕は高速で思考を巡らせ、今のモナルカについて考察する。


 ……駄目だ。

 パワーに関してはまだ耐えられる部分はあるけど、やはりスピード。


 あのスピードが一番脅威。

 捉えられない速度だから攻撃を全てまともに喰らってしまう。


 けど、あの動きに対抗しないと、とても勝てない。

 あの音からして別次元の動きを…………


 …………ん?

 まてよ。


 あの音。


 やはり妙だ。

 何の音かは解らないけど、明らかに移動している音じゃない。


 少なくとも大気に接触している音じゃない。

 そもそも音速でも地球上で移動すればソニックブームが発生する。


 そんな所を光速なんかで移動すれば物凄い事になるんじゃないのか?


 ……なら、あの音は移動による音じゃない?

 例えば身体を光速で移動できるように変質……


 いや、分解している音だったりとか?

 それで移動先の座標で急速再構築させている?


 ……だとしたらまだやりようはあるかも知れない。

 もちろん、こんなものは吹けば飛ぶような空論でしかない。


 そんな事は解っている。

 だけど、打つ手が無い今。


 可能性が僅かでもあるならそれに賭けるしかない。


 ットゥゥンッッ


 来た!


 ドコォォォォォォォォンッッ!


 ガンッ!


 ガンッ!


 ズザァァァァーーッッ!


 駄目だ。

 こうじゃない。


 もっと。

 もっとタイミングを合わせないと。


 今のは右胸の下辺りに当たった。

 痛みもあったし、身体は跳ねたけど、何度も喰らったせいか踏ん張れる。


 ットゥゥンッッ


 ドコォォォォォォォォンッッ!


 失敗。

 もっと速く。


 ットゥゥンッッ


 ドコォォォォォォォォンッッ!


 これも失敗。

 かなりシビアなタイミングだ。


 何度も何度も僕は試した。

 絶招圏(ぜっしょうけん)の修復機能が無ければとうに死んでいる。


 何度も何度もモナルカの攻撃を喰らいながらも僕は諦めずに挑戦した。

 そしてついに……


 ギュンッッ!


 モナルカの拳が空を切った。

 初めてモナルカの攻撃を躱す事に成功したんだ。


 相手が座標を指定して移動する。

 なら、そのポイントから僕の身体をズラせばいい。


 妙な音が聞こえたと同時に一歩、右か左へ位置をズラす。

 これで躱せるんじゃないかって考えた。


 結果は成功。

 見事、モナルカの拳は空振った。


 このチャンスは逃さない。


 ギャリィッッッ!


 僕は左脚に力を込め、鋭く回転。

 モナルカの動きに合わせた回し蹴りの体勢。


 絶招圏(ぜっしょうけん)を纏った僕の全力の蹴り。

 カウンターの相乗効果も合わさっている。


 炸裂すれば今のモナルカだろうとただでは済まない筈。

 だけど……


 この回し蹴りを繰り出したことで。



 僕はモナルカの恐ろしさを再確認する事になる。



 パンッッッッッ!


 へ……?


 酷く乾いた音。

 一瞬何が起きたか理解が出来なかった。


 ズデェッ!


 ゴロゴロゴロゴロゴロォォォッ!


 身体の回転が止まらず、バランスを崩し、勢いよく転がっていく。

 回し蹴りは確かに当たった筈。


 一体、何が起きたんだ?


 とにかく早く体勢を。

 体勢を立て直さないと。



 ……上手く立てない!?



 何で?


 異様に身体が軽くなった気がする。

 まるで身体の一部が無くなった様な。


 ゾクゥゥゥゥゥッッッ!


 倒れたまま、動かない……

 と言うか感覚が無くなった右脚に目を向けた。


 同時に大きな寒気が駆け上る。


 右脚が…………



 無い。



「いやぁ……

 さすがリュージだ……

 我の動きに合わせて来るなんてね……

 でも、無駄なんだ……

 それと一つ言い忘れていた事があったよ……

 我にはもう一つスキルがあるんだ……」


 !!?


 何だ……?

 何を言っている……?


 スキルが……



 もう一つ!?



 倒れたまま酷く動揺する僕。

 この時、既に凪のテンションは剥がれ落ちていた。


 そんな僕に構わずモナルカは言葉を続ける。


「名を弧状衝撃波面(バウショック)って言ってね……

 これも内蔵(インテグラート)コロナ(コローナ)と同じでどう発動するかよく解ってないんだよ……」


 弧状衝撃波面(バウショック)

 それが……


 それが僕の右脚を持っていったのか!?



 ###

 ###



「……フー……

 はい、今日はここまで……

 ……ん?」


 何か(たつ)が無言で僕のズボンの裾をめくり始めた。

 右側の。


 ペチペチ


 で、僕の右脛や右太腿をペチペチ叩き出した……


「本物……

 っぽい……」


 ぽい?


 ギリッ


 セリフの違和感に引っ掛かっている所、(たつ)が太腿を(つね)った。


「いたっ……

 ……って何してんの?」


 (たつ)は男だと言ってもまだ十二歳。

 別に叫ぶほどの痛みじゃない。


「……いや、誰だってこうするでしょ?

 パパの昔話を聞いていて右脚が無くなったみたいな事を言われたら」


 そう言いながら僕の顔を見上げる(たつ)

 眼は何処か猜疑心。


 疑いの気持ちが伝わって来る。


 右脚を失くした事がウソだと……

 いや、これはもっと深くて大きい。


 まさか僕の話自体を疑ってる?


「……あの、(たつ)

 本当に今更だし……

 仮にそうだとしたら、自分の息子相手に長々と何日もかけて何やってんのって話だけど…………

 今、話してる内容は全部本当の話だからね……?」


「いや……

 解ってはいるよ。

 パパって毎日忙しそうなのに、時間を取って毎日話してくれてるし。

 何か意味があるんだろうとも思うし、嘘じゃないだろうなとは思うよ?

 …………でも、そもそもの話が竜と人間が一緒に暮らしてるみたいな滅茶苦茶な話だし、そんなの聞かされてる中で右脚が無くなったとか言われたらね……

 そりゃ色々疑いたくもなるよ…………

 で、どっちがウソ?

 右脚を失くした事?

 それとも今までの話?」


 (こいつ)

 サラッと疑ってると暴露しただけで無く、ウソがあると断定しやがった。


「……あのね…………

 どっちも本当に決まってるでしょ。

 ガレアとの話も、右脚を失くした事も全部本当だってば。

 (たつ)も言ってたでしょ?

 僕が忙しいって。

 忙しい中、何でわざわざ(たつ)にフィクションの話を聞かせなきゃならないんだよ」


 あんまりな(たつ)の言葉に思わず少しキツ目な言い方をしてしまう僕。

 我ながら何て大人気ない。


「……じゃ……

 じゃあ、今のパパの右脚は何なのさ……?」


 目に見えぬ圧に押されたのか、少し言葉を詰まらせるも言い返してきた。

 でもなぁ……


「……これが良く解らないんだよね。

 多分、魔力で再生したんだと思うんだけど……

 正直ちゃんと覚えてるのはこの辺りぐらいまでなんだ。

 そこから先は記憶が途切れ途切れでね。

 だから右脚を失くした事をウソだと言われても仕方がないとも思う。

 だって反証する為の材料を覚えてないんだから」


「そ……

 そうなの?

 じゃ……

 じゃあモナルカがどうなったかとかも覚えてないんじゃ……?」


「いや、流石にそこは覚えてるよ。

 けどね、何を話したかとか細かい部分は覚えてなくて、だから明日の話は繋げる為に所々フィクションって言うか、こんな感じの事を言った気がするって程度の部分があるからね。

 あと、モナルカとの戦いは一回か二回で終わるよ」


「えぇっ?

 ……って事はあそこから勝つんだよね……

 ……今の所、全く勝てる気がしないんだけど、一体どうやって……」


 そう思うよなぁ。

 僕自身も、この時は半ば諦めてたし。


 モナルカへの決め手。

 これは本当に今でもウソなんじゃないかって思う。


 竜と共存してたとか、モナルカが暴れてたとか。

 そんなものをアウトからぶっ千切って行くぐらい在り得ない、ウソ臭い話。


 有体に言えばンなアホなって感じだ。


「ふふふ、それはまた明日ね。

 今日はこれでおしまい。

 さぁ布団に入って」


「はぁい」


 モゾモゾと布団に潜り込んだ(たつ)


「じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 続く。


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