第二百九十四話 虎口を逃れて竜穴に入る
2048年三月 某県某市皇邸寝室。
ガチャ
「やあ、こんばんは龍」
「あ、パパ。
今日、チックンと仲直りしたよ」
僕が入るなり、今日の出来事を話し出す龍。
チックンて言うのは龍の友達のあだ名だそうな。
小柳津築也でチックン。
「そう、それは良かったね。
一体どんな感じで話かけたんだい?」
「放課後にチックンの後を尾けていって、一人になった時に声をかけたんだ」
……我が息子ながら際どい行動をするなぁ。
「そ……
それはチックン、驚いたんじゃないかな?」
「うん、最初ビクッてなってた。
それで振り向いて僕がいたから訳が解らなかったみたい」
チックンからしたら目下、ケンカ中の龍から急に声をかけられたんだ。
しかも一人の時に。
訳が解らないって言うかどう言う態度をとっていいか解らなかったんだろう。
「そ……
そう、チックンはどんな反応だった?
まだ怒ってる感じだった?」
「ううん、怒ってる感じじゃなかったんだけど、何ってボソッと一言だけって感じだった」
なるほど、ケンカ腰では無い。
反応があったと言う事は交渉の余地があると言う事だ。
「なるほどね、それで龍はどう切り出したんだい?」
「まずはごめんって頭を下げて、何で声をかけたかとチックンと今まで通り仲良くしたいって事を言って、どうしたら許してくれるかって聞いたんだ」
謝罪とこちらの意向を真っ直ぐに伝えたのか。
利害が発生しない人間関係なら十分だ。
「うんうん、それでチックンは何て言ったんだい?」
「うん、結局ジュースと駄菓子を買ってくれたら許してあげるって話になったから買ってあげて仲直りって感じ」
仲直りしたのは良い事だ。
……けど少し引っ掛かる部分もある。
親として。
「…………龍、仲直りしたのは良い事なんだけど……
買ってあげるって言う部分が少し気になるね。
そんなにお小遣いは多く上げてるつもりはないけど、一体いくら分買ってあげたんだい?」
「えっと500円ぐらいかな?」
500円。
龍のお小遣いは月2000円だから四分の一。
これは結構キツいんじゃないのか?
「……龍?
解ってると思うけど、僕はお小遣いを追加で上げたり増やしたりはしないよ。
それを解ってて買ってあげたの?」
「そんな事は知ってるしして貰おうとも思ってないよ。
確かに500円って僕からしたらキツいんだけど、それが無いとチックンに謝りたいって気持ちが伝わらないと思ったんだよ」
驚いた。
龍は贖罪の意義を理解している。
日々、真っ直ぐ育っている龍を実感して、嬉しさが湧いてくる。
「そうか、ならいいよ。
じゃあ少なくなったお小遣いでどうにか来月まで頑張れ」
「うん、それはそうとパパ。
昨日はママへの冷たい態度の事しか話してないけど、この時のパパってモナルカより強くなってたの?」
「ん?
あぁ、多分だけどね」
「多分てどういうこと?」
「だって強い弱いって言うのは何か証拠が無いとね。
例えばモナルカが参ったって言って降参するとかね。
でも、そう言うのは無かったからなぁ」
「…………って事はまだ戦闘は続くの?
てっきりこのままモナルカをやっつけるって思ってたのに」
「そんな簡単に上手く行ったら世話無いよ」
「そ……
そう……
あ、後ね。
今のパパが殴ったり蹴ったりした時、何かドコーンって言う音以外にパァンみたいな音も一緒に鳴ってたみたいだけどあれって何?」
「ん?
あぁ、それは多分、圧縮された空気が弾けてる音だと思う。
それだけ僕のパンチが速かったって事さ。
どうだい?
パパ、カッコいいだろ?」
「……何でそんな自慢げなのさ。
確かにカッコイイかも知れないけど、腕とか脚とか折れるんでしょ?
無茶し過ぎだよパパ……」
「ま……
まぁそれはね……
でも、絶招圏を発動した僕って傷を負ってもすぐに治るようになってたから……
さ?
何でかは良く解らないけど」
ホント、絶招圏に関しては全く検証もせずぶっつけ本番で使ってたから具体的にどういう作用とか働きがあったのかは解らないんだよな。
しかも使ったのはこれ一回切りだし。
でも、その効果は凄かったな。
あのモナルカを圧倒したんだから。
強さだけで言うと間違いなく僕の中で三本の指に入るなあ。
一位は中田戦の真・絶招経。
二位は呼炎灼の時の絶招経。
多分、呼炎灼の時は真・絶招経だったんだろうな。
意識してなかったけど。
そして三番目が今の絶招圏。
あくまでも今まででの話だけど。
「よく解らないの?
何で?」
「だって絶招圏ってこの一回だけしか使ってないもの。
具体的な作用とか仮説とかも立てるヒマなんて無かったよ。
さぁ、今日は前置きが少し長くなってしまったね。
そろそろ始めていこうか」
「うん」
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2018年三月中旬 東京都墨田区 言間通り付近
僕は無言で南東の空を見つめていた。
頭の中は直前の攻防の事。
嵐のような猛攻の中、一撃を叩き込むことが出来た。
そしてモナルカの焔爪を通さない魔力の盾へと進化した反射蒼鏡。
この二つが僕に確信を与える。
現時点での僕の身体能力はモナルカを上回っている。
でも……
どうという事は無い。
上回った事への喜びや達成感。
モナルカを圧倒した事への優越感。
そう言う感情は全く湧かず、心はいたって平穏。
波一つ立っていない。
凪のテンションは未だ健在。
僕はそのまま全方位内を確認。
モナルカは…………
川辺に落ちていた。
川べりの広場?
見た感じ、道があって整備されてるっぽいから公園か散歩道だろうか?
「ここから……
大体四キロ半って所か……
それぐらいなら……
大体これぐらいかな?」
トンッ!
僕は荒れた地面を軽く蹴り、跳躍。
ギュンッ!
僕の身体は南東方向へ大きくアーチを描く。
空を跳びながら、僕は思考を巡らせていた。
絶招圏の効果はおおよそ把握した。
だったら……
この状態で神道巫術を使うとどうなるのだろう?
絶招経発動時の精霊達は物凄い働きをしてくれた。
横浜大震災。
東京湾沿岸一帯にテトラポットを敷設して津波の被害を最小限に喰い止めたんだ。
今の僕の力は明らかに従来の絶招経を超えている。
だったらもっと凄い力を発揮出来るんじゃあ?
―――あ、主はん。
調子ええこと考えとるようやけんど、とっとと結論から申し上げときます。
うちらは呼ばん方がよろしおす。
?
ここで唐突に頭の中に響く京都弁。
久久能智の声。
僕はすかさず辺りを見渡す……
けど、誰もいない。
久久能智は顕現していない。
―――あぁ、今は声だけ主はんに届けとるんどす。
あぁ、そう言う事か。
―――わかった。
で、呼ばない方が良いってどういう事?
―――簡単に言うたら、今の主はんの糧は強過ぎるんどす。
そないな糧を使うたらここら一帯の土は完全に死にますえ?
これはうちだけの話やおまへん。
水虬とか石塊の場合やと多分、量の調節が難しなるとちゃいますかな?
んで一番エグいんが軻遇突智ですわ。
多分、軻遇突智を出したりなんかした日には日本の三分の一ぐらいを軽く火の海にしはりまっせ。
物凄く恐ろしいことを淡々と言ってのける久久能智。
普段の僕なら身の毛だよだっていた所だろう。
けど……
―――そうか、つまり精霊達の力は借りれないって事だね。
凪のテンションの僕は特に動揺しない。
あぁ、そうかと受け入れるだけ。
―――そう言う事どす。
まあうちらと主従の契を交わしとる主はんやったら強制的に呼び出せん事も無いけんどな。
でも、主はんも日本、壊してまでっていうのは本意やないでっしゃろ?
―――そりゃあね。
―――うちの見た感じ、別にうちらが手ェ貸さんでも何とかなりはるやろ?
―――うん、多分だけど。
―――よろしい。
ほんだらまあ一人で頑張ってくんなはれ。
うちらは草葉の陰から見守っとりますよって。
―――わかった、ありがとう。
こうして久久能智との会話は終了。
神道巫術は使えない。
使う時は多分自分もろともの自爆手段。
こう言う認識でいいだろう。
僕の眼に横たわった大きな河川が見えて来る。
そろそろ地表か。
東京都江東区 荒川・砂町水辺公園付近。
ズドォォォンッッ!
僕は勢い良く着地。
大体、モナルカの所から100メートルほど南の位置。
うん、おおよそ予定通りの位置だ。
少しづつ絶招圏の扱いに慣れていってるのを感じる。
それにしても思った以上に植木がたくさんある。
それだけじゃない。
草も生い茂っている。
見通しは悪い。
ザフ……
僕は生い茂る草を踏み締めながら歩を進め、モナルカに向かって歩き出す。
頭の中で軽い戦略を練り始めた。
目的はモナルカの魔力供給と消費のバランスを崩壊させ、行動停止にさせる。
達成するにはどうしたらいい?
とにかく、モナルカを動かさないと駄目だ。
となると単発では埒が明かない。
交戦状態を長引かせないと。
……あのモナルカとの戦闘を長引かせる?
ついさっきまでの僕なら寒気が奔っていただろう。
けど、今の僕は何も感じない。
別に怖気づき歩速が遅くなる事もない。
頭の中では冷静に順調に思考のフェーズを移行させている。
単発でその度、場を移動していたら非効率。
上へ飛ばしていては駄目。
どちらかと言うと地面に叩き付けるイメージで。
それに攻撃よりも防御、回避にウエイトを割いた方がいいだろう。
当面の戦闘指針が纏まりつつある段階で、見えて来るモナルカの着弾点。
地面がひび割れて土壌が剥き出しになっている。
ぼんやり青白色に光る発光体。
モナルカだ。
身体を立てて、腰を曲げ、川の方を向いて寝そべっている。
落下して転がった様な体勢。
顔は見えない。
全く動かないけど、さっきの中段回し蹴り。
そんなに効いたのだろうか?
僕は警戒を強めながら、更に間合いを詰める。
およそ10メートル弱ぐらいにまで近付いた。
すると……
ピク
モナルカが動いた。
そのままゆっくりと身体を起こし、立ち上がった。
首を押さえながら頭を少し回しながら横を向いている。
「リュージ……
反射蒼鏡……
だっけ?
あんな使い方も出来たんだね……」
「…………要は設置型の魔力反射板だからね……
ちょっと認識を変えてみたんだよ。
反射よりも防御するってイメージかな?」
「……って事はさっきが初めてかい?」
「……そう言う事になるね。
初めてだったけど、上手く行ってよかったよ」
クルゥ~~……
ゆっくりと淀みない動きでモナルカの首が持ち上がり、仰け反り、そのまま僕に向かって顔を向けた。
溢れる既視感。
最近、何度か見たぞこの見つめられ方。
頭のネジが外れている人間ってどうして顔を逆さまにしてこっちを見たがるんだ。
しかもモナルカの場合は逆さまだけじゃない。
狂ったように口を開けて笑っている。
「……Gasatissimo……
リュージィ……
もっともっと魅せてくれェ……
魔力の域を……
魅せてくれよぉっ!」
ガァァァァァァンッッ!
吹き飛ぶ土砂と爆発に似た轟音が響き渡る。
反射蒼鏡。
だけど、僕は冷静にスキル発動。
青白色に光る六角形板を両掌に定着。
ブォォォッッ!
一瞬で間合いを詰めたモナルカ。
強烈な炎を放つ両拳。
躊躇なく焔爪を振り下ろそうとする。
けど…………
ガガィィィィィィィィィィィィンッッ!
激しい衝撃音。
両手が焔爪を受け止める。
僕の方が動きは速い。
ベコォッ!
両脚が沈む。
川岸の地面に突き刺さり食い込んだ。
ズンッッッッッ!
更に両手を押し込んでくるモナルカ。
……ん?
ここで僕の中に違和感。
さっきは物凄い速度で嵐のような猛攻を繰り出していた。
だけど、今度は違う。
ズゥゥンッッッ!
更に地面へ沈む僕の身体。
今回は強引に押し切ろうとしている様子。
手法を変えたのか?
何で?
地面に押し込むことで動きを封じようとでもいうのか?
けど、無駄だ。
そもそも絶招圏の魔力で生成した反射蒼鏡は破れない…………
そう思っていた。
ブォォォッッ!
?
炎の勢いが増した?
それはまるでアクセルを吹かせたエンジンの様に。
…………いや、焔爪の炎だけじゃない。
ググググ……
ズンッッッッッ!
シンプルにパワーも増している。
次第に押され始める。
更に身体が沈み込む。
この急激な力の跳ね上がりは?
ヤバい。
このままだと……
押し切られる。
バキィィィィィィィィンッッッ!
更に轟く大きな破砕音。
その刹那。
ボォォォォォンッッ!
吹き飛び、舞い上がる土砂。
ズザァァァッッ!
身を屈め、両足で急ブレーキ。
咄嗟に間合いを広げたんだ。
ヤバかった。
あとほんの少し。
ほんの少し動くのが遅かったら…………
やられていた。
焔爪で身体を焼き裂かれて。
さっきの割れたような音は反射蒼鏡が破壊された音だ。
ボンッッッ!
舞い上がる土砂の覆いを突き抜け、モナルカが突っ込んでくる。
追撃。
反射蒼鏡。
再びスキル発動。
迫る焔爪。
破られた反射蒼鏡をもう一度発動させた理由。
それは防ぐ方法があるからだ。
バキィィィィィィィィンッッ!
反射蒼鏡が炎の爪を受け止める。
僕は素早く両腕を交差させている。
さっきと受け止め方を変えたんだ。
もちろん、これには理由がある。
ギャリギャリギャリギャリィィィィッッ!
青白色に光る六角板の上を滑っていく焔爪。
僕は受け止めた反射蒼鏡に角度を付けたんだ。
これは捌き。
真正面から受け止めるんじゃなく、角度を付けて力の方向を流した。
ガレアが火焔を防いでいたやり方と同じ。
ドコォォォォォォォォンッッ!
当然、モナルカの体勢も崩れる。
迫る顔面に思い切り頭突きを炸裂させた。
ブシュッッッ!
同時に僕の額から一瞬激痛が奔る。
額が裂けたんだ。
これはおそらくダイラタンシー現象の反動。
額から流れた血が目の中に入り込み、視界を奪われた。
けど……
さして、問題じゃない。
モナルカの位置は覚えている。
痛みは一瞬だけでもう消えている。
僕の頭突きは当たった。
手応えもあった。
それで十分。
グルンッッッ!
両腕は交差させたまま、頭突きの勢いに載せて、身体を捻じりつつ、縦に回転。
普通はバランスを崩し、倒れてしまう所だけど、絶招圏で超強化された軸足は全くブレず僕の身体を保持してくれている。
背面から蹴り上げた左脚を天高く掲げる。
ドォォォォォォォォォォォォォォンッッ!
そのままモナルカの身体へ、思い切り振り降ろす。
大きな衝撃音が腹の芯まで響き渡る。
一切の躊躇や手加減は無い。
左足の裏から股関節まで細かく激しい重鈍痛が奔る。
この鈍痛が手応え。
凄まじい威力を物語っている。
けど、目が見えないから何処に当たったかは解らない。
攻撃するのには問題なかった。
でもいつまでもこのままと言う訳にもいかない。
何処かで血を洗い流さないと。
いつもだったら水虬を呼び出して水流を出してもらうんだけど、今は神道巫術を使えない。
絶招圏の治癒で足の痛みはもう何ともない。
けど、どうしたものか。
ザァァァァ……
ここで耳にする水流の音。
あ、そうかここは川岸だった。
じゃあ……
トンッッ
軽く地面を蹴る。
瞬時に舞い上がる僕の身体。
ドッッポォォォォンッッ!
弧を描いた僕の身体はそのまま川へ飛び込んだ。
思ってた以上に深い。
川底にはまだ到達していない。
東京の川って汚いイメージがあるけど、この際贅沢は言っていられない。
汚い綺麗よりも、視界の回復。
それを優先させた。
飛び込んだ瞬間、両手で顔を拭う。
血は取れたかな?
水中になんて長居はしていられない。
更に深く潜り、川底を思い切り蹴り飛ばした。
ドパァァッァァァァッァァァンッッ!
大きな水飛沫と共に川から抜け出した。
ビチャァッッ!
着地自体は問題無い。
けど、大量の水を含んでいるせいで服が張り付いて気持ちが悪い。
それに生臭い匂いもする。
正直不快。
けど、そんなことを気にしている場合じゃない。
ズルゥッ!
もう一度、勢いよく顔面を拭い、付着していた水滴を拭き取る。
視界は……
問題ない。
流血してすぐに飛び込んだのが良かった。
モナルカは……
倒れている。
大の字になり、仰向けで。
表情は変わっていない。
狂った笑顔のまま大の字に寝そべり、ピクリとも動かない。
そう言えば少し前にもこんな事があった。
上空から落下して、そのまま動かなかった。
あの時は約1分弱。
僕はこの事を気絶したと仮定した。
モナルカを蹴り付けてどれぐらい経った?
「モナルカ!」
僕は声を上げる。
すると……
ムクリ
モナルカの身体がゆっくりと起き上がる。
僕の声に反応したのか?
「……いやぁ……
リュージ……
強……
烈な……
一撃だっ……
たよ……
なるほど、反射蒼鏡に角……
度を付ける事で我の攻撃を滑らせ……
たって所かな?
どうだいリュージ、正……
解か……
な……?」
「…………簡単に言うとそう言う事だよ」
「……そん……
な防御方法があるなんて思いもしなかった。
さすがリュージだ」
ここで僕の中に薄い違和感。
何だ今の喋り方。
おかしな所で間を開けている。
歪な箇所に割り込んで来る無言時間。
……かと思うともう饒舌に戻っている。
何ださっきの妙な喋り方は?
まるで調子の悪いラジオのような。
「……そんな事より、僕から質問良いかな?」
「ん?
何だい?」
「今ってモナルカどうなったの?」
「要領を得ない質問だな。
一体何を聞きたいんだい?」
「僕の一撃を喰らったじゃない。
それをモナルカは強烈な一撃だと称した……
って事は少なくとも何か身体に異常が起きたんじゃないかって思うんだけど」
「ん~~……
確かにリュージの一撃で身体が動かなくなった……
でも、それが竜司の言う異常に当てはまるかは解らない。
と言うか我自身も自分の身体の事を全て理解している訳じゃないしね」
自分の状態を把握できないのか?
痛みを感じなくなったからだろうか?
「まあ、気持ちは解るよ。
僕も絶招圏の効果を全部、解ってる訳じゃ無いし」
「へぇ……
そのキレイな魔力ってゼッショーケンて言うのかい?
それは日本語かな?」
絶招圏自体は完全に僕の造語だけど、絶招って言葉は中国語になるのかな?
あ、でも絶招って読み方は日本語だから日本語なのかな?
「多分日本語じゃないかな?
僕、日本人だし……
ってそうじゃなくて。
僕は解らないなりに、少しずつ理解を進めているんだ。
モナルカも今までで解ってる事で立てた仮説や推測で構わないから教えてくれよ」
「そんなのでいいのかい……
ん~~……
おそらく……
なんだけど。
動かなくなったのは頭に巡っていた魔力が途切れたせいじゃないかな?」
?
さっき僕が考えた予想と同じだ。
確定した解は解らない。
けど、僕とモナルカ。
見解は一致している。
「あの……
モナルカ?
聞いといてこんな事を言うのもアレだし、今更なんだけど……
それって弱点が頭だって言ってるようなものじゃない?」
「ジャクテン?
リュージ、ジャクテンって何だい?」
「弱い部分って事だよ。
じゃあ頭に魔力が行かなければ動きが止まるって事でしょ?
そんな事を言われたら僕はモナルカの頭を狙う事になるよ?」
「ふぅん、確かリュージは我を止めたいんだったっけ?
もし我の言ってる事が正しければ、それで動きは止まるかも知れないね。
けど、何処を狙うか解っててやられる訳が無いじゃないか」
確かにモナルカの言う通り。
狙う場所が解っていれば防ぐのは簡単だ。
弱点が解ったからと言ってすぐに有利になるかと言ったら大間違い。
一口に弱点って言っても種類は結構分類される。
ダメージを与えたり破壊されると緊急事態に陥る構造的弱点。
脆弱な箇所が存在する物理的、空間的弱点。
継続時間や弾切れとかの持久的弱点。
心の弱さや決断力の低さを突いた心理的弱点なんかも考えられる。
それぞれに特徴も存在し、それに応じて戦い方や立ち振る舞いも変化する。
僕やモナルカが立てた仮説は分類だと構造的弱点。
この弱点の注意する点は別にモナルカ自身は何も弱くなってはいないって所。
言う通り、弱点の情報を共有した事で狙いが明るみになる。
狙いが解るのなら躱すのも防ぐのも容易い。
逆に狙うと見せかけて狙わなかったりしたら?
……いや、相手はモナルカだぞ?
揺さぶりや駆け引きが通用する相手じゃない。
そもそも死や敗北の恐怖があるかどうかも……
無いんだろうな多分。
心理的弱点。
この言葉はモナルカから一番遠い気がする。
「そんな事は解ってるよ。
僕が言いたいのはモナルカは気にしないのかって話だったんだけど、その様子だと気にしてい無さそうだね」
「逆に我からしたら何故そんな事を気にするのか全く分からないんだけどね。
……それはそうと……
今、気付いたんだけど何でリュージの身体は水を被っているんだい?」
ポタポタ……
脇の内側や指の先から滴り落ちる水滴。
今更かよ。
「思い切り頭突きをしたからだよ。
そのせいで額から血が出てね、
目に入って見えなくなってたからそこの川に飛び込んで洗い流したんだよ」
「……リュージのゼッショーケンは自分にも跳ね返ってくるんだね。」
「そりゃあね、物凄い特性だもの。
自分だけ無傷で使いたい放題。
そんな都合のいい能力なんてありはしないさ」
「……Capito……
じゃあそろそろ再開しようか……?」
ブォォォッッ!
燃え上がるモナルカの両拳。
焔爪。
同時に両眼も紅く光り輝く。
柔らかな口調とは真逆の圧。
反射蒼鏡。
僕もスキル発動。
両手に青白色に光る六角板を定着させる。
「あぁ、いいよ……」
ドォォォォォォォォンッッッ!
僕が合図を出すと同時。
近距離から巨大な爆音と強烈な爆圧の様な風圧が同時に僕へ覆い被さる。
一瞬、巻き上がる土煙。
更に四散して噴き散った。
唐突に場が目まぐるしく、そして激しく急変する。
ジャッッ!
瞬時に間合いを詰め、攻撃を仕掛けて来るモナルカ。
もの凄い速度と勢い。
もちろん、視界には映っていない。
だけど、僕は動揺していない。
落ち着いて動かすその速さはモナルカを上回る。
淀みなく最短距離で左掌を掲げ、焔爪を捌いた。
方向を逸らした炎の爪は掠りもしない。
受け止めた時と音が違うんだな。
まるで硬い金属を強く素早く削った様な。
それに反応も違う。
細かい光の粒子が飛び散ってる。
色は青白色と焔色。
二色の光る粒子が火花の様に。
僕の脳裏に浮かぶのは受け止めた時の差。
要はどうでも良い事。
ジャジャジャジャジャッジャジャジャジャジャジャジャッッッ!
そんな思考は瞬く間に吹き飛ぶ。
目も眩むようなモナルカの猛攻が始まった。
視界は瞬く間に雪崩の様な焔爪の光で埋め尽くされる。
隙間には大量に飛び散る光の粒子。
まるで打ち上げ花火のど真ん中に立たされたようだ。
視界情報はほぼ役には立たない。
けど、身体は動く。
動いて攻撃を捌いている。
絶招圏で研ぎ澄まされた感覚。
ただそれだけで攻撃を察知して動き、次々と捌く。
鼓膜を揺るがすノイズのような音。
だけど、僕は全く気に留めず、冷静に戦況を観察している。
よし、モナルカの動きについていけている。
……なるほど、捌く時には、受ける位置や体勢も重要なのか。
ほぼ100%感覚で動いている僕は理解が後追いになっている。
何とも不思議な感覚。
まるで一人でに動いている様な。
それでいて外部からの強制的な力は感じない。
あくまでも自然な動き。
高純度の魔力が染み渡った筋肉が。
骨が。
関節が。
神経が。
無意識下で全て連携して動き、モナルカを超える速さを実現している。
多分、今の状態は脳……
いや、僕の認識が身体の動きに追い付いていないんだろう。
フッッ
突然、モナルカの両手から炎が消えた?
ボバッッッ!
同時に掌から焔色の閃光。
グンッッ
僕は咄嗟に身体を捻り、それを躱す。
じんわり左側に伝わって来る熱。
これはGDF。
GDFの噴射を攻撃に転用している。
この戦法は噴射の反動を相殺させる為に、片方の手で真逆に噴射しないと体勢を保持出来ない。
となると単純に考えて手数が減る。
数では無く、単発の威力と範囲での戦法に切り替えたのか?
ボボボボボボボボボボボボボボッッッ!
!
両掌から噴射する魔プラズマの炎群。
僕の思惑を完全に無視した動き。
どういう事だ?
何故、両手ともGDFで攻撃できる?
解らない。
モナルカのパワーで強引に押し留めているという事か?
噴射のエネルギーを殺す程の力。
物凄い力だ。
普通なら驚き、人によっては恐怖する所だろう。
けど、今の僕は違う。
これで良い。
僕は今の状況を好転したと捉えた。
何故ならGDFは自分の身体を空に飛ばし、高速で飛行するスキル。
多分、魔力消費量は焔爪より多い。
ならばそれだけエネルギー消費も多くなる。
手法を切り替えてもまだ回避は可能。
このままGDFで攻撃を続ければ、供給と消費バランスが崩れ出す筈。
さすがにGDFは反射蒼鏡で受けたり、捌いたりは出来ないけど、避ける事自体は出来ている。
ボボボボボボボボボボボボボボッッッ!
よし、このまま使い続けろ。
僕は反射蒼鏡を解除し、全力で回避。
やがて……
フッッ
GDFの炎が消えた。
両方とも。
まるで燃料の切れたロケットの様に。
それだけじゃない。
身体のスピードも明らかに落ちた。
来た!
バランスの崩壊。
ガッッッ!
僕はすかさず両手を伸ばし、伸ばしたモナルカの右腕を掴む。
ギュゥンッッ!
そのまま回転。
勢いよくモナルカの身体を回し始める。
ギュンギュンギュンギュンッッッ!
絶招圏で跳ね上がったパワーで思い切り回す。
回転速度はグングン上昇。
そのまま、西北西方向に投げ放つ。
ピュンッッッ!
巨大な遠心力と僕のパワーが乗り、モナルカは一瞬で闇の空に消えていく。
まだだ、まだ終わらない。
ガァァァァァァァァァンッッ!
僕は思い切り地面を蹴り、空へ飛び上がる。
方向は同じく西北西。
モナルカの後を追う。
かなり力を入れて跳躍した僕は瞬く間に飛ぶモナルカの身体に追いついた。
ゴッッッッッッッッッッッッッッッ!
パァァァァァァァァァァンッッッ!
追い抜く瞬間。
モナルカの身体を思い切り殴り降ろす。
右拳の速度は大気を圧縮し、塊となって弾けた。
ギュンッッッ!
モナルカは角度を強制的に変え、まるで流星の様に落下。
ズドォォォン…………
遠くから響く着弾音。
背後から聞こえる。
殴った瞬間、右拳から肩の付け根辺りにまで雷の様な激痛が奔った。
けど、もう感じない。
グッパグッパ
動きを確かめる。
あの痛みは何だったのかと思う程、問題ない。
痛みがあったって事は右腕は壊れたって事。
で、問題ないという事は既に回復している。
オートでほぼ同時に働く回復機能。
……いや、これは回復と言うよりかは修復、修繕の方がイメージが近い。
瞬間自動修復。
もう魔力注入で回復とか言うレベルじゃないな。
そんな事を考えている間も速度と勢いを上げて、上昇を続けている。
殴った反動も加わったんだろう。
僕の身体はグングン上昇を続ける。
あ、そう言えば……
ここでふと頭に過る過去の記憶。
それは呼炎灼との戦闘。
確かあの時って、僕も空を飛べたよな。
空を飛ぶって言うか方向制御。
虚空を蹴ってある程度の方向転換は出来たよな。
参照話:第百三十話。
初めて使ったのは辰砂との戦闘。
あの時は本能的なもので使ってた。
けど、殴った時の反応を見る限り、もしかして今の僕も出来るかも。
グルンッッ!
上昇を続ける中、僕は身体を反転。
両脚で思い切り蹴りを空に向かって突き出した。
ドンッッッッ!
ギュンッッッ!
方向急転換。
やった、成功だ。
……けど、勢いが強過ぎる。
東京都新宿区 早稲田大学西早稲田キャンパス付近。
ドカァァァァッァァァァァンッッ!
着地。
……と言うより着弾が近い。
僕は背中から勢いよく落下。
方向制御が出来たのは良いけど、勢いが強過ぎた。
けど、絶招圏を纏っている僕は無傷。
そのままゆっくりと立ち上がる。
「モナルカは……」
僕は全方位内を確認。
居た。
また少し離れたな。
方向は東南東。
距離は4キロぐらいかな?
……よし、向かうか。
トンッッ
僕は軽く地面を蹴り、東南東方角へ急ぐ。
東京都千代田区 水道橋西通り付近。
ザシャァッ!
到着。
モナルカは……
すぐに見つかる。
何故なら荒れた道路の先。
青白色の光る粒子が立ち昇っているのが見えたからだ。
それも大量に。
僕は速足で現場へ向かう。
!
到着した僕は薄く動揺。
モナルカの有様を目撃して湖の鏡面の様な心に少し波が立つ。
高高度から僕に殴られ、地面に叩き付けられたモナルカ。
それは惨状と言葉では生易しい酷い状態だった。
多分僕の拳が当たったのはモナルカの左脇腹。
それも腰辺りに近いポイント。
ほとんど何も考えてなかったから何処を殴るかとかも全く考えていない。
けど、僕には何処に当たったか丸解りだった。
何故なら……
倒れているモナルカの身体が千切れる寸前だったから。
左腰部から左脇の辺りまで弾け飛び、身体がその圧力で反り返っている。
その反りは関節の稼働とかで起きるものでは無い。
言わば僕の拳の威力で強制的になったもの。
モナルカの身体は薄皮一枚で繋がっている様な状態。
悲惨な傷跡から立ち昇る光の粒子。
これはさっきモナルカの千切れた左腕と同じ反応。
この粒子はおそらく魔力。
体内に巡っていた魔力が漏れ出ているといった様子。
まだ修復を行っていない。
やはり、供給と消費のバランスが崩れ、魔力が無くなりかけて来たって事だろうか?
モナルカの身体はまるで新鋭アートの様に歪な弧を描いたまま微動だにしない。
全方位の反応は?
まだ白光点のまま。
と言う事はまだモナルカは健在。
……死んで当たり前の在り得ない体勢だけど。
……で、どうする?
僕は根本的な問題にぶち当たる。
確かに需要と消費のバランスを崩す作戦は当たった。
けど、それは勝敗の決定的な原因にはならない。
何故ならモナルカは外部から魔力を自動供給している。
バランスを崩してダメージを与えたとしても、意味が無いんじゃないか?
じゃあどうする?
……やはり
殺すしかないのか?
中田の様に。
参照話:第百八十五話
絶招圏を発動してても。
凪のテンションでも。
やはり中田の件は重く感じる。
感じてしまう。
初めての殺意を持った殺人。
普通に暮らしてて持つことの無い意思。
やむを得なかった。
どうしようも無かったなんて言い訳をするつもりは無い。
これは倫理観や人の道などといった外野は関係ない。
僕自身が僕の意思で中田を殺そうと決めた事が、重く圧し掛かる。
思考は停滞し、積み上げる事を止め、定位置でグルグル巡るのみ。
身体も動きも止まってしまう。
躊躇。
躊躇い。
今、考えるとこの時は一刻も早く、モナルカの身体を破壊するべきだった。
どんな方法を使っても。
どれだけ無慈悲で酷いやり方でも。
モナルカの身体を完全に消滅させるべきだった。
殺す事への躊躇から生まれた僅かな空白。
モナルカに与えてしまった猶予。
これが浮かび上がった僕を再び絶望の底へと転がり落ちることになるなんて思いもしなかった。
―――龍一さん、龍一さん。
応答願います。
僕が取った選択は念話を通した龍一さんへの状況報告。
十四歳の僕じゃ判断がつかない、だから大人に指示を仰ぐ。
別に何も間違ってはいない。
だけど、この瞬間に感じては悪手。
選択を誤ったとしか言えない。
―――竜司さんっっ!
無事でしたかっっ!
さっきからずっと激しい地鳴りがしっぱなしで!
連絡が来ないから心配していたんですよっ!
すぐに応答が返って来る。
モナルカとの激しい戦闘は地下深くにいる龍一さん達にも影響が出ていたのか。
###
###
この時なんだけど、心配なら念話を送ればいいのにって思うじゃない?
僕も同じことを思ったよ。
でも、これは基本的に定時連絡や緊急事態じゃない限り、龍一さんから念話を送ることはないからなんだって。
理由は作戦行動の妨げになっちゃいけないからだって。
それはそうだよね。
だって念話って否応なしに飛び込んで来るもんね。
電話だったら通話ボタンをタップしたりとか、手紙だったら中身を開くって言ったような聞くぞ見るぞって言う意識があるけど、念話の場合はそんなの関係無いからね。
もし仮にモナルカとの戦闘中に念話なんかが飛び込んできたらって考えたら解るでしょ?
うん、そういう事。
じゃあ話を続けるよ。
###
###
―――ええ、何とか無事です。
それでモナルカ……
?
ここで僕の念話が途絶える。
モナルカが…………
動き出したからだ。
身体の修復もしていない。
上半身は右腰部分から右脇にかけて大きく吹き飛び、歪に弧を描いたまま今にも千切れ落ちそうな状態。
にも関わらず、器用に左手を地面に突き、起き上がって来た。
見た目は完全にホラー。
あれ……
これ、何処かで……
そうだ、エリミネーターⅡだ。
エリミネーターⅡの敵役。
液体金属で出来ているR-1500。
それが終盤に味方のグレネードで吹き飛ばされたシーン。
頭に過るイメージはいつか見た名作洋画の一場面だった。
速い話が現実逃避。
モナルカが立ち上がって来たと言うのに。
非現実過ぎる状況に僕はもう龍一さんに返信を送るのも忘れている。
凪のテンションだから焦りや動揺は無い。
けど、あまりに状況が未経験過ぎて、思考が停止してしまっていた。
ザッ
起き上がったモナルカがこちらに向かってゆっくりと歩を進め始めた。
しまった。
時間をかけ過ぎたか。
ここでようやく頭が回り始める。
まず過ったのは自分の失策についての後悔。
後悔は後回しだ。
どうする?
ここからどうする?
焦りの無い僕は即座に気持ちを切り替え、ここからの最善手を超速で模索し始める。
決まっている。
今の僕の能力はモナルカを上回っている。
だったら……
ドォォンッッッッ!
思い切り地を蹴って前へ踏み込む。
瞬時に詰まる間合い。
先手必勝。
もう一度、拳を叩き込んでやる。
攻撃に打って出た。
残った身体も破壊して再び動けなくしてやる。
そう考えていた。
何故なら僕の能力はモナルカを上回っているから。
だけどこれは驕っていたって思う。
簡単に言えば調子に乗っていた。
もちろん意識的にじゃなくて無意識でね。
モナルカが僕に劣ったままだと思い込んでいたんだ。
ゴッッッッッッッッッッッッッッッ!
パァァァァァァァァァァンッッッ!
僕は全力で拳を放った。
速く大きい打撃音と同時に空気の塊が弾ける音が響く。
これでモナルカはまた吹き飛ぶ…………
筈だった。
でも現実はそうはならなかった。
?
僕の拳は……
モナルカの左手に止められていた。
それだけじゃない。
身体が再生し始めている。
逆さまだった顔が持ち上がり、紅い目をこちらに向けている。
しかも表情は先程までの狂喜な笑顔じゃ無い。
何処か怒りを感じさせる表情に変わっていた。
何故?
さっきは簡単に吹き飛んだのに。
それに……
身体が再生し始めている。
再生自体はいい。
今までさんざん見て来たから。
けど……
何で光っていないんだ?
魔力の作用があれば青白色に光り輝く筈。
だけど、モナルカの左脇腹は再生し始めている。
艶めかしく太い触手のようなものがウジュルウジュルと寄り集まり身体を再構成している。
これは魔力と言うよりかは式を思い出す。
式の受憎だ。
■式
中田宏ら刑戮連が操る外法。
恨気と言う恨みや憎しみをエネルギーに変え、様々な現象を引き起こす。
受憎とは動物の死肉を吸収し身体部位を補強、補完、増設する術の事である。
参照話:第百七十五話
グッ
モナルカは僕の拳を握る。
ゆっくりと。
ググッッ……
そのまま僕の身体を持ち上げた。
僕は動けずにいる。
情報が多過ぎて精査が追い付かないからだ。
どうする?
気持ち悪い。
何で拳が止められた?
時間をかけ過ぎた。
何故傷口が光らない?
再生はまだ完了していない。
殺すしかないのか?
龍一さんへの返信が途中だった。
早く。
早く動か……
ゴッッッッッッッッッッッッッッッ!
乱雑に巡るあらゆる思惑をぶった斬るように視界が激しくブレる。
左側から強烈な衝撃。
ギュンッッ!
僕の身体は真横に飛ぶ。
モナルカの攻撃を喰らった。
それは拳で殴り付けるようなものじゃない。
もっと感情的な右腕の振り回し。
右前腕部辺りが炸裂した。
一瞬見えたモナルカの表情と一緒に光景が焼き付いている。
僕は今、絶招圏を纏っているからダメージ自体は無い。
けど……
ガァァァァァァァァァンッッ!
勢いは凄まじい。
砲弾と化した僕の身体は瓦礫の山を吹き飛ばし、更に飛ぶ。
ゴォォォォォォォォォンッッ!
未だ治まらない勢い。
だけど、激突のダメージも無い。
絶招圏の効果はまだまだ有効。
だったら……
このまま。
一先ずは飛んでいるこの時間を有効に使う。
可能な限り現状を把握しないと。
明らかにさっきと状況が違う。
自分の優位な点は何なのか?
不利な点は何なのか?
もう一度洗い出さないと。
まず優位な点から。
おそらくまだ絶招圏の効果の方が分がある。
何故ならモナルカの動きを感じれるから。
癇癪を起したように炸裂した右腕の動きも見えていた。
動きを感じれるという事はまだ僕の力量を超えていないと考える。
今の攻撃、むざむざと喰らってしまったのはモナルカを含めた場の急変に対応できなかったからだ。
そうに違いない。
まだ能力的には負けていない。
続いて僕にとって不利な点は……
魔力の補給経路。
モナルカは魔力を自動供給している。
今までモナルカと渡り合って来てこれが一番劣っている点じゃないかって思う。
いくら供給と消費のバランスを崩したとしても。
結局、魔力を補給して修復するから意味が無い。
最も優位な点は身体能力。
最も不利な点はエネルギー供給部分といった所か。
?
吹き飛ぶ僕の眼に映ったのはモナルカ。
モナルカが僕を追って来た。
追撃。
左拳を振り降ろそうとしている。
右腕は欠損。
多分、さっきの振り回しで吹き飛んだのだろう。
けど、既に再生が始まっている様子。
ビュンッッ!
モナルカの左拳が振り下ろされた。
くっっ!
咄嗟に僕は身を捩り、攻撃の軌道から身体を外す。
ドコォォォォォォォォンッッ!
轟音と共に衝撃は高層ビルの瓦礫を吹き飛ばす。
何とか……
躱せたけど……
この動き。
この威力。
もう間違いない。
モナルカ……
進化している。
僕の力に合わせて進化しているんだ。
まるで中田の超順応。
参照話:第百八十二話。
多分仕組みとしてはこう。
ある程度の攻撃を受けて身体が破損、もしくは内包魔力が欠乏する。
モナルカの体内では八尾の魔力を取り込む動きに変化がある。
身体の状態に応じて吸収速度が……
いや、混入速度が上がるって解釈の方がしっくりくる。
取り込まれる速度が上がるという事は上昇した分だけ蓄積量も増えるという事。
結果、今の様に力を増す事が出来るんだろう。
これは順応と言うよりかは急速進化。
いや、生物的な進化と言うよりかは機械的なアップデート。
これは厄介。
何故なら攻撃をすればするほど、モナルカは強くなるって事。
……あれ?
これって打つ手が無くないか?
モナルカを倒す術として考えていた方法は三つ。
ひとつ、魔力の供給を断つ。
八尾を倒すとか気絶させるとか不可能。
笑ってしまうぐらい無理な話だ。
ひとつ、魔力の供給先のモナルカを破壊する。
再生出来るから難しい。
ひとつ、魔力の需要と消費のバランスを崩す。
これなら上手く行くかと思ったけどそうじゃなかった。
結局のところ、八尾の魔力供給が活きてるなら何もならない。
それどころかより強大になって復活するんだから質が悪い。
悪過ぎる。
十数分後。
ブォォォォォォォォォッッ!
両手に燃え盛る魔プラズマの炎が唸りを上げる。
「ハッハァーッ!
リュージィッ!
何だこれェッ!
何だこれはァッ!?
身体の奥底から弾けるように軽い刺激が次から次と溢れて来るゥッ!
これは心地いいッッ!
これはリュージが与えてくれたものなのかいィィッ!?」
饒舌に狂った声を上げるモナルカ。
焔色の灯りに照らされる表情はまさに狂喜。
凄まじい。
まるで激しい炎嵐に晒されているような猛攻。
……駄目だ。
反射蒼鏡でまだ捌く事は出来てはいる。
……けど、持たない。
超々高速で繰り出される焔爪の嵐に晒されている刹那。
僕の眼に映ったのは……
粉々に散る反射蒼鏡。
攻撃が始まった段階では10回ぐらいは持っていた。
それが徐々に短くなっている。
その度、再生成して捌き続けたけど、もう三回も持たなくなっている。
更に力を上げていると言うのか?
この戦闘中に。
「……もう反射蒼鏡で受けるのはやめたのかい?」
猛攻を繰り出している最中、モナルカが語りかけて来た。
口調が再び落ち着きを取り戻している。
気持ちが落ち着いたのだろうか?
そう、僕は反射蒼鏡を捨てた。
その代わり回避へ全力を注ぐ。
モナルカの拳速から考えてまだスピードはこっちの方に分がある。
パパパパパパパパァァァァンッッ!
現に猛攻の間隙を縫って連撃を当てることは出来る。
しかし……
ズザザザァァァァーーッッ!
堪えた。
吹き飛びはするけどもせいぜい10メートルぐらいで踏み止まった。
さっきは一発で数キロ先まで吹き飛ばしたのに。
防御力の上昇が一番エグい。
今の所、スピードに分があると言ってもいずれモナルカに超えられる。
最終目的の絵図が未だ描けていない僕にとって今の攻防は時間稼ぎでしかない。
「Che Bello……
リュージィ……
もっと……
もっと闘ろうじゃないかぁぁっ!」
モナルカの口が大きく開き、再び狂気の笑顔へと表情を変える。
どうするどうする?
僕の思考は答えを導き出せないまま。
モナルカが僕に飛び掛かって来ようとした瞬間。
ズガァァァンッッ!
???
突然。
唐突に。
モナルカの身体の中央に。
大きな風穴が空いた。
雷鳴の様な音と共に。
ドシャ……
動きの止まったモナルカはその場に倒れ伏した。
訳が解らない。
###
###
「はい、今日はここまで」
「あれ?
今日は早いねパパ。
何か理由があるの?」
「特に特別な理由がある訳じゃないけど、もう話す量も残り少ないしね。
色々と考えたらここで切った方が収まりがいいと思ってね」
「ふぅん、あと進化と順応とアップデートの違いが良く解んない」
「……順応については前に説明したけど覚えてる?」
「多分、パパが中田と闘ってる時の事だと思うけど、よく覚えていないよ」
……まぁしょうがないか。
説明した時は連日キツめの話ばかりだったしな。
「じゃあ改めて簡単に説明するね。
どれも変化を表す言葉だけど、それぞれかかる時間が違うと言えるね。
進化は世代を超えて受け継がれる変化。
順応は一代限りの変化。
アップデートは外部からの影響で内部が新しくなる事かな?
この二つとは厳密には違うかも知れないけどね。
あと進化と順応は有機質で生物的。
アップデートは無機質で機械的ってイメージかな?」
「ふうん、じゃあモナルカはアップデートって感じがするね」
「そうだね、中田の時は精霊たちの効果に対応したって感じだった。
けどモナルカの場合も対応した事には違いないけど、もっと雑なんだよね。
僕がこれぐらい強いからこれぐらいでって感じで」
「……これぐらいでって……
そんな軽くできるものなの?」
「いや、無理。
タイガーボールでも修行とかするのに戦闘中に強くなり続けるなんてあり得る訳ないよ。
でもそれをするからモナルカなんだとも言えるんだよね」
「……ホンマモンじゃん。
それってただのホンマモンじゃん……」
何かおかしな発言。
ニュアンスや感情だけの言葉。
おそらく本物のバケモノだって事を言いたいんだろうけど、何で関西弁なんだ?
「そ……
そうだよ。
ホンマモンの化物だったんだよ。
さあ、今日はおしまい。
そろそろ布団に入って」
「はぁ~い」
モゾモゾと布団に潜り込む龍。
「おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
###
###
ここで時を大きく遡る。
モナルカが魔造人間として変貌を遂げる少し前辺りまで。
場所は東京都墨田区押上、東京スカイツリー。
高さ634メートル。
塔の中では世界一位を誇っていた。
が、それはもはや過去の話。
先の竜の大量落下現象により中腹から折れ、高さは半分弱になってしまっていた。
その折れたスカイツリーの破断面にいた人物。
片膝を突き、左腕をまっすぐ伸ばし、右肘を曲げて大きく後ろに引いている。
左前腕部に取り付けられたチタン製のプレート。
左腕の内側に沿って取り付けられた軍用のピカニティレイル。
その上に固定されたスチールグレイの筒が特徴的。
バタバタバタッッ
ツリーの破断面はかなりの標高。
折れたとはいってもまだ300メートルはある。
強く吹き荒れる風。
普通であれば風圧で体勢が乱れるもの。
しかし、この男は微動だにしない。
体勢を崩さず、左腕を真っすぐ伸ばしている。
いや、固定された筒の先を向けているようにも見える。
その姿はまるで狙撃手。
そう、この男こそ警視庁公安第五課特殊犯罪対策室、特殊交通警ら隊。
通称特隊で副長を担っている茨田咲人その人である。
竜落下現象が沈静化した後、龍一からの念話でモナルカ来襲の報を受け、第二対策本部に帰還せず行動を切り替えていた。
目的はモナルカの狙撃。
ちなみにこの段階で龍一に全権を委譲している。
狙撃体勢に入れば数日間、動く事が出来ない可能性もあるからだ。
全体の指揮なんて執っていられない。
スナイパーの一番の武器は忍耐。
実戦におけるスナイパーの標準潜伏期間は一~二日。
時間にして最大48時間、同じ体勢のまま微動だにせず、ただチャンスが来るのをひたすらに待つのだ。
今回の場合はそこまで時間がかかるとは想定していない。
が、可能性としてはゼロとは言えない。
その為、有事の際を考えて龍一に託したのだ。
課した指令は人命最優先、危険を察知したら即座に退避だった。
―――距離、ハチロクハチマルじゃん。
この念話はバヌウ。
咲人の使役している陸竜である。
「ハチロクハチマル、セット」
咲人が呟く。
―――風、右からサンヨンじゃん。
更にバヌウから念話は続く。
「修正、右からサンヨン……
……捉えた」
咲人もそれに続く。
―――目標、沈黙じゃん。
「沈黙、セット」
これは狙撃手と観測手とのやり取り。
咲人が狙撃を行う時、バヌウはスポッターとして動くのだ。
ハチロクハチマルと言うのは目標から8680メートル離れているという事。
超長距離。
2018年段階の公式な最長狙撃距離は3450メートル。
およそ二倍強の長さ。
常識的に考えて在り得ない距離を狙撃しようとしている。
続いて風は風速の事。
単位は毎秒メートル。
サンヨン。
つまり3.4メートル毎秒で吹いていると言っているのだ。
最後は目標について。
沈黙とは相手が動かなくなった際に使う言葉。
目標とはモナルカの事。
モナルカは現在、流体魔力を纏った竜司の一撃を受けて浅坂の東京ミッドタウン跡地に叩き付けられていた。
参照話:二百八十九~九十話。
左腕に取り付けられた鋼鉄色の筒は言わば銃身。
この度の狙撃用に知り合いの竜河岸へ発注していた特注品。
従来のライフルと全く形状が違う。
撃鉄も無ければグリップやトリガーも無い。
本当にバレルのみ。
弾は反対側の穴から装填する至ってシンプルなもの。
これは発射方式に火薬を使わないからである。
では何を使って撃ち出そうと言うのか?
それはもちろん魔力である。
第四式拳銃拳。
咲人が考案した狙撃の型。
これで附子霧が生成した毒弾を発射しようと言うのだ。
片膝を付いている体勢ではあるが、つま先から丁寧に積み重ねた連爆によって練りに練られた魔力が右拳に集中している。
発射準備は完了。
特注バレルも原始的な使い方ではあるが、20mm口径と言う戦闘機の機関銃で使用される程の大型の毒弾を撃ち出すのだ。
内部のライフリング溝の本数も13本と多い。
これはより多方面から弾丸を掴み、高速で回転する弾丸を安定させる為である。
―――目標、前へ高速行進じゃん。
「確認。
目標、高速行進。
捕捉継続」
ここで咲人とバヌウのやり取りについて説明しておこう。
咲人は狙撃手。
バヌウは観測手。
スポッターとして目標の情報をバヌウは送り続けている。
が、場所は離れているのだ。
スポッターはスナイパーの傍にいる。
これが世の常識。
何故なら目標との距離や風向など射手の視点で無いと解らないからだ。
だが、これはあくまでも人間の常識。
竜や竜河岸の場合は当てはまらない。
バヌウの場合は竜の張る膜を応用し、周囲や目標の情報を察知する事が出来る。
咲人に付いてスポッターとして活動した結果、バヌウの膜は最大で全経400キロまで拡大可能。
これは恩寵をかけた竜司の扱う全方位を遥かに凌ぐ。
なら奈落から流入する魔力を遮断できたのでは?
マザードラゴンに頼らなくてもと思われる読者がいるかも知れない。
が、それは否。
何故ならバヌウが膜を広範囲に広げるとその場から動く事が出来なくなるのだ。
離れた場所から座して目標の情報を送り続ける。
最大直径400キロもの広範囲に膜を広げるのは言わばスポッターモードの時のみなのである。
加えて咲人がスコープも無しでどのように離れた所からモナルカの姿を捕捉しているのか?
これは竜河岸であれば至極単純な話。
スキルを使用しているからである。
咲人のスキル。
名を魔照準と言う。
■魔照準
咲人のスキル。
発動すると左目の視力が飛躍的に向上し、且つ広角視野で目視する事も出来る。
ピントもミリ単位で調節可能。
広角視野は最大120度まで広げる事が出来る。
光量を数倍に増幅できるナイトビジョン機能も後日追加調整された。
欠点は汎用性がほぼ無く、狙撃以外の使い道は斥候や偵察ぐらいしか無い点。
普段生活していても使い道が無く、通常の犯人確保の時も使う局面が限られる。
が、スナイパーだとこの上なく有用なスキルとなる。
魔照準による広角視野により、高速移動するモナルカの姿も捉える事が出来るのだ。
もちろん、竜司らがモナルカと対峙しているのも見えている。
しかし、咲人は動揺しない。
冷たく。
静かに。
自分の呼吸と目標の動きだけに集中している。
まだ。
まだ発射しない。
竜司が傍にいるからである。
―――目標、左へ微速前進じゃん。
「修正。
微速前進、セット。
捕捉継続」
ここでバヌウからの念話。
モナルカが動き出したのだ。
ちょうどモナルカが両手に焔爪を携えて、竜司に歩み寄っている所。
死ぬとは何か。
死にたくないとはどういう事かとゆっくりと歩を進めている最中。
―――目標、高速移動じゃん。
更にバヌウの追加念話。
方角を言わない時は不明か意味が無い時である。
目下、竜司が神通三世を発動。
超高速で回避するも、それを超える速さでモナルカが追随している状況。
普通のスナイパーならば狭いスコープの穴から消え、ロストする筈。
しかし……
「修正。
高速移動、セット。
捕捉継続」
咲人の場合は対応可能。
広角幅を広げ、少しピントを退く事で広い視野を確保。
魔照準を所有する咲人が目標をロストする事は在り得ないのだ。
視界には常軌を逸する激闘が繰り広げられてる。
が、咲人は微動だにしない。
心は冷たく静か。
体勢を乱さず、ただ狙撃の機会を伺っている。
やがて……
―――目標、沈黙じゃん……
…………放てじゃん。
バヌウの念話に変化がある。
発射合図。
竜司が焔爪により倒れ、激昂した暮葉が横から奇襲。
唐突な介入に反撃はするも動きは止まったのだ。
咲人はスポッターとしてのバヌウを信頼している。
呼吸を止めて。
静かに。
張り詰めた糸の様に細く。
光の様に速く。
咲人は右拳を放った。
ドキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!
闇の空に響く発射音。
拳が特注バレルに命中する瞬間、集中させた魔力を爆発させた。
あらかじめ魔力でコーティングしていた毒弾の発射初速は通常の五倍。
速度は驚異のマッハ15に到達。
8.68キロもの長距離を僅か二秒で駆け抜ける。
―――命中じゃん。
目標沈黙じゃん。
「確認。
監視継続」
見事、毒弾はモナルカの右胸部に命中。
しかし、咲人はその事を喜びもしなければ実感を噛みしめたりもしない。
あくまでも冷静に機械的に監視を続ける。
時は流れる事、二時間弱。
理解が追い付かない。
一体アレは何なんだ?
あの青白い光が魔力と言うのならもう魔力の塊じゃないか。
咲人は既にスカイツリーから移動していた。
現在のポイントはかつて竜司と豪輝が骨肉の争いを繰り広げた場所の近く。
大手町プレイスと呼ばれた高層ビル跡地。
高く積まれた瓦礫の山。
その頂上付近の瓦礫の陰にいる。
竜司が現在いる場所は水道橋西通り。
胴が千切れかけているモナルカと対峙している最中。
モナルカだけじゃない。
あの子、竜司君もおかしい。
人間離れし過ぎている。
俺の魔照準でも捉えられないなんて……
何故、咲人が場所を移動したのか?
理由は……
モナルカをロストしたからである。
魔造人間へと変貌したモナルカの動きはもはや神速の域。
速度、範囲共に常軌を逸している。
それは絶招圏を纏った竜司も同じ。
酷く動揺。
これは自惚れから来るものではない。
咲人の魔照準は空を舞う隼であろうとも捉える事が出来る。
スキル発動下で目標をロストした経験など皆無。
まるで未経験の領域。
ガタガタガタ……
【サキ?
どうしたんじゃん?
震えてるじゃん?
標的はまだ動いてるじゃん、狙撃しなくていいんじゃん?」
長い首を跨る咲人に向けるバヌウ。
咲人は既にバヌウと合流していた。
しかも瓦礫の陰に隠れている。
つまり目標を見ていない。
狙撃手としての任を放棄しているという事。
「……作戦は失敗だ……
俺はもしかして人類が滅亡する引き金を引いてしまったのかも知れない……」
咲人はモナルカの変貌が自ら放った毒弾がキッカケだという事を悟っていた。
人類が滅亡。
これは決して大仰で誇大、誇張した表現などではない。
魔造人間と化したモナルカが本気を出せば容易いこと。
人という存在に飽いたら、砂の城を元の砂場に均すが如く灰燼へと帰すだろう。
文字通り根絶やしである。
【……どうしたじゃん?
いつものサキらしくないじゃん】
そんな咲人を見かねたバヌウ。
常に沈着冷静に任務を全うする咲人らしからぬ様子。
「バヌウ……
お前はあそこの奴らが怖くないのか……?」
あそこの奴ら。
つまりモナルカと竜司の事である。
そう、既に咲人の心は折れかけていた。
職務を放棄しかけるほどの精神的ダメージを負っていたのだ。
夥しい恐怖に縛られた咲人は言葉を重ねる。
「あんなもの、人智の及ぶ相手じゃない……
もう神仏や妖魔の類だ……
俺だ……
俺のせいだ……
俺が毒を撃ち込んだから……
モナルカをあの領域まで引き上げてしまったんだ……」
嘆きや懺悔とも取れる咲人の言葉。
心中にはネガティブな感情が溢れ、悲観的な捉え方しか出来なくなっている。
しかし残念ながら、その悲観的な予想は正解。
残酷なまでに正解なのだ。
咲人の心は悲観的な想いと文字通り取り返しのつかない事をしでかしてしまった事に対する罪悪感で埋め尽くされていた。
何とかモナルカの位置を把握し、移動が出来たのはバヌウのお陰。
だが、捉えても捉えてもロストを繰り返す。
今まで標的を逃した事の無い自負。
スナイパーとしての矜持も。
もはやヒビが無数に入り、粉々に打ち砕かれようとしていた。
魔造人間と到達者。
現時点での二体の力は他者からすれば心胆を寒からしめる驚異だった。
ちなみに咲人の毛髪はこの短時間で恐ろしい量が抜け落ち、もはや残っているのはこめかみの一部分と右襟足のみとなっていた。
二人の存在がどれ程のストレスになっているかが窺い知れる。
そんな折……
ガスッッ!
バヌウが突然、頭突きをかました。
背に跨っている咲人に対してである。
長い首を背中に回し、強烈な一撃。
無言で身体を仰け反らせる咲人。
突然の事に言葉を失う。
「バ……
バヌウ……?」
【目ェ覚めたじゃん?
作戦が失敗?
何が失敗じゃん。
ちゃんといつものスナイピングで命中してるじゃん。
それで標的が健在なのはサキのせいじゃないじゃん。
あいつらが怖い?
確かに素早いけど、竜界の七王とかの方がよっぽど恐ろしいじゃん】
バヌウが言わんとしているのは狙撃自体は完璧な仕事だった。
それで相手が健在なのは咲人のせいではないという事。
そしてモナルカと竜司。
この二人には恐怖を覚えない。
そうバヌウは言う。
何故なら二人ともむやみやたらに周囲を破壊しないからである。
竜界三大勢力。
マザーの衆、王の衆、卿の衆。
そのトップに君臨する高位の竜。
ひとたびその力を振えば、周囲は灰燼と化す。
そこには一切の躊躇も迷いも存在しない。
ただ荒ぶる感情のままに周囲を破壊し尽くす。
交渉の余地も無く、命乞いも許さない。
まさに破壊の化身。
……と、言うのがバヌウの認識。
この作品の読者であれば、そこまでタガの外れた存在ではない事はお解り頂ける事だろう。
七王の長、赤の王はガンプラをこよなく愛し、白の王は子育て奮闘中の主婦。
蒼の王は覆面演歌歌手、海嘯満子としてそこそこ人気を博している。
卿の衆、七尾はぽちぽちと言う仔犬に恐ろしいほどの愛着を持っている。
……断っておくが全て竜。
全て爬虫類の姿をした翼陸海竜の話。
要はバヌウが恐れているのはリアルでは無く単なる噂や風評と言う事である。
「そ……
そうは言うがな……
恐怖についてはともかく、作戦の成否については狙撃は関係ない。
そもそもモナルカに毒を使うって事自体が誤りだったと言ってるんだ」
【……で?】
「……で?」
【……で、どうするんだって聞いてんじゃん。
サキの選択が間違ってたかなんてどうでもいいじゃん。
って言うか何処が間違いなのか俺にはちっとも解らないじゃん。
人間の言う、間違いって言うのは竜からしたら死んだときだけじゃん。
サキ、お前はまだ全然動けるじゃん。
なら、怖いだ間違いだとウダウダする前にまだやることがあるだろって俺は思うじゃん】
じゃんじゃんと歯に衣着せぬ物言いで忌憚のない意見を述べるバヌウ。
これは二人の絆の現れとも言える。
竜司とガレアの様にずっと傍にいて時間を共有した訳じゃない。
が、バヌウは狙撃手としての咲人を。
咲人は観測者としてのバヌウを。
互いにずっと見て来た。
いわゆる仕事を通じて育まれた絆なのだ。
打つ手を封じられ土壇場に追い込まれた状況。
ここでのバヌウの言葉は沈み切った咲人の心を浮かび上がらせた。
「……バヌウ、すまない。
お前の言う通りだ。
俺がどうかしていた。
まだ……
まだやれる事がある筈……
いや、ある。
必ずある」
咲人のテンションが戻る。
両眼の光に活力が戻り、思考が再び巡り始めた。
恐怖を全て取り払えた訳では無い。
だが、ガチガチに縛られ、建設的な思考が停止していたついさっきまではとは雲梯の差。
考えろ考えろ。
何が出来る?
まず咲人が考えたのはモナルカに毒は効かなかったのか。
それとも効かなくなったのか。
監視を続けていた時のモナルカの姿を思い出してみる。
頭に浮かぶのは激しい地鳴りと共にのたうち回るモナルカ。
確かに苦しんでいた。
……という事は表現としては効かなくなったが正しい。
……だとしたら。
「バヌウ、亜空間を」
【お、何か思いついたんじゃん?】
ギュオッ!
さっそくバヌウは咲人の傍に亜空間を開いた。
「あぁ、いくらモナルカが逸脱した化物だったとしても、生物なら。
生物ならこれで何とかなるかも知れん。
……二発あったのが幸運だった」
亜空間から取り出したのはピカニティレイルが付いているチタン製のプレート。
それを左前腕部へ取り付ける。
グッグッ
幅広のベルトに付いているバックルのラチェットを素早く往復させ堅く固定。
これは狙撃準備。
二発あったと言うのはもちろん毒弾丸の事。
咲人が思い付いた案。
それは同じ毒をもう一度モナルカに撃ち込む事だった。
咲人の狙いはアナフィラキシーショック。
■アナフィラキシーショック
抗原により感作される準備期間の後、その抗原が再び生体に触れる事で引き起こる全身のアレルギー過敏反応。
発症すると数分から数十分で死に至る可能性がある緊急性の高い病態。
苦しんでいたのであれば毒は効いた。
そして現在は平然としている。
であれば、何らかの抗体や免疫機能が生成されたと仮定。
免疫機能があるのならば再び同じ毒を撃ち込めば、アナフィラキシーショックが起こるのではと考えたのだ。
この病態が起こるのは人間だけではない。
背椎動物であれば発症する可能性がある。
ましてやモナルカともなれば桁外れに強力な免疫機能を持っている。
ならばアナフィラキシーショックで死に至る可能性は十分にある。
咲人の案は実に論理的。
理に適ってはいる。
が……
現在のモナルカは理外の果てにいる。
読者は覚えているだろうか?
竜司のスキル、占星装術で行った未来予知占いを。
アンラッキーアイテム、20mm口径弾。
続く。




