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第5話 女王蜂の品定め

 女たちへの(いとま)が明ける日――“女の園”の朝礼にやって来たクレアは、その光景に立ち尽くしてしまっていた。


「な、ど、どうしたんだいこれ……っ!?」


 数日見なかっただけで、遠い昔のことのように感じられる“女の園”の日常――。

 朝礼の時間がやってくると、濃紫のローブ姿の侍女たちが、ずらりと廊下に並び立っていたのである。


「――そう言うことなのですよ」


 後ろからやって来たコーニーは、驚き、唖然としているクレアはそう告げた。

 女の中には、頬を赤く腫らした者までも見受けられる……。


「バカだね……アンタたち……」

「クレアさんはお茶一つろくに淹れられないですし、今度は何しでかすか分かりませんから」


 いつもの機械的な侍女の“仮面”を被った女たちも、今日ばかりは人間味のある口元をしている。

 そしてその目には、“覚悟”が込められている――自分のことではないのに、クレアは思わず涙ぐんでしまっていた。


 ・

 ・

 ・


 クレアは最高責任者用の執務室に戻ると、よしっと気合を入れた。


「体調が悪いなんて、言ってられなくなったね」


 これまでの気だるさはなく、ただの夏バテだろうと肩をぐるぐると回した。

 しかし、勤めていた侍女全員が戻って来たのはよいものの、クレアには困ったことが一つあった。


(最高責任者って、いったい何をすればいいんだい……?)


 彼女たちは、日の浅いクレアとは比べ物にならないほどのキャリアを積んでいる。

 これまでは誰もいなかったから、今まで通り勤めていたにすぎない。

 本来の仕事と言えば、何かをしたい、必要な物がある、などの申請書類に目を通し、可否を下すぐらいなのだ。

 これは、“現場命”の身には致命的な問題である。

 何か自分の仕事見つけようと、部屋の中をうろつき、カーペットに落ちていた小さな糸くずを拾ってみた。


 他に何もないので、糸くずを落とす。

 それをまた拾う。

 他に何もないので、糸くずを落とす。

 それをまた拾う――。

 他に何もないので、糸くずを落とす。

 それをまた拾う――。


 ・

 ・


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――ッ!!」


 五回目ぐらいで、思わず部屋の隅にあったゴミ箱を蹴っ飛ばした。

 本を読めば三分で眠れる自信があるため、いっそデスクに突っ伏して眠ってしまおうか……と思っていると、ふいに扉がノックされたことに気づいた。

 仕事がきた、と思い嬉々として返事をすると――。


「暇そうで何よりですわ」

「く、くく、クリアス女王陛下――っ!?」


 クレアは飛び上がってしまった。

 そこにやって来たのは、白いドレスに身を包んだクリアスだったのである。

 この時間帯は、女王としての責務に追われる頃――“女の園”を訪ねられる余裕なぞ、彼女にないはずだ。

 にも関わらず……クリアスは足音を立てず、緊張の面持ちで立ちつくしているクレアの前に歩み寄った。


「……ふむ」

「あ、あの……何か、私の恰好に問題でも……?」

「問題、と言えば問題ですわね――着ているローブをお脱ぎください」

「はい――って、え、えええぇっ!?」


 クレアは耳を疑ってしまい、唖然として女王の顔を見据えた。


「聞えませんでしたか?」

「い、いえ……ですが――」

「二度目は言いません」

「う……は、はい……」


 クレアは身体を震わせながら、ゆっくりとローブの帯を解いた。

 本当にせねばならないのか、とクリアスに目を向けるが、彼女は何も答えない。


 ――ついに、来たのか


 唇を噛みながら、するりと衣擦れの音を立てた。


「ふむ――動かないでください」

「ちょ、ちょっと――っ!?」

「動くなッ!」

「……ッ!」


 これまで聞いたことのないクリアスの声音に、クレアは身体を強張らせてしまう。

 執務室の窓から差し込む朝日に照らされながら、女王の人形となって立ち尽くす。

 侍女用に用意された純白のショーツに手をかけられても、するりと赤毛の茂みが露わにされても、抵抗することすらも許されない――屈辱や惨めさ、それとはまた別の感情が渦巻いている。


「……ぅ、ぅぅ……」

「心配なさらないで下さい。今日は()()()()()はありませんので」


 艶やかなシルクの手袋を外した、クリアスの細くしなやかな指が、そっと股ぐらから下腹部……へその下まで撫で上げる。

 そして、今度は逆に……そこにある“何か”を確認するかのように、じっくりとクレアのそこに指を這わせ、食い込ませた。


「ひッ……う……!?」

「やはり――予想していたより早いですね」

「な、何が……ですか……」


 真っ赤にした顔をクリアスに向けた。


「あらあら、そんな目で見られても困りますよ」

「ち、違……ッ!?」

「まぁ、冗談はさておき――ここ数日、下腹部に奇妙な感覚があるでしょう」

「え……ええ、確かにあり、ます……。

 も、もしかして、ご存じなのですかっ!?」

「理由があるから、身体は信号を出すのですよ。

 貴女は確か、セイズ村に度々足を運んでおりましたよね?」

「ええ、父が……お世話になった医師がいますので……」


 クリアスはすっと手を戻すと、クレアはホッと安堵の息を吐いた。

 このままでいると、本当に彼女の“根”の虜にされそうであったのだ。


「なら、“花摘み祭”とその由来はご存知ですね?」

「は、はい。ある意味ではお世話になり――じゃ、じゃなくて、存じておりますが、由来までは……」

「あれは本来、ミツバチが花を集めるのが始まりなのです。

 貴女は今まさに、その“花摘み”の準備が着々と進んでいる状態。

 まだ貴女方の“祭り”は終わっていない、と言ったところでしょうか」

「じゅ、準備……終わって、いない?」


 確かに、“花摘み祭り”の準備は毎年行っている。

 今年は進次郎と共に準備し、それを模して二人は結ばれ合った。

 それがまだ終わっていないとはどういうことか。思わず首を大きく傾げてしまう。


「――女は花、男はミツバチ。

 花の貴女は、胎内に甘美な蜜を溜めている状態なのですよ」

「ど、どう言うことですか……?」

「蜂はそこに向かう――」


 扉がノックされ、クリアスは言いかけた口を閉ざした。


「ちょ、ちょっと待って!」

「どうぞ」

「ちょっ!? だ、ダメッまだ!?

 って、何で手を伸ばし――」


 クレアの必死の叫びも虚しく、執務室の扉がガチャリ……と開かれ、


「失礼しま――したッ!?」


 書類を片手に入室したか侍女は、大慌てでバンッと扉を閉じた。

 ショーツを膝まで下ろした裸の侍女と、その傍で下半身に手を伸ばそうとしている悪戯な女王――ここで()()()()()情事は普通であり、女王より()()()()()()こともあると知っている彼女らであれば、察するに容易いだろう。

 誤解だと訴えるクレアの悲痛な叫びだけが、“女の園”の奥で虚しく響き渡り続けた。



 ◆ ◆ ◆



 一方、その頃――イヴとワンコの乗った馬車は、もう半日でセイズ村に着こうかとの場所にまでやって来ていた。


「わんわんの馬車を改良したのが、アダとなったようじゃのう……」

「ウォゥ……」


 その二人の表情は重く、口数も少なかった。

 従来の馬車であれば五日はかかる距離なのだが、イヴが改良に改良を施したそれは驚くほど性能がよく、王都を発って実質四日で辿りつけるであろう。


 複雑な表情を浮かべてしまう。

 セイズ村は立ち寄る程度なので、用事を済ませればすぐに東に進路を変えて【ナッサス】の町へ向かわねばならない。とすると、滞在時間は一時間もあれば良い方だ。

 この馬車であれば、ナッサスの町へも半日もかからないだろう。

 そこからは、牛頭の《タウロス》族の領となるため、《コボルド》族のワンコと別れることになってしまう。


 イヴの目に、再び大粒の涙が浮かび上がる。

 進次郎やクレアとも仲が良かったが、ワンコとはそれ以上に仲が良かった。

 元々から懐っこい者同士気が合うのか、二人は何をするにも一緒で、時にはよき飲み仲間、よき遊び相手にもなっていた。

 ドワーフ領のゲブゼリアは遠く、戦争状態になると次に会うのはいつになるのか分からない。

 下手をすれば、これが今生の別れになる可能性だってあった。


(真っ向から大公軍とぶつかれば、平和ボケした王都側は負けるじゃろう。

 あの小娘が無策で挑むとは思えんが、どうするつもりなのかのう)


 イヴは、馬車の中から流れゆく景色をぼうっと眺めている。

 馬を繰るワンコは奇妙に感じている。鼻が効く彼の鼻には、ここまで来れば花の香りなどの自然豊かな匂いが漂って来るはずなのだ。

 それなのに、青々とした木々に囲まれた村の方から漂うのは、馴染みのない……《タウロス》族の臭いだった。

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