第4話 静かな“女の園”
クレアは一人、“女の園”の調理場で昼食を摂っていた。
――寂しい
自作のスープを啜り、その味を表すかのような重いため息を吐いた。
“以前”までであればイヴが文句を言い、それに自分が怒り、進次郎が苦笑を浮かべながらなだめていただろう。
慣れぬ仕事と雑務に追われていると、そんな日常が、酷く遠いものに思えてしまう。
残暑による暑気のせいか体調も思わしくなく、それがより心細さをあおり立てた。
『あれが、“家族”なんですね……』
侍女たちに暇が出されてから三日――。
ひょっこり帰って来たコーニーから聞かされ、それをより意識するようになった。
彼女も同じなのだろう。寂しげな目を浮かべながら、身の上を話してくれた。
コーニーは家族と不仲ではないが、親が仕事を理由に“家庭”を築いてこなかったようだ。
幼少期は古ぼけた人形が、彼女の唯一の家族である。次第に一人で家事から全てをやるようになり、その延長線が今の“女王の侍女”だ、と言う。
家族はそれを“誇り”と感じているが、娘・コーニー自身のことではないだろう。
それと同時に、クリアスが集めていたのは“そのような身の上”の女が多いと聞かされた。
(私も、その中の一人ってことかね……)
クレアは皿に多くを残したまま、スープを流しに捨てた。
以前の逢瀬のせいか、排水口の蓋が開かなくされている。
(そいや、昨晩はシンジと会えなかったけど、夜更かしでもしてたのかね?)
“夢の中”の時間は、十一時頃――。
特別それでなくとも、進次郎が眠ればその中に行ける。
なのに、クレアは何の夢を見ぬまま朝を迎えた。
そんな日もあるだろう……と思う反面、どこか焦燥に駆られてしまう。
――女王陛下は、シンジに関する“秘密”を握っている
その疑念が、クレアに再三ため息を吐かせる。
午後からの業務は、帰った侍女のリストアップをまとめ、留守の間に彼女らの居室の扉修理などの作業に追われるだろう。
調理場を出て、己の職場に戻る足取りすらも重い。
城内でもきな臭くなり始め、戦争が近いと怯える侍女も少なくない。
その理由……歩き慣れた回廊の外に立つ<巨大な者>を見れば、彼女らが怯えるのも当然だった。
「――クアドラング、だっけ?
仕方がないとは言え、アンタはもう少し違和感なくいられないのかい?」
角ばった身体が特徴の<巨神兵>・クアドラングがそこに立っているのだ。
バケツをひっくり返したような頭を動かし、瞳部分にくり抜かれた闇をじっと向けた。
表情の変化は分からないが、少し困ったようにも見受けられる。
「別に怒っちゃいないよ。
だけどね、そのいでたちが威圧感ありすぎるんだよ。
女たちがビビってるから、もう少し何とかならないのかい?」
すると、クアドラングは何かを思案したかと思うと、背中から鋭利な刃が取り付けられたメイスを取り出し、大きく身構えた。
「……騎士みたいな、格好いいポーズを取れってんじゃないよ……」
コイツは格好つけか、とクレアは呆れ果てた。
がっくりと肩を落としたクアドラングだったが、何かを思い出したように、クレアを指さしジェスチャーを行い始める。
「『何か』、『新しい』、『剣』……違う、『武器』?
『案』、『ほしい』――新しい武器の案が欲しい、ってのかい?」
クアドラングは大きく頷いた。
クレアはそれに難しい顔を浮かべた。その手に関しては、ドワーフ・イヴが本職であり、土木関係の彼女には縁の遠い世界なのだ。
もしくは、男の進次郎ならば――と頭に浮かべた時、“夢の中”で見た、彼の部屋にあった“ある物”を思い出した。
「あの妙な人形が両肩に背負っていた、筒みたいなのとかどうだい?
形も似てるし、アンタのその図体なら多分似合うと思うよ」
両肩の後ろから前に動かすジェスチャーをしてみると、“筒”との言葉とそれ思い当たる物があるのか、クアドラングは大きく頷いてみせた。
庭園に<巨神兵>がやって来た時はさすがに驚いたものの、進次郎の言葉の通りの連中だと分かるや、恐怖心よりも可愛らしさを感じていた。
満足気な様子で再び正面に向き直った彼を尻目に、クレアは“女の園”の奥へと踏み入れてゆく。
“女の園”は恐ろしいほど静かだった。
それは陽が暮れ、夏の終わり告げる風が吹く頃になると、特にそう感じてしまう。
この王都・近郊の町の出の侍女たちは、クレアの判断で全員帰宅させている。
なので、今ここにいるのは遠方からの出の侍女ばかりだ。
できれば彼女たちも帰らせてやりたかったのだが、片道で期日が過ぎてしまう者が殆どであるため、帰らずに残っているのである。
――去就進退を決断し、城に残りたき者のみ登城せよ
クリアスは、侍女たちに咎が飛ばぬよう、一旦クビにしたのだろう。
その意味であれば、遠方の村の出の女たちも帰ることも可能だ。
それでもなお彼女たちがここに残るのは、クリアスの持つ人徳かとクレアは思っている。
「――あ、クレアさん」
暗くなり始めた赤絨毯の通路を歩いていた時、その正面からコーニーがやっているのが分かった。
紙袋を片手に持っており、パタパタと小走りでクレアの下に駆け寄ってくる。
「おや、どうしたんだい?」
「ご主人様から、これを預かっておりまして――」
「シンジから? いったい……あっ!!」
紙袋の中を覗くと、そこには灰色のブルゾンとパンツ、黒いシャツなど……彼女が向こうで着ていた作業服一式が入っていた。
そして、その中には一通の手紙――
【くれあは やはる この恰好】
バランスの悪いこの国の言葉で、そう綴られている。
「下手な、字だね――」
クレアは鼻をすすり、視界をぼやかしながら小さく呟いた。
恐らく、イヴかコーニーに教わりながら書いたのだろう。
この濃紫のローブ姿でいるのも慣れたが、やはり自分は高い場所に居るより、ハケを片手に地べたに這いつくばっている方が合っている――。
袖口で目元を拭う彼女の姿に、コーニーは少しつまらなさそうに唇を尖らせた。
「……正直、羨ましいです。
その恰好をした私を、御主人さまは何度もクレアだと見間違えましたし……」
「そ、そうかい……デリカシーのない男だね」
「……口元が、笑ってますよ?」
「え、い、いやっ、あははっ……」
「はぁ、まぁいいです……私は本妻より妾、妾より肉便器のがいいですし」
「……アンタのその歪んだ性癖はどうにかならないのかい……?」
コーニーは『何を言っているのか』と首を傾げた。
「ああ、そうそう。
クレア、私の部屋で寝泊まりしていた時――<シンジ様2号>を触る、って言いますか使いました?」
「な、なんだいそりゃ?」
「ベッドサイドチェストの中にあった物です」
「ベッドサイド――あ゛っ!? あ、あんなの、つ、使うワケないだろうっ!
と言うか、あんなのにシンジの名前付けるんじゃないよっ!?」
コーニーの部屋にいた時、クレアはその器具を見つけていた。
思わず喉を鳴らしてしまったが、他人が使ったものと思いとどまったのだ。
「そうですか……それで、大きさは合ってますか?」
「シンジのはもう少しおお――って、バカっ!?」
「なるほど……<シンジ様3号>の購入の検討を……」
「するんじゃないよっ!!
あ、ああ、あいつは、わ、私のモノなんだからねっ!!」
「……それも、時間の問題かもしれませんよ?」
ニヤっと不適な笑みを浮かべながら“園の入り口”に向かってゆくコーニーに、クレアは少し危機感を抱いた。
(ちょっとぐらい使っても……ああ、いや違う違うっ……!)
クレアは頭をぶんぶんと振り、改めて紙袋の中身を覗き込んだ。
彼女が気に入っていた作業服に唇を緩ませたが、その奥に丸められた布を見て顔を赤くしてしまう。
「な、何で下着まで入れてるんだいっ!?」
そこまで指定するのか、とクレアは驚き呆れた。
それは進次郎が気に入っているであろう、ライムグリーンのショーツだ。
次会える時は――との意味だろうが、と彼女は思わず不安そうに下腹部を撫でた。
(あの日から、妙な……違和感あるんだよね……)
“月の触り”はあの後すぐにやって来たのだが、それが終わっても胎内にべったりと張り付いているような、流れ落ちぬままでいるような感覚が続いているのだ。
胃が押されるような圧迫感も感じているため、クレアは明日の朝も続くようなら医者にゆこう――と、手のひらで撫でながら、己の執務室へと足を向けてゆく。




