第6話 女は花、男はミツバチ
ずいぶんと静かになった【ラインズ・ワークス】の事務所にて、進次郎は一人テーブルに腰かけていた。
ぐったりしたクレアからの報告を受け、進次郎は居てもたってもいられなくなったのである。
「えー、本日は【同性でのプレイは、浮気に入るかどうか】を決めたいと思います」
『し、しっかりしなっ!? クレアは大丈夫、大丈夫だからっ!!』
『セーフに一票』
『アンタッ――!!』
クレアはその後、急いで誤解を解きに回ったのだが、如何せん“女の園”はそのようなことが許される場所だ。
廊下を歩けば、彼女よりキャリアの長い者が尻を撫でる。
慌てた彼女に『慣れると平気よ』と暖かい目を彼女に向ける者、これで殻を破ったのならばと隙を窺う者――様々な思惑が彼女に向けられてしまっていた。
――受け入れるべきなのか……?
クレアは『覚悟を決めるべきか』と、半ば開き直りかけていたようだ。
彼女が本当の思惑に気づいたのは、その夜になってからのことだ。
苦虫を噛み潰したような表情で、食堂にやって来た彼女を待っていたのは、小さな花の形をしたケーキと温かい仲間の歓迎だった。
――“女の園”の洗礼
クリアスが王女時代からやっていたイタズラでもあり、クレアが“一人前”だと認められた儀式だ、とそこでようやく気づいたらしい。
「でもね、あの女王様は七割、いや八割ぐらい本気だと思うんですよ。はい」
『ま、まぁ……王族って、そんなもんだって言ってたからね?』
「多分、アリス前女王のそれを少しでも紛らわせようとした……?
いや、ちょっと勘ぐりすぎか……?」
アリスは男よりもむしろ……との趣向を持っており、それを“不浄”として揶揄されることを避けようとしたのだろうか、と進次郎は考えていた。
いや、『女王の目は本気だった』と言う所からして、クレアが彼女の毒牙にかけられるのも時間の問題だろう。
しかし、その時の二人の会話・ミツバチの話に、進次郎は畏れに近いものを感じていた。
――進次郎さんは、蜂の巣の見つけ方を知っていますか?
まずこれを言ったのは、<イントルーダー>であったクリスティーナだ。
――女は花、男は蜂
その力を吸ったクリアスは、クレアにこう告げたようだ。
クレアを花として、その胎内には蜜が生成されているとすれば、蜂は進次郎となる。
セイズ村で聞いた話では、『集めた花粉や蜜を巣に持ち帰り、蜂パンにしてから食べる』と言っていた。
ミツバチの食糧源は“花粉と花蜜”。ミツバチと花の関係は密なものであり、花は受粉を促され、また遠くへと運ぶことができる。
(クレアがそれを差し出し、俺が食って――とすると、あれ……?
ああ、“巣”がたりないのか。
どこかに“巣”があるとして、働き蜂の俺はそこに“蜜”を持ち帰り、“蜂パン”にして栄養を得ている――)
進次郎はハッとした顔を、クレアの両親を見た。
『ど、どうしたんだい?』
『何だ、急に黙り込んだかと思うとじろじろ見て』
クレアの母親・ケリィも作業服を着ている。
初めて見た時、薄ぼやけていて分からなかった物が段々と見えるようになっている。
「ま、まさか……」
思えば、色々な部分がおかしかった――。
だが、この仮説が正しければ『どうしてクリスティーナの姿が見えたのか?』、『《ケンタウロス》から落ちて、どうして無事なのか?』などの説明がつく。
そして、“感情の暴走”は恐らく、“蜜”を欲する・与える双方の欲求に応じたものなのだろう。
つまり、クレアは自身をずっと“食わせて”くれていたのだ……と。
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時刻は陽がすっかり落ちた頃――寝静まるには早い時間だが、その時間帯にしては珍しく事務所の外がざわざわと騒がしくなっていた。
また末法思想、終末論を唱える者たちが現れ、街の《コボルド》に捕えられたかと思っていたが、それならここまで騒がれないはずだ。
もし、そいつらが暴れて<巨神兵>が現れたのなら、いくつか質問できる――。
そう思い、進次郎は様子を見に行きがてら、大通りの方へ足を向け始めた。
暗い夜道であるが、各地の軒先に掲げられたろうそく灯りのおかげで、石畳の段差でも転ばなくて済んだ。
クレアと初めて施工した【横断歩道】へと差し掛かった。
人の往来が多いせいか、黒く汚れて少しみすぼらしい。
しかし、その効果はてきめんだと言うことを証明している。
(『きっかけと なった ばしょ』か……)
思えばその通りだろう。
そこから始まったのだ、と進次郎は心のどこかで思っていた。
人のざわめきがどんどん大きくなり、大通りの雑踏はいつぞやの“星巡り祭”を彷彿とさせるほど騒々しかった。
喧嘩や火事などでもない。野次馬でもなく、ワイワイガヤガヤと賑わうそれには悲壮感が漂っている。
外れの方で食堂の女将を見つけ、進次郎は駆け寄った。
「女将さん――!」
「ああ、シンジかい……大変なことになったねぇ……」
「いったい、何があったんです? 今来たばかりでまるで事情が……」
「あ、あんた知らないってのかい!?」
女将は、進次郎には信じられず何度も聞き返してしまう言葉を発する。
――セイズ村、ゲブゼリアのドワーフ軍によって占拠
――村にかかるのは、大公領【二つ首の竜】の旗
反芻するたび、血の気が引いてゆくのが分かった。




