第1部 第4話「彼の中にいたのは誰か(2)」後編
カイルの問いに、ニーナが端末を操作しながら答える。
「CIARの“人格抜去遺体”を処理する部署で、不審な記録を発見したの。照合したら、案の定、偽造されていた」
カイルの表情が硬くなる。
「……正規ルートではない形で、人格を抜かれた遺体が紛れ込んでいた、ということか」
「その通りだ」
ヴィクターが短く頷く。
「身元は?」
一瞬の逡巡のあと、ニーナが告げた。
「ライアン・ポーター。23歳。路上生活者よ」
重苦しい沈黙が落ちる。
カイルは腕を組み、低く呟いた。
「……ライアンは人格移植で人格を抜かれた。記録がない以上、その人格は“どこか”へ送られたはずだ」
スタンリーが目を伏せ、思考を巡らせる。
やがて、カイルが顔を上げた。
「まさか……リチャードの事件と、ライアンが繋がっているのか?
――もし、リチャードが殺される直前に宿していた人格が、ライアンだったとしたら」
その場にいた全員が息を呑む。
「……事件の構図は、こうなる」
カイルはホワイトボードの前に立ち、その場で仮説を組み立てていく。
――
一通り聞き終え、バニングが腕を組んだまま低く言った。
「……なるほど。筋は通っている」
カイルはすぐに顔を上げる。
「ヴィクター、やつの自宅を家宅捜索してくれ。……リチャード邸から消えた宝石類が見つかるはずだ」
「了解だ」
ヴィクターは即座に頷く。
「見つかれば、言い逃れはできない」
スタンリーが冷静に口を挟んだ。
「だが、現時点では状況証拠にすぎない。本人が否定し続ければ、それ以上は踏み込めないんじゃないか?」
カイルの瞳がわずかに細まる。
「……やつは会社役員で、富も地位もある。完全犯罪を狙うほど、頭も切れる人間だ。
だが――そういう人間ほど、プライドが高い」
ヴィクターが口元を歪めた。
「なるほど。そこを突くわけか」
カイルは視線を移し、ニーナに声をかける。
「ニーナ。事情聴取に同行してほしい」
「いいけど……なぜ私?」
「俺とスタンリーは、すでに顔を合わせている。だが、初対面の相手に揺さぶられれば、冷静さを失うはずだ。……やつのプライドを逆撫でするには、君が適任だ」
スタンリーがぼそりと付け足す。
「つまり……いつも通りの意地の悪さを出せばいい、ってことだな」
「……何ですって?」
ニーナの声が鋭く跳ねる。
「おい、スタンリー!」
カイルが慌てて制止する。
ニーナはじっとカイルを見据えた。
彼は必死に笑顔を作り、声を張る。
「お、おもしろいこと言うな! なあ?」
細めた目で2人を交互に睨み、ニーナはわざとらしく息を吐いた。
「……あとで覚えてなさいよ、2人とも」
張り詰めた空気の中に、かすかな笑いが走る。
カイルはすぐに表情を引き締め、バニングに向き直った。
「バニング隊長、これでよろしいですか?」
「……いいだろう」
短くそう答え、続ける。
「必ず自白させてこい」
一同は立ち上がり、それぞれ準備へと向かった。
背中にのしかかるのは、緊張と覚悟だった。
CH6
-ステラ・セキュア社-
翌日。
ガラス張りの本社ビルに足を踏み入れると、受付を経てほどなくイーサン・ブレイクが姿を現した。
隙のないスーツ姿は変わらないが、表情には露骨な苛立ちが浮かんでいる。
「……またあなた方ですか。いったい何度、同じ話をさせる気です?」
鋭い視線を向けられても、カイルは眉一つ動かさない。
「今回で最後になります。どうかご協力を」
イーサンの口元が、わずかに歪んだ。
「本当でしょうね? これ以上付きまとわれるなら、法的手段も考えますが」
スタンリーが肩をすくめる。
「俺たちは事実を確認したいだけだ。潔白なら、何も問題はないだろ」
イーサンの眉間に深い皺が刻まれた。言い返そうとした、その瞬間。
「プライドがあるなら、きちんと答えてほしいわね」
一歩前に出たニーナの声音は、あからさまに挑発的だった。
「何を隠してるの?」
その言葉に、イーサンの目が一瞬だけ鋭く光る。
カイルは横目でその反応を捉えながら、あえて何も言わなかった。
イーサンは不機嫌さを隠そうともせず、3人を来客用ブースへと案内する。
ガラスの仕切りと観葉植物に囲まれた整然とした空間。だが張り詰めた空気が、企業的な清潔感を容易く打ち消していた。
カイルは椅子に腰を下ろし、穏やかな口調で切り出す。
「今回の事件――ようやく、全体像が見えてきました」
イーサンの瞳がわずかに揺れ、すぐに冷たく細められる。
「……それで?」
カイルは一拍置き、静かに続けた。
「その前に、一つだけ確認させてください。最初にリチャード邸でお会いしたときのことです」
イーサンの視線が鋭くなる。
「あなたは、妻のクララにこう言いましたね。――“あのように苦しむ形で亡くなられるなんて”と」
沈黙が落ちる。
スタンリーは小さく頷き、ニーナは腕を組んだまま視線を外さない。
カイルは淡々と言葉を重ねた。
「不思議なんです。死因は当時、公表されていませんでした。にもかかわらず、あなたは最初から“苦しむ死に方”を知っていた。……どうしてですか?」
イーサンの表情から、張りついていた余裕がわずかに剥がれ落ちる。
カイルは静かに告げた。
「……あなたがリチャード・ローウェルを殺したからだ。
――イーサン。いや……リチャード」
空気が、凍り付いた。
イーサンは何か言いかけて口を開いたが、声にならない。
その様子を見つめ、カイルはほんのわずかに目を細める。
「自分で自分を殺す気分は……どうでしたか?」
張り詰めた沈黙が、ブースの中を満たしていた。




