第1部 第4話「彼の中にいたのは誰か(2)」前編
CH1
-ゴースト本部2階ブリーフィングルーム-
その夜。
ホログラムに投影された事件資料を前に、ブリーフィングルームは冷えた空気に包まれていた。
最初に立ち上がったのはカイルだ。表情を崩さぬまま、淡々と報告を始める。
「被害者はリチャード・ローウェル。死因は絞殺による窒息死。ただし、この事実は公表されていません」
続いてスタンリーが端末を操作し、静かな声で補足する。
「CIARの解析結果です。被害者の虹彩にリングを確認。ただし、移植ログは一切残っていない。非公式の人格移植が行われたことは、ほぼ確実です」
カイルは視線を落とし、資料を一枚めくった。
「妻のクララは第一発見者ですが、供述に違和感がありました。悲しんではいるが、どこか演技めいている。加えて、生命保険の申請を代理で行っており、手続きは異様なほど整っていた」
スタンリーが頷き、言葉を継ぐ。
「保険担当者はイーサン・ブレイク。事件直後にクララ宅を訪れ、支払い手続きを即座に進めています。契約額は1,000万ドル。さらに、被害者には難病を患う弟ダニエルがいた。高額な治療費が必要だったとのことです。……偶然にしては、出来すぎています」
報告がひと段落し、沈黙を破ったのはヴィクターだった。
「つまり、動機は金。クララとイーサンは、その流れを最初から把握していた可能性が高い、ということだな」
ニーナが腕を組み、視線を鋭くする。
「でも、まだ足りないわ。リチャードに移植された“誰か”は誰? その正体が分からない限り、この事件は半分しか見えていない」
カイルはわずかに目を細めた。
「……ああ。そこが最大の焦点だ。リチャードは殺される直前まで、確かに“別の人格”を宿していた。その人物が誰だったのかを突き止めなければならない」
重苦しい沈黙が落ちる。
やがて、バニングが深く息を吐き、椅子から立ち上がった。
「クララ・ローウェル。そしてイーサン・ブレイク。この2人を徹底的に洗え。背後に必ず答えがある」
一拍置き、さらに続ける。
「それと――同地区では最近、高級マンションを狙った空き巣が散発している。荒らされた室内は、その線を装った可能性もある。だが、万一実際に空き巣が関与しているなら、見過ごすわけにはいかん。両方の筋を同時に追え」
バニングの声は、鋼のように冷たく響いた。
それが、この会議の結論だった。
CH2
-高級マンションのローウェル邸-
次の日。
再びローウェル邸を訪れたカイルとスタンリーは、クララと向き合った。
「事件当日の午前中、どこにいらっしゃいましたか?」
クララは落ち着いた声で答える。
「買い物に出ていました。すぐ近くの商業施設です。……防犯カメラにも映っているはずです」
実際、商業施設の監視映像にはクララの姿が残っていた。
さらに、マンションの出入り口カメラにも、午前中に外出し、事件後に戻ってくる様子が確認されている。
スタンリーが端末を操作しながら、低く呟いた。
「……クララのアリバイは揺るぎないな」
だが、同じ映像には別の人物も映っていた。
リチャード・ローウェル本人が、午前中に1人でマンションへ入っていく姿だ。
2人は続けて、隣室の住民にも話を聞いた。
年配の女性は、不安を滲ませた表情で口を開く。
「事件のことは聞きました……。こんな高級マンションで起きるなんて、正直怖いです」
「防犯体制は万全ではないんですか?」
カイルの問いに、女性は小さく首を振った。
「ええ。カメラは玄関と駐車場だけなんです。見た目は豪華でも、プライバシーを重視しすぎていて……。それに、実はカメラにも死角があります」
少し言葉を選びながら、続ける。
「裏手の搬入口や植え込みの影を使えば、知っている人なら1人でも気づかれずに入れるでしょう。住民の間では、前から不安だって話は出ていました」
一拍置いて、さらに付け加えた。
「……それに最近、この辺りで高級マンションを狙った空き巣も出ていますし」
話を聞き終え、スタンリーはカイルと視線を交わして低く呟く。
「……なるほど。なら、防犯カメラに映らずに、別の誰かが忍び込むことも可能だな」
その言葉が、事件の可能性を静かに広げていった。
CH3
-ステラ・セキュア社-
次に2人は、イーサンが勤務する保険会社を訪れた。
受付を通され、応接スペースに現れたイーサンは、前回とは違い、露骨に面倒そうな表情を浮かべていた。
「……またですか。事件の件なら、すでに警察にも協力していますが」
カイルは感情を挟まず、淡々と問いかける。
「念のため確認させてください。事件当日の午前中、どちらにいましたか?」
「客先です」
即答だったが、言葉の勢いは続かなかった。
「……正確な時間までは覚えていませんが」
視線がわずかに泳ぎ、手元ではボールペンが無意識に転がされる。
後日、その客先にも確認を取った。
だが返答は曖昧で、訪問時間を裏づける確かな記録は得られなかった。
建物を出て廊下に出たところで、スタンリーが小さく息を吐く。
「……つまり、イーサンにはアリバイがない」
カイルは黙って頷き、ガラス越しの街並みに視線を向けた。
「クララは白だ。
だが、イーサンは……まだ灰色のままだな」
その言葉だけが、静かに残った。
CH4
-ローウェル・エナジー本社ビル応接フロア-
リチャードが勤めていた会社の応接室。
窓際の席に座ったジェイソン・ミラーは、眼鏡の奥に疲労の色を滲ませながらも、終始真面目に応対していた。
正面にはカイルとスタンリーが腰を下ろし、淡々と聞き取りを進める。
「リチャード・ローウェルについて、普段の行動を教えてください」
「几帳面で、律儀な人でした。仕事が終われば、ほとんど真っ直ぐ帰っていましたね。たまにコーヒーショップへ寄ることはありましたが……ブラック一択でした」
「好物は?」とスタンリーが問う。
「甘いものは苦手でした。昼は決まって質素なサンドイッチで、いつも同じ店のものを買っていました」
カイルが続ける。
「職場での習慣や、癖は?」
「そうですね……常にデスクを片づけておく人でした。整理整頓にはうるさくて、書類を山積みにしていると必ず注意されました」
一瞬言葉を切り、付け加える。
「あと、考え事をしている時や緊張している時には、ボールペンをよくカチカチ鳴らしていました。会議中なんて、正直うるさいくらいで」
その言葉に、カイルの手がわずかに止まる。
だが表情は崩さず、そのままメモを取り続けた。
「他には?」
ジェイソンは少し考え、淡々と答える。
「評判は良かったですよ。上司からの信頼も厚く、同僚からも頼られていました。ただ……友人は少なかったと思います。社内でも親しくしていたのは、限られた数人だけでしたし、プライベートを語ることはほとんどなかった」
小さく息を吐く。
「悩みといえば……やはり弟さんの治療費でしょうね」
聞き取りを終え、カイルは短く礼を述べて立ち上がった。
「ありがとうございました」
廊下に出たところで、スタンリーが小声で尋ねる。
「……気になる点でもあったか?」
カイルは視線を伏せ、短く首を振った。
「いや……今はまだいい」
淡々とした声だった。
だが胸の奥では、確かな違和感が静かに引っかかり続けていた。
CH5
-ゴースト本部1階第1チームデスク-
ホログラムに映る事件資料を前に、カイルとスタンリーはバニングのデスクの前に立っていた。
「事件当日の午前中――妻のクララには明確なアリバイがあります。外出しており、商業施設の防犯カメラにも映っていました。マンションの出入りも確認済みです」
スタンリーが端末を操作しながら補足する。
「同じ映像には、リチャード本人が1人でマンションに入る姿も記録されています。玄関と駐車場にはカメラがありますが、建物内部には死角が多い。1人であれば、映らずに出入りすることは可能です」
「なるほど……他には?」
バニングの低い問いに、カイルは資料を一枚めくり、視線を上げた。
「一方で、イーサン・ブレイクのアリバイは不透明です。事件当日の午前中は客先にいたと主張していますが、確認を取っても時刻が曖昧で、証言に食い違いがある。――実質的に、アリバイは存在しません」
わずかな間を置き、別のファイルを開く。
「さらに、リチャードの同僚ジェイソン・ミラーから話を聞きました。普段の行動や性格を洗った結果……ひとつ、気になる点があります」
その瞬間、足早に近づいてきたのはヴィクターとニーナだった。
「報告があります」
ヴィクターの声は低い。
「例の遺体ですが……やはり記録が存在しませんでした」
室内の空気が一気に張りつめる。
カイルとスタンリーは視線を交わし、話の続きを胸に留めた。
「……詳しく聞かせてくれ」




