第2部 第18話「生きる意思」前編
戦いの密度は変わらない。
いや、むしろ増していた。
カイルが踏み込むと、蒼いTSRが鋭く振り抜かれる。
同時にアリウスが逆方向から回り込み、紅いTSRを叩き込んだ。
挟撃。
逃げ場はないはずだった。
だが、ツェアビルドはわずかに体を傾けただけだった。
蒼と紅の軌道がその身体をかすめ、空を切る。
「ちっ……!」
アリウスは即座に体勢を変えた。
振り向きざまに突きを放ち、そこへカイルが下段から斬り上げる。
だが、ツェアビルドは半歩下がった。
それだけで、2人の刃は届かない。
次の瞬間、カイルがさらに踏み込む。
アリウスも呼吸を合わせ、間合いを詰めた。
今度は三連撃。
蒼の横薙ぎ。
紅の突き。
そして追撃の回転斬り。
だがツェアビルドは、最小限の動きでそのすべてを外していく。
まるで、攻撃が来る場所を最初から知っているかのようだった。
「……!」
カイルの眉が、わずかに動いた。
アリウスも同時に踏み込み、今度はフェイントを混ぜる。
斬撃の軌道を途中で変え、反応の遅れを誘う動きだった。
普通なら、そこで一瞬は崩れる。
だが――ツェアビルドは、すでにそこにいなかった。
攻撃が通る前に、位置をずらしている。
「……おい」
低い声が落ちた。
ヴィクターだった。
彼はツェアビルドの動きを睨んだまま、ゆっくりと口を開く。
「これは、どういうことだ……?」
さらに2人の斬撃が交差する。
蒼と紅の光が重なり、逃げ道を塞ぐように迫った。
だが、やはり当たらない。
ツェアビルドは冷静に、最小限の動作で攻撃をかわしていく。
ヴィクターの眉間に、深い皺が寄った。
「何故急に奴の動きが……」
その言葉に、指令室のマルコムが息を呑む。
そして――。
「まさか……」
小さく呟いた。
「奴、さらに進化して――未来予知をしているのか!?」
マルコムの声には、冷や汗とともに理論の確信が滲んでいた。
「未来予知? そんな馬鹿な……」
「いいや。奴の進化は止まらない。
並行世界の事象の“裂け目”から、可能性を覗き見ているとしか思えん」
マルコムはモニターを見据えたまま、低く続ける。
「つまり、“未来の一瞬”を読み取り、先回りしているのだ」
バニングの喉が、低く鳴った。
「そんなことまでされたら……勝ち目はあるのか……?」
誰も答えなかった。
沈黙のあいだにも、戦場では未来が固定されていく。
カイルが、再び立ち上がった。
今度は距離を詰めず、牽制から入りながらアリウスと視線を合わせる。
呼吸を揃え、時間差で挟み込む構えだった。
だが、ツェアビルドは一歩も乱れない。
牽制の瞬間に本命を潰す。
本命の直前に、死角へ移る。
すべてが先回りされていた。
完全に読まれている。
「未来予知だと!?」
カイルが叫ぶ。
「……未来予知なんて、どうすれば対応できる!?」
答えは返らない。
カイルは歯を食いしばり、無理に踏み込んだ。
その瞬間だった。
ツェアビルドの右腕が、衝撃を纏う。
踏み込んだ“未来”に、すでに拳が置かれていた。
拳がみぞおちを捉え、衝撃が腹の奥まで突き抜ける。
「……ぐっ……!」
肺の空気が一気に抜けた。
膝が折れ、視界が揺れる。
「……この野郎!」
アリウスが背後からTSRを振り下ろす。
だが刃が届く前に、彼の視界が反転した。
顔面を掴まれ、そのままコンクリートへ叩きつけられる。
鈍い音とともに粉塵が舞い上がった。
ツェアビルドは倒れたアリウスから視線を外し、ゆっくりとカイルへ歩み寄る。
カイルは膝をついたまま顔を上げた。
歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
だが、その未来すら読まれていた。
ツェアビルドが顔を近づける。
それは、勝利を告げる動作のようにも見えた。
指令室の全員が、モニター越しに息を詰める。
「……こんなやつ、どうすれば……」
スタンリーの声が、かすかに震えた。
未来が固定されたかのようだった。
蒼も、紅も。
その圧倒的な“先”に、押し潰されている。
(……すまない、ノア……)
(せっかくお前が命をかけて守ってくれたのに……)
ツェアビルドは横たわるカイルの傍らに立ち、その顔を覗き込む。
視界の縁が暗く滲み、音が遠のいていく。
手足の感覚が、ゆっくりと失われていった。
「……また……意識が……」
膝が揺らぐ。
そのとき――。
乾いた銃声が響いた。
弾丸が一直線に空間を裂く。
だがツェアビルドは、わずかに1歩退いただけでそれをかわした。
「……この狙撃は……!?」
カイルが振り向いた先、非常階段の上にニーナの姿があった。
彼女は、ノアの狙撃銃を構えている。
指令室がざわめいた。
「ニーナ……!」
「カイル! アリウス! 援護する!」
再び銃声が響く。
次弾も空を裂いたが、惜しくも外れた。
「……アリウス! やるしかない! しかけるぞ!」
「……わかった!」
2人は同時に踏み込み、蒼と紅の軌跡を交差させながら、ツェアビルドへ連続で攻撃を重ねた。
その隙間を縫うように、ニーナの援護射撃が差し込まれる。
アリウスが斬り込む。
ツェアビルドは身を捻ってかわす。
その先へ、カイルの一撃が重なる――直前。
疲労で膝が折れた。
軌道が、わずかに下へ逸れる。
直後、銃声。
弾丸がツェアビルドの右肩を掠めた。
「……!?」
カイルが目を見開く。
これまで攻撃はすべて読まれ、届かなかった。
だが今、確かに被弾した。
わずかに。
「アリウス、今の――」
「……見た」
攻めを緩めれば、次はない。
その瞬間、カイルの中で何かが繋がった。
「ニーナ! 聞こえているか!」
「聞こえている!」
「フレンドリーファイアを解除して援護射撃をしてくれ!」
「……え!? なに?」
「フレンドリーファイアを解除だ!」
指令室の面々が息を呑む。
誰もが、その意味を理解しかねていた。
ヴィクターが叫ぶ。
「カイル! どういうことだ!」
「説明しているヒマはない! 頼む、ニーナ!」
「……でも……」
ニーナは迷っていた。
AI制御とはいえ、フレンドリーファイアを解除すれば、カイルやアリウスに被弾させる危険が跳ね上がる。
「タイミングはさっきと同じだ! アリウスの攻撃、俺の攻撃――その直後、俺の背後から奴の右肩を狙ってくれ!」
「……分かった。カイルを信じる」
迷いを抱えたまま、ニーナは制御を解除した。
「アリウス、頼む!」
「よし、行くぞ!」
アリウスが踏み込む。
その一撃を、ツェアビルドはかわした。
避けた先へ、カイルが攻撃を重ねる。
直後、ニーナの銃声。
弾道が一直線に迫る。
だがカイルは、その軌道から動かなかった。
ニーナは息を整え、引き金を引いた。
着弾直前――。
カイルが体をひねった。
弾丸は左肩をかすめ、そのまま後方へ抜ける。
次の瞬間、ツェアビルドの右肩に着弾した。
指令室から歓声が上がる。
「これは……どういうことだ?」
ヴィクターが低く呟いた。
「親父! 奴は並行世界を覗き見ていると言ったな?」
カイルは蹴りを放ちながら叫ぶ。
「あぁ、そうだ。奴は並行世界の事象の“裂け目”から可能性を覗き見ている」
マルコムが即答した。
「その並行世界は、俺が合理的に生き残る確率が最も高い行動を見ている……そう言えるな?」
「……その通りだ」
「わかった! ……アリウス!」
「なるほどな……流石だ、カイル!」
指令室で、バニングがマルコムへ視線を向ける。
「どういうことですか、博士」
「ツェアビルドは、あらゆる並行世界を覗き見ている。
そしてカイルが生き残る確率が最も高い行動を選び、先回りしている」
「……ふむ」
「ならば反撃するには、生存確率最大という選択を捨てるしかない。
安全最優先を外し、合理的ではない未来を選ぶ。だがそれは無謀とは違う。生き残るための、別の選択だ」
「……そんなの、紙一重じゃないか」
バニングが低く漏らす。
「……しかし、それしか通じない」
カイルはツェアビルドの攻撃を、あえて防御しなかった。
アリウスと同時に踏み込み、攻撃の軌道を重ねる。
アリウスの一撃はかわされた。
だがカイルの攻撃は、確かに届く。
その瞬間、ニーナの追撃が入った。
弾丸が走り、アリウスの足をかすめながらも、ツェアビルドの腹部へ着弾した。
「……いける! 確実に攻撃が通る!」
カイルが叫ぶ。
だが、ツェアビルドは即座に視線を動かした。
狙撃の方向――ニーナを捉える。
「来るな……!」
ニーナが叫ぶ。
しかし声より早く、ツェアビルドが距離を詰めた。
その瞬間――。
「させるか!」
アリウスが割り込む。
真横から跳躍し、強烈な蹴撃を叩き込んだ。
だがツェアビルドはそれをかわす。
黒紫の残像が揺れ、直後に右腕が鋭く振り抜かれた。
避けきれない軌道。
それでも、アリウスは退かない。
額で、真正面からそのカウンターを受け止めた。
鈍い衝撃音が響き、視界が揺れる。
だが、次の瞬間。
右手のTSRが唸りを上げた。
踏み込みと同時に放たれた正拳突きが、ツェアビルドの胸部を撃ち抜く。
衝撃で、巨体がわずかに後退した。
「……二度と、俺の前で女を死なせるかよ!」
低く吐き捨てる。
その声には、贖罪と怒りがあった。
そして、揺るがぬ決意があった。
アリウスはすぐに身を引き、カイルの隣へ戻る。
TSRを構え直す。
蒼と紅が、再び並んだ。
戦場の光が滲む。
空気の震えが、肌を刺す。
抑え込まれた緊迫が、場を満たしていた。
「ECHO Drive起動まで、残り15秒!」
オペレーターの声が響く。
アリウスが歯を食いしばる。
「このまま、一気に畳みかける!」
「おう!」
カイルが応じ、踏み込んだ。
その瞬間――。
2人の動きが重なる。
影も、呼吸も、間合いも。
まるで魂まで共鳴したかのような、完璧なシンクロ。
「ならば、これならどうだ!」
2人のTSRが光を帯び、交差する。




