第2部 第17話「決戦、ツェアビルド(2)」前編
CH1
-アシュフォード研究所屋上-
一方、反対側では――。
瓦礫に覆われた床の中央で、ヴィクターはツェアビルドと向き合っていた。
互いの間合いは近く、空気がわずかに軋む。
「さすがに、単純な出力勝負じゃないな」
次の瞬間、ツェアビルドの刃が閃いた。
ヴィクターは左腕を差し出し、その斬撃を真正面から受け止める。
重い衝撃が装甲を叩き、周囲の瓦礫が跳ね上がった。
床のコンクリートに亀裂が走り、靴底が数センチ滑る。
左腕のリミッターは、すでに解除済みだった。
本来なら、この出力を正面から受け止められる存在はほとんどいない。
だが――ツェアビルドは力を押し付けてこなかった。
刃をわずかに滑らせ、衝撃を逃がしながら間合いを保っている。
その動きは、こちらの出力を測定しているかのようだった。
「チッ……読まれてるな」
ヴィクターは舌打ちし、左腕を支点に体を回転させた。
鋭い蹴りが、ツェアビルドの胴へ叩き込まれる。
だが、金属音が弾けた。
割り込んだTSRが、蹴撃を正確に受け止めていた。
衝撃が火花となって散る。
ツェアビルドは体を沈め、そのまま下段から斬り上げた。
ヴィクターは半歩退き、装甲の肘で刃を弾く。
踏み込み直し、拳を叩き込んだ。
空気が裂ける。
だがツェアビルドは、わずかに首を傾けるだけでそれを外した。
回避は最小限だった。
動きに無駄がない。
「……なるほど」
ヴィクターの瞳が、わずかに細まる。
「俺のトルク変化まで見てるのか」
返答はない。
代わりに、TSRが再び振るわれた。
斬撃、突き、払撃。
高速の三連撃。
ヴィクターは左腕で1撃を受け、2撃目を肩で流した。
3撃目は紙一重で身をずらして避ける。
火花が散り、コンクリートの破片が弾ける。
それでもヴィクターは、一歩も下がらなかった。
無機質な沈黙の中で、研ぎ澄まされた攻防が続いていた。
さらに――。
ツェアビルドの前に、もう1つの影が立ちはだかる。
「はっ……俺が出たところで、無駄だって思ってたか?」
スタンリーが、バイザー越しにうっすらと笑みを浮かべた。
ツェアビルドはすぐには動かない。
相手を測るように、わずかに間合いを刻んでいる。
次の瞬間、黒影が跳んだ。
空気を裂く速度で、TSRの刃が振り下ろされる。
「来るなら来いよ……!」
スタンリーは半歩踏み込み、肩を軸に身体を回した。
重い刃が頭上をかすめ、装甲の肩部に火花が散る。
同時に、パワースーツの駆動モーターが低く唸った。
スタンリーは左腕を盾のように突き出し、斬撃を強引に受け止める。
鈍い衝撃が装甲を叩き、床の瓦礫が弾け飛んだ。
「ぐっ……!」
装甲が軋む。
だが、スタンリーは退かない。
スーツの補助駆動を一気に回し、体重ごと身体を回転させた。
重い肘打ちが、ツェアビルドの顎へ叩き込まれる。
金属がぶつかる鈍い音。
ツェアビルドの頭部が、わずかに揺れた。
「この体型だからって、なめんなよ!」
すぐに反撃が来た。
横薙ぎの一撃。
スタンリーは避けきれず、スーツの肩装甲で受ける。
衝撃が全身を揺らし、数歩後ろへ押し戻された。
警告ランプが赤く点滅する。
だが、彼はすぐに踏み止まった。
呼吸を整えながら、拳を握り直す。
動きは決して洗練されていない。
それでも、その一撃一撃には確かな重みがあった。
メイソンの形見であるスーツに身を包み、スタンリーは前線に立つ。
かつての相棒の代わりに。
それぞれが、自分の戦場で限界を賭けた戦いを続けている。
戦局は、いまだ互角だった。
だが、その均衡はいつ崩れてもおかしくはない。
「カイル、奴を――アリウスを止めろ!」
ヴィクターの声が鋭く響く。
次の瞬間、紅く発光するTSRが閃光のように迫った。
火花を散らしながら振り下ろされる一撃。その軌道には、かつてアリウスが教えた“死角を突く戦術”が色濃く残っている。
だが、カイルは確信していた。
――この動きに、“アリウス自身”の意志はない。
「アリウス……お前……!」
カイルは蒼いTSRを構え、振り下ろされた刃を受け止めた。
衝撃が腕から肩、背中へと突き抜ける。
歯を食いしばり、足を踏みしめる。
紅い刃は止まらない。
振り上げ、薙ぎ払い、突き。
嵐のような連撃が、途切れなく押し寄せた。
カイルは蒼いTSRでそれを受け、流し、弾きながら必死に踏みとどまる。
火花が散り、金属音が屋上に響き続けた。
「お前が言っただろ、“なぜ”そう動くのかを読めって!」
斬撃を受け流しながら、カイルは叫ぶ。
「なら今のお前の動きには、“理由”がねえんだよ!」
紅い刃が横薙ぎに走る。
カイルは身を沈めてかわした。
直後に振り下ろしが来る。
蒼いTSRで受け止めた瞬間、衝撃が膝まで沈み込んだ。
「これは“お前”じゃない!」
アリウスの動きは止まらない。
紅いTSRが咆哮のように振り下ろされ、殺気が嵐のように押し寄せる。
だが――。
カイルの目が、わずかに細まった。
(……違う)
動きは速い。
だが、どこかに“空白”がある。
かつて訓練室で感じた、あの読み合いがない。
「お前は……こんな振り方しねえ!」
次の斬撃が来る瞬間、カイルは一歩踏み込んだ。
蒼いTSRを構え直し、真正面から飛び込む。
紅と蒼。
2つの軌道が、閃光のように交錯した。
衝撃。
TSR同士が弾かれる。
その一瞬の隙を、カイルは逃さなかった。
踏み込み、腰を捻る。
迷わず、拳を振り抜いた。
「戻ってこいよ――アリウス!!」
拳が、アリウスの顔面を打ち抜いた。
鈍く重い音が、屋上に響く。
アリウスの体が一歩、後ろへよろけた。
紅いTSRが軋みを上げながら、宙を切るように下がる。
その目に、わずかな揺らぎが生まれた。
息を荒げたまま、カイルは言葉を絞り出す。
「……お前の居場所は、もう見つかったはずだ。
お前はアカネの死を、ちゃんと乗り越えて、ここに立ってる。
――いつまで過去に囚われてる! 何をしても過去は変わらない!」
声に込められていたのは、怒りではなかった。
痛みだった。
「変えるのは“今”だ。これからだろ、アリウス!」
静寂が訪れる。
アリウスの呼吸がわずかに乱れ、肩が小刻みに震えた。
紅い光が、次第にその輝きを弱めていく。
そして――。
TSRを握る手が、ゆっくりと開かれていく。
「……カイル……?」
それは、確かに“アリウス”の声だった。
震えながらも、懐かしい響きを帯びている。
戦場に、わずかな光が差し込んだ瞬間だった。
***
「……すまない、俺は正気を失ってた」
アリウスが肩で息をしながら、苦しげに声を漏らした。
「……いいさ。よく戻ってきてくれた」
カイルはかすかに笑みを浮かべて応じる。
「早くECHO Driveを起動するんだ!」
ヴィクターの叫びが飛んだ。
「わかった!」
カイルが装置へ手を伸ばした、その瞬間だった。
それを察知したかのように、2体のツェアビルドが同時に動く。
異形のシルエットが闇の中で交差し、次の瞬間、左右から斬撃が走った。
「っ!」
カイルとアリウスは反射的にTSRを振るった。
蒼と紅の光が閃き、激しい金属音が夜気を震わせる。
だが、攻撃は止まらない。
1体が踏み込み、もう1体が横から刃を差し込む。
一瞬でも間合いを誤れば、即座に挟み込まれる。完璧な連携だった。
「くっ……これじゃ1体にクロスレゾナンスを叩き込もうとしても、もう1体に防がれるのが目に見えてる!」
アリウスが斬撃を弾きながら舌打ちする。
その直後、もう1体の刃が背後から迫った。
カイルは振り向きざまに受け止めるが、衝撃が腕を突き抜け、足元の瓦礫が砕け散った。
「埒が明かん!」
低く唸る声が響く。
次の瞬間、ヴィクターが前へ踏み出した。
左腕の装甲が火花を散らしながら強制再起動し、赤い警告灯が断続的に明滅する。
そのままツェアビルドの一撃を、真正面から受け止めた。
鈍い衝突音。
装甲が軋む。
それでもヴィクターは踏みとどまった。
「俺が1体を抑える!」
さらにもう1体が斬り込む。
ヴィクターは体をねじり、その刃を左腕で受け流した。
「その隙にクロスレゾナンスを叩き込め!」
「しかし! そんなことをすれば、お前まで!」
カイルの声が、わずかに震える。
ヴィクターは振り向かなかった。
迫る斬撃を受け止めながら、低く吐き捨てる。
「構わん!」
次の一撃が装甲を抉り、火花が夜空へ散った。
それでもヴィクターは退かない。
「俺は脳さえ無事ならば――修理が可能だ!」
その瞳は、ただ戦場だけを見据えていた。
「やるしかない!」
アリウスがTSRを構える。
蒼と紅の光が、再び交錯した。
「早くしろ! 時間がないんだ!」
ヴィクターが叫んだ、その時――。
スタンリーの側では、すでに限界が近づいていた。
ツェアビルドの拳が唸りを上げる。
重い斬撃が装甲へ叩きつけられ、鈍い衝突音とともにスタンリーの巨体が数歩よろめいた。
パワースーツの関節が、悲鳴のような金属音を上げる。
「ぐっ……!」
次の瞬間、追撃が来た。
横薙ぎの一撃が腹部装甲を抉る。
火花が激しく散り、装甲プレートがひしゃげた。
警告灯が赤く明滅する。
〈STRUCTURAL DAMAGE〉
〈ACTUATOR ERROR〉
表示が、バイザーの端で乱れた。
スタンリーは必死に左腕を持ち上げる。
だが――動かない。
歪んだ装甲が、不自然な角度でぶら下がっていた。
「くっ……っ!」
ツェアビルドが間合いを詰める。
次の一撃は、真上からだった。
巨大な拳が、容赦なく振り下ろされる。
回避は不可能。
防御も間に合わない。
(……やばい)
その瞬間、スタンリーの脳裏にメイソンの顔がよぎった。
次の瞬間――。
パワースーツの駆動系が突然唸りを上げた。
脚部アクチュエータが強制作動し、スタンリーの巨体が宙へ跳ね上がる。
――バク宙。
ツェアビルドの拳は数センチ下をかすめて空を裂き、スタンリーはそのまま前方へ着地した。
瓦礫が弾け飛ぶ。
「……俺が今、バク宙したのか?」
スタンリー自身が信じられないという顔で呟く。




