第2部 第16話「決戦、ツェアビルド(1)」後編
CH2
-アシュフォード研究所1階指令室-
「アリウスが……!?」
「なぜ……カイルを……?」
モニター越しの映像に、誰もが息を呑んだ。
画面の中では、カイルが3方向からの攻撃を受けながら、紙一重で捌き続けている。
ヴィクターが立ち上がった。
その動きに気づき、ロイクがゆっくりと顔を上げる。
「……行くのか」
声には、かすかな苛立ちと、嫌な予感が混ざっていた。
「リミッターは部分解除にしておけ。それ以上は……やるな」
ヴィクターは端末の設定パネルへ手を伸ばしながら、淡々と返す。
「左腕の出力は80%。右は“普通”に直したんだろ」
「……なら、演算系は60で抑えろ。120は……持って10分だぞ。過熱で中枢が焼き切れる」
ロイクの言葉に、ヴィクターの指が一瞬止まった。
だが次の瞬間、制限ラインを静かにスライドさせる。
「構わない。10分あれば、充分だ」
ロイクが眉をひそめた。
「お前……また、勝手に“限界の上”でやるつもりか」
「これが限界だとは思ってない」
ロイクは言葉を失い、天井を仰いだ。
「……ほんとに、お前らは。いい加減、“自分も道具じゃない”ってことに気づけよ」
ヴィクターは振り返らない。
「だから今、“自分の意志で行く”んだ」
左腕の冷却スリットが青白く灯り、低く唸り始める。
ヴィクターは無言でTSRを手に取り、装備を確かめると、そのまま静かに踵を返した。
背中へ向けて、ロイクが小さく呟く。
「……まったく、お前らときたら。いつもそうだ」
そのとき、スタンリーが静かに立ち上がった。
「……俺も、行きます」
バニングが目を細める。
「……スタンリー?」
スタンリーは一瞬口を閉ざし、やがて低く言った。
「相棒の……形見を、使います」
その言葉に、バニングの表情がわずかに変わる。
「……そうか」
短い返答だった。
だがそこには、過去の記憶と感情が詰まっていた。
スタンリーはロッカーへ歩み寄り、中から何かを取り出す。
その手つきには、懐かしさと覚悟が混ざっていた。
バニングはそれ以上、何も聞かなかった。
スタンリーは静かに装着を始める。
パーツが接続されるたび、乾いた金属音が室内に響いた。
その音とともに、彼の背に静かな“重み”が加わっていく。
***
ヴィクターとスタンリーの足音が遠ざかっていく。
それを見送ったあと、バニングはゆっくりと椅子へ腰を下ろし、目の前のホログラムを睨みつけていた。
画面の中では、ツェアビルド2体とアリウスが、カイルを挟み込むように攻撃を仕掛けている。
「……あれが、“2体目”だと?」
低く呟いた声に、隣に立つマルコムが静かに応じた。
「ああ。ツェアビルドは、もともと“分裂”や“進化”の兆候を持つ存在だ」
バニングが目を細める。
「……進化、か」
マルコムは頷き、淡々と続けた。
「人格と存在が歪みによって再構築される際、“構成不安定領域”が複数へ分岐することがある。
一つの存在が、複数の形へ変容する――そういう意味での進化だ」
一拍置き、マルコムはホログラムの影へ視線を移した。
「だが通常、その過程は極めて不安定だ。形を得る前に崩壊する。
ツェアビルドのような存在が、“同時に2体”として実体化することは、本来あり得ないはずだった」
「……はずだったんだが、今回は違う」
バニングは顎に手を当てたまま尋ねる。
「何が違った?」
マルコムは短く息を整え、静かに答えた。
「カイルとアリウス――“本来なら交わらないはずの並行存在”が、同じ空間に同時に存在した。
その干渉が歪みの構造を変化させ、ツェアビルドの不安定な分裂を“安定化”させてしまった可能性がある」
「つまり……?」
「おそらく、2体同時に存在できたのは、“2人が揃っていた”ことが引き金になった。
同一性と分岐の矛盾。それが歪みを強化し、構成の均衡を保ってしまったんだ」
バニングは低く息を吐いた。
「……皮肉な話だな。あの2人が揃ったからこそ、あれが完成したのか」
マルコムはわずかに目を伏せる。
「それだけじゃない。アリウスが操られた理由も、そこにある」
「……?」
「アリウスは、“かつてアカネを救えなかった”という記憶を背負っている。
あの世界で、彼は何もできなかった。何も救えなかった。
――だから、世界そのものに対して、無意識のうちに絶望を抱いていた」
マルコムの声は静かだった。
責める響きはなく、ただ事実を置くような口調だった。
「その“芯”のような傷に、ツェアビルドが精神干渉で触れたんだ。
あいつは、相手の弱さを嗅ぎつけ、内部から浸食する能力を持っている」
バニングの拳が、膝の上で静かに握られた。
「……操られたのか、あいつは」
「ああ。正確には、“囁かれた”に近いかもしれないな。
――お前は無力だった。何も変えられなかった。あの時と同じように、と」
ホログラムの中では、カイルと対峙するアリウスの動きが映っている。
どこかぎこちない、迷いを含んだ動きだった。
バニングはそれを見据えたまま、重く呟く。
「……なら、立ち直らせるしかないな。力ずくでも」
マルコムは答えなかった。
ただ黙ったまま、ホログラムの戦場を見つめ続けていた。
CH3
-アシュフォード研究所屋上-
鋭い斬撃が、風を裂いた。
カイルはTSRを構えて受け止める。
だが衝撃は容赦なく腕を打ち、指先の感覚が少しずつ鈍くなっていく。
「ぐっ……!」
一歩、また一歩と押し込まれる。
アリウスの動きは鋭く、無駄がなかった。
こちらの癖を知り尽くしているかのように、絶妙な間合いで踏み込み、崩しを仕掛けてくる。
「くそっ……!」
反撃へ移ろうとした瞬間、ツェアビルドの1体が横から割り込んできた。
もう1体は背後へ回り込み、三方向から攻撃が畳みかけられる。
「アリウス……! 目を覚ませって!」
叫びは届かない。
その目に宿るのは、迷いを削ぎ落とした冷たい光だった。
カイルは本能的に理解する。あれはもう、かつてのアリウスではない。
TSRを交えるたび、カイルの戦意が揺らいだ。
その躊躇いが、わずかな遅れを生む。
そしてその遅れを、アリウスは正確に突いてきた。
TSRの鍔が弾かれ、体勢が崩れる。
その隙を逃さず、もう1体のツェアビルドが迫った。
「っ、ち……!」
カイルは咄嗟に身を捻って回避する。
だが肩を掠めた衝撃が、背中まで突き抜けた。
息が上がる。
視界が揺れる。
アリウスの一撃は、もはや技術というより執念だった。
「アリウス、お前……なんで……!」
必死の問いは、風の中へ消える。
ツェアビルドが跳びかかる。
カイルは避ける。
もう1体が回り込む。
それを受け止める。
その隙を突き、アリウスの蹴りが腹部を貫いた。
「がっ……!」
衝撃が腹から背へ抜ける。
カイルの体が仰け反り、足元が崩れた。
「下がれ、カイル!」
頭上から、冷静で力強い声が落ちた。
直後、風を裂く音が響く。
蒼い閃光が落雷のように地面へ叩きつけられた。
ツェアビルドの1体が反応するより早く、衝撃が肩を弾き、黒い影を数メートル後方へ吹き飛ばす。
カイルが振り返る。
そこに立っていたのは――
「ヴィクター……!」
黒い戦闘スーツ。
左腕には機械装甲が巻きつき、その隙間から蒼白い光が漏れていた。
螺旋状の光が脈動し、腕を振るうたびに空気が高周波で震える。
「リミッター、演算系のみ120パーセント。制限時間は……10分だ」
淡々と告げる声だった。
その言葉に、カイルは確かな信頼を感じ取る。
「了解!」
再びTSRを構えたカイルの顔に、わずかな安堵が浮かんだ。
そのときだった。
ドォン……。
屋上の非常扉が、重い音を立てて開いた。
一瞬、戦場の空気が止まる。
金属が床を叩く音。
カツ、カツ、と規則的な足音が近づいてくる。
現れたのは、丸みを帯びた体型に黒と銀の装甲をまとった人物だった。
誰もが息を呑む。
「……スタンリー?」
カイルが思わず呟いた。
黒と銀のフレーム。
背部には、冷却管と連動したユニット。
それは、殉職した相棒――メイソンがかつて装着していた装備だった。
情報解析官。
デスクワークの要。
そのスタンリーが今、重厚なパワースーツをまとい、戦場へ現れていた。
彼は無言でヘルメットのバイザーを下ろす。
光のラインが、視界を走った。
そして、口元をわずかに引き締める。
「これで……3対3だな」
低く、確かな声だった。
***
鋭く交差する紅と蒼のTSR。
カイルとアリウスの戦いは、まるで鏡合わせだった。
振るわれたTSRが軌道を描いて擦れ合い、火花が夕闇へ散る。
だが、劣勢なのは明らかにカイルだった。
アリウスの動きには、一切の無駄がない。
構えも、踏み込みも、先を読んでいるかのように最短の動作で仕掛けてくる。
カイルは斬撃を受け流しながら、荒く息を吐いた。
(やばい……このままだと、削られるだけだ……)
その瞬間、脳裏に声が蘇る。
「相手を読むときは、“動き”じゃなく、“動機”を読め」
かつてアリウスが、訓練中に言った言葉だった。
(動機……そうか)
目の前のアリウスは、敵として襲いかかってくる。
それでも、この言葉を教えたのは紛れもなく彼自身だった。
皮肉にも、いまその言葉を胸に刻みながら、カイルは彼と戦っている。
(お前の“動機”は……アカネを救えなかった後悔……。その絶望に、まだ囚われてる)
カイルは拳を握り直した。
TSRを構えたまま、わずかに姿勢を落とす。
動きを読むのではない。心を読む。
「お前は……まだ、あの時に立ち止まってるんだな」
アリウスの目が、一瞬だけ見開かれた。
だがすぐに感情を押し殺し、鋭い突きを放ってくる。
カイルはTSRで弾き返し、そのまま間合いへ踏み込んだ。
腰を捻って体勢を崩し、右足で膝を蹴り落とす。
「……なら、俺が止めてやる」
息を吐き、まっすぐに言い放つ。
「今度こそ、“お前”を救うために!」




