第2部 第14話「Parallel Drift(1)」後編
「だが――直感に寄りかかる分、戦闘では“一歩先”までしか読めない」
「……なるほどな」
「対して俺は、“勘”のほうが強い。
似ているようで違う。俺は過去の経験と観察から、無意識に“最適解”を選ぶ。
だから三手、四手先が見える」
カイルは眉を寄せた。
「同じDNAなのに、そこまで変わるのか」
「脳は、生き方で形が変わる。
――お前は“意味”を掴む。
俺は“結果”を読む。
ただ、それだけだ」
アリウスは息を吐き、わずかに口元を緩める。
「……だが、“核心までの速さ”はお前のほうが上だ。
直感の鋭さだけは、俺でも真似できない。それが、お前の強さだ」
沈黙が落ちる。
カイルは照れくさそうに頭をかいた。
アリウスは何事もなかったかのように視線を前へ戻し、再び構えを取る。
カイルは視線を逸らしてから
「……アリウス」
「まだ何かあるのか」
「その“経験”ってやつ。
どこから来た? 俺と違う人生を送ったってだけじゃ、説明がつかない」
アリウスは、わずかに目を伏せた。
「……そうだな」
短く息を吐き、手にしていたTSRを床へ置く。
「休憩にしよう。
──ちょうどいい。この世界に来る前、俺がどんな旅をしてきたか……話しておくか」
声音に、遠い色が混じる。
訓練場の空気が静まり返った。
そして、言葉がゆっくり落ちる。
「……俺は、一度すべてを失った。そのあと、世界を越えた」
アリウスの視線は、ここではないどこかを見ていた。
***
「まず……お前はどこでトンファーを習った?」
カイルはTSRを肩に担ぎ、答える。
「高校卒業してゴーストに入ってからの2年間だ。シナプス教官に叩き込まれた。今は引退してるけどな。そのあとは独学だ」
「そうか。……俺もシナプス教官に習った。半年だけだが」
「半年?」
驚きが、そのまま声に出る。
「ああ。……その前に、何か武道はやっていたのか?」
「いや、何も。ケンカすらまともにしたことない」
「そうか」
アリウスはTSRを軽く回し、続ける。
「俺は高校3年のとき、八極拳を習っていた」
「八極拳? 誰に?」
「ロイクだ」
一瞬、沈黙。
カイルの目が大きく開く。
「……ロイク? あの機械技師が?」
「俺の世界では違った。機械技師ではなく、八極拳の使い手だった。
犯手や擒拿も混じっている、と言っていたな」
カイルは、開いた口をすぐに閉じられない。
アリウスは、感情を挟まずに続けた。
CH2
-8年前、アリウスの世界-
「高校3年の頃だ。
理由なんてなかった。ただ、身体を動かしていると落ち着いた。
気づけば、近所のおっちゃん――ロイクに姿勢を直されていた。
そのまま1年。いつの間にか稽古になっていた」
「……自然すぎないか、それ」
「自然だからいい。そういう出会いはな」
アリウスは淡々と続ける。
「あと、アカネとは高校1年の頃から付き合っていた」
カイルが素っ頓狂な声を上げた。
「……え!? マジで!?」
「事実だ。……俺のほうが情熱的だったようだな」
カイルは口を尖らせ、そっぽを向く。
耳まで赤い。
アリウスは意に介さず、遠くへ視線を向けた。
「高校の3年間は……充実していた。
アカネと過ごす時間は楽しかったし、
ロイクにしごかれて、毎日、身体が変わっていくのが分かった」
言葉は静かに落ちていく。
「そして――父親が開発した人格移植装置を悪用する連中を、どうしても許せなかった。
だから卒業後はゴーストに入った。……そこは、お前と同じだ」
カイルは静かに頷く。
横顔に、どこか誇らしさが滲む。
「俺たちは……父さんを尊敬してたんだな。どの世界でも」
アリウスの目が、わずかに和らぐ。
「アカネは飛び級で18歳で大学を卒業し、CIARへの就職が決まっていた。
……そこも同じだろ」
再び、カイルが頷く。
だが次の瞬間、アリウスの視線に影が差した。
「――だが。
運命のあの日が……俺の人生を変えた」
訓練場を、ひとすじの風が吹き抜けた。
CH3
-7年前、アリウスの世界-
アリウスは短く息を吐き、訓練室の壁に背を預けた。
目を閉じた瞬間、あの日の匂いが蘇る。
薬品の刺激臭。焼けた金属の甘い匂い。――そして、血の匂い。
「……あの日、俺はCIARにいた。
ゴーストの新人研修で、人格移植装置の実地講習を受けていた」
淡い照明が、その声に影を落とす。
「講義は午後からだった。
アカネが“見学に来い”と言ってな。
当時のCIARは今よりずっと明るかった。……あいつは、毎日未来を作るみたいな顔で歩いていた」
まぶたの裏に、柔らかく笑うアカネの姿が浮かぶ。
その淡さが、胸の奥を鋭く刺した。
「……火災が起きたのは、講習開始から20分後だ」
爆音。
床が跳ね、天井が震え、照明が瞬き、警報が耳を刺す。
白煙が廊下を押し流し、焦熱が皮膚に触れた。
「出火場所が分からなかった。
煙が濃すぎた。……俺はまず、状況を判断しようとした」
研修生として当然の思考。
火災規模、避難経路、残存人員。
頭の中でチェック項目が高速で巡る。
「だが、その数秒が命取りになった」
廊下は赤く照らされ、床には亀裂が走る。
施設全体が軋むような音を立てていた。
処置室の前に辿り着いたとき――
白衣の影が視界に入った。
「……倒れていた。
手を伸ばせば届く距離に、アカネが……横たわっていた」
顔までは見えない。
ただ、白衣の袖が炎の明滅に合わせて揺れている。
息が止まる。
反射的に一歩踏み出した。
その瞬間――
天井が悲鳴を上げ、巨大な配管とコンクリート片が処置室の入口を塞いだ。
轟音。
火花。
熱風が頬を裂く。
「……塞がれた。
あの瞬間、俺は……アカネの元へ行けなかった」
瓦礫を拳で叩いても、蹴っても動かない。
炎は広がり、煙は黒く濃くなる。
肺が焼けるように熱い。
「叫んでも……返事はなかった」
アリウスは、あの日と同じように拳を握る。
その手が、わずかに震えた。
「……もしあのとき、“判断”じゃなく反射で走っていたら……間に合ったかもしれない」
ゆっくりと顔を上げる。
そこにあるのは、後悔よりも、焼け焦げたような静かな色だった。
「お前は違ったんだな、カイル。
お前は……迷わなかった。
その一瞬の差が、世界を分けた」
訓練場に、風が通り抜ける。
「……これが“あの日”の話だ」
アリウスは目を閉じた。
「数日後、アカネの葬式があった。だが俺は行かなかった。
いや、正確には――行けなかった。
アカネと二度と会えないなんて、認めたくなかった。
…………今思えば、子供みたいだったと思う」
カイルは何も言わず、ただ視線を落とす。
「そのあと、ふらっとロイクのところに立ち寄った」




