第2部 第14話「Parallel Drift(1)」前編
CH1
-アシュフォード研究所1階会議室/ゴースト本部各所-
作戦会議が終わると、研究所内は一気に慌ただしさを増した。
静まり返っていた廊下に、足音と金属音が絶え間なく響く。
全員が、それぞれの持ち場へ散っていった。
スタンリーはゴースト本部の倉庫奥で、黙々と整備を進めていた。
油と金属の匂いが漂う中、古びた作業台の上で工具を操る。
細かな動きと、時折響く低い金属音。
その手つきは、長年連れ添った相棒を扱うように迷いがない。
表情の真剣さが、すべてを物語っていた。
ニーナは本部の別室でケースを開き、静かに手入れを始める。
金属が擦れる軽い音と、油の匂いだけが室内を満たす。
動きに迷いはない。
だが、その瞳には消えない決意と哀しみが宿っていた。
何を用意しているのか、彼女は誰にも告げない。
ただ背中だけが、戦いへの覚悟を語っている。
マルコム、満男、ロイク、そしてアカネはTSR整備室に集まっていた。
「ECHO Driveの搭載は微調整が命だ。共鳴波の位相がずれれば、発動は不安定になる」
満男が計測器を覗き込み、数値を読み上げる。
ロイクはケーブルを繋ぎながら肩をすくめた。
「やれやれ。ミラージュに協力させるなんてな。10年前の俺じゃ考えられなかったぜ」
マルコムは小さく頷きながら配線を束ねる。
無駄のない手つきだった。
アカネはカイルのTSRの前に立ち、小型の補助装置を慎重に取り付けている。
「これで神経リンクの負担は少し軽くなるはず。でも……結局はあなた次第だから」
「……ありがとう」
カイルは短く答えた。
バニングはホログラム地図の前に立ち、各チームの配置を指示する。
「監視班は満男のネットワークと連携。退路は北西側を優先、遮蔽物のある地点で合流だ。
カイルとアリウスが動いている間、我々は絶対にその背中を守る」
鋭い視線が全員を射抜く。
その一言で、場の空気がわずかに引き締まった。
***
訓練1日目。
訓練室中央に、無骨な灰色の第4世代TSRが2本並ぶ。
カイルとアリウスはそれぞれ装着し、ゆっくりと動きを確かめた。
第3世代の紅や蒼の輝きはない。
稼働ランプの淡い白光だけが脈打っている。
「……地味だな」
アリウスが肩を回しながら呟く。
「本番用は改造中だ。文句を言うな」
ヴィクターが腕を組み、睨んだ。
2人が向き合い、同時に踏み込む。
カイルがフェイントを入れ、アリウスが背後へ回り込む――はずだった。
動きがわずかにずれ、互いの肩がぶつかる。
「おい」
アリウスが眉をひそめる。
「悪い、タイミングが――」
言い終える前に、ヴィクターの怒声が飛んだ。
「お前ら、カップルのダンスじゃない! 間合いを詰めるなら殺す気で行け!」
「はい!」
2人は同時に返事をし、再び構える。
今度は動きが噛み合った。
交差した瞬間、訓練用ターゲットが粉砕される。
「そうだ。その感覚を忘れるな」
ヴィクターの口元が、わずかに緩んだ。
***
訓練2日目。
訓練室の照明が、ゆっくりと通常モードへ戻る。
壁面ディスプレイには「クロスレゾナンス同期率 99.2%」の文字が静かに点滅していた。
「……いい調子だな。昨日より、ずっと噛み合ってる」
カイルが短く言う。
隣でアリウスも装備を外し、深く息を吐いた。
今日はヴィクターが右腕の調整で不在だ。
見張りも茶々もない。訓練室には、静かな空気が流れている。
汗の滲んだシャツを軽く絞り、カイルが扉へ向かおうとした、そのとき――
「……カイル」
背後から、アリウスの声が落ちた。
「ん?」
振り返ると、アリウスは訓練室中央に立ったまま、目だけで合図する。
「少し、話がある」
カイルはわずかに首を傾げながら戻った。
アリウスは片手にTSRを持っている。
「……“話”ってのは?」
「お前の戦い方だ。真っ直ぐすぎて、見てられない」
不意を突かれたように、カイルの眉が上がる。
「なんだよ、今さら。前だって――」
「前は呼吸を合わせただけだ。クロスレゾナンスが機能することと、戦場で生き残ることは別問題だ」
アリウスはTSRの柄を軽く回し、視線だけを向けた。
「……今から少し付き合え。俺のやり方を教えてやる」
一瞬の躊躇。
だがカイルは何も言わず、TSRを手に取る。
「わかったよ。“俺を殺そうとした男”に教わるのも、悪くない」
アリウスの目が、わずかに細まった。
「違う。教えるのは――“俺を殺すための動き”だ」
そう言って、間合いを一歩詰める。
構えに、かつての敵意はない。
あるのは、静かな意志だけ。
訓練室に、再び緊張が満ちる。
この時間だけは、誰の目もなく、誰の命令もない。
ただ――2人だけの戦いが、静かに始まろうとしていた。
***
訓練室に、TSRが硬質な音を立ててぶつかる。
カイルの一撃は鋭く、速い。だが、どこか一本調子だった。
「……止まれ」
低い声が響く。
カイルは息を切らしながら構えを解く。
「何が悪い?」
「最悪だ」
即答だった。
アリウスはゆっくりと間合いを詰め、TSRを構える。
「お前は攻撃の“順番”しか見ていない。右に来た、次は左――そんな予測に頼っている限り、いつか死ぬ」
「……じゃあ、どう読めってんだ」
「“先の先”だ。相手が“なぜ”そう動いたのかを考えろ。理由が分かれば、次の三手が見える」
アリウスのTSRが素早く振るわれる。
カイルが反射的に受けた瞬間、アリウスは半歩ずらし、背後へ回った。
「今、なぜこの軌道で来た?」
「……俺の右足が重心だった。左が空いてたから……」
「そうだ。身体の“情報”は隠せない。だから読むのは“動き”じゃない。“動機”だ」
アリウスはTSRを下ろし、床に指で円を描く。
「お前の視界は正面だけだ。だが戦場では、敵は横にも後ろにもいる。
視界の外に、命を奪う刃がある。それを感じ取れ。
肩の傾き、足の向き、呼吸の乱れ……全部が次の行動の兆しだ」
カイルはゆっくり息を吐く。
TSRの柄を握る手に、自然と力がこもった。
「……そんなの、全部意識できるかよ」
「最初は無理だ。だが慣れれば、“視界の外”が見えてくる」
アリウスは一歩引き、再び構える。
「――もう一度だ。“俺を殺すつもりで”来い」
カイルの目が細まる。
「……言ったな」
カイルが踏み込む。
TSR同士が交差し、火花が散った。
今度の一撃には、わずかな“溜め”と“捻じれ”がある。
アリウスの目が細まった。
「……そうだ。それでいい」
***
訓練3日目。
静かな特訓は、途切れることなく続いていた。
アリウスの横薙ぎを、カイルは咄嗟に受け止める。
だが受けた瞬間、アリウスの膝が軌道へ割り込み、胴を鋭く蹴り抜いた。
カイルは床を転がる。
「……まだまだだな」
「……くっ」
歯を食いしばるカイルへ、アリウスは表情を変えずに言う。
「そこは“受ける”な。“流す”か“避ける”だ。
受ければ、次の攻撃に繋がらない」
カイルは呼吸を整えながら、視線を上げた。
「……アリウス」
「なんだ」
「お前は……なんでそんなに強いんだ?同じDNAなのに、差がありすぎる」
アリウスは一瞬だけ視線を逸らし、淡々と答える。
「……まず、“感じ方”が違う」
「感じ方?」
「ああ。正確には、“頭の使い方”だ」
TSRを軽く下げ、続ける。
「お前は直感が異常に鋭い。数字は壊滅的だが、理屈を飛び越えて核心を掴む」
「褒めてるのか、それ」
「事実だ。
お前は一瞬で“意味”を読む。その力がこれまで何度も事件を解決に導いてきた」
アリウスは、まっすぐカイルを見る。




