第2部 第13話「真実(2)」後編
CH3
-アシュフォード研究所1階ロビー-
研究所のロビーは、夜の静けさに包まれていた。
天井の照明は半分だけが灯り、窓の外では街灯が淡く光を滲ませている。
遠い廊下から機器の稼働音がかすかに響く以外、この場所に動きはなかった。
ソファに腰を下ろしたカイルは、背もたれにもたれず、両肘を膝に置いたまま深くうつむいている。
思考の奥で、ノアの姿と、黒い靄に包まれた人々の表情が何度も浮かんでは消えた。
胸の奥に、鈍い重みが沈んでいる。
「……大丈夫?」
柔らかな声が、静けさを揺らした。
顔を上げると、アカネが隣に腰を下ろしていた。
近すぎず、しかし確かに寄り添う距離。
「……大丈夫だ」
そう答えながら、自分でも空虚な響きだと分かっていた。
アカネは小さく息を吐く。
「……大丈夫って言うときは、本当は大丈夫じゃないよね」
視線を横へ流し、彼の横顔を見る。
「大丈夫じゃないときくらい、大丈夫じゃないって言って。……私がそばにいるから」
カイルは黙り込む。
長い沈黙。
視線を落とし、指先で手のひらを押さえるように握った。
「……そうだな。……大丈夫じゃない」
かすれた声が、ようやく本音を連れてくる。
「ノアはツェアビルドに殺された。多くの一般人も犠牲になった……。
俺がこの世界に来なければ、誰も死ななかった」
アカネは否定も肯定もせず、ただ彼を見つめる。
「それに……20年前にアカネを守ったのは俺じゃない。……違う俺だ」
アカネは小さく目を見開いた。
その瞳に、遠い記憶が滲む。
「……あの日、あなたは私を庇ってくれた。
私は、その目も、呼吸も、忘れたことがなかった。
でも、奇跡的に生きているって聞いて……本当に嬉しかった」
「……でも、それは俺じゃない。俺には、その記憶がない」
短い沈黙。
アカネはそっと、彼の膝の上に手を置いた。
「あなたも、もし20年前にテロがあったとしても、私を守ったと思う。
あなたはテロがなかった世界から来ただけで……あなた自身は変わらない」
その言葉が、ゆっくりと胸へ沁み込んでいく。
「それに……7年前の火事では、私を助けてくれた。
それは、あなたと私の真実よ」
カイルは俯いたまま、唇を引き結んだ。
「……あなたは、どうしたいの?」
問いは真っ直ぐだった。
逃げ場はない。だが、温かい。
「……俺は、この世界で生きたい。
生きて……アカネの傍にいたい」
アカネは、ほんの少しだけ微笑む。
「なら……まずは生きないとね」
そう言って、彼の肩に自分の肩をそっと預けた。
ロビーの静けさは変わらない。
だが、カイルの胸に沈んでいた重みは、ほんのわずかに軽くなっていた。
CH4
-アシュフォード研究所1階会議室-
次の日。
長机の中央に、黒い光沢を帯びた2つのTSRが並んでいる。
その傍らには、異様な存在感を放つ装置――ECHO Drive。
マルコム、満男、ロイクの3人が前に立ち、ゴーストの面々が向かい合って座っていた。
マルコムが全員を見渡し、ゆっくりと口を開く。
「これがECHO Driveだ。一度発動すれば、再使用まで5分のチャージが必要になる。必ず一撃で仕留めろ。仕留め損なえば、その5分を耐え切らねばならん」
「分かった」
アリウスが即答する。
迷いのない声。鋼のように響いた。
「了解だ」
隣のカイルも、昨日とは違う鋭い目をしている。
アカネはその変化を見て、胸の奥で小さく息をついた。
ロイクがTSRを指さす。
「アサルトモードの振動ブレードは外す。……どうせ奴には効かん」
軽く笑うが、目は真剣だ。
マルコムが続ける。
「発動時には、2人の神経を共鳴させ、爆発的なエネルギーをTSRに同時出力する。そうすれば――奴を消滅できるはずだ。理論上は、な」
空気が一段と張り詰める。
カイルとアリウスは、短く視線を交わし、無言で頷いた。
ヴィクターが腕を組み、一歩前へ出る。
「よし。この2人の同時攻撃フォーメーションは――“クロスレゾナンス”だ」
短い言葉。
だが、その声音には信頼と決意が宿っている。
場の空気が、わずかに熱を帯びた。
「……なんか中二っぽいな」
スタンリーが小声で呟く。
隣のニーナだけが、くすりと笑った。
アリウスはわずかに口角を上げる。
「悪くない名だ」
カイルはその名を心の中で反芻する。
胸の奥に、小さな火が灯る。
――自分は1人ではない。
マルコムが言う。
「まず、カイルとアリウスのTSRにECHO Driveを私と満男で組み込む。2人はクロスレゾナンスの特訓だ。……だが、それだけでツェアビルドを倒せる保証はない。他の者は戦力になり得る武装を揃えてもらうとありがたい」
全員の顔に、静かな決意が浮かんでいた。
続けて、バニングが口を開く。
「軍の投入をゴースト上層部に打診したが、拒否された。……予想通りだ」
室内にわずかな苦笑が広がる。
「本件は並行世界が絡む案件だ。軍を動かした瞬間、国家はそれを“公式に存在すると認めた”ことになる。政府はそんな前例を作りたくない。
だから――この件はゴーストが内々に処理する」
ヴィクターがため息交じりに言う。
「……要するに、いつものやつですね」
バニングは両手を広げた。
「……そういうことだ。得意だろ?」
小さな笑いが起こる。
だが、その目は誰もが真剣だった。
こうして――
ツェアビルド殲滅作戦が、静かに動き出した。




