第2部 第12話「真実(1)」後編
CH2
-ゴースト本部前-
深夜。
ゴースト本部の車庫には、黒塗りの輸送車が2台、静かに並んでいた。
エンジンの低い唸りが、夜気の中で重く響く。
カイルは装備の最終チェックを終え、ひとつ息を吐いた。
TSRの柄を握る手は、わずかに汗ばんでいる。
少し離れた場所では、アリウスが無言のまま紅いTSRの点検を続けていた。
横顔は鋭く、内に秘めた思考は読み取れない。
「全員、揃ったな」
バニング隊長の低い声が響く。
第1チームの面々、そしてアカネが一歩前へ出た。
アカネは白衣を脱ぎ、軽装の防護ベストに身を包んでいる。
瞳には強い決意が宿っていたが、その奥で揺れるかすかな不安を、カイルは見逃さなかった。
「本当に行くのか?」
問いかけに、アカネは迷いなく頷く。
「行くわ。……私も知るべきなの。マルコム博士が、何を隠しているのか」
ヴィクターは助手席へ乗り込み、左腕で軽くドアを叩いた。
「今回の敵は、姿が見えなくても、すぐそばにいるかもしれない。全員、気を抜くな」
輸送車はゆっくりと車庫を離れ、夜の街へ滑り出した。
街灯の光が窓を流れ、車内に断続的な明暗を刻む。
後部座席で、カイルとアリウスは向かい合って座っていた。
言葉はない。
だが交わる視線の奥で、互いの思惑を静かに探り合っている。
ニーナは無線機を手に周囲の通信を確認し、バニング隊長は地図を見ながら進路を追っていた。
車内には、作戦開始前特有の、張り詰めた静けさが満ちている。
やがてフロントガラスの向こうに、アシュフォード研究所の白い建物が浮かび上がった。
外周では警備ドローンが巡回し、ゲート前ではセキュリティライトが交差している。
稼働中の研究所――その奥には、マルコムがいる。
カイルは窓越しに施設を見据え、無意識にTSRの柄を握り締めた。
隣のアリウスも、同じ仕草をしていることに気づく。
2人の視線は、同じ一点へ。
闇の奥で待つ答えと、避けられぬ対峙へと、静かに向けられていた。
CH3
-アシュフォード研究所-
応接室に足を踏み入れると、深い木目の机と書棚に挟まれるようにして、マルコム・アシュフォードと大塚満男が立っていた。
2人とも、この件のすべてを知る者の顔をしている。
白髪交じりの頭を上げ、ゆっくりと一同を見渡した。
「……よく来たな」
低く、どこか重たい声だった。
「カイル、アカネ……ゴーストの諸君。……それと、君は……」
最後に、その視線がアリウスで止まる。
ヴィクターが一歩前へ出た。
「アリウスです。並行世界から来た――カイル・アシュフォードです」
マルコムは短く息を呑み、目を細める。
「……あぁ。カイルの“同位体”か」
「……同位体。言い得て妙だな」
ヴィクターの口元が、わずかに歪んだ。
その横で、アリウスが一歩前に出る。
「話の前に、確認したいことがある」
「……なんだ」
マルコムの声が、わずかに沈む。
アリウスは右腕の袖をまくり上げた。
露わになった右肩――そこには、古く、深い傷跡が走っていた。
マルコムの目が、一瞬で見開かれる。
言葉はなかった。だが、その反応がすべてを語っていた。
アカネも、何かに気づいたように傷跡を凝視する。
その瞳には、驚きと、説明のつかない既視感が混じっている。
アリウスはその視線を見逃さなかった。
「……この傷に、見覚えはあるか」
数秒の沈黙。
やがてマルコムは重く目を閉じ、深く息を吐いた。
「……ある」
アリウスの表情が、わずかに鋭さを増す。
「前にこの世界へ来たとき、調査した。20年前、プリタスの爆破テロがあったはずだ。
俺は、俺の世界の爆破テロでアカネを庇い……生死の境を彷徨った。
……確認する。カイルに、この傷はあるか?」
カイルは一瞬ためらいながら、首を振った。
「……いや、ない」
「……そうか」
アリウスは短く呟き、すべてを悟ったような表情を見せる。
そして、マルコムへ視線を戻した。
「……黒い影は……20年前の爆破テロと関係があるのか?」
しばしの沈黙。
マルコムは、ゆっくりと頷いた。
その顔には、深い後悔と、長年背負い続けてきた重荷が刻まれている。
「……すべてを話そう」
カイルとアカネは、無言で視線を交わした。
そこには混乱と焦燥が渦巻いている。
何も分からないまま、それでも一歩ずつ、真実の縁へと踏み込んでいくしかなかった。
「満男、引き続き観測を頼む……」
マルコムが、低く言う。
「……あぁ、分かった」
満男が短く応じた。
マルコムの先導で、ゴーストの一行は無言のまま研究所の奥へ進む。
普段は職員しか通らない廊下を抜け、重厚なエレベーターへと乗り込んだ。
扉が閉まり、階数表示のランプが静かに下へ流れていく。
「B1」「B2」……そして「B3」。
カイルもアカネも、この研究所に地下3階が存在することを、初めて知った。
「……ついに、話すときが来たな……」
誰もいなくなった応接室で、満男はモニターを見つめながら、静かに呟いた。
CH4
-アシュフォード研究所地下3階-
「……こんな階層があったのか」
カイルが、小さく呟いた。
アカネは黙って頷き、その視線をマルコムの背中へ向ける。
エレベーターの扉が開くと、冷えた空気と金属の匂いが一気に流れ込んできた。
地下3階。
そこは、幾重にも重ねられたセキュリティゲートに守られた区画だった。
虹彩認証、掌紋スキャン、音声認証。
ひとつ通過するごとに、短い機械音が静寂を刻む。
最後のゲートが開くと、その先に広い部屋が姿を現した。
中央には、廃棄されたパラレルマシンが静かに鎮座している。
外装ケースには埃が積もっているが、その存在感は、今なお失われていなかった。
カイルは、パラレルマシンから視線を外せずにいた。
以前、アリウスが持ち出したパラレルマシンを目にしたときに覚えた“ざわつき”とは、明らかに質が違う。
胸の奥で、何かが静かに噛み合い始めている感覚。
——答えはまだ出ていない。
だが、これが偶然ではないことだけは、はっきりと分かった。
その傍らに、白い墓標がひとつ立っている。
何も刻まれていない、無垢な石の塊。
白い花が、静かに供えられていた。
カイルは歩み寄り、墓標に手を触れる。
「……この墓は……?」
すぐに理解できた。
これは、母の墓ではない。
だが、自分にはマルコム以外に肉親はいないはずだ。
では――誰の……?
背後で、マルコムの低い声が響いた。
「……紹介しよう」
振り返ると、マルコムは白い墓の前に立ち、深い後悔を宿した目で一同を見渡していた。
そして、わずかな間を置き、はっきりと告げる。
「我が息子、カイル・アシュフォードだ」
一瞬、空気が凍りついた。
カイルは息を詰め、耳を疑う。
背後でアカネが小さく息を呑み、ヴィクターは眉をひそめた。
ニーナも目を見開き、アリウスだけが、じっとマルコムを見据えている。
「……息子?」
カイルの声は、かすれていた。
マルコムは視線を墓標から外さず、低く続ける。
「そうだ。この墓には……私の息子が眠っている」
その言葉の奥には、長い年月を背負い続けてきた男の悔恨が、静かに沈んでいた。
***
マルコムは深く息を吸い、吐き出すように語り始めた。
「……20年前、ここアシュフォード研究所で爆破テロが起きた。そこまでは、周知の通りだ」
室内に、重い沈黙が広がる。
アリウスは目を閉じ、わずかに顎を引いて耳を傾ける。
カイルとアカネは視線を交わし、不安を隠せないままマルコムを見つめていた。
ヴィクターは腕を組み、言葉を飲み込むように唇を結んだまま動かない。
バニングは眉間に深い皺を刻み、博士を鋭く見据えている。
ニーナは視線を落とし、落ち着かない様子で指先を組み合わせた。
スタンリーは無表情のまま、しかし一言も逃すまいと耳を澄ませていた。
「そのとき……息子のカイルは、右肩に重傷を負った。すぐに病院へ搬送されたが、出血がひどくてな……」
その言葉に、アリウスの右肩に、かつての疼きが蘇る。
彼は小さく息を吐き、ゆっくりと目を開けた。
「すぐに人格移植の準備を進めた。
だが、術式に入る直前に……カイルは絶命した」
「……テロから2日後だった」
その一言で、室内の空気が凍りついた。誰も、すぐには言葉を返せなかった。
カイルは目を伏せ、肩をわずかに震わせる。
胸の奥に、冷たく重い石が沈んでいくような感覚。
アカネは両手を強く握りしめ、唇を噛んだ。
ニーナは息を詰め、瞬きもせずカイルを見つめている。
マルコムは視線を白い墓へと向けた。
「……そのときの息子が、ここに眠っている。6歳だった……
人生を終えるには、あまりにも短い命だった……」
声はかすれ、頬を伝った涙が、何も刻まれていない白い墓の影に落ちる。
「そして……妻のエレナにも先立たれ、息子にも先立たれ……
途方に暮れた私は、禁忌を犯した。……パラレルマシンを使用した」
「……!」
一同の視線が、一斉に跳ね上がる。
バニングの目が細まり、低い声が漏れた。
「博士……まさか、あなたは――」
その言葉に、カイルの肩がぴくりと動く。
ヴィクターは息を呑み、アカネはカイルの横顔を見つめたまま、身動きが取れなくなっていた。
スタンリーは、これまでで最も険しい視線をマルコムへ向けている。
マルコムは、淡々と続けた。
「……そして、カイルが生きている世界から、この世界へ連れてきた。
……それがお前だ、カイル」
「何だと!」
ヴィクターが声を荒げる。
「……やはりな……」
アリウスが、低く呟いた。
マルコムは、まっすぐにカイルを見据える。
「カイル……お前は、この世界の人間ではない。
爆破テロが起きなかった世界から、私がこの世界へ連れてきた……
パラレルマシンを使ってな」
言葉を失った一同は、ただ沈黙するしかなかった。
次の瞬間――
カイルの拳が震え、押し殺した低い声が漏れる。
「……ふざけるな……勝手に俺を……!」
言葉を継ぐより先に、彼はマルコムへ歩み寄った。
「お前は何様なんだ!」
怒声が、地下室に反響する。
バニングが即座に割って入り、カイルの肩を押さえた。
「落ち着け、カイル!」
ヴィクターも左腕を伸ばし、その進路を塞ぐ。
アカネは息を呑み、視線をカイルとマルコムの間で揺らす。
ニーナは顔を伏せ、震える手で口元を覆った。
それでも、マルコムは視線を逸らさない。
向けられた怒りを、ただ静かに、その身で受け止めていた。




