第2部 第12話「真実(1)」前編
CH1
-市街地外縁部-
「ア……アリウス!」
カイルの声には、驚愕と戸惑いが入り混じっていた。
「話はあとだ。まずは、こいつを片付ける」
低く響く声とともに、紅く脈動するTSRが唸りを上げる。
カイルも蒼く光るTSRを構えた。
蒼と紅――
二振りのTSRが、同時に黒い影へ突進する。
影は咆哮にも似た音を上げ、両腕から靄を噴き出して迎え撃つ。
だがカイルは一歩引き、TSRを構えたまま右へ大きく回り込んだ。
影の視線がわずかにそちらへ流れた、その瞬間――
死角から、アリウスが疾風のように踏み込む。
紅いTSRが袈裟懸けに走り、影の胴を大きく裂いた。
黒い靄が爆ぜ、夜闇に散る。
「フェイントか……悪くない」
アリウスの口元が、わずかに吊り上がる。
次の瞬間、影が猛然とカイルへ突進した。
漆黒の腕が振り下ろされる――
その刹那、アリウスが割り込み、両手で紅いTSRを横に構える。
衝撃を真正面から受け止め、金属を削るような甲高い音が弾けた。
「今だ!」
その声に、カイルは迷わず踏み込む。
蒼いTSRを、影の胸元へ突き立てた。
手応えは軽い。
靄が裂け、再び夜気へ散っていく。
それでも影は退かず、2人へ同時に攻撃を仕掛けてきた。
カイルは一撃を紙一重でかわし、背中越しにアリウスと位置を入れ替える。
入れ替わった瞬間、アリウスのTSRが背後から影の側面を薙ぎ、
カイルが反転し、正面から斬り上げた。
呼吸は、言葉を介さずに繋がっていた。
高速で振るわれる影の打撃に対し、2人は互いの死角を補い合いながら反撃を重ねる。
TSRが交差するたび、蒼と紅の光が夜闇に弧を描き、火花が雨のように散った。
最後の一合。
カイルとアリウスは、無言のまま目を合わせる。
同時に地を蹴り、左右から挟み込む。
右から蒼い閃光。
左から紅い閃光。
2本のTSRが影の中心で交差した瞬間、爆発的な衝撃が走った。
黒い影は激しく靄を撒き散らしながら後退し、その輪郭はみるみる崩れていく。
耳をつんざく残響とともに、影は煙のように消え去った。
夜の街に、ようやく静寂が戻る。
2人のTSRからは、なお微かに熱を帯びた光が、静かに揺らめいていた。
***
黒い影が煙のように掻き消え、戦場には硝煙と焦げた鉄の匂いだけが残った。
アリウスが紅いTSRを下ろす。
カイルは肩で息をしながら、その姿を見つめた。
「……アリウス、お前……」
「話は後だ。お前、今――」
だが、カイルは首を振る。
「……待ってくれ。ノアの安全を、確認したい」
あの一撃を受けた状況で、望みが薄いことは分かっている。
それでも――確かめずには、前に進めなかった。
瓦礫を避け、カイルは駆け出した。
ビルの屋上に辿り着く。
そこに横たわっていたのは、全身を砕かれたノアだった。
足元には転がったライフルと、砕け散ったスコープの破片。
「ノア……」
駆け寄り、肩へ手を伸ばす。
だが、触れる寸前で指が止まった。
近づいた瞬間、伝わるはずの温もりが、ほとんど感じられない。
その事実が、遅れて理解として胸に落ちてくる。
「……起きろ、ノア。冗談だろ……」
揺さぶることはできなかった。
名を呼ぶ声だけが、硝煙の残る屋上に虚しく落ちる。
背後から、アリウスが追いつく。
「……カイル。ノアは――」
「五月蝿い!」
振り返りざまに怒鳴りつける。
再びノアへ向き直り、声を振り絞った。
「ノア、起きろ!」
そのとき、階段を駆け上がる足音が響く。
現れたのは、ニーナだった。
「カイル?……ノアは? 兄さんは?」
少し遅れて、ヴィクターも駆け寄る。
「救護班! こっちだ! 急げ!」
無線の呼び出しとともに、救護員がノアの傍らへ膝をつく。
脈を取り、瞳孔を確認する――わずか数秒の静寂。
「……残念ですが……もう……」
「いいから、病院だ! まだ間に合う!」
カイルは救護員の腕を掴み、必死に言葉を絞り出した。
「カイル!」
ニーナの叫びが夜気を裂き、場の空気が一瞬で凍りつく。
「兄さんは……もう……」
大粒の涙が、ニーナの頬を伝って落ちた。
カイルは言葉を失い、握り締めた拳を震わせる。
「くっ……何で……何でだ……ノアーーー!」
その叫びは、戦場に残された者すべての胸を締め付け、
重く沈んだ悲しみが、静かに一同を包み込んだ。
***
ノアの亡骸は静かに搬送され、戦場の片隅に残っていた硝煙の匂いも、次第に冷たい夜風へと溶けていった。
張り詰めていた空気が、ようやく緩み始める。
その中で、カイルは深く息を吐き、隣に立つアリウスへ視線を向けた。
「……アリウス。お前、どうしてここにいる」
呼吸を整えながら、静かに問う。
アリウスは一瞬だけ目を伏せ、肩をすくめた。
「……なんとなくだ。この世界が気になってな。パラレルマシンを再起動して来てみた。
……そしたら、お前が妙な敵と死闘を繰り広げていた、というわけだ」
「……助かった。本当に、ありがとう」
戸惑いと安堵が混じった声だった。
アリウスは、わずかに口元を緩めた。
「借りがあるからな……いや、それより」
カイルは息を呑み、視線を落とす。
「……あぁ。あいつは、何だったんだ」
アリウスは一拍置き、深く息を吐いた。
「分からん。……だが、一つ分かったことがある」
「何だ」
「あいつと闘ったとき、TSRから妙な感覚があった」
カイルも頷く。
「そう言えば……あったな。いつもと違う感覚。
ざわつくような……神経を撫でられるような感じだ」
「同感だ。……おそらく、TSRの神経共鳴と反応していた」
「神経共鳴……」
カイルは眉を寄せる。
アリウスは静かに続けた。
「奴は物理を無視していた。だが、TSRだけは何かに触れていた。
あれは偶然じゃない」
短い沈黙。
「……多分だが」
「思い当たるフシがあるのか」
カイルの声が低くなる。
「あぁ。俺の勘が正しければ……」
夜の闇の中、アリウスの瞳が鋭く光った。
「……マルコムは、何か察している」
「……親父が? 何故?」
予想外の名に、胸の奥がざわつく。
アリウスは静かに答えた。
「……俺は今まで、2500を超える世界を見てきた。
だが、この世界のお前だけは辻褄が合わない。
本来あるはずの痕跡がなく、それでもお前はここにいる。そのうえ、あの黒い影だ。
……こんな世界は初めてだ」
「……」
カイルは黙り込んだ。
「……ゴーストのメンバーと、アカネを連れて、アシュフォード研究所へ行く」
「……アカネもか?」
思わず問い返す。
アリウスは頷いた。
「アカネも、一端を知っている可能性がある」
「なぜだ」
「20年前の爆破テロ……おそらく、あの事件が発端だ」
「……?」
カイルは言葉を失う。
アカネが何かを知っている。
その可能性が、胸の奥に複雑な波紋を広げていった。
遠くでサイレンが鳴り、夜風が2人の間を静かに通り過ぎる。
戦場の余韻は、すでに次の嵐の予兆へと姿を変えつつあった。




