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I, Another ―目の前に、俺と同じ顔の男がいる―  作者: Akatsuki.S


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第2部 第9話「死闘、タラスク(1)」後編

***


タラスクが、ふっと動きを止めた。


その瞳が――再び変わる。

先ほどの跳ねるような狂気でも、獣じみた残忍さでもない。

冷え切った殺気を宿した、研ぎ澄まされた眼差し。


次の瞬間、巨体が静かに構えを取った。


「……空手か」


ヴィクターが低く呟く。


確かに見覚えのある構えだった。

だが、そこに置かれた“間合い”と“重心”は、先ほどとは決定的に違う。


タラスクが踏み込む。

一撃一撃が正確で、無駄がない。

まるで別人が演武しているかのような、完成された動きだった。


「……あれ? おかしい……」


カイルは目を細めながら後退し、TSRで一撃を弾く。

その直後、何かに気づいたように呟いた。


「……間合いと戦い方が、空手とカポエイラでまるで違う!」


「何を言っている。

 こいつは空手とカポエイラを使うんだろう?」


ヴィクターの言葉に、カイルははっきりと首を振った。


「違う。本当に両方を修めた格闘家なら、技は融合される。

 カポエイラの蹴りにも、空手の直線的な理が混ざるはずだ。

 でも、こいつはそうじゃない」


一拍置き、言い切る。


「融合していない――“切り替わってる”」


「……まさか」


ヴィクターの瞳に、驚愕と怒りが同時に灯った。


「……そういうことか。

 二つの人格を合成したのか……ヴァイル!」


その名を呼ぶ声には、抑えきれない怒気が滲んでいた。


同時に、戦闘の様子をモニター越しに眺めていたヴァイルが、

口元を歪め、ニタリと笑う。


まるで、掌の上で踊る人形たちを見下ろすかのように。


***


炸裂する衝撃波。

鉄骨をへし折るような拳が、紙一重でカイルの頬をかすめた。


「ちっ……やっぱり、一撃が重すぎる……!」


カイルは地を蹴り、滑るように後退する。

その間にもタラスクは構えを切り替え、体重を乗せた踏み込みとともに、空手の教本をなぞるかのような直線的な突きを放った。


だが、その動きは数秒前のものとは明らかに違っていた。


「――どういうことだ、ヴィクター!」


一瞬の間隙を突いて、カイルが叫ぶ。


「通常の人格移植では、一つの肉体に一つの人格。

 多重人格を除けば、それが大原則だ」


ヴィクターは身を翻し、タラスクの蹴りを紙一重でかわしながら、言葉を継いだ。


「だが、こいつは違う。

 おそらく人格移植装置を改造し、一つの肉体に“二つ”の人格を同時に移植している」


「二つも……同時に!?」


「だから人格が切り替わるたびに、間合いも構えも、戦い方も別物になる。

 あれは――主導権を奪い合う“2人の戦士”だ!」


カイルは眼前の巨躯を睨み据えた。

今は空手。直線的で、隙のない攻撃。

だが次の瞬間には、動きが流麗に変わり、舞うようなカポエイラへと移行する。


「……だが!」


カイルが強く言い切った。


「タネが分かれば――!」


「どうということはない!」


ヴィクターの声が重なる。

その瞳には、冷静さと闘志が同時に燃えていた。


次の瞬間、ヴィクターのTSRがタラスクの足元を切り裂く。

体勢を崩したその刹那、カイルの蒼く輝くTSRが踊った。


動きを読む。

癖を見抜く。

構えが変わる、その“瞬間”を狙う――。


混戦の中で、2人の連携は次第に冴えを増していく。


――タラスク。

人格が切り替わるたびに強さが変わるなら、その切り替えの一瞬こそが、最大の隙となる。


だが。


その理解を嘲笑うかのように、タラスクの背筋が再び硬直し――

ゆっくりと顔を上げた。


その瞳には、これまでとは異なる、

禍々しく、底知れぬ“光”が宿っていた。


「……やれ」


実験室のガラス越しに、ヴァイルが小さく呟いた。

傍らの研究員が無言で端末に触れ、スイッチを押す。


その瞬間、タラスクの動きが止まった。

まるで、命の糸を一度断ち切られたかのように。


だが沈黙は、ほんの刹那だった。


次の瞬間、タラスクはゆっくりと顔を上げる。

その眼には、先ほどまでとは質の異なる、冷え切った光が宿っていた。

立ち上がり方、重心の置き所、構え――

空手でも、カポエイラでもない。


「……構えが、変わった……?」


ヴィクターが一歩踏み出しかけた、その瞬間。


タラスクが虚を突くように踏み込み、

目にも留まらぬ速さでヴィクターの右腕を捉えた。


「ッ……!」


鈍く、低い音。

関節が、正確に極められる。


「……今の動きは……空手でも、カポエイラでもない……

 この極め方……シラットか!」


驚愕の中で、ヴィクターが叫ぶ。


だが、その言葉を合図にしたかのように、

タラスクはさらに右腕を捻り上げた。


バキィィ――


鈍く、重い音が、戦場に響き渡る。


「ぐっ……!」


ヴィクターの顔が歪み、膝が床に落ちた。


「ヴィクター!!」


カイルの叫びが反響する。

視界に映るのは、右腕を垂れ下げたままのヴィクターと、

無表情のまま次の動作へ移ろうとするタラスクの姿。


その構えは、さらに異様さを増していた。

――もはや“人の技”とは呼べない。

理詰めで組み上げられた、“殺すためだけの型”。


そして、実験室のガラスの向こうで、

ヴァイルが静かに嗤っていた。


「どうかな? 私のタラスクは」


ヴァイルの声が、実験室に響いた。

どこか高揚し、悦楽を含んだ声音だった。


「複数の人格を切り替えて戦う姿は──

 まさに、芸術そのものだろう?」


カイルの隣で、ヴィクターが顔をしかめ、吐き捨てるように言う。


「……マッドサイエンティストが」


だが、カイルの視線はタラスクではなく、その横に立つヴィクターへと向けられていた。


「ヴィクター……その腕……」


折られた右腕を、彼はもう庇ってはいなかった。

破れた袖口から、金属のフレームと人工筋繊維が露出している。

断面には、微かなスパークのようなノイズが走っていた。


ヴィクターは無表情のまま、低く応じる。


「言わなかっただけだ。

 ──脳の一部を除けば、全部機械だ」


一拍置き、淡々と続けた。


「20年前のアシュフォード研究所爆破テロ……

 あのとき、俺も家族と一緒にいた」


「……!」


カイルの目が一瞬だけ見開かれる。

だが、すぐにそこから戸惑いは消えた。


「……なら」


静かに言って、視線をタラスクへ戻す。


「まだ、やれるな」


「ああ。やれるとも」


2人の視線が揃って前を向く。

理由も、過去も、今は後回しだ。


必要なのは、ただ一つ。


──勝つことだけだった。


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