表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
I, Another ―目の前に、俺と同じ顔の男がいる―  作者: Akatsuki.S


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/57

第2部 第8話「プロジェクトT」後編

CH3

-ゴースト本部2階ブリーフィングルーム前廊下-


ブリーフィングルームを出た廊下には、まだ報告の余韻が残っていた。

沈黙の中を歩くヴィクターの背に、バニングの重い声がかかる。


「……ヴィクター。少し話がある」


ヴィクターは足を止め、振り返った。

廊下に人影はなく、ただ静寂だけが2人を包んでいる。


バニングは腕を組んだまま、目を細めてヴィクターを見据えた。


「言いたいことは、分かっているな?」


ヴィクターは小さく頷いた。


「……私を、潜入に入れてください」


その言葉に、バニングの眉がわずかに動く。

だが返ってきたのは、冷静で重みのある声音だった。


「……私情を挟む人間は、任務から外す。それが原則だ」


ヴィクターは黙したまま立っていた。

数秒の沈黙のあと、一歩だけ前へ出る。

その瞳には、もはや隠しきれない熱が宿っていた。


「……ルシアン・ヴァイルは、私の家族を殺した張本人です。

 20年前のアシュフォード研究所爆破テロで、家族を全員失いました」


怒鳴りでも、嘆きでもない。

ただ、深く沈んだ怒りが、言葉の芯に滲んでいた。


バニングの表情が、わずかに硬くなる。


「……復讐のためじゃない、なんて言うつもりはありません。

 ですが、それ以上に……

 あの男がやってきたことを、自分の目で確かめ、止めなければならない。

 それが、俺の任務だと思っています」


バニングはしばらく黙ってヴィクターを見つめていた。

やがて、重い沈黙の中で、ゆっくりと頷く。


「……分かった。潜入任務を任せる。

 カイルと2人で遂行しろ」


ヴィクターが頭を下げようとした瞬間、

バニングは手を上げてそれを制した。


「ただし──必ず、生きて帰ってこい。命令だ」


「……了解しました、隊長」


短いが、確かな返答だった。


バニングはそれ以上何も言わず、踵を返して廊下の向こうへ歩き去る。

ヴィクターは、その背をまっすぐな視線で見送っていた。


CH4

-深夜午前3時、輸送車両内-


輸送車両の窓外を、夜明け前の都市が無言のまま流れていく。

深夜3時。車内は最小限の照明と、作戦前特有の沈黙に包まれていた。


カイルとヴィクターは向かい合って座り、それぞれ装備の最終確認を進めている。

その隣で、スタンリーが端末を操作しながら、淡々と口を開いた。


「ルートの再確認だ。目標は“リビングコア医療研究機関”。

 ミラージュ本部の、表向きの施設という扱いになっている」


天井の簡易ホロ投影に、古びた地下構造図が浮かび上がる。

赤いラインが、旧区画から研究機関第3区画へと延びていた。


「ここだ。旧インフラ搬送ルートを経由して、第3区画の搬入エリアに繋がる地下通路。

 公式には封鎖されているが、気圧変動と熱源反応が断続的に観測されている。

 ──稼働実態ありだ」


スタンリーは指先で図面をなぞる。


「ただし、構造の一部が改変されている。

 ……おそらくミラージュによる再設計だ。警備や罠が仕込まれていても不思議じゃない」


ヴィクターが静かに言った。


「構わない。向こうの核心に迫れる、ということだろう」


「ああ。今回が最初で最後の潜入になる可能性もある」


スタンリーはそう答え、端末をカイルの方へ向ける。


「今回の任務は“潜入”だ。強行突破じゃない。

 とにかく気付かれずに入り込み、プロジェクトTの中枢ファイルへアクセスする。

 プロジェクトT──名称以外は何も分かっていないが、

 ミラージュの全リソースがここに集中しているのは確実だ」


一拍置き、声を落とす。


「……常識外れの規模だ。下手に動けば、こちらが呑み込まれる」


カイルが小さく鼻を鳴らし、端末を閉じた。


「要するに、火中の栗を拾う役回りってわけだ」


そのとき、車内スピーカーが起動し、バニングの低く落ち着いた声が響く。


『いいか。これは探索任務じゃない。“発見し、暴き、持ち帰れ”。

 プロジェクトTの全容を掴む機会は、今この瞬間しかない。

 一度でもこちらの動きが露見すれば、証拠は隠されるか、跡形もなく消される。

 ……時間はない。確実に掴め』


通信が切れ、車内に再び沈黙が落ちた。


ヴィクターが一つ息を吐き、低く呟く。


「了解だ。……やるしかないな」


CH5

-ミラージュ本部地下通路-


地下通路前で、輸送車両が静かに停止した。


「……くれぐれも慎重に。必ず生きて帰ってこい。

 俺はここで待機する」


スタンリーが2人に向けて言う。


「……わかった」


カイルが短く応じた。

ヴィクターは、返事をしない。


2人は無言のまま輸送車両を降りた。


地下通路は、想像以上に冷たく、そして静まり返っていた。


足元を照らすのは、カイルのTSRに取り付けられた微弱なライトだけだ。

壁面は古び、無数のひびが走り、錆びついたパイプが剥き出しになっている。

かつて物資や医療廃棄物が運ばれていた名残が、鈍い臭気とともに漂っていた。


カイルが先行し、ヴィクターが一定の距離を取って後方を警戒する。

言葉は交わさない。

響くのは、2人分の呼吸と、足音だけだった。


──その一方で。


彼らの存在は、すでにある“目”に捉えられていた。


天井のくぼみに巧妙に隠された監視カメラ。

黒いレンズが、音もなく2人の動きを追っている。


ミラージュ本部、第3区画・制御室。


低照度の空間に、複数のモニターが並び、その中央に1人の男が立っていた。

顔は闇に沈み、背後からの光が輪郭だけを浮かび上がらせている。

だが、その口元がわずかに歪んだのは、確かだった。


「──来たか」


低く、静かな呟き。

男は指先で操作すると、地下通路を進むカイルとヴィクターの姿が映し出される。


「待っていたよ。お前たちには……“見てもらう”必要がある」


その声には、確かな余裕と自信、そして冷たい企図が滲んでいた。


やがて画面が切り替わり、

《Phase T-07:接触準備中》という赤い警告表示が点滅を始める。


男は椅子に身を預け、指を組んだ。


「さて──ショーの幕開けだ」


不気味な静寂の中、侵入者を迎える舞台は、

静かに、しかし確実に動き始めていた。


CH6

-ミラージュ本部地下施設-


カイルとヴィクターは、ミラージュ本部の地下施設への侵入を果たしていた。

旧搬入通路を慎重に辿り、中央研究エリアへ通じる扉を開けた瞬間──そこに広がっていたのは、奇妙な静けさだった。


まるで、誰もいない時間帯を正確に狙ったかのような、完璧な無人状態。


警報は鳴らない。

警備兵の姿もない。

監視装置の作動音すら、耳に届かなかった。


「……静かすぎる」


ヴィクターが低く呟く。


カイルもわずかに顎を引いた。

「通常なら、最低限の警備は配置されている。

 この規模の中枢で、誰もいないなんて……」


2人はTSRのグリップを握り直し、壁に沿って慎重に歩を進める。


空調は止まっているのか、湿度と熱気が混ざり合い、空気は重く澱んでいた。

蛍光灯はところどころで明滅し、床には医療器具の破片やケーブルが無造作に放置されている。


「……廃棄された施設、という感じでもないな。

 稼働している痕跡はあるのに、人の気配がまるでない」


ヴィクターの言葉に、カイルが小さく頷いた。


「“何か”がおかしい。気を抜くな」


2人の間に、言葉の代わりに張り詰めた緊張が走る。


奥へ進むにつれ、その足取りはさらに慎重さを増していった。


彼らは、まだ知らない。

この“静けさ”そのものが、すでに仕組まれた罠の一部であることを──。


CH7

-ミラージュ本部実験棟-


廊下の奥に設けられたセキュリティゲートを、スタンリーの支援プログラムで突破し、カイルとヴィクターは「実験棟」と表示された扉の前に立っていた。


「ここが……中心か」


カイルが低く呟く。

背後では非常灯だけが淡く揺れ、空気は張り詰めていた。

この施設に満ちる異様な静けさは、かえってすべてが“用意された舞台”であるかのように感じられる。


ヴィクターは一度だけ呼吸を整え、扉のパネルに指をかざした。


緩やかな解錠音。

次いで、重厚な扉が左右に開いていく。


――その瞬間。


「──ようこそ、ゴースト諸君!」


爆発的な光量とともに、天井の照明が一斉に点灯した。

まるで舞台の幕が上がるかのように、白い光が巨大な実験空間を照らし出す。


中央には、厚いガラス越しに佇む巨大な人型のシルエット。

全容はまだ判然としないが、その存在感だけが圧倒的だった。


だが、2人の視線を奪ったのは、別の場所だ。


高台に設けられた監視デッキ。

その手すりに片肘をつき、余裕たっぷりに見下ろす男がいる。


白銀の髪。

冷たい灰色の瞳。

そして、人間離れしたほど“整いすぎた”顔立ち。


細身の体躯に、骨ばった輪郭。

上品さを装った外見とは裏腹に、その視線だけが不自然なほど猜疑に濁り、相手の価値を測るように落ちてくる。

そこにあるのは興味ではない。

――解体の予告。

人を“人”として見ていない。部品か、素材を見る目だ。


ヴィクターの瞳が、大きく見開かれた。


「……ルシアン・ヴァイル……」


呟きに近い声だった。

だがそれは、空気を裂く刃のように鋭く、冷たく響いた。


ヴァイルは、口元をわずかに歪める。


「やあ。久しぶりだな、ヴィクター・コールドウェル。

 君が来るとは思っていたよ。実に……私の思惑どおりだ」


その言葉の選び方も、声音も、すべてが挑発だった。


カイルがわずかに身構える。

だが、その肩越しに立つヴィクターの気配は、それ以上に静かで、張り詰めている。


怒りも、憎しみも――

すべてを呑み込んだ直後の、深い沈黙だけが、場を支配していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ