表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
I, Another ―目の前に、俺と同じ顔の男がいる―  作者: Akatsuki.S


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/59

第2部 第3話「多重人格の罠(3)」後編

H4

-ゴースト本部2階取調室3-


ロバート・グリーリーは腕を組み、椅子に深くもたれかかったまま、ヴィクターの問いかけに一切応じようとしなかった。


「私が、何をしたというんだ」


その言葉を受け、尋問官は反論せず、静かにモニターへ視線を向ける。

画面には、ヴィンセントの証言映像がリアルタイムで映し出されていた。


「……これは、あなたの息子の証言です。

警察官僚だったあなたなら、証拠の重みが何を意味するか……理解できるはずだ」


ロバートの表情は崩れない。

だが、口元だけが、ほんのわずかに引きつった。


向かい側でメモ端末を操作していたヴィクターが、ふと手を止め、無言で顔を上げる。

数秒の沈黙が、室内に落ちた。


やがてヴィクターは、何でもない仕草でインカムのスイッチに触れ、小さく呟く。


「……“3つ数えたら、降ろしてくれ”」


説明はない。

だが、インカムの向こうから、スタンリーが息を吐く微かな音が返ってきた。


「了解。カメラD、準備完了……」


ヴィクターは、何事もなかったかのように立ち上がり、ロバートに視線を向ける。


「じゃあ……少し、外の空気でも吸いましょうか」


CH5

-ゴースト本部2階取調室3前廊下-


カイルのインカムに、スタンリーの抑えた声が入った。


「……カメラD、準備完了」


「了解」


「……感情に引っ張られるなよ」


その直後、モニターに映っていた廊下の映像が、ふっと黒く沈む。


ほぼ同時に、カイルはロビーのベンチに座るヴィンセントのもとへ歩み寄った。


「……今、ロバートが出てくる」


ヴィンセントは一瞬だけ眉を動かし、無言で頷く。


カイルが小さく合図すると、廊下の奥の扉が開き、ヴィクターがロバート・グリーリーを伴って姿を現した。


「……あいつが、ロバート?」


「間違いない」


ヴィンセントはゆっくりと前へ出る。

ロバートもその存在に気づいたが、わざとらしく視線を逸らした。


「あー、そういえば奥さん、子供のこと――」


唐突に、ヴィクターがロバートへ声をかける。

ロバートが反射的に顔を向けた、その瞬間だった。


ヴィンセントの拳が、鋭く、重く振り抜かれる。


「ぐっ!!」


拳が左頬を打ち抜く鈍い音が廊下に響き、ロバートの身体は壁に叩きつけられた。

体勢を崩し、足がもつれて、そのまま床に尻餅をつく。


「廊下で転ばないでくださいよー……」


カイルが苦笑混じりに言いながら、ロバートへ駆け寄る。


「おい、見てただろ! あいつ、俺を殴ったんだぞ!」


必死に喚くロバートの肩を、ヴィクターが無表情で押さえた。


「はいはい。よかったですね。じゃあ、早く向こうへ行きましょうねー」


「ふざけるな! この仕打ちは――っ!」


ロバートの叫びは、ヴィクターの強引な誘導に遮られながら、廊下の奥へと遠ざかっていった。


カイルは、黙ってその背中を見送っていたヴィンセントの隣に立つ。


「……すまない。俺たちにできるのは、これくらいだ」


ヴィンセントは一度だけ、ゆっくりと息を吐き、小さく頭を下げた。


「……いえ。ありがとうございました」


その声には、静かで穏やかな感情が宿っていた。

それは、これまでのヴィンセントでも、ネイサンでも、デイモンでもない。

――セオ、なのかもしれない。


数分後。

廊下には再び、通常の監視カメラ映像が戻っていた。


CH6

-ゴースト本部1階第1チームデスク-

翌日。


カイルは事件の報告書をまとめている途中で、ふと手を止めた。


デイモンの証言では、母親が「動かなくなった」のは5年前だと言っていた。

だが、墓石に刻まれていたマリア・グリーリーの没年は2335年――4年前だ。


1年のズレ。


単なる記憶違いだろうか。

そう思おうとして、思考が引っかかる。


カイルはマリア・グリーリーの居住履歴を調べた。

記録によれば、彼女は2334年にロバート・グリーリーと別居している。

以後は、未成年の息子セオと2人で、郊外の古いアパートに暮らしていた。


違和感は、徐々に確信へと近づいていく。


カイルは、そのアパートを訪ねた。

当時を知る住人から話を聞くと、事件は「強盗」として処理されていたことが分かった。

警察から事情聴取も受けたという。


ただ、その住人は、強盗事件としては不自然だったと語った。

人通りの少ない古いアパートで、外部から侵入する理由が薄いこと。

争ったような物音や叫び声を聞いた記憶がないこと。

そして、この一帯では、事件そのものが珍しかったこと。


カイルは礼を述べ、その足で、当時の現場を管轄していた警察署へ向かった。


当時の調書には、こう記されていた。


――内部犯行の可能性は低い。

ただし、未成年同居人の関与については、精神的影響を考慮し、これ以上の追及は行わない。


画面を見つめたまま、カイルはゆっくりと息を吐いた。


「……強盗は、いまだ逮捕されていない……」


さらに、低く言葉を継ぐ。


「……住人の話が本当だとしたら……

 多重人格のせいにして……」


一拍、間を置く。


「……記憶を、封じたのか」


短い沈黙。


「……強盗だったとしても。

 そうじゃなかったとしても――あいつは、逃げた」


その独り言は、誰に向けられることもなく、

静まり返った室内に、静かに落ちていった。


CH7

-CIARエントランス-


薄暗くなり始めた窓際のベンチで、カイルとアカネは並んで座っていた。

ガラス越しに、霧雨に滲む街並みが、ぼんやりと広がっている。


アカネは紙カップのコーヒーを差し出しながら、何気ない調子で口を開いた。


「……何かあったの?」


「……後味の悪い事件だった」


「例の、DID患者の件ね」


「ああ」


短いやり取りのあと、アカネは少し間を置いてから、静かに尋ねた。


「……ねえ。セオって、“本当は”どんな人格だったの?」


カイルはカップを受け取り、しばらく黙ってから答える。


「……エミリーが言ってた。

セオは、第一人格じゃなかったって」


「……?」


「正確には、第四人格だ。

ヴィンセント、ネイサン、デイモン――その奥に、セオがいた」


アカネが小さく息を呑む。


「そんな……」


「抑圧が深すぎた。誰も気づけなかった。

……本人でさえ」


アカネの表情に、かすかな痛みが走った。


「……じゃあ、あの子が最初から“持ち主”だったんだね」


カイルは、静かに頷く。


「父親の暴力から逃げるために、人格を分けた。

そして、自分自身を一番奥に押し込めた。

それが、セオが“消えた理由”だ」


「……でも、父親を殴った、あの瞬間……」


「たぶん、初めてだった。

セオが、自分の意志で外に干渉できた瞬間だ」


窓の外へ視線を向けたまま、カイルは続ける。


「エミリーは言ってた。

あの対話をきっかけに、3人は統合へ向かうだろうって」


アカネは、ほっとしたように微笑んだ。


「……よかった。

デイモンが“守るものがなくなった”って言ってたのも、そういうことだったんだね」


カイルは言葉を返さず、ただ一度だけ頷いた。


「そういえば……」


アカネが、少しだけ声を和らげる。


「“時には父親を殴ることも必要なのよ”って、エミリーが言ってたわ」


カイルは一瞬、きょとんとした後、眉をひそめた。


「……あれは、俺たちがロバートを許せなかっただけだ。

……というか、なんで知ってるんだ。

本当に専門家の意見か、それ」


アカネは口元に手を添え、静かに笑う。


「でしょ。でも……分かる気もする」


カイルは目を細め、窓の外に落ちる雨を見つめた。


「……親族の意向で、母親の墓に、あいつの名前も刻まれたらしい。

“デイモン・グリーリー”。母親の隣に」


アカネは、息を止めた。


「……親族が決めたそうだ。

生前の様子を知っていて……1人にはできなかったって」


アカネは、静かに目を閉じる。


「……そう。

それで、よかったのかな」


カイルはしばらく黙ってから、視線を外に向けながら低く呼びかけた。


「……アカネ」


「なに?」


「母さんを……大切にな……」


一拍の間。


「……うん」

アカネは意味を問い返さず、ただ小さく頷いた。


雨は、まだ止まない。

だが、どこかで――確かに、何かが終わっていた。


CH8

-アシュフォード研究所地下室-


無人の通路を抜け、マルコム・アシュフォードは広い部屋へと足を踏み入れた。

そこには、ひとつだけ石碑が立っている。


石面には、名も日付も刻まれていなかった。


マルコムは静かに膝をつき、白い百合を供える。


「……20年も、経ったのか」


細められたその目の奥には、後悔とも、執念ともつかない色が滲んでいた。


「どうか……許してくれ」


しばらくの沈黙のあと、マルコムは立ち上がる。

振り返ることなく、何も言わずに扉を閉めた。


地下の静寂の中で、名も持たぬ墓碑だけが、変わらずそこに残されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ