第1部 第16話「激突、蒼と紅」前編
CH1
-旧ミラージュ研究施設跡2階第5研究室-
人格移植が開始される――その瞬間だった。
――ギィィッ……!
「……っ!?」
カイルの身体が、小刻みに震え始める。
次いで、鋭い警告音が室内を切り裂いた。
ピピピピピ――ッ!
モニターの表示が、一斉に赤へと反転する。
[NERVE LINK FAILURE]
[CONNECTION ABORTED]
[WARNING: NEURAL SURGE DETECTED]
「何だ……? なぜ、繋がらない……!」
アリウスが制御パネルへ駆け寄る。
だが次の瞬間――コードの端から火花が弾け、焦げた臭いが立ちこめた。
バチィッ!
複数の接続端子が焼き切れ、青白い火花が散る。
「チッ……信号遮断? 誰が、こんな……」
言葉を吐きかけた、その時。
アリウスの視線が、カイルの背中で一瞬、青く瞬いた光を捉えた。
制服の背面、縫い目の陰。
そこに、小さな黒い装置が張り付いている。
微かに青白い残光を放ち、焦げた匂いを漂わせていた。
「まさか……お前の背中に……!」
カイルは荒い息を吐きながら、顔を上げる。
揺れる視界の奥で、胸の内に微かな熱が灯るのを感じていた。
「な……何が……起きた……?」
アリウスは操作を続けるが、ディスプレイ上の文字は容赦なく点滅を繰り返す。
[ERROR 112]
[NEURAL LINK INTERRUPTED]
「あり得ない……妨害だ! くそっ、誰が……!」
空気が一変する。
装置内部で火花が連鎖的に走り、赤い照明が激しく明滅した。
焦げた回路の匂いと、低い振動音が室内を満たす。
カイルは金属椅子に座ったまま、
まだすべてを理解してはいなかった。
だが――確かに感じていた。
――何かが、自分を守った。
背中で、微かに作動する感触。
それがロイクの仕掛けだと悟った瞬間、胸の奥で何かが弾ける。
(……ロイク。あんた、やってくれたな……)
──カチッ。
拘束具のロックへ流れていた通電が、短い閃光とともに途切れた。
カイルは全身の筋肉に力を込める。
「ガチャンッ!」
両手首の拘束が外れた。
痛みも迷いもない。
即座に、両脚の固定具へと手を伸ばす。
アリウスは、まだパネルを睨んでいた。
「なぜだ……再起動できない……!」
――NERVE LINK FAILURE。
赤い警告が点滅を繰り返す中、カイルは立ち上がる。
「……!」
顔を上げたアリウスと、視線が正面からぶつかった。
「貴様……!」
カイルは息を整え、静かに前を見据える。
「俺を、甘く見たな――アリウス」
人格移植装置のメインモジュールから、白煙が立ち上っていた。
中枢ユニットは焼け焦げ、もはや復旧は不可能だ。
アリウスの顔を走るのは、怒り、焦り、そして――信じがたい敗北の色。
「……おのれ……何ということを……!」
火花が天井へ散る中、
カイルの足元の影が、ゆっくりと伸びていく。
その瞳に宿るのは、恐怖ではない。
――揺るぎない、覚悟だった。
***
人格移植装置のメインモジュールから、なお白煙が立ち上っていた。
中枢ユニットは焼け焦げ、もはや復旧は望めない。
目を見開いたアリウスの顔に、怒りと焦り、そして諦観が入り混じる。
「ならば――プランBだ。
お前を抹殺して、“お前に成る”。
そのあとで眼球を移植すれば済む話だ。
本来は、お前に移植するのが最善だと考えていたがな!」
カイルは拘束から解放されたばかりの身体で、ゆっくりと立ち上がる。
装置に接続された自分のTSRを抜き取り、手の中で確かめた。
その視線は静かだった。
だが、これまで見せたことのない、冷たい怒りを帯びている。
「……さっきから黙って聞いていればよー……、好き放題言いやがってよー……」
アリウスが一歩踏み出した、その瞬間。
カイルの身体が、閃光のように動いた。
「らあああッ!!」
踏み込みと同時に、右のTSRを振るう。
刃先が顔面をかすめ、アリウスは半身でかわす。
左肘で受け流し、即座に距離を取った。
「ようやく“本気”か。
だが、それこそ俺が望んでいたものだ!」
両者が、再び激突する。
アリウスの攻撃は冷静で、正確だった。
膝蹴りを受け止め、肩で回転打をいなし、TSRで即座に反撃へ繋ぐ。
だがカイルも退かない。
怒りに駆られながらも、頭は冷えていた。
相手の軸の入り方。
踏み込みの癖。
重心移動のわずかな遅れ。
それらを嗅ぎ取り、最短距離で反応を返す。
「知ってるぞ……てめえの動きは。
――全部、な!」
カイルはリズムを変えた。
これまでの自分の型から外れ、予測を崩す不規則な間合いを刻む。
アリウスが一瞬だけ戸惑う。
だが、すぐに読み直した。
「……そうか。“俺”なら、そうする!」
2人は鏡合わせのように動き、
戦いは緻密さと激しさを併せ持つものへと変わっていく。
TSR同士がぶつかるたび、火花と金属音が飛び散る。
床に亀裂が走り、備品が吹き飛ぶ。
どちらも、一歩も譲らない。
「お前は何も知らない!
何も失っていないから、戦えるんだ!」
アリウスの叫び。
「だから奪うのかよ!
俺の時間も……アカネも!!」
カイルはフェイントの回し蹴りを放ち、
その流れで膝を突き出し、一気に間合いを詰めた。
TSRの柄を逆手に取り、
腹部へ突き刺すように突進する。
「ぐッ……!」
アリウスが息を詰め、勢いよく弾き飛ばされて壁へ激突した。
ホルスターが砕け、TSRが床を転がる。
叩きつけられた胸が、荒く上下する。
カイルは呼吸を整えながら、崩れた相手を見下ろした。
外見は自分と同じ。
だが、根本的に――違う。
「お前が背負ってきたものは、重いんだろう……。
だが、その全部で“俺”を殺そうとするなら……
アカネを奪おうとするなら――」
声は冷たく、迷いのない刃のようだった。
「――容赦しない。
俺は全力で、お前を止める」
アリウスの瞳に、一瞬だけ悲痛と狂気が交錯する。
だが次の瞬間、
廃墟の床にふたつの影が重なり、
再び、激突の音だけが響いた。
CH2
-ゴースト本部1階第1チームデスク-
その頃――
電子音と端末のキー入力が絶え間なく響き、張り詰めた緊張が室内を満たしていた。
バニングが低く言う。
「……まだ、カイルの行き先は掴めないのか?」
ニーナは画面から視線を外さず、即座に応じた。
「携帯端末は路地裏で発見されました。他のGPS反応はありません。
現在、周辺エリアを重点的に洗っています!」
スタンリーは複数の通信回線を同時に操作し、
カイルとアカネの関係者へ、次々と連絡を入れていた。
その隣で、ヴィクターは車両記録の照合を続けている。
無言のまま指を走らせていた、そのとき――携帯端末が震えた。
「チッ……この忙しい時に……」
不機嫌そうに呟きながらも、通話を取る。
「ロイクか? 今ちょっと取り込んで――……なんだと?」
声色が変わった瞬間、室内の空気が止まった。
ヴィクターの表情が一変する。
端末の一点を射抜くような、鋭い視線。
バニングがわずかに眉を上げる。
「……どうした?」
ヴィクターはすぐには答えなかった。
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、確信と緊迫が同時に宿っていた。
次の瞬間、室内にいる全員の視線が、一斉に彼へと集まった。
CH3
-旧ミラージュ研究施設跡2階第5研究室-
アリウスは、ゆっくりと身を起こした。
胸が大きく上下し、乱れた黒髪の隙間から覗く瞳が、獣のような光を帯びている。
「――もういい。時間をかけすぎた。」
その声が落ちた刹那、アリウスのTSRが紅く明滅した。
警告ではない。
――アサルトモード、起動。
重低音が床を震わせ、柄の内部で機構が解放される。
金属音とともに振動ブレードが展開し、紅の波動をまとって伸びた。
刃の周囲で空間が歪み、目に見えない圧が走る。
「……振動ブレード……!」
赤黒い光がアリウスの腕を包み込み、その輪郭が影のように揺らめいた。
「これが“俺の選んだ力”だ。
正義でも理性でもない――奪うための力だ。」
言い終わる前に、姿が消える。
次の瞬間、横薙ぎの紅い閃光。
「くっ……!」
カイルは反射的にTSRを交差させた。
だが、衝撃が抜けきらず、頬を浅く裂く痛みが走る。
血が弾け、金属音が耳を打った。
二撃目。
踏み込みと同時に、斜め下からの切り上げ。
受け流したはずの防御を、振動波が貫通し、左肩を抉る。
「っ……ぐッ!」
鮮血が散り、肩から床へ滴った。
金属と血の匂いが、重く混じる。




