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I, Another ―目の前に、俺と同じ顔の男がいる―  作者: Akatsuki.S


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第1部 第15話「交差する運命」後編

***


カイルは、目の前に立つ男をまっすぐに睨みつけた。


「……一つだけ、まだ納得がいかない。

 アカネを、なぜさらった」


アリウスは一拍、沈黙した。

そして鼻で笑うように、低く言う。


「――理由は二つだ」


「……二つ?」


「一つ目は単純だ。

 お前を1人で呼び出すためだ。

 あの女が危険に晒されたと知れば、お前は必ず1人で来る。

 ……案の定だったな」


その口調には、揺るぎない確信があった。

すべては計算の内――そう言わんばかりの声音。


「……そして、もう一つ」


アリウスの瞳がわずかに陰り、次の瞬間、冷たい光を帯びる。


「俺が“お前になる”瞬間を、彼女に見せるわけにはいかなかった」


「……!」


「分かっているだろう。

 人格移植は、ただの引き継ぎじゃない。

 “お前”は消える。残るのは、“俺”だけだ」


淡々とした声が、容赦なく続く。


「彼女がそれを知れば、決して受け入れない。

 だから……アカネを隔離した」


カイルの背筋に、氷のような寒気が走った。


「……当然だ」


アリウスは淡々と応じながら、人格移植装置に手をかける。

赤いインジケーターが、呼吸するようにゆっくりと点滅していた。


「俺はこの世界で、すでに一度――人格移植を失敗している。

 その後の襲撃も、アカネの介入と、お前の抵抗で崩れた。

 だから、今度こそ完璧にやる必要があった」


感情を排した声は、報告のように平坦だった。


「前回使ったのは、闇ルートで手に入れた粗悪なコピー品だ。

 構造も制御系も未解析で……案の定、プロセスの途中でエラーを吐いて停止した」


カイルの脳裏に、あの電子音が蘇る。

視界が白く歪み、脳を引き裂かれるような痛み。

――あれは、失敗した人格移植の残滓だったのか。


アリウスの手が静かに動き、金属端子の接続を確かめる。


「だが、今回は違う。

 正規ルートから流出した“本物”だ。

 政府機関の最新モデル――お前の世界で『MIRROR Type-3』と呼ばれていたものと同型。

 これは、確実に成功する」


その表情に浮かぶのは、狂気ではない。

結果を疑わない者の、“確信の微笑”だった。


「これでようやく……

 俺はアカネに、“カイル・アシュフォード”として、もう一度出会える」


その言葉に込められていたのは、愛ではない。

執念が形を変えた、歪んだ信仰だった。


カイルは唇を結び、拳を強く握りしめる。

拘束具がきしみ、鈍い金属音が響く。


「……ふざけるな。

 そんな歪んだ再会、アカネが望むはずがない」


アリウスは、初めてわずかに口角を上げた。


「ならば、証明してみせろ。

 お前が――“彼女のそばに立つカイル”であることを」


空気が、張り詰めた弦のように震える。

互いの呼吸すら音に変わるほどの静寂。


カイルはまっすぐにアリウスを見据え、ゆっくりと息を吐いた。

その瞳は、鋼のように冷たく光っている。


「……そうか。

 だからアカネを攫って、俺1人を呼び出したんだな」


アリウスは答えなかった。

だが、その沈黙がすべてを語っていた。


「……お前にとって、俺とアカネ以外はどうでもいい。

 そういうことか」


その呟きには、怒りよりも深い諦念が滲んでいた。

カイルは思う。

もしこの場にスタンリーやヴィクターがいたとしても、

アリウスは躊躇なく彼らを排除しただろう。


「仲間であっても、目的のためなら切り捨てる……か」


拳が、わずかに震える。

それは恐怖ではない。

――誓いのような、震えだった。


「……それでも俺は、お前の思い通りにはならない」


低く、確かな声。

拘束された身体のままでも、決して折れない――

それは、カイル自身の“意志”だった。


***


カイルは唇を噛み、鋭い眼差しでアリウスを睨みつけた。


「……それが目的か。

 だが、人格移植をしても虹彩リングで露見する。網膜だって一致しない。

 ゴーストの入館検査もあるし、月一の精密検査もある。……計画は破綻している」


アリウスは、まるでその反論を待っていたかのように、薄く微笑んだ。


「――だからこそだ。

 移植後に、“俺の網膜”をお前に移植する」


静かな声。

だが、その奥には背筋を凍らせるほどの確信があった。


「網膜は完全に一致する。

 “カイル・アシュフォード”は、そこで完成する」


「……網膜移植だと……?」

カイルが息を呑む。

「だが網膜は成長とともに個体差が出る。双子ですら一致しない。

 そんなもの、成立するはずがない」


アリウスは、わずかに目を細めた。


「……網膜パターンは5、6歳で安定する。

 そして――もう確認は済んでいる」


「……確認? どうやって……」


「“あの日”の定期検査を思い出せ。

 気づかなかっただけで、俺は――そこにいた」


カイルの瞳が、大きく見開かれる。


「……あの検査員……まさか……!」


アリウスは静かに頷いた。

その仕草は、自らの計画の完璧さを噛みしめるようでもあった。


「俺とお前の網膜は、完全に一致していた。

 つまり――“同じ人間”だ」


「ゴーストのセキュリティを突破したのか!?

 あそこは、そんな生半可な防御じゃない!」


驚きを隠せないカイルに、アリウスは淡々と答える。


「造作もない。

 俺はいくつもの並行世界を渡り、調査と侵入を繰り返してきた。

 その過程で、セキュリティを抜く技術も自然と身についた」


一瞬、時が止まった。

冷たい金属の匂いと、機械の低い駆動音だけが空間を満たす。


「これが、俺の計画の全貌だ」


アリウスはゆっくりと装置に手を置いた。

その声は静かで、どこか儀式めいている。


「――それでは、始めようか。人格移植を」


「やめろ――――!!」


カイルの叫びが金属の壁に反響する。

全身の筋肉が張り詰め、拘束具が軋む。

だが、椅子はびくともしない。


アリウスは最終チェックを終えると、足元のケースを開いた。

中から現れたのは、黒い筒状の金属――カイルのTSR。

彼はそれを手に取り、儀式のような慎重さで装置側面の端子へ接続する。


「……神経信号の同期精度を上げるには、本人の神経媒介が最適だ。

 お前のTSR、少し借りるぞ」


淡い蒼光が走り、TSRの内部コアが低く唸るように点灯した。

人格移植装置の中枢と連動し、心臓の拍動のような脈動が生まれる。


アリウスは、カイルの正面に設置されたもう一脚の金属椅子に腰を下ろした。

それもまた冷たく無機質な椅子で、

背面には神経伝達用の導電プレートと、脳波同期用インターフェースが並んでいる。


迷いなく、アリウスは自らのこめかみに神経リンクを接続した。

赤いランプが点灯し、システムが“送信側”としての認証を開始する。


「……これで、ようやく繋がる」


低い声が、金属の壁に反響した。


対面には、拘束されたままのカイル。

2人の頭部を結ぶ光のラインが、ゆっくりと明滅を始める。


アリウスは呼吸を整え、タッチパネルに手をかけた。


「さようなら、カイル・アシュフォード。

 ――そして、こんにちは。“俺”」


スイッチが押される。


低く唸る冷却音。

空気が震え、照明が一瞬だけ明滅した。

カイルのこめかみに接続された神経リンクが青白く発光し、

装置内部を電磁音が駆け抜ける。


光のラインが、脳波同期を示すように一定のリズムを刻み始めた。

赤と青のインジケーターが交互に点滅する。

やがて、頭蓋の奥に響く低周波の共鳴が、室内を満たしていく。


「……っ、ぐあぁぁぁ――!」


苦痛と抵抗の混じった声が、カイルの喉から漏れた。

拘束具が悲鳴を上げ、椅子の金属が激しく軋む。


冷却音が高まり、光のラインが激しく脈動する。

視界が白く滲み、身体が椅子ごと震えた。

電磁ノイズが、耳鳴りのように脳を貫く。


遠くで、アリウスの声が響く。


「――もうすぐだ。

 “俺”の世界が、始まる」


視界が、光に飲み込まれ――

そして、すべてが途切れた。


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