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I, Another ―目の前に、俺と同じ顔の男がいる―  作者: Akatsuki.S


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第1部 第14話「ありえない一致」後編

CH3

-ゴースト本部1階第1チームデスク-


その頃。


夜更けの静寂の中、機器の駆動音だけがかすかに響いていた。


ニーナとスタンリーは、防犯映像の解析に没頭している。

その背後でヴィクターが腕を組み、黙ったままモニターを見つめていた。

そして少し離れた席では――バニング隊長が報告書を閉じ、彼らの様子を静かに見守っている。


「……映像は出たか?」


低く、通る声。


スタンリーが頷いた。

「はい。これが……アカネ技師が最後に映った映像です」


ノイズ除去、赤外補正、輪郭強調。

端末上で指が滑り、荒れた映像が徐々に補正されていく。


その中に、女性の姿が浮かび上がった。

アカネ。

次の瞬間、背後から伸びた誰かの手が、彼女の腕を掴む。


「……停止。犯人の顔を拡大」


スタンリーの操作で映像がズームされる。

粗い輪郭が整えられ、照明の反射が消えていく。


そして――。


[一致率:99.92%]

登録データ:カイル・アシュフォード


短い電子音のあと、室内の空気が凍りついた。


「……カイル?」


ヴィクターの声が、わずかに揺れる。


ニーナが即座に確認を入れた。

「偽装映像じゃない。反射も陰影も自然。AI補正にも異常なし」


指先が止まり、眉がわずかに寄る。


「つまり、映っているのは――本物の“カイル”と同一の生体情報よ」


スタンリーは唇を噛み、モニターから目を離さなかった。

「でも、カイルは本部にいない。位置情報も……途中で途切れてる」


バニングが、ゆっくりと立ち上がる。


「……アシュフォードの行動記録を再照合しろ。

 端末ログ、出入ゲート、車両記録――すべてだ」


「了解!」

ニーナとスタンリーが同時に応じる。


ヴィクターがバニングへ向き直った。

「隊長……もしこの映像が本物なら、アカネを攫ったのは、

 カイルを襲った“あの襲撃者”と同一存在です」


バニングは短く息を吐き、背筋を正した。


「……なら、今夜中に片をつける。

 ニーナ、CIARと連絡を取れ。

 スタンリーは通信ログを追え。

 ヴィクター――カイルのGPS信号が再び動いたら、即座に俺へ知らせろ」


「了解」


それ以上、誰も言葉を挟まなかった。

冷えた電子音だけが、淡々と室内に流れている。


バニングは再び映像を見つめ、低く呟いた。


「……カイル。

 お前、一体どこまで巻き込まれている……」


CH4

‐旧ミラージュ研究施設跡-


火花が散った。


鋼の棒同士が交差し、軋むような衝撃が空気を裂く。

カイルとアリウス――2人の男が、ほとんど鏡写しの構えで、

互いの呼吸を読み合いながら、戦場の中心で激突し続けていた。


アリウスの攻撃は、一つひとつが鋭く、正確で、ためらいがない。

だがカイルも退かない。

受け、逸らし、わずかな隙に反撃を差し込む。

蒼と紅の光が交錯し、コンクリートの床と壁に、火花と破片を撒き散らした。


「……悪くない」


アリウスの声は低く、ほとんど感情を含んでいない。

だがその瞳には、冷たい光が宿っていた。

わずかに口元が歪む。

それは称賛ではない。

獲物の価値を測る、捕食者の笑みだった。


「その目……まだ“何も知らない”んだな」


「何を――!」


言い終えるより早く、アリウスの蹴りが突き上がる。

カイルは腕を交差して受け止めたが、衝撃が骨を震わせた。


間を置かず、低い姿勢からの薙ぎ払い。

カイルは後方へ跳んでかわすが、床をえぐるTSRの軌跡が火花を散らす。

アリウスは体勢を崩さず、そのまま縦に構え直して突進してきた。


「……チッ!」


反応が、わずかに遅れた。

ガードの隙を突き、アリウスのTSRが下段から突き上がる。

鈍い衝撃音。腹部にめり込む感覚。

肺の空気が、一気に吐き出された。


膝が落ちる。

その瞬間を逃さず、アリウスの水平打が脇腹を貫いた。


「がっ……!」


身体が宙を舞い、背中から床へ叩きつけられる。

灰と埃が舞い上がり、金属音が廃墟全体に反響した。


視界が揺れる。

喉の奥に、鉄の味が広がった。

遠くで、アリウスの足音が、ゆっくりと近づいてくる。


「悪く思うな、カイル」


その声は静かで、凍りつくほど冷たかった。


「――お前は、ここで終わる運命だったんだ」


言葉は、宣告のように響く。


カイルの瞳から焦点が外れ、光が遠のいていく。

最後に映ったのは、紅の光を背に立つアリウスの影――

それが、夜の闇に溶けるように消えていった。


音が失われ、世界が暗転する。


(……アカネ……)


その名を思い浮かべた瞬間、

カイルの意識は、完全に沈んだ。


CH5

‐旧ミラージュ研究施設跡1階モニタールーム-


湿った鉄と、古びた薬品の匂いが漂っていた。

点滅する蛍光灯が、不安を煽るように天井を照らしている。

その薄明かりの下で、アカネは椅子に縛りつけられたまま座っていた。


「……っ」


両手首に食い込む結束バンド。

力を入れれば皮膚が裂ける――それが、はっきりと分かる締め付けだった。

足首も固定され、ほとんど身動きは取れない。


(……ここは、どこ……?)


視界に入るのは、医療機器の残骸、割れたガラス片、鼻を刺す薬品の臭気。

おそらく旧研究施設の一室だ。

だが、どの企業や組織のものかを示す情報は、見当たらなかった。


アカネは呼吸を整え、記憶を辿る。


帰宅途中。

CIARの裏門を出て、夜の住宅街を抜け、小さな橋のかかる並木通りへ。

誰かの視線を感じ、振り返ろうとした――その瞬間。


背後から、布のようなものが口元を覆った。

鼻腔に、強い刺激臭が走る。

そこから先の記憶は、途切れている。


(……何のために? 私に、何の価値が……?)


考えようとするほど、胸の奥がざわついた。

冷静でいようとしているのに、指先がわずかに震える。


――あの目。


襲われた瞬間、ほんの一瞬だけ見えた瞳。

闇の中でも、はっきりと焼き付いている。

怒りでも、憎しみでもない。

どこか、痛みと迷いを孕んだ、あの光。


(……まさか、そんな……)


頭を振って、思考を振り払う。

それでも心は、勝手にその名を呼んでいた。


(カイル……)


喉の奥が詰まるように熱くなる。

彼が来る――なぜか、そう感じてしまった。

そして同時に、強い恐怖が込み上げる。


(駄目……来ないで……)


それでも、願ってしまう。

理性では否定しても、心は彼を求めていた。


(どうか……無事でいて)


再び照明がちらついた。

まるで、何かが始まることを告げる合図のように。


CH6

-旧ミラージュ研究施設跡2階第5研究室-


埃の匂いと、焦げた金属の臭気が空間に漂っていた。

割れた窓から差し込む月明かりが、かつての研究室を淡く照らしている。


アリウスは、カイルの身体を肩に担ぎ、

軋む音を立てながら階段を上がっていった。


2階――第5研究室。


廃墟と化したその部屋の中央に、異様な光を放つ装置が据えられている。

埃に覆われた空間の中で、そこだけが明らかに異質だった。

磨き上げられた金属。整然と束ねられたケーブル。

微かに脈動する冷却ライン。

最新型の人格移植装置――アリウス自身が、この日のために用意したものだ。


アリウスはカイルを床に横たえた。

仰向けの身体。頬を伝った血は乾き始め、肌はわずかに青白い。

呼吸は浅いが、まだ生きている。


「……やっと、だな」


静かな呟きが、埃を震わせた。

そこに怒りも悲しみもない。

あるのは、深い疲労と、消えない執念だけだった。


アリウスは銀色のアタッシュケースを開く。

中には、旧型とは明らかに異なる光沢を放つユニット群。

神経リンクコード、補助演算コア、高密度の量子制御モジュール。


彼は手際よくケーブルを接続し、制御盤のパネルを起動させる。

淡い光が波紋のように広がり、装置が低い振動音を発した。


一切の無駄がない動き。

まるで、何十回も繰り返されてきた儀式のようだった。


金属製の椅子にカイルを座らせ、

手足を金属の拘束具で固定していく。

拘束具を締めるたび、アリウスの表情が、ほんのわずかに強張った。


「……以前のようには、失敗しない」


その言葉は、誰に向けられたものだったのか。

カイルか。アカネか。

それとも――かつての自分か。


装置のコンソールが、微かに光を帯びる。

起動音が、低く、静かに鳴り始めた。


「神経同調率、シーケンス開始……」


制御パネルに浮かぶ文字列を、アリウスは無言で見つめる。


赤いインジケーターが、一つ、また一つと点灯していく。

室内の照明を反射し、アリウスの横顔が赤く染まった。


その瞳に、躊躇はない。

それは決意ではなく――

運命を、ただ静かに受け入れた者の目だった。


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