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I,another  作者: Akatsuki.S
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第1部 第12話「紅い襲撃者(1)」後編

カイルは答えなかった。

ただ、モニターに映る二つの一致した波形を見つめ続ける。


(――“アリウス”。お前は、何者だ……?)


白い照明の下、誰も言葉を継がなかった。

部屋に沈黙が沈み込む。


そこへ、少し遅れてエミリーとヴィクターが入ってくる。


「何か判明したようだな」


ヴィクターはそう言いながら表示データに目を通し、

無言でスクロールを続けたあと、低く言った。


「DNAが一致しているなら、まず考えられるのは……双子だ」


エミリーが静かに頷く。

「出生記録を調べる必要があるわね」


ヴィクターが視線を上げる。

「ニーナ、頼めるか」


「了解。すぐに当たるわ」

ニーナは短く答えた。


モニターの光が、沈黙の中でかすかに瞬く。


「DNAは確かに一致している。他の可能性を考えるなら……」

ヴィクターは言葉を濁し、エミリーへ視線を送った。


「その襲撃者を実際に見たのは、カイルだけ?」

エミリーが尋ねる。


アカネが首を横に振る。

「ええ。私は直接は見ていない。カイルから聞いただけ……」


エミリーは短く頷き、今度はカイルを見た。


「カイル。過去に記憶が飛んだことはある?」


「……どういう意味だ?」


「明確な失時間や、気づかないうちに場所を移動していた記憶。

 知らない間に何かをしていた、あるいは誰かに“なっていた”ような感覚――」


カイルは視線を落とし、わずかに息を吐いた。

「……夢でなら、そういう感覚はあった。

 でも、それが現実だったのかは……わからない」


エミリーが小さく息を吸う。

「夢と現実の境界が曖昧になるのも、解離性障害の一種よ。

 決めつけはしないけど、現状を見る限り、“もう1人の人格”の可能性も否定できない」


スタンリーが不安げに眉を寄せる。

「つまり……カイルが、自分を襲った可能性があるってことか? そんな……」


「信じたくはないわ」

エミリーが静かに言葉を継ぐ。

「でも、実際にそういう症例はある。

 しばらくの間、私がカイルの心理プロファイルを取る。異論はない?」


カイルは短い沈黙のあと、低く頷いた。

「……頼む」


「ありがとう。慎重に進める。

 人格の解離か、それとも別の要因か――どちらにしても、君のためよ」


その言葉で、室内の張り詰めた空気がわずかに緩んだ。

だがヴィクターは腕を組んだまま、思案するように黙っている。


「双子の線はニーナが追う。人格面はエミリーが分析。

 ――それでいいな?」


スタンリーが確認するように全員を見渡した。


異論は出なかった。


最後に、スタンリーが小さく呟く。

「もし本当に、もう1人のカイルが存在するなら……

 そいつは、何のためにお前を襲ったんだ?」


誰も答えなかった。

モニターの光だけが、静かに揺れていた。


***


冷却装置の微かな作動音が、静まり返った室内に一定のリズムを刻んでいた。


カイルは金属製の椅子に腰を下ろし、側頭部と首筋にいくつもの電極を装着されている。

コードは背後の分析装置へと伸び、モニターには神経波形が幾重にも重なって映し出されていた。


エミリーは白衣の袖を整え、端末に視線を落とす。

その声は、いつもより抑えられている。


「呼吸を整えて。少しだけ、質問するわ」


「……ああ」


「ここ最近、記憶が曖昧だったことはある?」


「ある。任務のあと、記録を見返しても――

 “どう行動したか”が抜けていることがあった」


モニターの波形がわずかに揺れ、すぐに平坦へ戻る。

エミリーは視線を画面に留めたまま、問いを重ねた。


「そのとき、違う自分に見られているような感覚は?」


「……夢でなら。

 鏡の向こうに、俺と同じ顔の誰かがいた。

 ただ、あいつの目は――俺のものじゃなかった」


「いつから、その夢を?」


「数週間前からだ」


エミリーはデータを記録しながら、装置の指針をわずかに調整する。

淡い青光が脳波パターンの端に広がり、

細かな振動が数秒続いたのち、静止した。


「……興味深い反応ね」


「異常か?」


「そうとは言えないわ。

 ただ、反応が“何か”に近づいたときだけ、波形が微かに共鳴する。

 通常の記憶想起では見られない動きよ」


カイルは無言でモニターを見つめた。

重なり合う線の一つが、もう一方と一瞬だけ重なり、すぐに離れる。

まるで二つの波が触れ合い、互いを避けるようだった。


エミリーは装置の出力を下げ、端末を閉じる。


「今日はここまでにしましょう。

 念のため、データは解析に回す。――無理に結論を出す段階じゃない」


「……分かった」


立ち上がったカイルの頭から、センサーが外されていく。

金属が軽く触れるたび、かすかな音が室内に落ちた。


エミリーは彼の背を見送りながら、小さく呟く。


「……“もう一つの波”。いったい、何を示しているの……?」


その声は、誰にも届かなかった。


CH4

-ゴースト本部1階第1チームデスク-


午後。


エミリーの検査結果が出るまでの時間を埋めるため、カイルはロイクの工房を訪ねた。

中はいつも通り、金属の匂いと熱気に満ちている。


「おう、カイル。なんだ、整備の相談か?」


作業台の向こうで顔を上げたロイクが、油に染みた手でゴーグルを外した。

カイルは返事をせずに近づき、静かに口を開く。


「昨日、襲撃を受けた」


ロイクの表情が引き締まる。

「……誰にだ?」


「分からない。黒いローブにフード。顔は見えなかった。

 だが――構えも、間合いの取り方も、俺とまったく同じだった」


ロイクが眉をひそめる。

「……“同じ”?」


「攻撃の癖、足の運び、視線の動き。

 鏡を見てるみたいだった。

 それに、あいつは第3世代のTSRを使っていた。発光は紅。間違いない」


ロイクは短く息を吐いた。

「……第3世代が、もう一振り?」


「本当にコピーは不可能なのか?

 誰かがデータを盗んで、再現した可能性は?」


ロイクは無言で立ち上がり、作業台に片手をつく。

「……ありえねぇ。

 設計データは存在しない。前にも言ったが、あれはマルコムが“勘”で組み上げた代物だ。

 図面も残ってねぇし、再現できる人間なんざ1人もいねぇ。

 つまり、この世界に存在する第3世代は――お前の一振りだけだ」


カイルは静かに頷き、視線を床へ落とした。


「……まだ調査中だが、そいつのDNAが俺と一致していた。

 双子か、あるいは……二重人格の可能性も疑われている」


ロイクの目が、わずかに揺れる。

「……お前が、そんな馬鹿なことを背負う必要はねぇ。

 自分を責めるな、カイル」


「もし本当に、俺が――」


「違ぇよ」


ロイクは強い口調で遮った。

「俺が見てきた限り、お前ほど真っすぐにTSRを扱える奴はいねぇ。

 あんなもん、技術だけじゃ振れねぇ。心がなきゃ、形にはならねぇんだ」


カイルは目を伏せ、かすかに息を吐く。


「……分かってる。だが、答えが出ない」


ロイクは無言で歩み寄り、カイルの背中を軽く叩いた。

「お前なら、なんとかなるだろぉ」


短い沈黙。


カイルはわずかに頷いた。

「……ありがとう」


その声には、かすかな疲労と安堵が混じっていた。

彼はゆっくりと工房を後にする。


扉が閉まり、足音が遠ざかる。


ロイクは作業台に手を置いたまま、しばらく天井を見上げていた。


「……やはり、“あの機械”の副作用か……?」


油の焦げた匂いの中で、その呟きは機械音に紛れて消えた。


「……一応、保険だけは……」


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