第1部 第12話「紅い襲撃者(1)」前編
CH1
-ゴースト本部からの帰路-
レイチェルの事案の報告書を仕上げ、残業を終えた帰り道だった。
夜の街は音を落とし、風だけが廃ビルの鉄骨を揺らしている。
カイルは言葉もなく路地裏を進む。
視界の端で、月光が一際強く反射した。
――その瞬間、空気が裂けた。
「……来るなら、出てこい」
低く抑えた声に応えるように、闇の奥から影が滲み出る。
全身を黒いローブで覆い、顔はフードの奥に沈んでいた。
握られたTSRが、血を思わせる紅の光を帯びている。
「……またお前か」
返答はない。
影は静かに踏み出し、次の瞬間、金属音が弾けた。
突き、捻り、打ち。
その一連の動きは、カイルのそれとほとんど変わらない。
型も構えも、鏡に映したかのようだった。
「ッ……速い!」
蒼と紅の光が夜空で交錯する。
カイルが守りに入れば、相手は即座に攻めへ転じる。
まるで次の一手を知っているかのように。
(完全に読まれてる……いや、違う。こいつ、俺の動きを“知っている”)
強烈な回転打撃。
金属の衝突が足元の鉄板を震わせ、悲鳴を上げさせた。
跳び退いたカイルは荒い息のまま、相手を睨む。
「なぜ俺と同じTSRを持っている……!」
沈黙。
紅いTSRがわずかに震え、月光を返す。
次の瞬間、襲撃者は低く沈み、地面を蹴った。
距離が一気に詰まる。視界が揺れる。
交差――衝突――火花。
その刹那、カイルの防御が遅れた。
腹部に突きが入り、息が詰まる。
「ぐっ……!」
倒れ込みながら、反射的に右のTSRを振り抜く。
殴打のような一撃。
ガンッ――!
衝撃が襲撃者の左頬を捉えた。
紅い光が一瞬かすみ、鮮血が夜気に散る。
血飛沫が、カイルの右のTSRの柄に熱を残して貼りついた。
(……血、か……?)
その隙を突き、襲撃者は跳び退く。
左頬を押さえたまま、月明かりの下でカイルを見下ろしていた。
「……何者だ、お前は!」
問いに、静寂が落ちる。
やがて――低く、確かな声が返った。
「……アリウス。」
「アリウス……? だと……?」
カイルが息を呑む。
その瞬間、紅い光がふっと揺らぎ、影は闇へ溶けるように消えた。
残ったのは、静寂と――TSRに刻まれた、わずかな血の跡だけ。
カイルは蒼いTSRを見下ろし、荒い呼吸のまま呟く。
「……アリウス。お前は、一体……何者だ……」
CH2
-ゴースト本部1階第1チームデスク-
翌朝。
第1チームのデスクには、まだ朝の光が斜めに差し込んでいた。
昨夜の襲撃から、わずか数時間しか経っていない。
カイルは報告書の草稿を端末にまとめ、静かに卓上へ置いた。
「――襲撃は、二度目だな」
最初に口を開いたのはバニングだった。
低く落ち着いた声だが、その奥にははっきりとした警戒がある。
「はい。対象は前回と同1人物と思われます。黒いローブにフード。顔は確認できていません。ただ――」
カイルは一度、短く息を整えた。
「――俺と同じ型のTSRを使用していました」
室内の空気が、目に見えて張り詰める。
ニーナが眉をひそめた。
「同じ型って……第3世代でしょ? 一振りしかないはずじゃない」
「間違いありません。外装、動作反応ともに完全一致でした。
ただし、発光色が……紅でした」
沈黙。
ヴィクターが腕を組み、無機質な声で呟く。
「第3世代は試作のみ。生産記録も設計情報も、設計者であるマルコム本人が破棄している。
……理屈の上では、この世に“もう一振り”存在するはずがない」
「コピー品の線は?」とニーナ。
スタンリーが首を振った。
「出力反応を偽装できるほどの技術は、現行の民間研究には存在しない。
外装構造まで一致しているとなると……偶然では説明できない」
バニングは資料を閉じ、低く言った。
「カイル。何か心当たりはあるか?」
カイルは短く息を吐いた。
「ありません。動きは俺に酷似していましたが、構えや癖にはわずかな違いがあった。
戦闘の最後に一度、相手の頬を打っています。血液がこちらのTSRに付着しました」
全員の視線が、カイルの右手へ集まる。
蒼のTSR。その柄の一部に、乾きかけた赤がかすかに残っていた。
スタンリーが一歩前に出る。
「サンプルとして採取できますね。DNA解析に回しましょう」
バニングが頷く。
「CIARに依頼を出せ。エミリー・ハートマンのチームに回す。信頼できる」
「了解です」
カイルは短く答えた。
バニングは椅子から立ち上がり、全員を見渡す。
「いいか。これは偶然じゃない。
第3世代が二振り存在する――その事実が何を意味するのか、冷静に見極める必要がある」
短い沈黙のあと、
「以上だ」と告げて、ミーティングは終わった。
カイルは立ち上がり、無言でTSRを検査用ケースに収める。
柄に残った赤は、まだ完全には乾ききっていなかった。
CH3
-CIAR 4階第2研究室-
白い光が壁面に反射し、無機質な機器音だけが低く続いていた。
カイル、スタンリー、ニーナは、TSRに残された襲撃者の血液を解析するため、アカネに作業を依頼していた。
ラボの片隅で、カイルは腕を組んだまま立ち、
アカネとスタンリーのやり取りを黙って見つめている。
アカネは端末操作の手を止め、薄く唇を結んだ。
モニターには複数の遺伝子配列が並び、比較グラフが緩やかに点滅している。
「……何か所採取しても、結果は同じね」
声はわずかに硬い。
「このDNA配列……一致率は99.9999%。ほぼ完全一致。……でも、これは――」
スタンリーが身を乗り出す。
「どういうことだ?」
アカネは視線を画面に固定したまま、眉をわずかに寄せた。
「……カイルと同じDNA配列よ」
一瞬、空気が止まった。
ニーナが低く呟く。
「まさか。カイルの血液が混ざったとかじゃないわよね?」
「確認済みよ。TSRに残っていた付着物は、少なくとも30か所から採取している。
検体の混入は考えにくいわ」
スタンリーは短く息を吸い、画面に目を落とす。
「……理論的にありえない。
同一の遺伝子構造を持つ個体が、別に存在するなんて――」
カイルは言葉を失ったまま、モニターの光を見つめていた。
数字の羅列が、脈打つように視界に映る。
「……どういうことだ……俺と同じ、だと……?」
その声に、アカネが振り返る。
一瞬だけ、彼女の表情が揺れた。
だがすぐに研究者の顔に戻り、静かに言う。
「……もう一度検証する。サンプルはCIARに保管するわ。
他の検体との照合も進めてみる」
スタンリーが頷いた。
「ゴーストにも報告を上げておく。……君も少し休め、カイル」




