第1部 第10話「静かな通報(1)」前編
CH1
-アカネの実家-
夕食の席には、
カイルの父・マルコム、アカネの両親――満男とスーザン、
そしてアカネの弟・アキトとカイルが揃っていた。
暖色の照明がテーブルを照らし、
手料理の香りが穏やかに立ち上る。
家庭の温度が、そのまま部屋を満たしていた。
久しぶりに、カイルの肩から力が抜ける。
「僕、将来はゴーストに入るつもりなんだ」
箸を置き、アキトが静かに言った。
年齢に似合わない、真っ直ぐな眼差し。
「目標は、カイルみたいに……
正しいかどうか分からなくても、守るって決めて前に出られる人間になることです」
照れたように笑うカイルを見て、アカネが微笑む。
だがすぐに、その表情を引き締めた。
「……そういえば、今日ちょっと気になることがあったの。
カイル、話してみて」
促され、カイルは一息置いてから、
夕暮れの路地で遭遇した“ローブの襲撃者”について語り始めた。
「……まるで、自分自身と戦ってるみたいだった。
構えも、動きも、完全に俺と同じだった。
しかも――使っていたのは、俺のTSRと同型だ。
蒼じゃなくて、紅く光っていた」
アキトが眉を上げる。
「紅く……?」
カイルは頷いた。
「出力も精度も、俺以上かもしれない。
……あれは、ただの模倣じゃない」
アカネが静かに補足する。
「私が駆けつけたときには、もう姿はなかった。
でも、確かに……単なる襲撃には見えなかったわ」
その瞬間、マルコムと満男が、ほぼ同時に箸を止めた。
2人の視線が、言葉もなく交錯する。
食卓の空気が、わずかに張りつめた。
「……まさか」
「……いや、断定はできん」
マルコムの言葉に、満男が静かに頷く。
何かを共有している――それだけは明らかだった。
だが、その続きを口にする者はいなかった。
重くなりかけた空気を、スーザンが柔らかく断ち切る。
「さあ。せっかくみんな揃ってるんだから、難しい話は後にしましょう?」
アカネも笑顔を作り、話題を引き戻す。
「そういえばアキト、カイルに聞きたいことがあるんでしょ?」
「え? あ、うん……じゃあ一つだけ」
アキトは姿勢を正し、真剣な表情になる。
「TSRって、実際どんな感覚なんですか。
共鳴って……自分の意思が“拡張”される感じなんですか?」
カイルは一瞬、意外そうに目を瞬かせた。
それから、ゆっくりと笑う。
「……鋭いな。
そうだな……身体の延長っていうより、
“もう1人の自分”が隣にいる感じに近い」
「なるほど……やっぱり、そうなんですね」
アキトは小さく頷き、箸を取った。
その横顔には、憧れだけではない、確かな志が宿っている。
再び、食卓に笑い声が戻る。
温かな会話が、ゆっくりと流れ始めた。
それでも――
カイルの胸の奥には、先ほどの一瞬が深く残っていた。
マルコムと満男の視線。
まるで、“何か”を知っている者の目。
そして、胸の底で静かに広がる違和感。
何かが、確かに動き始めた――
そんな予感だけが、消えずに残っていた。
CH2
-アシュフォード研究所への帰路-
楽しい会食のあと、カイルとマルコムは夜風の中を並んで歩いていた。
アカネの家を出てからも、2人の間には穏やかな余韻が残っている。
「アキト、だいぶ成長してたな。君が最初に会った頃は、まだ子供だったのに」
「……ああ。いつの間にか、俺の背を追い越しそうだ」
マルコムが小さく笑った。
「君に憧れているんだろう。そういう目をしていた」
「……俺なんかに憧れても、ろくなことないさ」
冗談めかして返したカイルだったが、その笑みはすぐに消えた。
ふいに、目の奥が鋭く疼く。
視界がわずかに揺らぎ、遠くで耳鳴りが唸った。
その瞬間、頭の内側に――“誰かの声”が割り込んでくる。
――「アカネぇっ!」
燃え盛る炎。崩れ落ちる天井。
7年前、CIARで起きた火災事故。
(……これは、あのときの……?)
瓦礫の下、動かない赤い白衣。
血に染まった彼女の姿が、視界に焼き付く。
「……っ!」
息を呑んだ瞬間、映像は霧のように掻き消えた。
残ったのは、胸の奥に沈む冷たい痛みだけ。
マルコムが足を止める。
「……カイル? 今の顔……どうした」
カイルは呼吸を整え、無理に笑みを作った。
「……いや。目の前が、ちょっとチカッとしただけだ。大丈夫」
マルコムは、その言葉を完全には信じきれない様子で、静かに息をつく。
「……そうか。だが、また何か感じたら黙っているな。
君の中で起きていることは――」
一瞬、言葉を切り、苦く笑った。
「……親としても、研究者としても、気になる」
カイルはわずかに視線を落とし、再び歩き出す。
「……また、あのときの……」
夜風が通り過ぎる。
彼の歩幅は、先ほどよりもわずかに重くなっていた。
CH3
-ゴースト本部地下訓練施設-
訓練施設の床に、鋭い金属音が走った。
カイルとヴィクターのTSRが火花を散らして交差する。
一撃ごとに床が低く鳴り、電磁アクチュエーターの駆動音が室内に残響した。
「……悪くないな。反応、前より早くなってる」
軽く息を整えながら、ヴィクターが言う。
「そっちこそ。防御の角度、わざとずらしただろ」
「気づいたか。相変わらず勘だけは鋭い」
再びTSRがぶつかる。
だがその応酬には、敵意よりも呼吸の一致があった。
互いの癖も、間合いも、すでに体が覚えている。
カイルが踏み込み、ヴィクターが身をひねって受け流す。
刹那、どちらの口元にもわずかな笑みが浮かんだ。
「なあ、ヴィクター。こうしてると、訓練校の頃を思い出すな」
「俺は、もう少し静かに稽古したかったがな」
「それ、10年前から言ってる」
再度、TSRがクロスする。
衝撃音が弾け、2人は同時に距離を取った。
「……引き分けだな」
「まだだ。もう一手――」
「──はーいはーい、そこの熱血ペア、ストーップ!」
軽快な声が割り込む。
振り返ると、黒いジャケットの男が手を振っていた。
短く刈った髪、広い肩。狙撃手らしい身軽さと、鍛え抜かれた体躯。
そして何より、場の空気を和らげる、飄々とした笑顔。
「……ノア」
「よっ、久しぶり。見学に来たらさ、何これ。修羅場?
俺の妹いなくてよかったわ」
ノア・ブルーダー。第5チームの狙撃担当。
ニーナの兄で、カイルとヴィクターの同期。
軽口の切れ味と、妹絡みの過保護さでは有名だった。
「修羅場じゃねぇ。ただの訓練だ」
「訓練でこの殺気? やっぱ第1チーム怖ぇな」
ノアは歩み寄り、床に転がる訓練用TSRをつま先で軽く転がす。
「それにしても……息、ピッタリだな。
外から見たら、どっちが攻めてるか分かんねぇぞ」
ヴィクターは肩で息をし、口元だけを緩めた。
「毎日顔合わせてりゃな。合いすぎるのも問題だが」
カイルも小さく笑う。
「お前も混ざればいい。狙撃手の反応、近接で試してみるか?」
「やめてくれ。俺の骨、そんな丈夫じゃない」
軽口に、場の緊張がほどける。
「で、本題な。上から呼び出しだ。例のCIARの件、技師が来る」
「CIAR……」
カイルが短く呟く。
「俺も同行だ。移動中にでも話そうぜ。
あ、行きの車でパン買ってくから」
「……相変わらずだな」
「訓練明けの糖分は命だろ? 隊員の常識」
ヴィクターが呆れたように息を吐く。
「ほんと、お前らといると退屈しねぇ」
カイルは肩をすくめ、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「……たまには、こういう時間も悪くない」
模擬戦の余熱と、笑い声が残る訓練場。
それは、戦いの日々の合間にわずかに差し込む――
確かな“日常”の断片だった。




