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I,another  作者: Akatsuki.S
19/21

第1部 第10話「静かな通報(1)」前編

CH1

-アカネの実家-


夕食の席には、

カイルの父・マルコム、アカネの両親――満男とスーザン、

そしてアカネの弟・アキトとカイルが揃っていた。


暖色の照明がテーブルを照らし、

手料理の香りが穏やかに立ち上る。

家庭の温度が、そのまま部屋を満たしていた。

久しぶりに、カイルの肩から力が抜ける。


「僕、将来はゴーストに入るつもりなんだ」


箸を置き、アキトが静かに言った。

年齢に似合わない、真っ直ぐな眼差し。


「目標は、カイルみたいに……

正しいかどうか分からなくても、守るって決めて前に出られる人間になることです」


照れたように笑うカイルを見て、アカネが微笑む。

だがすぐに、その表情を引き締めた。


「……そういえば、今日ちょっと気になることがあったの。

 カイル、話してみて」


促され、カイルは一息置いてから、

夕暮れの路地で遭遇した“ローブの襲撃者”について語り始めた。


「……まるで、自分自身と戦ってるみたいだった。

 構えも、動きも、完全に俺と同じだった。

 しかも――使っていたのは、俺のTSRと同型だ。

 蒼じゃなくて、紅く光っていた」


アキトが眉を上げる。

「紅く……?」


カイルは頷いた。

「出力も精度も、俺以上かもしれない。

 ……あれは、ただの模倣じゃない」


アカネが静かに補足する。

「私が駆けつけたときには、もう姿はなかった。

 でも、確かに……単なる襲撃には見えなかったわ」


その瞬間、マルコムと満男が、ほぼ同時に箸を止めた。

2人の視線が、言葉もなく交錯する。


食卓の空気が、わずかに張りつめた。


「……まさか」

「……いや、断定はできん」


マルコムの言葉に、満男が静かに頷く。

何かを共有している――それだけは明らかだった。

だが、その続きを口にする者はいなかった。


重くなりかけた空気を、スーザンが柔らかく断ち切る。

「さあ。せっかくみんな揃ってるんだから、難しい話は後にしましょう?」


アカネも笑顔を作り、話題を引き戻す。

「そういえばアキト、カイルに聞きたいことがあるんでしょ?」


「え? あ、うん……じゃあ一つだけ」


アキトは姿勢を正し、真剣な表情になる。


「TSRって、実際どんな感覚なんですか。

 共鳴って……自分の意思が“拡張”される感じなんですか?」


カイルは一瞬、意外そうに目を瞬かせた。

それから、ゆっくりと笑う。


「……鋭いな。

 そうだな……身体の延長っていうより、

 “もう1人の自分”が隣にいる感じに近い」


「なるほど……やっぱり、そうなんですね」


アキトは小さく頷き、箸を取った。

その横顔には、憧れだけではない、確かな志が宿っている。


再び、食卓に笑い声が戻る。

温かな会話が、ゆっくりと流れ始めた。


それでも――

カイルの胸の奥には、先ほどの一瞬が深く残っていた。


マルコムと満男の視線。

まるで、“何か”を知っている者の目。


そして、胸の底で静かに広がる違和感。

何かが、確かに動き始めた――

そんな予感だけが、消えずに残っていた。


CH2

-アシュフォード研究所への帰路-


楽しい会食のあと、カイルとマルコムは夜風の中を並んで歩いていた。

アカネの家を出てからも、2人の間には穏やかな余韻が残っている。


「アキト、だいぶ成長してたな。君が最初に会った頃は、まだ子供だったのに」

「……ああ。いつの間にか、俺の背を追い越しそうだ」


マルコムが小さく笑った。

「君に憧れているんだろう。そういう目をしていた」


「……俺なんかに憧れても、ろくなことないさ」


冗談めかして返したカイルだったが、その笑みはすぐに消えた。


ふいに、目の奥が鋭く疼く。

視界がわずかに揺らぎ、遠くで耳鳴りが唸った。

その瞬間、頭の内側に――“誰かの声”が割り込んでくる。


――「アカネぇっ!」


燃え盛る炎。崩れ落ちる天井。

7年前、CIARで起きた火災事故。


(……これは、あのときの……?)


瓦礫の下、動かない赤い白衣。

血に染まった彼女の姿が、視界に焼き付く。


「……っ!」


息を呑んだ瞬間、映像は霧のように掻き消えた。

残ったのは、胸の奥に沈む冷たい痛みだけ。


マルコムが足を止める。

「……カイル? 今の顔……どうした」


カイルは呼吸を整え、無理に笑みを作った。

「……いや。目の前が、ちょっとチカッとしただけだ。大丈夫」


マルコムは、その言葉を完全には信じきれない様子で、静かに息をつく。

「……そうか。だが、また何か感じたら黙っているな。

 君の中で起きていることは――」


一瞬、言葉を切り、苦く笑った。

「……親としても、研究者としても、気になる」


カイルはわずかに視線を落とし、再び歩き出す。

「……また、あのときの……」


夜風が通り過ぎる。

彼の歩幅は、先ほどよりもわずかに重くなっていた。


CH3

-ゴースト本部地下訓練施設-


訓練施設の床に、鋭い金属音が走った。


カイルとヴィクターのTSRが火花を散らして交差する。

一撃ごとに床が低く鳴り、電磁アクチュエーターの駆動音が室内に残響した。


「……悪くないな。反応、前より早くなってる」


軽く息を整えながら、ヴィクターが言う。


「そっちこそ。防御の角度、わざとずらしただろ」

「気づいたか。相変わらず勘だけは鋭い」


再びTSRがぶつかる。

だがその応酬には、敵意よりも呼吸の一致があった。

互いの癖も、間合いも、すでに体が覚えている。


カイルが踏み込み、ヴィクターが身をひねって受け流す。

刹那、どちらの口元にもわずかな笑みが浮かんだ。


「なあ、ヴィクター。こうしてると、訓練校の頃を思い出すな」

「俺は、もう少し静かに稽古したかったがな」

「それ、10年前から言ってる」


再度、TSRがクロスする。

衝撃音が弾け、2人は同時に距離を取った。


「……引き分けだな」

「まだだ。もう一手――」

「──はーいはーい、そこの熱血ペア、ストーップ!」


軽快な声が割り込む。


振り返ると、黒いジャケットの男が手を振っていた。

短く刈った髪、広い肩。狙撃手らしい身軽さと、鍛え抜かれた体躯。

そして何より、場の空気を和らげる、飄々とした笑顔。


「……ノア」


「よっ、久しぶり。見学に来たらさ、何これ。修羅場?

 俺の妹いなくてよかったわ」


ノア・ブルーダー。第5チームの狙撃担当。

ニーナの兄で、カイルとヴィクターの同期。

軽口の切れ味と、妹絡みの過保護さでは有名だった。


「修羅場じゃねぇ。ただの訓練だ」

「訓練でこの殺気? やっぱ第1チーム怖ぇな」


ノアは歩み寄り、床に転がる訓練用TSRをつま先で軽く転がす。


「それにしても……息、ピッタリだな。

 外から見たら、どっちが攻めてるか分かんねぇぞ」


ヴィクターは肩で息をし、口元だけを緩めた。

「毎日顔合わせてりゃな。合いすぎるのも問題だが」


カイルも小さく笑う。

「お前も混ざればいい。狙撃手の反応、近接で試してみるか?」


「やめてくれ。俺の骨、そんな丈夫じゃない」


軽口に、場の緊張がほどける。


「で、本題な。上から呼び出しだ。例のCIARの件、技師が来る」


「CIAR……」


カイルが短く呟く。


「俺も同行だ。移動中にでも話そうぜ。

 あ、行きの車でパン買ってくから」


「……相変わらずだな」

「訓練明けの糖分は命だろ? 隊員の常識」


ヴィクターが呆れたように息を吐く。

「ほんと、お前らといると退屈しねぇ」


カイルは肩をすくめ、ほんの少しだけ表情を和らげた。

「……たまには、こういう時間も悪くない」


模擬戦の余熱と、笑い声が残る訓練場。

それは、戦いの日々の合間にわずかに差し込む――

確かな“日常”の断片だった。

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