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I,another  作者: Akatsuki.S
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第1部 第9話「継承と誓い(4)」後編

***


紫劉は静かにアレンの前へ歩み寄った。

金色の光を帯びた瞳が、まっすぐに彼を捉える。


「……アレン。妹を頼む」


アレンは一瞬息を詰め、それから深くうなずいた。

「……はい。一生をかけて紫苑を守ります。……兄さん」


その言葉に、紫劉はわずかに目を細める。

「……なんとも、歯痒い」


思わず、笑いが漏れた。


張りつめていた空気が、ようやくほどける。

マリナがふっと笑い、ニーナも肩の力を抜いた。

スタンリーの口元にも、かすかな笑みが浮かぶ。


紫劉は折れた煌刀の柄を拾い上げ、軽く肩に担ぐ。

そして振り返り、声を張った。


「では――カイル!

 真に見事な闘いであった!

 また、いずれ本気でやり合おうぞ!」


風が吹き抜け、外套が揺れる。

そのまま背を向け、白い霧の向こうへと歩み去っていった。


残された一同は、その背中を黙って見送る。


カイルは額に手を当て、深く息を吐く。

「……もう、勘弁してくれ……」


そのうんざりした声に、今度は誰もが笑った。


夜明けの光がゆっくりと広がり、

長い戦いの終わりを、静かに告げていた。


CH2

-ゴースト本部第1チームデスク-


3日後。

カイルは静かに姿勢を正し、バニングのデスクの前に立っていた。

報告書の束に挟まれた電子タブレットが、室内のわずかな光源となっている。


「――以上が、ナノティラス関連事件の最終報告です。

 アレン・ホルムズの知識消去は成功。人格および記憶に異常は確認されていません。

 ナノティラス関連データはすべてCIAR封印庫へ移送済み。

 現時点で、外部への流出リスクはゼロと判断します」


報告を終えると、短い沈黙が落ちた。


やがて、バニングが椅子の背にもたれ、低く言った。

「……よくやってくれた、カイル。

 第1チームの対応で、被害は最小限に抑えられた。

 ナノティラスに関するすべてのデータは、CIAR封印庫に移送され、永久封印となった。

 あの技術が、再び戦いの道具として使われることはない」


言葉の余韻が、静かな空気の中に溶けていく。


カイルはゆっくりと頷いた。

だが、その瞳の奥には、わずかな迷いの影が残っている。


――本当に、それで終わったのか。


視線の先、デスクの上に置かれた報告書の表紙。

そこに刻まれた文字列が、静かに光を放っていた。


NANOTIRAS PROJECT ― TERMINATED


残されたものは、ただひとつ。


――“生きるための材料”という想い。


それは誰の手にも渡ることなく、

それでも確かに存在した証として、

人々の記憶の奥に、温かな光のように静かに残り続けていた。


CH3

-夕暮れの路地裏-


その日の夕暮れ。

街はゆるやかに色を沈め、空気に一日の余熱を残していた。


カイルは歩きながら、手にした携帯端末に一瞥を向ける。

画面に残る短い文。


「今日はうちで夕食だよ。父さんも母さんも楽しみにしてる。——アカネ」


マルコムも招かれていると聞いた。

久しぶりに、任務から切り離された穏やかな時間が訪れるかもしれない。

そんな予感を胸に、ゴースト本部から駅へ向かう通りを進む。


「……アカネの母さんの煮込み料理、また出るかな」


小さく息を吐くように呟き、口元がわずかに緩む。

遠くに、カフェ《レイライン》の看板が見えた。

今日はそこでアカネと待ち合わせ、並んで彼女の家へ向かう――そのはずだった。


だが、その瞬間。


――空気が、揺れた。


耳元をかすめる、微かな風切り音。

何かが、屋根の上から落ちてくる。


カイルは反射的に身構えた。

次の瞬間、影が音もなく、目の前の路地に降り立つ。


全身をローブで覆い、顔はフードの奥に沈んでいる。

だが、右手に握られたものを見た瞬間、呼吸が止まった。


(あか)く脈動するTSR。

形状は、自分の“蒼”と寸分違わない同型。


「……お前は、誰だ」


返答はない。

影は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

空気が震え、足元の瓦礫がわずかに転がった。


――殺気。


次の瞬間、紅い光が弾ける。

衝撃音が路地を満たし、金属と金属が激突した。


蒼と紅。

2本のTSRがぶつかり合い、光の弧を描く。

火花が散り、空気が焼けるような音が響いた。


「ぐっ……!」


弾き飛ばされながらも、カイルは即座に体勢を立て直す。


(速い……。それに――)


相手は一歩先を踏み込み、構えを取る。

踏み込み、受け流し、反撃。

その一連の動作が、まるで鏡写しのように一致していた。


(……俺の技だ。いや、それ以上だ)


紅のTSRが振るわれるたび、路面が抉れる。

空気の流れすら読まれているかのようで、わずかな遅れが致命傷になりかねない。


「なぜ……俺と同じTSRを……!」


声は、紅い閃光にかき消された。

回転、跳躍、打撃、そして予測不能な反転。

まるで、“次の自分の動き”を先に知っているかのようだった。


(反応速度も、踏み込みも……完全に一致している……)


恐怖と高揚が同時に込み上げる。

自分の延長線上に立つ存在。

“もう1人の自分”が、そこにいる感覚。


紅のTSRがうなりを上げた、その瞬間。

脳裏に、ふと一つの言葉がよみがえった。


――「この世界で“完全試作型”が現存しているのは、それ一振りだけだ」


ロイクの声。

ならば、目の前の“紅”は、何なのか。


そのとき――


「カイル!? 大丈夫!?」


アカネの声が響いた。

振り向いた、その一瞬。


紅い光が、ふっと消える。

ローブの男の瞳に、“迷い”のような影が揺れる。


そして、跳躍。

紅い残光を残し、闇の中へと溶けるように消えた。


残されたのは、焦げたアスファルトと、

蒼く脈打つTSRの残光だけ。


「……今のは……」


駆け寄るアカネの気配を背に、

カイルはTSRを下ろし、荒い呼吸のまま空を仰いだ。


「俺と……同じ動きだった。

 まるで、俺自身が襲ってきたみたいに……」


風が、ひときわ冷たくなる。

胸の奥で、得体の知れない不安が、静かに形を取り始めていた。

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