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I,another  作者: Akatsuki.S
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第1部 第8話「継承と誓い(3)」後編

***


カイルは紫劉の身体を仰向けにし、拘束具を手際よく装着した。

巨体がわずかに痙攣するが、意識は完全に失われている。

その顔には、死闘の果てに訪れたような、かすかな静けさが浮かんでいた。


霧の中に、ようやく静寂が戻る。


セーフハウスの方角から、複数の足音が近づいてきた。

金属を踏む硬質な音。小走りで駆け寄る気配だ。


「カイル!」


最初に声を上げたのはニーナだった。

その瞳は真っ先にカイルの無事を確かめている。


少し遅れて、スタンリーが姿を見せた。

携行端末を片手に、息を整えながら周囲を見回す。


「……こいつが、侵入者か」


淡々とした声の奥に、抑えきれない緊張が滲む。

端末のスキャナを向け、拘束された男の生体反応を確認した。


さらにマリナが歩調を速めてやって来た。

右腕には簡易的な包帯が巻かれている。


「まったく……とんでもない相手だね。

 これがもう1人いたら、拠点が吹き飛んでたよ」


冗談めかした口調だったが、声にははっきりと疲労が混じっていた。


カイルは3人を見渡し、短く頷く。

「全員、無事か」


「どうにかね」ニーナが息を吐く。

「救護車はもう手配した。搬送班が来るまで15分」


スタンリーが淡々と続けた。

「周囲の霧は自然現象だ。ただし、残留熱源反応がある……あの刀だな」


マリナは折れた金色の刃に視線を落とし、眉をひそめる。

「折れてる……カイル、どうやったの?」


彼はわずかに肩をすくめた。

「長くなる。後で説明する」


短い沈黙が流れる。


戦場の匂いの中で、ようやく誰もが、戦いが終わったことを実感し始めていた。


輸送車のドアを開け、カイルはアレンとシオンを外へ促す。

「もう大丈夫だ。脅威は排除した」


2人は足を踏み出し――目の前の光景に息を呑む。


「……まさか、こいつが……」

「そうだ。例の忍者だ」


シオンの瞳が、一瞬だけ揺れた。

何か言いかけたように唇が動くが、すぐに閉じられる。

驚きとも、懐かしさともつかない微妙な表情。

その変化を、カイルは見逃さなかった。


(……今の反応は……?)


問いは、胸の奥に押し戻した。


沈黙の中、折れた煌刀が朝の光を鈍く反射する。

金色の刃は根元から割れ、内部の層構造が露わになっていた。


「……これを、どうやって折ったんだ?」


アレンの声は、わずかに震えている。


カイルは欠けたTSRを見下ろしながら答えた。

「刀の斬撃をTSRでいなしたとき、火花が散っていた。

 その瞬間に思い出した。ナノティラスは局所的な熱衝撃に弱い」


「同じ場所だけを何度も受け流した。

 火花を散らしながら、同一点を熱で傷め続けた。

 ……10回目あたりで、限界が来たんだと思う」


アレンはゆっくりと頷く。

「簡単に言うけど、それは相当難しい。

 動きながら同じ箇所を狙い続けるなんて、並の集中力じゃ無理だ。

 カイルの戦闘センスと、TSRを信じ切ってなきゃできない」


カイルは苦く笑った。

「賭けに近かった。……本当に、ギリギリだ」


その言葉に、背後から聞き慣れた声が返る。

「ギリギリで勝てるなら、十分だよ、カイル」


振り返ると、ニーナが立っていた。


隣でスタンリーが眼鏡の奥から視線を向ける。

「数値的にも異常だ。

 戦闘データの加速度ログが……人間の限界を超えている」


冷静な口調の奥に、わずかな驚嘆が滲んでいた。


マリナが腕を組み、深く息をつく。

「やっぱり、あんたはただの現場屋じゃないね。

 経験と勘だけじゃない。

 頭も切れるし、運も持ってる」


カイルは肩をすくめる。

「運があったのは確かだ。

 どっちに転んでも、おかしくなかった」


ニーナが小さく笑った。

「でも転ばなかった。それで十分」


その一言に、誰もが小さく頷いた。


遠くで、救護車両のサイレンがかすかに鳴り始める。

霧が晴れ、淡い朝の光が差し込んできた。


その光の中で、カイルはもう一度、シオンの横顔を見た。

彼女の瞳の奥には、言葉にならない影が、静かに沈んでいた。


***


マリナが肩を回し、深く息を吐いた。

「さて……今回の件は一段落、だね。

 かなり際どかったけど、防衛目標は無事だった」


カイルは視線を落としたまま、しばらく黙っていた。

やがて、低く、絞り出すように口を開く。


「……いや。まだ終わっていない」


一同の動きが止まった。

その声には、揺るぎのない確信が滲んでいた。


「昨晩、セーフハウスで――

 奴を中に招き入れた“内通者”がいる」


空気が凍りつく。


スタンリーが端末を握りしめ、眉をひそめた。

「……確かに、外部侵入の痕跡はなかった。

 内部から解錠された形跡がある」


カイルは一度、深く息を吸う。

そして顔を上げた。

その視線は、迷いなくシオンを捉えていた。


「率直に言う。

 昨晩、奴を手引きした内通者は――

 あなたですよね、シオン」


言葉が落ちた瞬間、場の温度が一段階下がった。


マリナが息を呑む。

「……何、言ってるんだ?」


ニーナが思わず一歩踏み出す。

「待って……そんなはずない。

 シオンさんが、内通者だなんて――」


スタンリーは言葉を失い、

視線だけがカイルとシオンの間を行き来していた。


シオンは何も言わず、俯いたままだった。

肩が、わずかに震えている。


沈黙が長く伸びる。

遠くで鳴るサイレンの音だけが、かすかに耳に届いた。


やがて――

シオンはゆっくりと顔を上げた。


微笑とも呼べない、かすかな表情が唇の端に浮かぶ。


「……どうして、そう思ったの?」


声は震えていない。

怒りもない。

ただ静かで、どこか諦めを帯びていた。


誰も、すぐには言葉を発せなかった。

風が吹き抜け、折れた煌刀の刃先が淡く光を返す。


その冷たい光の中で、

伏せられていた真実が――ようやく、輪郭を持ち始めていた。

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