表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
I,another  作者: Akatsuki.S
12/22

第1部 第6話「継承と誓い(1)」後編

CH4

-ゴースト本部第1チームデスク-


壁面のホログラムに、アレン・ホルムズの神経データが静かに投影されていた。

淡い光の線が幾重にも重なり、脳内活動は無機質な図形として整然と並んでいる。


その前で、バニングは腕を組んだまま端末に視線を落としていた。

声は低く、抑揚をほとんど含まない。


「人格移植そのものの安定化は順調だ。だが――対象が“知識データ”となると話は別だ。

CIAR単独での監視には限界がある。第1チームで経過観察を行う。カイル、お前が同行しろ」


カイルは一拍置き、短く息を吸った。


「……監視、ですか」


「名目上は“経過観察”だ。

精神状態の安定と、研究内容の管理。その両方が必要になる。

この研究は、CIARと提携する臨床部門で進められている」


カイルはホログラムから目を離さず、静かに頷いた。


「例の新素材……“ナノティラス”ですね」


「ああ。正式名称はまだ定まっていない。

分子層を粒界単位で制御する技術らしい。

既存のセラミックスより高い靭性を持たせられる。

理論上は、折れない骨格構造の再現が可能だ」


「……OI(骨形成不全症)治療への応用、ですか」


「そうだ。マーカス・バイン博士の遺志だ。

技術を生かして“人を立たせる”。――見届けてこい」


***


―― 一週間後。


灰色の空の下、マーカス・バインの葬儀は静かに執り行われていた。

風は弱く、雲の切れ間から淡い光が差し込んでいる。


アレンは喪服の袖口を強く握りしめ、棺の前に花を置いた。

その背後で、カイルは一歩距離を取り、言葉を挟まずに立っていた。


「先生は言ってた。“この素材は、骨よりも人間らしい”って。

強くて、でもしなやかで――折れないんだ」


かすかな笑みを浮かべ、アレンは棺を見下ろす。


「……あんたが、その意思を継ぐんだな」


「ああ。必ず成功させる」


声は低く、静かだった。だが、そこに迷いはなかった。

灰色の空の下で、2人の視線だけが、同じ一点に重なっていた。


CH5

- CIAR提携再生医療ラボ-


光に満ちた観察室。

透明なシリンダーの中で、人工骨格がゆっくりと形を変えていた。

OI患者の少女が小さく笑みをこぼし、ガラス越しにアレンが穏やかに頷く。


「ナノティラスの粒界は、微細な動きを許容できる。

 つまり、衝撃を“いなす”構造になってる。

 硬さじゃなく、しなやかさで支える。だから折れないんだ」


カイルは腕を組み、試験体から目を離さない。

「なるほど……硬くするんじゃなく、柔らかく“耐える”わけか」


アレンが静かに頷く。

「そう。セラミックスは確かに硬いけど、衝撃には弱い。

 だから金属を混ぜて“サーメット”って複合材料が生まれた。

 金属の粘りと、セラミックスの硬さを両立させたんだ。

 でも――それでも限界があった」


「限界?」


「硬い材料ほど靭性が低く、脆い。つまり衝撃に弱い。

 硬さと靭性は相反する性質で、両立は長年の課題だった」


カイルは短く息を吐く。

「……その矛盾を越えたのが、ナノティラスか」


「そう。粒界――結晶の境界そのものを原子レベルで設計してる。

 硬い部分と柔らかい部分を構造の中で共存させて、

 力が加わったときに分散して受け止める。

 “壊れない”んじゃない。“壊れにくい関係”を作るんだ」


ガラス越しに、光の骨格がかすかに脈動する。

それは、どこか生き物の鼓動を思わせた。


カイルがわずかに笑う。

「高校じゃ化学は好きだったけど……ここまで来ると、もう芸術だな」


アレンも小さく微笑んだ。

「芸術、か。……いい表現だね。先生もそう言ってた。

 『構造には美が宿る』って。

 でも僕は、それを“生きるための材料”にしたい。

 人がまた立ち上がるための構造――そういう意味で」


カイルは答えず、光の骨格を見つめ続けた。

穏やかな脈動が、確かに“命”を宿しているように見えた。


この研究は、CIARと提携する臨床部門で進められている。

カイルはバニングの命令により、経過観察のためここへ派遣されていた。


実験記録をまとめ終え、アレンが端末を閉じた、そのとき――

ドアが軽い電子音を立てて開いた。


「お疲れさま。入ってもいい?」


振り返ると、白いコートを羽織った女性が立っていた。

柔らかな栗色の髪を後ろでまとめ、知的な雰囲気をまとっている。

アレンと目が合った瞬間、ふっと表情が緩んだ。


「シオン!」

アレンの声が明るくなる。


彼女は小さな紙袋を抱えて近づいた。

「差し入れ。あんまり食べてないって、エリオットから聞いたの」


「ありがとう。君の焼くクッキー、ラボで一番人気なんだ」


「研究者は糖分が足りないと、ろくな発想が出ないからね」


冗談めかした声には、研究者というより恋人としての柔らかさがあった。


カイルは一歩引き、軽く咳払いをする。

「……邪魔だったか?」


アレンは笑って首を振る。

「いや、ちょうど紹介しようと思ってた。

 彼女はシオン・グレイ。マーカスの研究を手伝ってた人で、今はCIARの外部協力者だ。……婚約者でもある」


「はじめまして。シオンです」


穏やかに頭を下げる所作は自然で、微笑みには誠実さが滲んでいた。


カイルも思わず表情を緩める。

「こちらこそ。カイル・アシュフォード、第1チームの……

 経過観察係、です」


シオンは小さく笑い、そっと手を差し出した。

「アレンのこと、よろしくお願いします。

 あの人、集中すると周りが見えなくなるから」


「……心得ておきます」


3人の間に、短い沈黙が落ちる。

それは気まずさではなく、静かな安心感を伴う間だった。


アレンが照れくさそうに言う。

「この感じ……なんだか家族みたいだな」


カイルは肩をすくめる。

「まだ早い。それに俺は観察官で、兄貴役じゃない」


シオンは穏やかに笑い、

「でも、そう言ってもらえるの、ちょっと嬉しいかも」

と小さく付け足した。


光の差し込むラボの空気が、ほんのわずかに柔らいだ。

そこに、影はまだ落ちていなかった。



CH6

-CIAR提携再生医療ラボ玄関-


夕方の空は茜色に染まり、CIAR提携再生医療ラボの正面玄関を淡い光が包んでいた。

研究を終えた3人は、並んで外へ出るところだった。


「今日の臨床データ、かなり安定してたな」


アレンが軽く背を伸ばす。

隣でシオンが笑い、髪を耳にかけた。


「それ、観察官のおかげでもあるんじゃない?」


カイルは肩をすくめる。

「俺は見てただけだ。――集中してたのは、お前たちの方だろ」


夕暮れの街は退勤の人波で賑わっていた。

研究棟の裏通りへ続く歩道を、カイル、アレン、シオンの3人が並んで歩く。

街灯が一つ、また一つと灯り、橙色の光がアスファルトに滲んでいく。


アレンが振り返り、穏やかに笑った。

「……ありがとう、カイル。護衛までつけさせて悪いな」


「気にするな。命令だ」


軽い言葉のやり取りの中に、何気ない空気が流れる。


――だが、カイルの足が止まった。


何かが違う。


群衆の流れの中に、ひとりだけ“呼吸のリズム”が合わない影がある。

視界の端で、フードを被った男が人波に逆らうように歩いていた。

肩をかすめ、偶然を装いながら距離を詰めてくる。


(速い……自然すぎる。あれは――)


次の瞬間、袖口から金色の閃光が走った。


「伏せろ、アレン!」


カイルは体当たりするようにアレンを押し倒す。

頬をかすめて風を切る音。

刃が空気を裂き、アスファルトに火花が散った。


通行人の悲鳴が弾け、群衆が一斉に散る。

流れが乱れる中、カイルは即座にTSRを引き抜いた。


「おい、待て!」


黒装束の男は無言だった。

顔の下半分は覆われ、瞳だけが光を吸い込むように黒く沈んでいる。

両手には短く湾曲した金色の小刀。

光を反射するたび、刃がわずかに脈打つように見えた。


男が踏み込む。

一閃――金属が弾ける音。


カイルはとっさに受け止めたが、衝撃で足元が滑る。

TSRの縁がわずかに欠け、火花が散った。


(……重い)


二撃、三撃。

速度が違う。

受け流すたび、腕が痺れた。

周囲では逃げ惑う人々の悲鳴と、携帯端末の警報音が入り混じる。


シオンがアレンを物陰へ引き寄せた。

「こっち、早く!」


カイルは地を蹴り、反撃に転じようとする――が、空を切った。

相手はすでに別の位置にいる。

風が形を変えたかのような移動だった。


一瞬、群衆のざわめきが極限まで高まる。

警備ドローンのサイレンが、近づいてくる。


そのとき、男は動きを止めた。

わずかに顔を上げ、刃を下げる。

金色の小刀を交差させると、闇の中で光がゆっくりと吸い込まれていった。


カイルが踏み込むより早く、

影は人波の中へ溶けるように消えた。


その場に残ったのは、焦げた匂いと、地面に刻まれた細い切り跡だけ。

金色の残光が一瞬だけ揺れ、やがて夜に溶けていく。


アレンが震える声で尋ねた。

「……今の、何だったんだ?」


カイルは呼吸を整え、欠けたTSRを見下ろす。

「わからない。だが――狙いはお前だ、アレン」


シオンがそっと彼の肩を抱いた。

街の喧噪が戻り始める中、3人の影が長く伸びていく。

その足元には、削れたアスファルトの線が残り、

まるで“金の爪痕”のように夜の中で沈んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ