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I,another  作者: Akatsuki.S
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第1部 第6話「継承と誓い(1)」前編

CH1

-ゴースト本部3階検査室-


白と銀を基調にしたクリーンルーム。

無菌化された空間に、機械の駆動音と短い電子音だけが静かに反響していた。月に一度実施される虹彩リングの精密検査――既知パターンの移植痕跡を洗い出す手順が、淡々と進められている。


壁際には最新型の虹彩スキャナーが整然と並び、各チームの隊員たちが順にブースを通過していく。

虹彩、網膜、視神経反応――人格移植の痕跡を見逃さぬよう、複数の生体データが同時に照合され、異常があれば即座に警告が発せられる仕組みだ。


「コールドウェル、ヴィクター。認証完了。異常なし。次、クライン、スタンリー」


中年の検査官が、感情を挟まない声で読み上げる。


スタンリーは小脇に抱えていた端末を持ち直し、眼鏡を指で押し上げてブースへ進んだ。

装置の前に立つと、若い検査員が無機質な声で告げる。


「こちらに視線をお願いします」


指示に従い顔を上げた瞬間、スタンリーの眉がわずかに寄った。

マスクと制服帽に覆われてはいるが、横顔の輪郭や立ち姿の癖に、説明のつかない既視感がある。


「……ん? 君、なんか……」


ピッ、と短い電子音が鳴り、スキャンが完了する。

モニターには即座に結果が表示された。


【認証完了/異常なし】


「検査終了です。問題ありません」


検査員の声は事務的で、抑揚がない。


「……あ、ありがとう。っていうか……」


スタンリーは首を傾げたまま、思わず言葉を続ける。


「……なんか、カイルに似てない?」


近くで順番を待っていたカイルが、ちらりと検査員に視線を向ける。だがすぐに肩をすくめ、軽く笑った。


「よくある顔だろ。俺もたまに言われる」


「ふーん……」


曖昧に相槌を打ちながらも、スタンリーは眼鏡の奥の視線を一瞬だけ検査員に残した。

そのまま端末にサインを入れ、ブースを後にする。


検査室には再び、一定のリズムで鳴る機械音と電子音だけが戻ってきた。

検査は粛々と続いていく。


CH2

-ゴースト本部2階ブリーフィングルーム-


午前。訓練前の静かなブリーフィングルーム。

数名の隊員が所定の席に着き、正面スクリーンにはゴーストの組織図と各種ユニットの概略図が淡く投影されていた。


カイルは腕を組んだまま壁に寄り、視線だけで画面を追っている。

ヴィクターは無言で端末を操作し、ニーナは足を組んで背もたれに体重を預けていた。


重い扉が開いた瞬間、室内の空気がわずかに張り詰める。


ダグラス・バニング隊長が入室した。

灰色の戦闘服に身を包み、派手さはない。だが前に立っただけで、場の重心が自然と彼に引き寄せられる。


「――始めるぞ」


低く落ちた声が、ブリーフィングルームに静かに響いた。


「今日は、ゴーストの戦術チーム構成と、第1チームに配備されているTSRの運用規範を再確認する」

一拍置き、視線を巡らせる。

「……特に、新しい顔がいるからな」


ちらりと向けられた視線に、ニーナは小さく肩をすくめ、苦笑だけを返した。


バニングはスクリーンを操作し、表示を切り替える。


「現在、ゴーストには5つの戦術チームが存在する。順に説明する」


表示された組織図の一部が強調される。


「第1チーム。調査・潜入・格闘制圧」

「お前たちのチームだ。市街地への潜入、人格移植犯の追跡および直接制圧が主任務になる。単独行動の比率が高く、現場判断力と個人戦闘能力を最も要求される」


次の項目が浮かび上がる。


「第2チーム。防衛・警護」

「施設防衛、要人警護、避難誘導を担当する。重装備と防御盾を主軸に、火力よりも堅牢性と持久力を重視した編成だ」


スクリーンが静かに切り替わる。


「第3チーム。メディカル・心理支援」

声の調子が、わずかに変わった。

「医療班と心理分析班を中心とする非戦闘チームだ。CIARの承認を受け、合法な人格移植と人格再構成を実施できる。現場確認、被害者の救命処置、人格安定とケアを担当する」


バニングは一度、言葉を区切る。


「戦場に出ることは少ない。だが――被害者の命と心を救う、ゴーストの要だ。ここが欠ければ、俺たちはただの制圧組織になる」


空気が、わずかに引き締まる。


「第4チーム。諜報・内部監査」

「裏切り者の摘発、内部不正の監視、必要とあらば粛清も担う。……内部に刃を向ける役割だ」


一瞬、バニングの視線がニーナに向く。


ニーナは何も言わずに視線を逸らした。


最後の項目が表示される。


「第5チーム。制圧・火力支援・狙撃」

「広域制圧、狙撃、EMP兵器の運用を担当する。対多数戦闘における主力だ。……ある事件をきっかけに、5年前に新設された」


バニングは一瞬、スタンリーと目を合わせ、軽く頷いた。


説明を終えると、彼は全員を鋭く見渡す。


「チームごとに役割は違う。だが、任務の重さに差はない」

低く、断言するように言い切った。

「どれが欠けても作戦は成立しない。……忘れるな」


その言葉に、誰もが無意識に背筋を正した。

静まり返ったブリーフィングルームに、次の訓練を待つ緊張だけが残っていた。


バニングは一度言葉を切り、スクリーンを切り替えた。

表示されたのは、武装ユニットの構造図だった。


「――これが、第1チーム専用の主力近接武装、TSR――タクティカル・ショート・ロッドだ」


バニングは端末を操作し、スクリーンに内部構造図を拡大表示させた。幾層にも重なった回路と素材構成が、静止画のままでも異質な密度を伝えてくる。


「TSRは格闘戦を前提に設計された、神経共鳴型の近接武装だ。

 グリップから掌の神経信号を拾い、使用者の動作予測をリアルタイムで演算・補正する。

 結果として、反応速度、姿勢制御、打撃精度は人間の限界を超える。

 ――“武器が考えるより先に、身体が動く”。それがTSRの基本原理だ」


ヴィクターが眉をひそめ、無言のまま端末に細かくメモを打ち込む。


「内部にモーターや駆動機構は存在しない。

 代わりに、高感応グラフェンチタン合金そのものが、神経共鳴波を伝導する構造体になっている。

 衝撃は共鳴波として分散されるため、常人なら関節が砕ける切り返し動作も可能だ。

 いわば――お前たちの神経の延長にある、“もう一つの身体”だと思え」


バニングは表示を切り替え、素材データと各世代の機体一覧を並べた。


「TSRはバッテリー駆動だ。

 腰部ホルダーに装着している間は自動的に充電され、稼働時間はおよそ90分。

 内部電源が落ちれば神経共鳴は途絶え、ただの金属棒になる。

 ――その現実を、常に頭に置いておけ」


一瞬の間を置き、視線がカイルへ向く。


「カイル・アシュフォードが所持しているのは第3世代TSR。

 マルコム博士が設計した、コスト度外視の完全試作型だ。

 神経共鳴率は約98パーセント。

 認識速度補助は0.03秒――通常の約3倍近い反応速度を持つ。

 神経波形に応じて発光ラインが浮かび上がるが……この光は装飾ではない。

 脳と武器が完全に同期した証だ」


続いて、視線がヴィクターへ移る。


「ヴィクター・コールドウェルの装備は第4世代TSR。

 第3世代を基礎に、量産を前提として再設計されたモデルだ。

 整備性と耐久性を確保するため素材密度を上げた結果、共鳴感度は低下している。

 神経共鳴率は約60パーセント。認識補助は0.1秒前後。

 共鳴波制御装置の簡略化により、発光は起きない。

 出力は安定しているが、“意志との完全同期”は想定されていない設計だ」


バニングは言葉を切り、全員を見渡した。

声が、さらに低くなる。


「……そして、この武器には“アサルトモード”が存在する」


室内が静まり返る。


「正式名称は、臨界共鳴域解放。

 通常は安定化されている共鳴波を、臨界域まで引き上げる。

 

アサルトモードでは、主軸前部の外装下に格納された全長240mmの振動ブレードが

展開する。展開位置は発光ラインの直下だ。普段は外装に埋まっているため、

見た目はただの短棍と変わらん。


 だが起動した瞬間、その刃体全域に臨界共鳴が走る。

 分子結合を内側から断ち切る――摩擦も圧力も不要。

 鉄鋼パネルでも、装甲車両でも、一閃で“構造そのものを失わせる”」


背後のスクリーンに映像が流れる。

厚さ120ミリの防壁が、音もなく縦に裂け、スローモーションで崩れ落ちていく。

断面に焼損はない。ただ、そこだけが現実から切り取られたかのようだった。


「……これが、TSRが“存在そのものを拒絶する斬撃”と呼ばれる理由だ」


誰かが、無意識に息を呑む。


「だが忘れるな。第1チームの任務は殲滅ではない。

 人格移植犯を制圧し、生かしたまま連行することだ。

 このモードはその思想に反する。

 使用は事実上、封印――本部承認と戦術指令が同時に下りた場合のみだ」


鋭い眼光が走る。


「アサルトモードは切り札であって、常用武装ではない。

 振るえば敵を断てる。だが同時に、仲間も街も、容易く断ち割る。……肝に銘じろ」


ニーナとヴィクターが無言で頷く。


「TSRは殲滅のための刃じゃない。

 制圧して、生かす――それが第1チームの使命だ」


カイルは黙って頷き、手元のTSRに視線を落とした。

その光が持つ重みを、室内の全員が改めて噛みしめていた。


CH3

-ゴースト本部3階処置室2-


深夜。


白く無機質な天井の下で、若い技術者――アレン・ホルムズは仰向けに横たわっていた。

額には生体インターフェースが装着され、淡い光が脈打つたび、肌の奥で微かな震えが返ってくる。


傍らでは、ゴースト第3チームの医療主任――エリオット・サザーランドが、静かに端末を操作していた。

モニターには複雑に絡み合う脳波の波形と、一本の転送バー。

その表示は、ゆっくりと、だが確実に右端へ近づいていく。


「記憶移植、あと5パーセントで完了です。

マーカス・バイン氏の“新材料の技術記録”を、承認プロトコルに従って転送しています」


報告を受け、立ち会っていたアカネが小さく頷いた。

白衣の袖口で、CIARの徽章が控えめに光る。


「倫理委員会の承認は取れているわ。

これは違法な人格移植じゃない。正規の“技術継承”よ。

彼自身が選んだ以上、私たちは見届けるだけ」


処置室に満ちるのは、機械の低い駆動音と、アレンの規則正しい呼吸だけだった。

やがて転送バーが**100%**に到達し、端末が短く電子音を鳴らす。


エリオットは操作を終えると、インターフェースを慎重に外した。

その瞬間、アレンのまぶたがわずかに震え、ゆっくりと開く。


「……もう、終わったのか?」


「ああ。移植は成功だ。

ただし定着には時間が要る。しばらくは無理をするな」


アレンは浅く息を吐き、額の汗を拭った。

瞳の奥には、まだ淡い光の残滓が揺れている。


「……見える。構造が……粒界の揺らぎが、図面みたいに……」


その言葉に、アカネは目を細めた。


「それがマーカスの知識。

あなたが引き継いだ“技術の系譜”よ」


処置室の外では、ガラス越しに1人の女性が立っていた。

アレンの婚約者――シオン・グレイ。

彼女は彼の姿を見つめ、安堵の色を滲ませながらも、どこか冷えた光を瞳の奥に宿していた。

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