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I,another  作者: Akatsuki.S
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第1部 第5話「彼の中にいたのは誰か(3)」後編

***


リチャードの肩が、ゆっくりと落ちた。

張り詰めていたものが切れ、押し殺していた声が漏れる。


「……どうしても、弟を助けたかったんだ。

ダニエルには、もう時間がなかった。医者からも、手術しかないと言われて……

だが、あまりにも高額で……俺には、あれしか方法がなかった……」


カイルは静かに頷いた。だが、その瞳から鋭さは消えない。


「弟を助けたい気持ちは理解できる。……だが、それが2人を殺した理由にはならない」


リチャードの顔が苦悶に歪む。


「分かっている……! 分かっていたさ……!

けど、何もせずに見殺しにするなんて……俺には、できなかった……!」


カイルは無言のまま、一枚のファイルを机に置いた。


「弟の件は調べさせてもらった。……高額な手術を受けても、生存率は五分五分だったそうだな」


リチャードは息を呑み、言葉を失う。


カイルは一拍置き、声を落とした。


「……ならば提案がある。まだ公表前だが、試験的に“冷凍保存装置”の運用が始まっている。医療技術が進めば、将来ダニエルを蘇生できる可能性はある」


リチャードの瞳が、揺れた。


「……そんなものが……本当に……?」


「既に手配は済んでいる」

カイルは淡々と告げる。

「……あんたのやったことに同情はしない。だが、その境遇には同情する」


リチャードは俯き、拳を強く握り締めた。

言葉はなかった。


沈黙を破るように、カイルが問いを投げる。


「……だが、一つだけ疑問がある。

なぜ弟の“人格”を移植しなかった?

合法では間に合わなかったとしても、違法でなら可能だったはずだ」


リチャードは苦しげに目を閉じた。


「……ダニエルが嫌がった。

この体でなければ自分じゃない、と……

この体で死ねるなら、それでいいと。

弟は……最後まで、自分自身であろうとしたんだ」


カイルの目が、細くなる。


「……皮肉な話だな。

弟は“自分の体で生きること”を選んだ。

それなのに……お前は“自分ではない体で生きること”を選んだ」


リチャードの頬を、深い悔恨が覆う。


「……分かってる……」


言葉は、最後まで形にならなかった。


CH2

-ゴースト本部1階第1チームデスク-


ゴースト本部、第1チームのデスク。

淡いブルーのホログラムが消え、室内にはカイルの落ち着いた報告の声だけが残った。


「……イーサン――正確にはリチャードが自白しました。

イーサン・ブレイクの人格はすでに消去されており、リチャードが成り代わっていた。

さらに、路上生活者ライアンの人格をリチャードの肉体に移植し、その後に殺害しています。

結果として……2人を殺したことになります」


バニングの表情に、深い影が落ちた。


「……そうか。よく、そこまで持ち込んだな」

短く息を吐き、低い声で続ける。

「……最初から虹彩リング検査ができていれば、もっと早く止められたかもしれん。

だが、確証のない段階で踏み込めば越権行為だ。

本人の同意がなければ、あれは“人格への介入”になる」


カイルは静かに頷き、報告を続けた。


「妻のクララも、犯行を知りながら隠蔽に加担していたことを認めました。共犯です。

……リチャードがイーサンに人格を移した際は、薬で眠らせ、移植装置に座らせた。

ライアンには“応じれば金と住居を与える”と持ちかけ、利用したそうです」


室内に、重苦しい沈黙が落ちる。


バニングは目を閉じ、しばらく何も言わなかった。

やがて、深く息を吐く。


「弟を救いたい一心だったとはいえ……

あまりにも、悲しい事件だな」


カイルの声には、わずかな苦味が滲んでいた。


「……はい。

人を救うために生まれた技術が、人を犠牲にする道具になってしまった」


だが次の瞬間、バニングは両手を叩き、空気を切り替える。


「よし! 事件は解決だ!」

大きな声で言い切り、口元を歪める。

「よくやったな、第1チーム!」


張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。


「今日は俺のおごりだ。飲みに行くぞ!」


スタンリーは肩をすくめ、

「断る理由はないな」とぼそり。


ニーナは小さく笑みを浮かべ、

ヴィクターも「……久々に悪くない提案だ」と低く呟いた。


「おぉ」


自然と声が重なり、

張りつめていた緊張は、ようやくほどけていった。


CH3

-バー・ターミナル・サード-


夜のバー。

アンバー色の照明がグラスを透かし、低く流れるジャズが店内を満たしていた。

奥のボックス席で、ゴースト第1チームが肩を並べている。


バニングがグラスを掲げた。

「よくやってくれた。

自白を引き出すのは極めて難しい事件だったが……お前たちは見事だった。誇りに思う。――乾杯」


グラスが触れ合い、氷の音が心地よく響く。


しばらくは雑談と笑いが続いたが、スタンリーがふと首をかしげた。

「でもさ……あの場面で“宝石が見つかって”“強盗が捕まった”って話、出来すぎじゃない?」


自然とヴィクターに視線が集まる。


ヴィクターはバニングに顔を向けた。

「……隊長。あの強盗は捕まったんですか?」


バニングは眉を上げ、首を横に振った。

「いや。そんな報告は受けていない」


「……え?」

ニーナが怪訝そうにカイルを見る。


カイルは無言でグラスを傾け、喉を潤すと、口元に薄く笑みを浮かべた。

「相手は狡猾で、しかもプライドが高い。

そういう人間を落とすには……こっちも多少、性格が悪くならないとな」


スタンリーが目を丸くする。

「え、どういうこと?」


ヴィクターが肩をすくめ、淡々と補足した。

「俺が報告したのは“宝石がイーサンの自宅から見つかった”って事実だけだ。

“強盗が捕まった”なんて、一言も言ってない」


「……あー」

スタンリーがようやく合点がいったように声を上げる。


ニーナは呆れたようにカイルを睨んだ。

「ほんっと、性格悪いわね」


カイルは肩をすくめつつ、ふっと真顔になる。

「でも、最後に決定打を出したのは間違いなくニーナの一言だったろ?

人のこと言える立場じゃないと思うけどな」


「……そういえば」

ニーナがわざとらしく目を細める。

「誰かが“ニーナは意地悪い”って言ってたわよね?」


ピタリ、と空気が止まった。

カイルとスタンリーが同時に固まり、顔色がみるみる青くなる。


「お、俺は言ってない!」

スタンリーが慌てて両手を振る。


「おいスタンリー! 余計なこと言うな!」

カイルが思わず声を荒げる。


その様子に、バニングとヴィクターが吹き出した。

笑い声が席に広がり、張り詰めていた緊張がほどけていく。


バニングは改めてグラスを掲げた。

「まあいい。事件は解決だ。

今夜くらいは、全部忘れろ。――乾杯!」


再びグラスがぶつかり合い、

笑い声は夜のジャズに溶けていった。

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