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18 烈火

 城門の前に人が集い、甲を持たぬ者まで列に加わる。矢は乏しく、弦は痩せ、剣は刃こぼれしていたが、それでも足並みは揃い、息は一定であった。


 臧洪は堂の階に立ち、片手を高く上げた。


「義のために出る! 老と子は中ほど、女は左右!」


 目の前には旗が林をなし、鉦鼓が刻を揃えて鳴る。合図ひとつで弦が放たれ、空に矢の雨が走った。最前の手盾がかがみ、後列が前へ出る。地に刺さった矢の根が震え、血の生臭さが風に混じった。


 手盾の列が肩で道をこじ開け、鉤を盾の縁に掛ける。隙へ石の袋が飛び、折れ矢が逆手に閃いた。鍬の歯は槍の継ぎ目を噛み、小さな足は歩調を守って進む。叫びが上がり、ぱっと視界に赤が散ると、先鋒の槍がたじろぎ、列は半歩分前へ進んだ。


 鼓が鳴り、軍吏の声が左右から飛ぶ。長槍が横に開いて列を裂き、盾が壁となって押し返す。小旗が駆け、欠けた間を埋め、槍の穂は再び一線となった。騎が斜めに入り、砂と人とが混ざって渦をつくる。


 臧洪は盾の角を蹴って前へ出た。折れた剣で盾の縁を裂き、槍の柄を払う。鼓手の腕を剣の腹で打ち、音を一度止めると、すぐ別の列の鼓が応じて響いた。腕に血が走り、眉の下の目は冷たい。押し合う手の数は尽きぬ。


 城から随(したが)う者たちは、身を盾にして道をこしらえた。一人は槍に抱きついて捻じ伏せ、一人は倒れる敵の脚を払う。女は布を巻いた柄で盾の縁を叩き、老は鍬の歯で地を抉って足場を作った。子は泣かず、母の裾を握る手に力を込めた。


 しかし、陣は締まった。長蛇のごとき槍列が押し寄せ、盾の上から矢が重なる。かろうじて奪った刃は手元で欠け、握りの汗が砂を吸う。旗の半ばがこちらへ傾き、歓声が一瞬上がったが、小旗が走って列を詰め、傾きは蔓のような矢で引き戻された。


 人の形は次第に崩れ、声は地へ吸われた。剣を抱いた女の袖が赤く染み、老の握る鍬がゆっくりと落ちる。若い兵の肩が折れ、子の小さな掌が母の衣を探る。それでも列は最後まで乱れず、前へ出た足の向きは戻らなかった。


 臧洪はなお前にいた。大地を蹴り、折れた刃で二たび三たび盾を裂いたが、左右から槍が寄り、背で弦が鳴った。兵が一度に絡みつき、臧洪の両腕をとる。弓の弦が素早く回され、手首に食い込む。


 彼は身をよじって歩を進め、肩で人を弾いた。穂先が脇を狙い、膝が崩れる。土が跳ね、視界に地が近づいた。


「引け!」


 どこからともなく声が落ち、背を叩く棒の先で地が遠のく。臧洪は顔を上げた。目は見開かれ、荒い息を吐く歯の白さが泥に映った。


 野は静寂を取り戻した。矢の根が震えを止める。剣を抱いて倒れた女の袖が風に揺れ、老の鍬は手から離れず、土に半ば埋まっていた。子の掌はなお衣を掴み、指の跡が布に残っている。


 臧洪は引き起こされ、帷幕の方へ曳かれた。弦は食い込み、腕は背で固く結わえてある。足取りは乱れず、視線は高く、倒れた列を振り返らなかった。



  ×  ×  ×  



 帷幕が近づくと、兵は左右に分かれ、道が開いた。一歩ごとに臧洪の身は旗の林の中へと呑まれていく。


 帷幕の内は香が流れていた。奥には几と胡床が据えられ、袁紹は衣の褶を正して坐している。臧洪は縄を解かれて前へ進み、地に膝を据えた。左右には衛士が控え、諸将は列を正して沈黙した。末坐に使者として送った陳容が毅然と立ち、筆几の傍では陳琳が視線を伏せている。


「子源よ」


 袁紹は声を和らげた。


「どうしてこれほどまでに背いた。今日こそ、思い改めたであろう。ここで帰順と言えば、旧恩に免じ、罪は問わぬ」


 臧洪は敷物の端に腰を落とし、かっと目を見開く。


「袁氏一族は天子に仕え、四代にわたり三公を輩出して漢室の恩を受けてきた。しかし今や漢室衰微の折に利を得んと野心を抱き、忠臣良吏を害してよこしまな権威を築こうとしておる」


 幕内に不穏な空気が走ったが、誰も口を挟めぬ。陳琳の筆先がかすかに震えた。


「子源」


 袁紹は笑みを保つ。


「貴公の義と烈は知っている。才と望みは衆に勝る。ここで膝を屈し、ただ一言、帰順と言え。東郡の民も救われようぞ」

「民を救う……ふん、言の飾りか?」


 臧洪は続けた。


「俺はあんたが孟卓殿を兄と仰いでいたことを知っている。つまり、張太守はあんたの弟だ。ともに力を合わせ、国家のために害毒を除くのが当然だろう。それなのに、どうして大軍を抱えながら、人が破滅するのを傍観していた。俺はその無道に抗したのみだ」


 袁紹が視線を据え直し、諸将の視線が左右に散った。


「……惜しむらくは俺の力の弱きことだ」


 臧洪の声は刃である。


「刃をもって仇を討ち、天下のために一矢報いることは能わず。……が、帰順は違う。義を折って生きるは、俺の道に非ず。何が帰順だ!」


 袁紹はしばし臧洪を見つめ、やがて卓から指を離した。笑みは消え、声は冷える。


「……まことに、残念だ」


 胡床の脇で衛士が一歩進む。陳琳は顔を上げず、筆を握る手を強めた。使者として留め置かれていた陳容が、堪えきれず半歩出ると、列の端が騒然とした。


「席を改める」


 袁紹は告げた。


 臧洪は立ち上がり、誰にも目をくれずまっすぐに歩を運ぶ。諸将の胸中は暗く沈んでいる。


 その時、陳容が声を張った。


「袁公! 大事を興し、乱を掃われるは天下の幸いにございましょう。しかるに、まっ先に斬られるのが忠義の士。これが天の理にかないますか!」


 列がわずかに波を立て、衛士の足が半歩進む。袁紹は視線を向けた。


「黙せ。ここは軍律の席だ。これ以上口を開けば、貴公の首も落とすことになる」


 陳容は退かず、声を継ぐ。


「仁義は誰かの家蔵ではありますまい。これを行えば君子、背けば小人。私は殺されようとも、ここに並び立って生きることはできません」


 筆几の傍で陳琳の筆が止まり、墨の点が紙に落ちた。臧洪は振り返らず、声を飛ばす。


「馬鹿な真似は止めよ! 俺は俺の分を終えた。お前はまだ若い! 命を棄てるな!」


 陳容は泣き笑いの顔でうなずいた。


「子源殿。学も礼も、今日この一言のためでございました。どうかお供させて下さい」


 袁紹はため息を吐き、帷幕の内を見回す。


「書吏、記せ。……罪名、ここに定む。鼓を備え、場を清めよ」

「は」


 書吏は記し、札を抱えて退いた。伝令が帷を分けて外へ出る。履の音が遠ざかり、帷幕の気は哀感に満ちた。


 衛士が陳容の腕に手をかける。陳容は抗わず、まっすぐに臧洪を見た。目の縁は赤いものの、口元には固い笑みが浮かんでいる。臧洪はひとつうなずきを返したきりで、もはや言を継がなかった。


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