28針目.服飾商にとって一番大事なこと
歓声が消え静まりかえったホールを、ダイアナは歩き続ける。
不思議と緊張は消えていた。
自分に注がれる無数の視線と、息を吞んだが故に訪れた静寂が、逆にダイアナに自信を与えた。
身にまとったヤンロウ帝国の宮廷衣装は、鳳凰の刺繍が施された鮮やかな朱色。
肩を出すように袖を通し、絵付けされた黒の衣装の一部を帯代わりに胸下に巻いてその上から赤と黄緑の飾り紐をアクセントで縛る。
歩く度に、朱色の衣装の裾や袖の内側に縫い付けた金糸の刺繍が輝く黒の布地が見え、アップにした髪に刺した金色の簪から垂れ下がる飾りが揺れながら煌めく。
アイメイクは濃く、アイラインを長く目尻に沿って跳ね上げるように描き、朱色を混ぜた赤い口紅を塗ったことで、エキゾチックな魅力をダイアナは放っていた。
引きつった顔のメイ・リサが立ち上がるのを見ると、思わず笑みが零れる。
「ねえ、あのドレスすっごい素敵じゃない?!」
「私も着たいわ~!」
真っ先に声を上げたのは娼婦達だった。
それを皮切りに再び歓声が起こる。
「なんて大胆な!どういうセンスをしているんだ?!」
「あれは東洋の衣装だよな?!」
「まるで人形だわ・・・!」
異国の素材を使ったドレスをよく見ようと、徐々に人々がダイアナに近付いてくる。
(マジかよスッゲえな!これはイケるぞ・・・!)
すかさずアルフレッドが声を張る。
「なんと美しく斬新なドレスでしょうか!これは新たな流行の気配ですね!さあ、若き天才に説明していただきましょう!!」
シオンが進み出てダイアナと目が合う。
二人は、目線だけで笑みを交わした。
シオンは見本市に来ていたウーフェイの商材を基に仕立てたと説明する。
「ウーフェイさんはご自身の商品が見向きもされないと嘆いていたのですが、僕はこの神秘的な雰囲気がいいと思ったんです」
会場の隅では、ウーフェイとソンヒが嬉しそうな顔をする。
「それでも西洋人に着こなすのは至難の業だとは思います。でもだからこそ・・・」
シオンはメイ・リサに視線を投げる。
「エリスニア一の美女に最適かと」
そう宣うシオンの真意を、もちろんメイ・リサは見抜いている。
(ウソよ・・・!絶対私のためになんて作ってないでしょ!!)
そこへ、アルフレッドが結果発表の瞬間到来を告げる。
「力作が揃いましたね!それではバーナライト様、お願いします!!」
(え?!なんでお父様なの?!)
メイ・リサの明らかな動揺を無視する歓声と拍手の中、進み出たバーナライトがシオンの前に立つ。
「・・・シオンと言ったな。実に素晴らしいアイデアとセンスだ。君の目標はこの王都に店を構えることだと聞いたが、この腕ならそう遠くないうちに叶うだろう」
「お褒めのお言葉、光栄です」
愛想良く礼を言うシオンを、バーナライトもまた満足気に見つめる。
「しかしだ・・・」
視線をシオンからダイアナに移したバーナライトは、困った様な表情を作り
「アイデアは素晴らしいが、これはある程度年齢を重ねたご婦人に似合いそうなドレスだな」
と、付け加える。
「今回の趣旨はメイ・リサの専属服飾商を選ぶことなのだから、メイ・リサに最も似合うドレスを作ってくれなければ話にならない」
「ちょっ、お父様・・・!」
胸騒ぎが現実になろうとしていることを察したメイ・リサは声を上げようとするが、バーナライトの冷たく鋭い眼光が喉に突き刺さり一切の発言を封じ込められる。
「メイ・リサはまだ十九歳だ。それを考慮すると、『シュテファン・ノリス』のラン・ジャネット夫人が作ったドレスが一番メイ・リサの個性を捉えているだろう」
そう主張すると、ラン・ジャネットは誇らしげな笑顔を浮かべる。
「服飾商にとって一番大事なことは、着る者を最も輝かせるという精神を持つことだ。シオンは若いからそのあたりをよく学ぶことが必要だな」
そう言ってバーナライトはラン・ジャネットを選び、会場内は歓喜の歓声に包まれた。
「待って、なんでよ・・・!勝手に・・・!」
「レディ・メイ、落ち着いて」
なおも抗議しようとするメイ・リサの腕をアルフレッドが掴む。
「バーナライト様の御友人に恥かかせるワケにはいかないでしょう?」
張り付いた笑顔で脅すように諭され、メイ・リサは言葉を詰まらせる。
ラン・ジャネットを中心に祝福の笑顔があふれるが、事情を知る人間は皆小声で、茶番だ、出来レースだとささやいていた。
その歓喜の輪の中に、シオンは臆することなく歩み寄ると、ラン・ジャネットは勝者の余裕で
「あなたのドレスも素敵だったわ。私が現役のうちは成功しないでいただきたいわねえ」
そう言って周囲を笑わせ、もちろんシオンも笑顔で
「いえ、今回のことで自分がいかに未熟か分かりました。夫人のドレス作りから学ばせていただきます」
と、謙虚さをアピールし皆を喜ばせる。
そこへ、娼婦の集団が
「ねえねえ、君がこのドレスを作ったんでしょう?!」
「この宮廷衣装はどこで手に入るの?!」
と言って、ダイアナを引き連れ輪の中に入ってきた。
「向こうにいるウーフェイさんの外国人居留区の市場です。ご紹介しますよ」
手を上げて呼び寄せると、ウーフェイはさっそく娼婦達に囲まれ娼館に営業に来いとせがまれていた。
「しかしドレスも美しいが着ている方もメイ・リサ様に劣らぬ美人ですなあ」
「本当よ。王都の方なの?もしかして東洋人との混血の方?」
貴族までもがダイアナに気付かず、シオンが
「こちらが僕のドレスを御贔屓してくださっているブラン公爵家のダイアナ様ですよ」
そう告げると、皆が飛び上がらんばかりに驚いた。
「ダッ・・・ダイアナ様?!あの地・・・お、おしとやかで楚々としていた・・・!!」
「これまた随分とお変わりになられましたなあ!!」
矢継ぎ早に降って来る称賛の声。
ホールの中はあちこちから笑い声が上がり、ダイアナも楽しそうに笑顔を振りまきながらシオンの腕の良さを宣伝する。
その様子を、ケイレブは遠目から見つめていた。
* * * * *
「ああ~!お腹いっぱあ~い!!」
ホテルの部屋に戻り、肘掛け椅子に勢いよく座り込んでエリンは叫んだ。
メイ・リサに選ばれることなく最高のドレスを披露し、王都で名前を売るという目論見通り凱旋することが出来、先ほどまでレストランで祝福のディナーを楽しんでいたのだ。
「本当にね、上手くいって良かったわ。エリンもありがとう、たくさん頑張ってくれて」
「ダイアナ様ぁ~・・・!」
ダイアナに抱き着き、猫のようにゴロスリとエリンは甘える。
部屋の隅には、エリンが借りることに成功したトルソーに、朱色のドレスが着せられている。
「脱いじゃったの勿体ないですね」
「さすがにあのドレスで食事はね。汚してしまったら落ち込むわ」
あらためてドレスを見つめ、二人は笑顔になる。
そこへノックの音が響いた。
エリンが開けると、支配人が立っている。
「ダイアナ様にお客様がお越しでございます」
「私ですか?どなたが?」
入り口に立つ支配人が告げた名前に、エリンは顔を真っ赤にした。
「行っちゃダメです!絶対ダメ!!」
ダイアナも困惑したが、支配人に迷惑を掛けたくない想いが勝った。
「大丈夫よ、ロビーで会うだけだから。エリンは先にお風呂に入ってなさい」
「そんな・・・!」
主人が出て行き、広いスイートルームに取り残され、エリンの胸に不安が広がる。
(どうしよう・・・本当に大丈夫なの・・・?!)
部屋の中を歩き回り考えても、不安しか生まれない。
(離れた所から監視しなきゃ・・・!)
部屋を飛び出し廊下を駆け抜け、階段を降りようとした時に窓の外が見えた瞬間、エリンの不安は的中する。
ダイアナが来訪者とホテルを出て、目の前に広がる夜の公園に入って行ったのだ。
(全然大丈夫じゃないーーーー!!!!!)
廊下を戻り、隣室のドアを力一杯叩くとドアが開いた。
「シオンさん!」
泣きそうな顔で飛び込んで来たエリンに、シオンもヘーゼルも驚く。
「お嬢ちゃんどうしたんだよ」
「ダイアナ様が・・・!」
続く言葉に、シオンの表情が強張った。
「ケイレブ様に連れ出されました!!」




