26針目.東洋の衣装
馬車の窓から見える景色は、王都の中心部の洗練された華やかさとは打って変わって雑然としている。
貿易商の拠点の一つ、外国人居留区。
そこは、世界の縮図だ。
様々な人種の人々と世界中の文化と品物が、道の端から端まで行き交いあふれている。
(ウーフェイさんとソンヒさん・・・どなただったかしら・・・)
ダイアナが一生懸命顔を思い出していると、馬車が止まり御者が声を掛ける。
「ダイアナ様、おそらくこちらです」
「分かりました。ここで待っていてくださいね」
馬車を降り、目の前に建つレンガ作りの二階建ての建物に入る。
そこは輸入品の屋内市場だった。
一階には香辛料や穀物、茶葉、乾物などの食料品を売る店が並んでいる。
二階に上がると、そこは生地だけでないありとあらゆる異国の服飾素材が所狭しと並べられていた。
「・・・すごい・・・!」
「こんな市場があったんですね・・・!」
「さすが王都は違うな」
左右をキョロキョロ見回しながら歩いていると、奥の方で手を振る人影を見つける。
「シオンさん!こっちです!」
走り寄ってきたのはウーフェイだった。
「ヘーゼルさんも・・・わざわざありがとうございます」
「いえ、とんでもないですわ。ウーフェイさん、こちらは我々のモデルをしてくださっているブラン公爵家のダイアナ様です」
「ああ・・・今日もお美しいですね!ウーフェイと申します」
ウーフェイは揃えた両手を掲げ、恭しく頭を下げた。
ダイアナもドレスの左右を持ち上げ腰をかがめてお辞儀する。
「ダイアナ・フォン・ブラン・エディングハードです。見本市ではご挨拶できなくて申し訳ありませんでした」
「いえいえ!さあ、こちらです!」
ウーフェイは三人を連れ市場の奥まで進み、自分の店である区切られたスペースを見せる。
さして広くはないが、そこはありとあらゆる色の布で埋め尽くされた空間だった。
「ダイアナ様に是非お袖を通していただきたいものがありますわ」
ソンヒが広げたのは深緑の布だが、生地ではなかった。
「これは何ですか?」
「これは我がヤンロウ帝国の宮廷衣装です」
絹地のその宮廷衣装は、肩から羽織ると袖は床に付きそうなほど長く、裾は完全に引きずる形になっている。
「この中にさらに薄手のドレスを着たりスカートを重ねたりします。こちらは羽織りなんです」
「すごいわ・・・まったく別の衣装文化なんですね・・・!」
試着をするスペースでダイアナはドレスを全て脱ぎ、ヤンロウの宮廷衣装に着替える。
「素敵ですわダイアナ様!」
夫婦は大喜びで、東洋の衣装を次々と見せた。
「これは隣国の伝統衣装です。この一枚を、紐や別の布で縛って形を整えながら着るのです」
「絵柄が見事でしょう?すべて職人による手描きですよ」
示された部分には、大輪の花々の絵柄が細かく描かれている。
「この模様は手描きなんですか?!」
ヘーゼルが顔を近付け念入りに見入るその様子に、ソンヒは嬉しそうに
「東洋の衣装は生地の華やかさが自慢です。絵付けや刺繍は色をたくさん使うことが重要なのです」
と、説明した。
「だからこのお店の中は色で溢れているんですね・・・」
ダイアナが店内を見回し感心していると、ソンヒはさらに胸を張る。
「そうですわ。染料を作る段階からこだわります。ヤンロウの帝都に集まる染料は赤だけで三百色は超えますよ」
「三百色?!」
女性陣が盛り上がるその傍らで、シオンは黙って宮廷衣装を一枚一枚、広げては考えを繰り返す。
「シオンさん、どうしました?」
ウーフェイが声を掛ける。
「・・・この東洋の衣装は、立体裁断ではないですよね」
シオンがそう尋ねると、ウーフェイは楽しそうに
「そうです、ほとんどの衣装は直線に裁断した長方形のパーツを縫い合わせるだけです。なので糸を解けばただの生地に戻り、別の衣装に作り替えることも可能です」
その説明にヘーゼルが反応する。
「ちょっと待って!立体裁断じゃないですって?!」
立ち上がり、衣装の一つを両手で持ち上げ縫い目を目で追う。
「本当だわ・・・これならトルソーがなくても最悪いける・・・?」
「トルソー?」
ヘーゼルは夫妻に、シオンが置かれた状況を話した。
「そんなことになっていたとは・・・確かにあの御令嬢は幾分気が強そうでしたが・・・ウインチェスター商会ですか、どうりで・・・」
「ご存知なんですね」
「もちろんです。ここだけの話ですが、強引な手段が我々東洋人の間では評判芳しくありませんね・・・」
ウーフェイは小声で付け足し、ソンヒは憤慨していた。
「なんて要求!人道に反しているわ!」
「全くです、無関係の農家までダシにするなんて・・・。ああ、つまりシオンさんは、あの方に選ばれることなくドレスを発表しようということですね」
「まあ、そういうことです」
「それなら是非この衣装達を使ってください!紐も飾りもいくらでも出しますしお安くしますわ!」
ソンヒは衣装だけでなく、飾り紐や髪飾りを次々出しては山の様に積んでいく。
「奥様悪い、色々着てみてほしい」
「ええ、もちろんよ」
シオンが選ぶものを、ダイアナは着て、合わせて、脱いでを繰り返す。
「東洋の衣装は露出が少ないですね」
「冬の寒さと乾燥が厳しいのです。あとは単純に身体を出すことに抵抗がありますわ」
「だから裁断が単純なのか。それはそれでラクでいいな」
シオンは呟きながらダイアナの髪に簪を当てるが、ふと見るとダイアナは恥ずかしそうにしている。
「奥様どうした?」
「・・・私、変じゃないかしら・・・」
「何が?」
「その髪飾りとか・・・東洋のものは東洋の人に合うように作られているでしょう・・・」
伏し目がちにもじもじするダイアナを、シオンは笑う。
「なんで前の奥様に戻ってんだよ」
「だって・・・」
髪の色も顔立ちもソンヒと異なる自分が、彼女と同じように自然に着こなせる自信がない。
しかしシオンは俯くダイアナの顔を覗き込み、
「大丈夫だよ、ちゃんと似合うように作るから」
そう言って優しく笑いかけると、ダイアナも笑顔になる。
もちろんその瞬間を見逃していなかったヘーゼルは、雷に打たれたような衝撃に身を包まれていた。
(あ・・・ら・・・!)
その後、数枚の衣装類と簪、小物類を購入して三人は馬車に戻る。
「お時間があればこの市場全体をご案内したかったです」
「次の機会にお願いしますよ」
「私達も見に行きますからね!」
挨拶を終えると、馬車は来た道を戻り始めた。




