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エピソード5 6歳の約束 また異世界へ

初等部の入学式のフォトスタンドを手に取る。

当時、氷美お兄様が、とても大人に見えたけれど、25歳の私からみると、良いとこのお坊っちゃまには変わりないけど、小学生高学年にしか見えなかった。

いつまでも、カブトムシのぬいぐるみを離さない私に、閉口していた姿を思い出した。

カブトムシのぬいぐるみは、まだベッドの上に鎮座している。


フォトスタンドを持った時に、裏側が見えた。裏蓋の隙間に紙がはみ出している。

こういうの、気になる方だから、裏蓋を外して入れ直そうとしたら、封筒が入っていた。

見覚えのある洋紙の封筒に、四つ折りにされた紙が入っていた。上質な紙だった。この洋紙?

急いで開いて、私は、驚愕の事実を思い出した、大変な事を。


この紙は、冬冷家の者が使うレターセット。透かし模様が入っている洋紙で、それぞれのイニシャルが入っている。


《Hiromu T  誓約書 

私、冬冷氷美は、慈優彩が、東愛大学大学院の医学、又は理学の学位記を授与されたあかつきには(ただし、浪人、留年は認めない)、

彩を妻とする事を誓います。


私、彩は、氷美お兄さまのお嫁さまになります。

          200☆年4月1日

慶應学院 初等部6年 冬冷氷美

聖ソフィア学院 初等部1年 慈優彩  


この誓約書は2通作成し、1通ずつ保管する。》


氷美お兄様は、11歳にして、この誓約書を作った。


6歳の誓い、私がお嫁さんになる、とお兄様に頼んだあの時、お兄様に言われた。

今、決める事ではないと、何回も言われたけど、私は何故か引かなかった。

お兄様に、氷逸お兄様や氷聖お兄様の嫁になる可能性もあると言われて、2人は嫌だと言い張った。

理由も聞かれたし、幼稚な理由だったと思うけど、お兄様は意外にも納得した。

『僕は絶対に忘れない。あやは忘れてしまわないか?』

私は、絶対に忘れないと、約束して、誓約書を書いた。お兄様は私のイニシャルが入っている洋紙の方の誓約書を持っているはずだ。


どうしよう。

半年前の大学院卒業の、お祝いの誕生石のペンダントは、単なるお祝いではなかった。

おばさまが持つ宝石は全て、おじさまが誕生石を贈ってらっしゃるのも、冬冷家代々のしきたりだった。


話しは、そんなもんじゃない、と、いくらお馬鹿な私でも、気がついた。

ずっと私の家庭教師役を、他のお兄様や塾に頼らずにお兄様が続けてきたのも、厳しくて厳しくて、根を上げても、なお厳しかったのも、私のためだった。

私が、高一で、専攻を、医学部じゃなくて、理学系の科学部生命研究科を目指した時も、何回も理由を聞かれた。

私は医者に囲まれて育ってきた。医者の倫理観は身に染みついている。だから、そのまま医師を目指す事に異論はなかった。

でも医師にならずに、少しでも医療の役に立てるような、いつか人間がより健康的な生き方ができるように、病気になる前の命を守る研究を知るチャンスがあったらと、悩んで悩んで、科学部生命研究科を選択した。すぐには役に立てないのは知っていた。だけど、そう思う研究者は世界にもたくさんいる。未来の布石の1人になりたいと、お兄様に真剣に話した記憶が甦ってきた。


私が、東愛大学科学部生命研究科に、一発合格した時、お兄様は医学部を、一年飛び級し、医学部の大学院に進み、途中でボストンに留学し、私より先に生命研究科の大学院にも入っていた。


お兄様は、どれだけ大変な努力を。おじさまから課せられた役割と、私が願った研究者の道を、私よりも先にご自身の道にするなんて。

私は血迷ったかと思っていたけど、現実に、今、研究室で、私の上司であり、すでに研究者として、世界に名が知られ始めている。

私が医学部を目指さない選択をした時点で、冬冷家のしきたりでは、お兄様のお嫁さんにはなれなくなっていたはず。

それを回避するために。

私は震えが止まらなくなった。


そして涙が溢れてきた。

もし私が高一の時、お兄様から、医学部でないとダメだと、言われていたら、そうしていたと思う。

でも、お兄様は、私の性格や好きな事を知っていたから、反対しないで認めてくれた。


あまりにもノーテンキな私に、今朝、「いつになったら、大人になるのか?」と、そして「6歳の約束を覚えているか」と聞かれた。


私自身、何で、こんなに必死で勉強してきたのか、苦しすぎて、わからなくなる事があった。

でも、とにかく東愛大学で学位を取らなくては、という思いがあって、必死と言う言葉では表せないくらい必死だったから、幼少期の記憶が薄れていた。

その理由をやっと思い出した。

私はお兄様を尊敬している。そして、大切にお慕いする人だった。

いつの間にか、どんどん先に進むお兄様が、手が届かない人になって、自分の出来の悪さに気持ちを閉じ込めて、勉強だけが残って行ったんだ。

背中を追うだけで、必死だった。


そのお兄様に、私はネクタイをプレゼントした。

手作りケーキも、小学生の頃から、お兄様の希望の花嫁修行だった。

お料理よりも、僕の好きな味のケーキを作って、それに合う紅茶を、とよく言われていた。


そして、冬冷家のしきたりである、誕生石の宝飾品を受け取っていた。

あの時、

「他の男に絶対にネクタイを贈るな、他の男から宝飾品を貰うな。」とまで言われていた。

ネクタイ結びも、本人と練習した。

お兄様は、わかり切った事は、念押ししない。


私は、無意識のうちに、あの日、全てにイエスと言う答えを出していた。

全く無意識かと言われたら、心の深層部では、納得していたと思う。

もし、同じ宝飾品を氷逸お兄様や氷聖お兄様から、渡されたら、お返ししたはずだから。


お兄様に早くお伝えしなくては。

6歳の約束を覚えていると。

ひとまず、誓約書を封筒に入れ、フォトスタンドに入れ、元の場所に戻した。

夕食に着るワンピースを手にした。


その時、スマホがなった。

知らない音だったのに、急いでいて、咄嗟に出てしまった。


「あやっ↑、今どこ?」

何で、違うお兄様だ。切ろうと思うのに、怖くて体が金縛りみたいになる。

「あやっ↑」

私はスマホを持ったまま、その場に倒れ込んだ。


「あやっ↑、大丈夫?しっかりして。」


「ん、、、、。」


「あやっ↑、良かった、夕食中に、また倒れたんだよ。」

この呼び方で、また転移したとわかった。


また、必要以上に抱きしめられている。

同じ顔に同じ声なのに、顔を見るたびに、この偽お兄様が、気持ち悪くなる。


「お兄様、離してください。」


「何を、恥ずかしがってるんだ。あやっ↑、名前で呼ぶ約束だよ。お仕置き。」


私の頬に口を近づけてくる。この変態っ!

必死で押し退けた。


「氷美さん、まだ頭が痛いの、ごめんなさい。」


「わかった。無理しちゃいけないよ。まりりんが、お見舞いに来てくれたんだ。」


「あやりん、大丈夫?なかなか連絡つかないから、心配したのよ。氷美様にお願いして。お見舞いに来たの。」


嘘。なぜ?まりりんは、冬冷家とは面識がないはずだし、私も会わせた事はない。


乙女ゲーム、スタートのゴングが鳴った。


「ありがとう、まりりん。まだ具合悪くて。横になりたいから、氷美さんと、お茶でも。」


「氷美さん、あやりんの迷惑になりそうだから、今日はご遠慮しますわ。顔を見ただけでも、ほっとしましたわ。」


「まりりん、ありがとう。遅いから、ご自宅まで送りましょう。」


「いいえ、氷美さんは、あやりんの側に。」


真里は、私の部屋を出る時に、さりげに、転んだ。

「ごめんなさい。あやりんが心配で、なかなか眠れなくて。」


「まりりん、やっぱり送ります。あやっ↑、ゆっくり身体を休めるんだよ。」


私はベッドの中にいたから、俯く真里の顔が、下から見えた。ニヤッと笑っていた。


私は、瞬時に、乙女ゲームの本質を理解した。


2人が私の部屋を出たあと、瑠璃ばあがきた。どこまで信じていいのかわからない。だから、ゆっくり休みたいとだけ言って、1人にしてもらった。

私は部屋に鍵をかけて、フォトスタンドを確認したけれど、誓約書はなかった。

少しホッとした。

私が大切なのは、本物の氷美お兄様だけだ。


とりあえず、偽の部屋をチェックした。


カブトムシのぬいぐるみが無い。

ファーブル昆虫記がない。

スマホのアプリメールに、本物の氷美お兄様のメールはなかった。


どうすれば、元の世界に戻れる。

転移は生きているから、戻れるはず。


こんな事なら、この世界の話、本物のお兄様に話しておくべきだった。


このまま、本当の世界に帰れなければ、

偽物と結婚

偽物と真里が結婚

私は路頭に迷う

他の道は?

大学には、偽物がいるから、いくらでも干される。

なぜ、真里は、氷美お兄様が欲しいの?


あっ、今朝、本物のお兄様に言われた。

真里の事で気になる事があると。

この部屋で、何か、未来を変えることは、できないのかしら?

私は頭をかかえていた。


何か方法があるはず。

並行世界の考え方は、3次元を4次元5次元にする、

メビウスの輪のように、一周まわって元に戻る場所がある。



やっと6歳の約束の全容がわかったのに、また異世界にきてしまいました。

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