エピソード4 思い出 学位授与式
久しぶりにゆっくりお湯に浸かって、スッキリした。まだワンピースを着るのは面倒くさいから、部屋着で、本物の私の部屋で、ホッとして、くつろいでいた。
夕食までまだ時間があるから、まずスマホの充電。
それから、さっき病院で先輩が《6歳の約束》と言ってたのも気になるし、何で忘れたんだろう?
氷美お兄様の記憶力は絶対だ。
私も記憶力、割とあるはずなんだけど。早く思い出さないと、叱られるか馬鹿にされるか、さすがに25歳になって、そのどっちも嫌だ。
スマホを充電台に置いて、アプリメールを開いてみた。変な世界の《指輪云々、マイあやっ》のメッセージはなかった。ほっとした。
代わりに、昨夜の着信履歴が1回、メッセージが1件「あや、どこにいる?まだ階段か?」
全部本物の氷美お兄様だ。
先輩は判断が早い。1回電話して、一回のメッセージで、私に何かあったと、階段に探しに来てくれたんだ。
私は先輩の電話には、必ず一回で出ているし、実験中で手が離せなくても、最短でコールバックしている。よくよく考えたら、パブロフの犬みたいな条件反射だ。我ながら、ちょっと引いた。
勉強机の本棚に、ファーブル昆虫記がある。懐かしいな。
ふと、夢の中の変な先輩のお姫様抱っこを思い出した。私、本物のお兄様に、どうやって運ばれたんだろう?
本物の世界は、エレベーターは午前0時までは停止していたはず。
先輩は余計なことは言わない。本人が、わかり切っていると思っている事は、口にしない、時間の無駄だ、と言うのが口癖だから。
でも、16階から1階まで、さらに駐車場まで運んでくれたはず。
そして、ダークブルーの車で、夜中近くに、ご実家の病院まで来てくれた、、、。
慈厚総合病院にいる間、氷聖お兄様が検査して下さったけど、話す暇もなかった。
先輩は、仕事柄、冷静沈着で騒がない人だ。滅多に感情を揺らさない、見せない。
幼い頃、お兄様の感情の揺れは、私だけが感じていた。だから、勘が良くて未来が見える、なんて話が、幼い2人の秘密だった。あんな話を覚えていたなんて。
あっ、私はまた思考が外れている。
でも口ぶりでは、おじさまは、私の緊急入院をご存じのようだった。
急に、かあぁっと顔が熱くなってきた。
お姫様抱っこか、おんぶかわからないけど、とにかくお兄様が、階段を16階分もおりて車まで、運ばれたなど。前代未聞、やらかしてしまった。
そりゃ、倒れたと、叱られるはずだ。
どんなに逆らっていても、私はずっとお兄様を尊敬してきた。お人形遊びより、カブトムシ好きの妹を理解してくれた人は、慈優の両親以外に、氷美お兄様だけだったから。
時差ボケのように、恥ずかしさと情けなさが、襲ってきた。
まあまあ大人の年齢になって、お兄様方とは、それなりの距離感というものがある。
特に、厳しく育ってきたお兄様方は、幼い頃から紳士だったし、みなさん30代になり、さらに紳士か武士かみたいな感じだ。
私は、冬冷家で厳しく育てられたはずなのに、これでは、淑女落第だ。聖ソフィア学院歴15年も、何をしてたんだ?私は?
あとで、お兄様に、しっかり謝ってお礼を言わねば。しかし、ちょっと恥ずい。
あっ、ちょっと異世界転生について調べてみよう。バタバタしていて、考えることばかりだ。
ネットで調べたら、異世界転生と転移は違うらしい。転生は、元の世界で不慮の事故などで命を落として、知らない世界に意識を持ったたまま見た目などが別人に生まれ変わる事みたい。
転移は、今の世界の人格姿のまま、異次元の世界に移動すること。
じゃあ、もし、あれが夢ではなかったら、異世界転移になる。でも不思議なのは、私の周りの人達は同じメンバーだ。私より、周りのほうが人格が変わってるようにも思うけど。
そうだ、まりりんに聞いてみよう。
アプリメールを送ってみた。
「まりりん、おススメの異世界転移のお話しってある?」
すぐに返事がきた。
「あやりん、とうとう異世界に目覚めてくれたのね。それでこそわが親友よ。転移のオススメURLを送るから見てね。」
文献検索より早い返信だった。
まりりんオススメの異世界転移のコミック、タブレットで開いてみる。
《転移したら、彼に溺愛されました。しかし親友が乙女ゲームの悪役キャラに。でも彼は、私が悪役キャラと勘違い。溺愛された悪役親友。私はこのまま奴隷に格下げ?》
タイトル長っ。
タイトルだけで、想像がつくけど、15分で読み切った。
乙女ゲームと言うのが、私には、理解し難い感じで、頭が痛くなった。だいたい、恋愛にあまり興味なかったし、というか、頭が良すぎて見た目も悪くない、いやかなり良すぎる、ほぼほぼのお兄様が3人、それ以上にカッコイイ男性なんか、周りにいなかったような気がする。
また思考が外れた。もとい!
この話は、転移先で、彼、親友、周りの顔触れがそのままで性格は全く違う。主人公の性格は同じだけど、最後は親友が彼に愛され、主人公が捨てられた状態で、バッドエンド。でも、気になる部分を想定するに、親友は、元世界でも、主人公の彼を好きだったのではないか?と、ふと思った。という事は、略奪愛系か?バッドエンドか。
まりりん、オススメと言う事は、真里は、バッドエンドが好き?それか略奪系が好きなのかな。ちょっと意外かも?
いつもの癖で、勉強机のメモ帳に、走り書きをしている。メモる癖は、お兄様の話を記憶するのが難しい時からの癖だ。キーワードだけ、書いておく。後から、見たら、思い出せるからだ。
「まりりん、おもしかったよん。ちょっと教えてほしいんだけど、元世界と異世界を行き来するストーリーって、ないの?」
「あるかもしれないけど、私はあんまり知らないかなあ?だって行き来する意味ないし。転移先で、幸せになるから、面白いんだし。」
「そうだよね。ありがとう。」
転移については、理解した。
タブレットで、異世界、転移、過去の歴史的な魔術や転移、人格の二重化についても、調べてみた。中世ヨーロッパの方が、こんな話あったかも?
あらかた目を通して、朧げに世界観を理解したような手答えはあったけど。
タブレットを閉じて、、時計を見た。
まだ夕食まで、もう少し、時間はある。
で、そうそう、6歳の約束だ。
お兄様は、学位授与式のあとにも、6歳の約束の事を、さりげなく話していたし。
さすがに、半年前のお兄様の呟きは、覚えている。
私の性格は、わかりやすい、とよく言われる。
我ながら、その意味がわかった。大事なものを残す癖、飾る癖。
ベッドサイドにある、チェストの上に、フォトスタンドがいつくか並んでいる。
私が生まれた時、慈優の両親と一緒に写っている写真。
聖ソフィア学院の幼稚舎入園式も、慈優の両親と写っている。
冬冷家に預けられた時に、家族旅行に行った時の全員写真。おじさま、おばさまの隣に私。氷逸お兄様、氷聖お兄様、氷美お兄様が写っている。
聖ソフィア学院の初等部入学式の日の写真。
冬冷のおじさまとおばさまと3人で写っていた。
この日、慈優の両親も上京予定だったけれど、急患が入り、来れなかった。
聖ソフィア初等部の制服を着た6歳の私と、慶青学院の初等部の制服を着た11歳の氷美お兄様と、冬冷家の応接室で、2人だけで一緒に写っている写真があった。
聖ソフィア学院高等部の卒業式は慈優のお母様と一緒の写真だ。
そして、東愛大学の入学式は、慈優の両親と一緒の写真。両親の笑顔がすごい。浪人しないで合格できたんだから、私も頑張ったよ。家庭教師は氷美お兄様だったから、死ぬほど勉強させられたけど。
そして、半年前の写真。
東愛大学大学院の学位記授与式で、アカデミックガウンと角帽を被った私は、氷美お兄様と一緒の写真。
そうあの日、6歳の約束の話が出た。
平日だったから、医師職の身内は全員アウト、とにかく、当日、来てくれたのは学内勤務で半休が取れた氷美お兄様だけだった。
帰宅してから、リビングで、2人でお茶をいただいた。
瑠璃ばあに手伝ってもらって、前夜にケーキを焼いていた。スイーツが好きな、お兄様へのお礼だ。
「お兄様、今日は授与式に来て下さってありがとうございました。
お兄様が、ずっと、不出来な私のお勉強を、諦めずに指導して下さったからです。無事に今日を迎える事ができました。ありがとうございました。
そして、4月から研究者として、努力いたしますので、よろしくお願いいたします。」
「私も嬉しい。よく頑張ったな。」
瑠璃ばあが、ケーキと紅茶を運んでくれる。
あとは私がと、ティーポットを引き取る。アールグレイの茶葉を蒸らして、お兄様好みの濃さにする。
お茶をカップに入れ、ソーサーに乗せて、ミルクだけ少し入れ、お兄様の前に置く。
一口飲んで、気がついたみたいだ。
「香りがいい。あやのチョイスだな。」
お育ちが良いぼんぼんだから、味にはうるさい。
家庭教師中も、勉強終わりには、必ず紅茶を入れていたから、好みはバッチシだ。
ケーキ皿を手に、一口を口に放り込むと、すぐに言った。
「どこのミルフィーユ?」
「お口に合いませんか? 」
「いや、美味しい。数年ぶりに美味しいと思った。この味が出せるパティシエがいるケーキハウスがあるのか?最近は、どこも美味しいのだけど、私の好みかどうかというとなかなか無い。」
瑠璃ばあがバラした。
「彩お嬢様が、昨夜から、おつくりに。」
「あやが?」
「お兄様は何でもお持ちだから、せめてお好きなものを、と。お口に合えば嬉しいです。」
「腕をあげたな、あや。小学生の頃は、ぺったんこのシュークリームとか、泥状のティラミスを食べさせられたけど、これは、人類史上、完璧に美味い。」
瑠璃ばあが、お湯を、と、席を外した。
「お兄様のおかげです。研究をする中で、実験の精度を上げる事をかなり気をつけるようになってきて。」
「それはそうだが、ケーキと関係あるのか?」
「全て条件なのです。室温、湿度、材料、ケーキもお紅茶も、もちろん日本茶も全て、条件をどう組み合わせるかが。もしかしたらケーキの方が芸術的要素がある分、感覚的に、実験より難しいかも。」
私の話を聞きながら、お兄様は、完食してしまった。
「あや、おかわりは可能?」
「はい、すぐお持ちします。あっそれからこれを。」
「なんだ?」
「あの、学会用に。いつも同じものを、使ってらっしゃるので。ちゃんとアルバイトをしてもらったお給料で。お気に召せば良いのですが。
あっ、ケーキのおかわりを持ってきます。」
リビングの入り口で、瑠璃ばあが、ワゴンを入れ替えてくれた。
振り向くと、包みを開けたお兄様が、嬉しそうな顔をしている。そんなに喜ぶなんて、びっくりした。
「あや、男にネクタイを贈る意味を知ってるのか?」
「へ?」
思い切り、キョトンとしてしまった。
「でも、父の日には、おじさまや慈優の父に。」
「甘いな。あや。それは父親だ。私は父親ではないよ。いま教えるか、自分で、調べるか?」
ニヤニヤしている。
やばい意味かも?
「あ、あとで調べます。」
「とりあえず、他の男には絶対に贈るな。約束しなさい。」
ひとまず、うなずいた。
「あや、ネクタイ。結んで。まさか、結び方も知らずに贈るようなことをするのか?」
「へっ?お兄様、なんでそんな無茶を。」
「教えてやるから、ほら。」
私は、贈ったネクタイをお兄様の横に座って、ネクタイ結びの練習をさせられた。
何回かお兄様の首を、思い切り絞めて睨まれたけれど、15分ほど格闘して、覚えた。
「ありがとう、あや。長年、側にいると、自然に好みがわかるようになるんだな。完璧なチョイスだ。次の研究会にしていく。」
またケーキ皿に手を出している。
「あやの実験は、ゴッドハンドと言うほど精度が高いから、私の研究室に決める時も。教授も満足されていた。たしかにケーキの方が条件は難しいかもな。このミルフィーユ、また作ってくれるか。」
「はい、喜んで。」
お兄様が、ケーキを平らげて、紅茶のおかわりをして、真顔で私をみた。
「あや、学位、おめでとう。大学卒業の時は、まだ大学院が続きに控えていたから、祝うどころではなかったが、やっとここまで来た。よく頑張ったな。来月からは、東愛大学の研究者だ。自信を持って、進みなさい。そして6歳の約束を果たした。これを、私からのお祝いだ。」
手のひらくらいの平たい箱を渡された。
「開けても?」
お兄様が頷く。
紙箱を開けると、海外のジュエラーのブランド名が入っている革張りのケースだった。
蓋を開けると、
親指の第一関節くらいの大きな一粒の涙型のペンダントが入っていた。どう見ても、かなり高価な石に見える。
私は、息を飲んだ。のんだまま息を吐くのを忘れて、苦しくなってきた。苦しくて、涙目になってきた。
「あや、息を吐いて。」
お兄様が背中をトントンとして、顔を覗きこむ。
「大丈夫か?好みではなかったのか。」
首を横にふる。
「あまりにも神秘的で、吸い込まれそうです。タンザナイト。綺麗すぎて涙がでそう。お兄様、これは私には、高価すぎます。」
お兄様が頷く。
「あやにつける資格がある。」
とても深い青なのに透明感がすごい。光の加減で少し紫になる。
12月の私の誕生石のタンザナイト。色々と疎い私でも、自分の誕生石くらいは知っている。意味まで知らなかった。
縁取りはホワイトゴールドでシンプルだけど繊細な細工があり、鎖も繊細で凝ったもので、このブランドなら、ホワイトゴールドかな?と思った。
「誕生石を贈られるなんて、フィアンセみたいですね。お兄様、今日は破格にお優しいです。雹が降りそう。」
何の気なしに呟いたけど、お兄様は笑って、ペンダントをつけようと、私の後ろにまわった。
首の後ろでクラスプを留めながら、すごく落ち着いた声で言った。
「宝飾品も、他の男から貰わないこと。」
「へ?は、い。」
今日のお兄様は注文が多い。
「あやも、今日は破格に優しいな。美味い手作りケーキに、ネクタイだ。
やっと家庭教師役から逃れられる。あや↓がたくさん泣いて努力して勝ち取った学位だ。
これで、次のステップに移れる。」
次のステップって、なんだろう?あっ、今取り掛かっている研究論文だ。年内に仕上げたいと、話をしていたところだった。
後で、タンザナイトの石の意味を調べたら、「高貴・冷静・神秘」と言う意味だった。私の誕生石だけれど、お兄様らしい意味で、私に一番欠けている資質だと、その時は苦笑したのだけど。
さらにネクタイを男性に贈る意味を調べて絶句し、一人で赤面した。
いくつか意味はあるけれど、総じて「あなたは私のもの」、100歩譲って、「尊敬、思慕」。
お兄様は意味をご存知だった。
また、やらかした。
その数日後、慈優の両親が上京してきて、冬冷家も全員が集まった時に、学位のお祝い会と、一人暮らしの出発会を兼ねて、それぞれに、たくさんお祝いをいただいた。
お母様に学位授与式の日の事をお話ししながら、そのペンダントを見せたら、お母様はかなり驚いていたから、やっぱり物凄く高価なものだとわかった。
「あまり高価なものなら、頂かない方が良かったのですか?」と聞いたたら、「一生、大切にするものですよ。」と言われたので、安心した。
お母様が、お父様にもお見せしたいから、明日まで預けてほしいと言われて、翌朝に返してもらったのも思い出した。
その夜は、慈優の父とおじさまが、久しぶりの再会で、夜遅くまでお酒を飲んでらしたらしい。
元の世界の半年前を思い出しています。




